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支部山行 剣岳・水平歩道 2019年8月2日(金)-6(火)

支部山行 剣岳・水平歩道 2019年8月2日(金)-6(火)

動画  ユーチューブ 剱岳・水平歩道 (ホットイメージチャンネル)のリンク

山行概略: 混雑した山小屋を避けてテント泊。計画は室堂から剱岳を登り水平歩道を経て欅平コースとした。後まで記憶に残るルート。岩登り未経験者は2回の初級岩登り山行を参加条件とした。

 前日室堂泊2名、夜行バス鍛冶屋橋発3名、八重洲通り発3名の全員が剱御前小舎で合流し剱沢でテント泊、剱岳を往復した。翌日室堂に3名が下山、5名が池の平小屋テント泊、阿曽原温泉小屋泊、水平歩道から欅平に向かう。

2日(金) 晴れ 夜行バスで富山駅北口5時30分着、6時4分発立山行き、7時20分着、7時45分発ケーブル、8時5分バスに乗車、9時10分室堂着、歩行開始9時24分、雷鳥沢橋10時20分、剱御前小舎着13時、剱御前小舎発13時35、剱沢テント場14時9分

 美女平からバスに乗ると立山杉の案内。窓外に杉の巨木、標高は屋久島と同じ高所だ。五葉松も有り、ハイマツも有った。室堂でたっぷり銘水を補給し出発、ミクリガ池を経て雷鳥沢に。自分の荷物は、2人用テント1.7kgとカメラ機材4.3kgを含み21kg程度。剣御前小舎で全員合流、剱沢テント場に。テント管理所に近い平らな場所にテントを張った。テントは2人用2張、5人用1張。夜半から雷雨、雨も沢山降り続いたが、S44年8月豪雨の中テント場に1張しかないテントで独り二晩過ごした時にくらべ安心だった。(※この時の豪雨は北陸線鉄橋の流失、常願寺川の氾濫、富山電鉄鉄橋の流失と大きな被害。雷鳥沢も濁流で渡ることができず立山に登り一の越から室堂に出た。弥陀ヶ原まで歩きバスで美女平に。立山駅(千寿ケ原)から岩峅寺駅まで歩いた。)

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立山杉  五葉松(ヒメコマツ) みくりが池 池塘   クリックで拡大

3日(土) 晴れ テント場6時発、剱沢小屋6時8分、剣山壮6時36分、一服剱7時9分、前剱7時56分、カニのタテバイ9時15分、山頂9時56分、下山10時30分 剣山壮13時25分-14時、剱沢小屋14時30分-15時15分、テント場15時30分

 雨が4時過ぎに止み、出発6時。剱沢小屋の石垣でオコジョが顔を出した。小屋の裏手の沢を下り残雪をトラバース後、剣山荘に。一服剣下はコバイケイソウの群落、後ろ立山連峰が逆光に輝いていた。カニのタテバイは、少し待ち。山頂は、沢山の登山者。合間に記念撮影。少しだけ八つ峰側に下って撮影。早月尾根が小屋から山頂まで一望できた。八峰の上には仙人池ヒュッテ、黒部谷を隔てて白馬、五竜、鹿島槍と続く。下りで、大阪の高校生の後になった。カラビナビレーの為、時間が掛かった。平蔵のコルで山口さんが雷鳥とコマクサ群落を教えてくれた。幼鳥2羽と親鳥を不安定な場所で撮影。一服剱を下り剣山荘で大休止。劒沢小屋からゆっくりテント場に戻った。夕刻、池まで降りて撮影。タイムラプスムービーを撮ると、離れていたカメラマンの煙草の煙が水面に白い霧のように流れていた。0時15分 星空を撮影。

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オゴジョ コバイケイソウ群落 八ツ峰と後立山 剱岳
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剱岳下りルートより 剱岳 夕暮れ 星空

4日(日) 晴れ 6時18分発、剱沢小屋6時29分、剱沢大雪渓6時55分、平蔵谷7時28分、長次郎谷7時50分、真砂沢ロッジ8時25分-8時50分、二股10時13分-10時47分、仙人新道ヒメコマツ12時6分、池の平下降点14時40分、池の平小屋15時16分

 5名で池の平に向かう。劒沢の夏道から剱沢雪渓に。滑り止めを用意していない私だけ下りに苦労。真砂沢ロッジで休憩。足を骨折した登山者がヘリで運ばれていった。流れの急な淵上の鎖場は、足場の丸太が斜めで不安定なうえ鎖の遊びが多く重いザックに振られ緊張。二股吊橋で大休止。三の窓の雪渓、裏剱の光景。仙人新道の下部は花崗岩が風化した道。途中、仙人ヒュッテの人が草刈をしていた。標高1800m付近でヒメコマツが数本現れた。八峰と三の窓が時々見えた。木陰を探して休憩。三品女史の荷物はテントも有って重く他のものが支えて担がせた。仙人池の稜線が見えるも何度か休憩。仙人峠から池の平まで30分以上掛かった。池の平山の北側は切り立った赤い岩肌。小窓は、池の平山の山影で見えない。小屋の方に鉱山跡を訪ねると2か所を教えてくれた。簡単にいけない。タングステン鉱石は黒光りしているという。宿泊は3人らしい。虫が多い。剱沢からここまで出会った人も少なかった。もう一張りは、北方稜線に行くという。挨拶を兼ねて話した。霧が湧き、星は期待できなかった。

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  夜明け
 二股より 三の窓    仙人新道 ヒメコマツ

5日(月) 晴れ後雷雨 池の平小屋発7時8分、池の平下降点、7時46分、仙人池8時11分-8時55分、仙人温泉小屋11時3分-11時25分、仙人温泉11時51分、雲切新道最高点ピーク1639m12時37分、仙人ダム、阿曽原温泉小屋18時35分

 平の池まで15分下って撮影、池塘と平の池。八つ峰が静かな池に映し出されていた。レンズ24mm-120mm横位置ではフレーム内に入らない。ムービーも撮影。小屋に挨拶して出発。昨日、ガスで撮影できなかった池の平小屋を撮影。峠から木道を下り仙人池ヒュッテに。撮影ポイントは左方が良いと仙人池ヒュッテの人が教えてくれた。大休止。三田さんが小屋の人から詳細な情報を聞く。仙人谷は梯子から谷筋に降りる。残雪も豊富だ。夏路は歩く人が少ないので踏み固まれてなく不安定。特に右の斜面側は登山路が不安定。仙人ヒュッテの若い女性が荷物なしで追い越して下った。1名が雪渓を登ってきた。大きな雪渓を下って左に道が続き仙人温泉小屋に。営業開始前、秋の紅葉シーズンに向けて準備のようだ。おいしい水が登山者に提供されていて、沢山飲みボトルにも入れた。仙人谷の下りはロープが2段に張ってある。渡渉。阿曽原温泉小屋の情報では8月23日に橋を架けたそうだ。仙人温泉の源泉下の地面も熱かった。ここから急な斜めの登り。1635mの雲切新道のピークを越えると噂の急な下り。黒部峡谷まで高低差800m。狭い尾根、ヒメコマツが現れた。樹々の合間から仙人ダムが見えた。黒部川に近づき左のゆるやかな斜面で休憩。標高960m地点。雲切谷に滝が見えた。雷鳴後、直ぐ雨が降り出しザックにカバーを掛け傘を出す。登山路は滑り易く慎重に下った。仙人谷の木橋を渡ると登山路は関西電力施設の一部なのかコンクリート製で狭く切り立ち鎖を頼りに渡った。二段のハシゴを下ると仙人ダム。仙人ダムは指示に従い構内に入るとトロッコ電車が通った。外に出ると建物、宿舎のようだ。尾根を急登し水平歩道に。雨も一時止んでくれた。権現峠のトンネル入り口で3名が休んでいた。水平歩道1kmほどで阿曽原温泉小屋へ下る。温泉小屋で宿泊を依頼。暗くなったが待望の温泉、黒部谷の静けさに浸った。朝出発が遅くなるが朝食を申し込む。阿曽原温泉小屋の小屋主は、元富山県警山岳救助隊の佐々木さんだ。話すまで忘れていた。雲切新道は自分にとって初めてのルート、阿曽原峠の旧道より遠回りだが変化があった。その分、新道を作った阿曽原温泉小屋の佐々木さんの話から労苦が手にとるように分かった。

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平の池  逆さ裏剱 コバイケイソウ 剱岳チンネ 仙人池 逆さ裏剱
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仙人谷 残雪 雲切新道 ハシゴ 仙人ダム 阿曽原温泉小屋

6日(火) 晴れ 阿曽原温泉小屋発6時53分、折尾谷手前の滝8時48分 水はここのみ、折尾谷堰堤9時13分、太鼓岩10時23分、志合谷10時40分、欅平下降点13時8分、欅平13時55分

 阿曽原温泉小屋の佐々木さんに見送られ、テント場から阿曽原谷を渡り尾根を200m登る。尾根はハシゴがあったり登り下りが続く。水平歩道に出たがまた登って下った。水平歩道が崩壊のため巻道のようだ。やっと水平歩道に。花崗岩の尾根が現れるとヒメコマツが増えた。オリオの大滝で唯一の水を補給、折尾谷は堰堤内部に作られた歩道。水平歩道は、岩肌の路、ヒメコマツの植生と変化に富んでいた。奥鐘山の西壁に近づくと欅平が見え志合谷に入ると太鼓岩。くり抜かれた水平歩道、ここから奥鐘山の西壁が目前だが、宙に突き出ているようで片腕で持っているカメラを覗くことが難しかった。志合谷のトンネルは、目が順応していないため真っ暗で見えない。足元は水浸し。欅平まで水平歩道を整備している人が4名、登ってくる登山者に合わなかった。転倒しないように慎重に歩いた。やっと欅平上に、ここから300m程の下り。ヒメコマツの大木有り。遊歩道の階段を下り欅平に到着。直ぐに、三品女史が全員の切符を購入。トロッコ電車14時37分発。終点宇奈月温泉に。黒部宇奈月温泉駅から新幹線で帰った。 ※ゴミが落ちていないので山美化の実践が不要で体力的に助かった。(山本 哲夫記)

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オリオの大滝 水平歩道 太鼓岩 水平歩道 大太鼓岩 志合谷  クリックで拡大

表銀座縦走~大天井岳 満天の星空~

 

920日(水)~23日(土)  (記)齋藤米造

 光岳山行が台風18号で中止となり、急遽決まった表銀座縦走山行は日本アルプスを代表する展望コース。天候に恵まれ、またとない至福の山行となった。

 9月21中房温泉 快晴10℃ 6:15出発。

第2ベンチを過ぎる頃から燕岳特有の白い花崗岩が砕けてザラメ状に混じった登山道を行く。こchiba-Sai1.jpgこから第3ベンチまで、早くも両足の筋肉が酸欠状態になり、大天井までたどり着けるか不安がよぎる。10:42燕山荘着。燕岳は山さん一人で往復。

大天井岳へ向けての北アルプス大展望コースは圧巻であった。“何と贅沢な時間だろう”と思わず呟いた。正面に槍・穂高、遠くに立山・剣、鹿島槍の双耳峰も美しい。

1517大天荘着。雷鳥の群れを追いかけながら時間を過ごす。

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大天井岳の夜は快晴。ヘッドランプを点灯して山頂に向かう。ここは満天の星空の世界。前穂の上から天頂に向けて天の川が流れる。大キレットの上にさそり座、その上にへびつかい座が。

9月22 荘厳なアルプスの夜明け。槍・穂高が赤く、モルゲンロートに染まる。

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前日から大天荘に宿泊していた40人程のNHK BS『山女日記』ロケ隊の“本番!”の掛け声を横に聞きながら、6:55出発。

東鎌尾根は、はしごの連続で慎重に進む。ルートはしっかり整備されていて、問題はない。

槍の穂先がグングン近づいてくる。ヒュッテ大槍を過ぎると北鎌尾根の急峻な岩峰群が目前に迫り、しばらくすると槍が岳山荘着14:43。

chiba-Sai2.jpgchiba-sai3.jpg     ガスがかかり始める中、ザックを小屋に置き、槍ヶ岳山頂へ。槍は初めての宮さんも岩肌の感触を楽しみながら、快調に登る。頂上直下85度のはしごを登りきると山頂に出た。

9月23 濃いガスに包まれ、槍の穂先が見えたのはほんの一瞬だった。6:15出発、槍沢を一気に下った。上高地着14:00。

 ちょうど50年前に初めて登ったルート。もう二度とは登れないと諦めていただけに、夢が叶い喜びが湧いてきた。   参加者3名。               

               

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槍沢を下る

 

 

 

山行報告佐久の名山御座山とシャクナゲの高峯山

   佐久の名山()(ぐら)(さん)とシャクナゲの高峯山

           6月10日(土)~11日(日) (齋藤米造 記)

6月10日御座山 参加者7名                                                          

北陸新幹線佐久平駅からレンタカーで南相木村の栗生登山口へ。10:40出発、曇り空、新緑の中を11:35不動の滝着。1800m地点から見え始めたミツバツツジが、2000m地点ではピンクの花を美しく咲かせていた。ここから急登となり連続した鎖場を慎重に登る。稜線に近づくと足元にコイワカガミの可愛いピンクの花が現れ、疲れを癒してくれた。葉の先がお米のように見えるコメツガの幼木も見られた。13:35御座山2112m山頂。帽子が飛ばされるほどの強風で、厚い雲が垂れこめ、眺望は望めなかった。記念撮影後、少し下った避難小屋で遅い昼食とする。14:15避難小屋発、16:10登山口に帰着した。麓の滝見の湯で汗を流した後、今夜泊めて頂く佐久平在住の千葉支部会員小澤さん宅に向かう。小澤さん手作りの夕食は、山菜の天ぷら、鯉のあらい、うどの煮物や佃煮などなど、佐久の味覚が満載で一同大満足。お酒もたっぷりいただいて、持参のシュラフに潜り込んだ。

コイワカガミ

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6月11日高峯山 参加者8名 

昨夜の雨が上がり快晴。鯉こくと筍ご飯という贅沢な朝食をいただき、レンタカーで小澤さんを加えて8名で出発。当初黒斑山の予定だったが、シャクナゲの咲く高峯山に変更。9:40車坂峠1973mを出発。高峯山2106mまでは、コースタイム40分のところ、倍の80分かけて山頂へ。“今日は自然観察会。ピークハンティングするも良し、ゆっくり花を愛でる山もまた良し”と誰かがつぶやいた。登り始めてすぐ、クロマメの真っ赤なつぼみが足元に見え出し、やがてハクサンイチゲが真っ白な小さい花を付けている。最初の小さなピークに着いたところで“彩雲だ”という三木さんの声に後ろを振り向くと、鮮やかな青・緑・赤の虹色に染まった彩雲が、まるで天女の羽衣のように佐久の空に浮かんでいた。頂上に近づくにつれ、開花して間もないシャクナゲの群落が斜面いっぱいに広がっている。 11:00高峯山頂上着。澄み切った快晴の展望は360度。焼岳から五竜岳までの北アルプスの白い稜線がくっきり浮かんでいた。

シャクナゲ                                                                               彩雲

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支部山行報告 房総 富津市 梨沢  2016年12月23日 

支部山行報告  房総で沢登り?   (記・写真:)

房総 富津市 梨沢  20161223日  晴れ、風強し

 千葉支部忘年山行 富津市の梨沢に。梨沢地区公民館の駐車場に車を置き、別ルートに行く三田さんに送ってもらい5人で郷蔵に。七つ釜の指導票に従う。

トンネルを抜け、梨沢渓谷の案内があった。周回ルートは全長11kmで約5時間30分と書かれていた。

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七つ釜の指導票           トンネル       梨沢渓谷の案内

梨沢の入口を左に見て右先から降りたため前夜の雨で滑りやすかった。梨沢は標高差が少なく、大きな滝が一つ、他は1m未満、時々へつり、足場がないところは水中を歩いた。

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 狭くなった谷    大きな石も

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大滝           先頭はザイルを   へつり

大滝以外は危険な所はなかった。七つ釜は倒木でほぼ埋まっていた。二股で案内通りに右の沢に進み、堰堤前の尾根は滑り易かった。

 

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七つ釜 倒木で埋まって      じゃぶじゃぶと         最後の尾根に

合流場所では、既に他ルートのグループが1時間近く待ったらしい。沢の入口から尾根まで3時間を要した。大塚山からの下りは粘土質のところが有り滑り易かった。沢の中は滑り易いためフェルト靴が必要。装備 ザイル、沢靴、ハーネス、ヘルメット他。経験者と同行。

 

手賀沼文学散歩

手賀沼文学散歩                                                                                      記 三木

「どうです、良い眺めでしょ…」。案内してくれた湯下さんが沼を指さした。晴れていれば富士山も見えるとか。キラキラと冬の陽ざしを受けて波光がまぶしい。くるり振り向くと端正な双耳峰の筑波山があった。 我孫子駅前の行政施設「けやきプラザ」は、我孫子全体が見渡せる新名所だそうだ。きょうの文学散歩はここから出発。講道館の創設者であり教育者でもあった嘉納治五郎の別荘跡へ向かう。手賀沼を見下ろす高台は天神山と呼ばれ、建物などは残っていないが大きなスダジイの木が一本あり、「これが美味いんですよ」と小板橋さんがドングリを口にした。つられて食べてみた。なるほど、甘みがあって美味かった。いったん丘を下り、登り返せば民俗学者柳田国男と交流のあった新聞記者の杉村楚人冠公園だ。ここからも沼が見えた。 もともと沼べりの道だった「ハケの道」を歩けば志賀直哉が暮らした邸跡だ。当時、手賀沼に沿った道沿いの志賀の家からは一日中手賀沼や富士山が見えたという。「深い秋の静かな晩だった。沼の上を雁がないて通る。細君は食台の上の洋灯を引き寄せてその下で針仕事をしている…」。志賀の作品『好人物の夫婦』は手賀沼の生活を描く。「北の鎌倉」とも呼ばれ、大正時代に多くの白樺派の作家たちが集まった我孫子だが、私が駆け出しの新聞記者のころ、手賀沼は「日本一汚れた沼」の汚名を着せられていた。急な開発に追いつかない下水道整備。家庭雑排水は沼に垂れ流された。しかし時が流れ環境意識の高まりとともに沼も大きく変わった。沼を見ながらの昼食。野鳥が羽を休め、楽しそうに散策する親子連れの姿がたくさん見受けられた。沼のほとりには嘉納治五郎と師弟関係にあった村川堅固の別荘もあり立ち寄った。また県北屈指の遺跡「根戸城址」の所有者は湯下さんのお姉さんで、コーヒーをいただいた。帰りに「あびこ」を逆に読んだような「コビアン」というユニークな店で軽く一杯。つい長居をしてしまう。

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支部山行 小楢山(山梨県)

    平成27年11月8日(日)                        参加者16名               (記三田)

昨年から予約制の小型乗合バスが塩山駅から焼山峠まで入るようになり、紅葉のカラマツの森歩きを楽しもうと、総勢16人が塩山駅に集合した。小雨の中バスは塩山を出発。コースは焼山峠から小楢山の往復。焼山峠10:30過ぎに歩き出し、すぐ、子授地蔵。子供のない夫婦が一体持ち帰り、朝夕お祈りすると子が授かり、お礼に地蔵を二体にしてお返しするという。

Kosazukari.jpg 子授地蔵  クリックすると拡大

1712.5㍍の小楢山山頂12時。屋根だけの休憩舎で先行グループが場所を譲ってくれ昼食。下山路、的石で鉱物に詳しい三木支部長がハンマーで打音し解説があった。

MatoIshi.jpg 的石 

焼山峠駐車場14:00過ぎ、バスに連絡して柳平の金峰山荘へ。15:25発定期バスまで休ませてもらった。我々のために急きょ店を開けてくれたという。雨具を脱ぎ、コーヒーや熱燗を各自が注文する。店のおばさんに甲州ブドウをごちそうになり、山荘のストーブにあたると、身も心も温まることができた。また、雨に濡れた黄金色のカラマツが綺麗でした。

天神平と一ノ倉沢周遊

10月24日(土)                                               (記:山口 文嗣)

 暖かな晴天に恵まれた秋の一日、谷川岳天神平と紅葉の一ノ倉沢岩壁鑑賞を楽しんできた。地下80ⅿほどにある上越線土合駅に降り立ち、まずは地上の改札口まで、四百数十段の階段上りからスタートする。我々60歳代より上の山屋にとってこの駅と階段は非常に懐かしい思いがある場所であろう。上野駅から満員の夜行列車に揺られて午前2時頃に土合に着き、地上の待合室に良い仮眠場所を確保するために先を争って駆け上った思い出がある。今は夜行列車も廃止され、さぞや寂れているだろうと思って行ってみて、びっくり。多勢の若い観光客が降り立ち、写真を撮ったりしている。最近増えている鉄チャンやブームの鉄道遺産巡りの人たちのようである。                                            国道へ出て、上り線の踏切を渡り、谷川岳遭難慰霊碑を通り、ロープウェイ駅へ。紅葉の最盛期を過ぎているせいかさほどの混雑もなく、15分程の空中遊泳で、天神平に着く。さらにリフトに乗り継ぎ天神峠に登る。天気は良いがあいにく視界がやや悪く、至仏山や燧ケ岳は見通せないが、眼前には谷川岳の双耳峰からオジカ沢ノ頭、万太郎山、右側には白毛門、笠ケ岳、朝日岳が聳え立っている。天神平で眺望を愛でながらお弁当を食べてから再びロープウェイで下山。登山指導センターの前から旧道を登り、マチガ沢、一ノ倉沢へと向かう。天神平の紅葉は既に終わっていたが、旧道沿いはブナやサワグルミ、ミズナラの黄葉が真っ盛りであった。

一ノ倉沢では小疇先生から「谷川岳の氷河地形/一ノ倉沢を中心に」という、先生労作の小冊子を頂く。谷川岳東面の地形が氷河作用により形作られたという説明をお聞きし、氷河地形、モレーンの観察と解説を受ける。今までただ沢や岩を登っていたが、谷川岳にも昔氷河があったというお話を伺い、大変為になった。

帰路は湯檜曽川沿いの新道を戻る予定であったが、崩壊のため通行止めになっていたので、往路と同じ旧道をのんびり下った。バスの発車まで時間があったので、登山指導センター下にある谷川岳山岳資料館に立寄る。この資料館の館長は今年日本山岳協会の会長に就任された群馬支部の八木原圀明氏である。谷川岳の登山史や、谷川岳の動物、植物の資料・写真から、昔の登山用具まで、豊富な資料を展示してある。山岳愛好家であれば一度訪れてみるべき場所である。少人数であったが、かえって和気あいあいと、小疇先生のお話しもしっかりと聞けて、楽しいハイキングであった。

シルバー万歳。上高岩山ハイキング

                                                                9月20日(日) 参加者8名          (記:三木)

 

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ホトトギス

シルバー週間の9月20日、男性8人が青梅線の御岳駅に集まった。支部だよりで呼びかけた「敬老の日ハイキング」に参加したメンバーだ。この日の最高齢者は黒田正雄さん79歳、一方、若手は会友の川島辰夫さん63歳。平均年齢は72歳。「ケーブルカーに乗るんだよね、まさか歩かないよね」と柳下さん。「僕もケーブルにのるのは初めてだ」と黒田さん。バスから降りて、みんな楽しそうにケーブルカー乗り場に並んだ。 標高差約400メートルを、たった6分で昇ってしまう。「やっぱり楽だなあー」と髙橋さん。天気は晴れ。左手に日の出山が大きい。やがて国の天然記念物にもなっている神大ケヤキだ。記述によると、平清盛がいたころから生きているという代物。「ご利益にあらかって長生きしたいなあ」とは櫻田さん。急な坂を上り切るとスカイツリーが見えた。その先、水墨画のように水平に延びるのは房総半島だ。

 昼には40分も早いが、水が流れるロックガーデンで昼食にした。若い女性たちが列をつくって歩いているが、だれも我々のコースに来る気配はない。食事を済ませて先を急ぐ。ここから先が梯子あり、ロープありの面白いコース。急な坂に取り付いて間もなく「なにが敬老ハイキングだよ…」。振り返ると、休んだ場所が谷底だ。小板橋さんはドングリ集めに夢中の様子。やせ尾根の途中では「まだか、頂上は」「この先だよ…」。稜線が見えてきたころ「ヒー、足が動かないよ」。「もう少し、この上だ」。「さっきから、この上だ、この上だって、空にいっちゃうよ」…。楽しい会話がぽんぽん飛び出す。岩尾根にツツジが混じるころ、尾根道に飛び出した。サルギ尾根にチョコンと頭を出したのが、お目当ての上高岩山(1013メートル)には12時40分に到着だ。東屋があり、おばちゃんたちが休んでいた。さっそく交流。笑い声がこだまする。みんな若い。下る途中、長尾平に立ち寄った。テレビでも紹介されたワインの店。「健康には赤、美容には白」と店のソムリエ。さっそく赤ワイン飲んでみた。どうも味が分からない。すると「焼酎じゃないんだから、そんな飲み方じゃ…」。5時間50分の山の旅。みんな、良い気持ちになって「シルバー万歳」「年寄万歳」と言いながら杉並木の表参道を歩いて下りた。

清津峡 平標山

9月12日(土)~13日(日)参加者11名  (記: 三田 博)
 

この日は早朝に東京湾を震源地とする大きな地震があり、集合場所の東京駅へ向かうが電車遅延で私たち夫婦は間に合わず、次の新幹線で越後湯沢にて30分遅れで合流した。JR越後湯沢駅から湯沢高原ロープウェイ、「アルプの里」へ。1時間あまりの登りで栄太郎峠。栄太郎峠からは清津峡まで下る1時間ほどで清津川に出る。ザックを置き「鹿飛橋」まで往復する。片道0.8㌔しかないのに道が崩れて高巻いたり倒木の枝をくぐり抜けたりと、思いのほかハードで往復1時間近く掛かった。八木沢口まで4.4㌔の川沿いの遊歩道は足場が悪い。宿は三俣集落の民宿「清つ館」。夕食時には銘酒「八海山」のサービス。翌日は、岩魚沢林道のゲートまで宿の車で送ってもらう。しばらく行くと水場があり、平元新道の登り口。樹林帯の中を木の階段が延々と続く。山の家でようやく稜線に飛び出たが、ガスで平標山も仙ノ倉山も見えたり隠れたりしている。平標山の山頂目指して木の階段を登る、尾根道なので気分がいい。時折、ガスの切れ目から雄大な仙ノ倉山の稜線が見える。1時間ほどで標高1,983メートルの平標山の山頂に、展望は無い。強風とガスに加えて雨予報もあり、予定の仙ノ倉山は断念して来た道を下山することにした。迎えに来てくれた宿の車で越後湯沢駅へ。駅前のそば屋で打ち上げをして千葉へ戻った。今回、平標山から仙ノ倉山へ続く稜線を歩けなかったのは残念だが、東京駅から1時間半の越後湯沢周辺は意外に身近な山域だということが分かった。

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アルプの里から越後の山々   清津峡   ハリガネムシ
   
平標小屋から平標山   池塘 土樽ルート   苗場山
     
苗場山   仙の倉