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大朝日岳 2019年7月6日から8日 

大朝日岳の記録 2019年7月6日から8日 2名で

7月6日 梅雨の真っただ中、数日の好天予報に誘われ、大朝日岳登山に向かった。宮城県側の雨は山を越え山形県に入ると晴れていた。寒河江インターから287号、細い山道を辿り、最奥の朝日鉱泉に泊った。今回は鳥原山から小朝日岳、大朝日岳、中ツル尾根コース。

7月7日 鳥原山、小朝日岳から大朝日小屋まで。

朝日鉱泉標高650m7時4分-鳥原小屋10時37分-鳥原山11時3分-小朝日13時17分-銀玉水15時1分-大朝日小屋15時50分

天候は霧、樹林帯で時々小雨。朝日鉱泉の駐車場から下り吊り橋を渡る。ブナの森に杉の植林地、中ツル尾根分岐から右の斜面を登り尾根に出ると標高800m。ヒメコマツが現れた。ここまで一時間。小雨模様だが樹林帯で雨具不要。尾根から右の斜面に下り金山沢を渡渉。登山道に花崗岩が現れ、尾根に出ると池塘と木道だ。湿原で二つに分かれる。左は鳥原小屋らしい。右は白滝・小寺鉱泉・小朝日岳とある。迷って小屋の方向を歩くとヒメコマツのある神社と鳥原小屋でトイレや水場も綺麗だ。この先のルートは発見できず。小屋に入ってみると先行グループが休んでいた。我々も大休止。元の分岐に戻り小朝日岳を目指す。鳥原山展望所1429.9mでマクロ機能を持つレンズに交換。鳥原山と小朝日岳間は一部足場が不安定だ。小朝日岳で待望のヒメサユリが出現。小朝日岳から一旦下り古寺鉱泉ルートと合流し熊越しの最低部に。樹林帯から森林限界を超えると再びヒメサユリの群落、カメラを覗く回数が増した。銀玉水で水3リットル補給。しばらくすると急斜面に残雪が沢山残り少し不安になった。残雪が消えてヒナウスユキソウを眺めながら大朝日小屋に到着。地元山岳会担当の方より宿泊者全員が歓待を受けていると外は夕日、急いでカメラを持って外に。夜半に天の川を撮影。七夕の夜、満天に近い星を見る幸運。

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朝日鉱泉ナチュラリストの家宿泊 帰りにもお風呂 朝日川吊り橋 登山口から直ぐ 鳥原山分岐
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尾根上の木 金山沢渡渉 池塘 小朝日岳 左に
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ヒメサユリ ヒメサユリの歓迎 残雪の歓迎
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ヒナウスユキソウ群落 親切な小屋大朝日小屋  夕日 日本海方向
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天の川 七夕の夜 幸運    

7月8日 大朝日小屋発6時15分、大朝日岳 6時45分-7時25分、中ツル尾根、長命水9時18分、大朝日沢吊り橋10時24分、鳥原山分岐12時55分、朝日鉱泉13時10分

ご来光と雲海を撮影後、大朝日岳山頂に。山頂を十分堪能し中ツル尾根を下降。標高1300m程から尾根にヒメコマツが植生。大朝日岳山頂から1000m下り朝日川に出てから吊り橋や渡渉があった。増水時は下るのは難しいようだ。登山路は傾斜があって滑りやすい。尾根を何度も回り込むためアップダウンがあって体力を消耗した。朝日鉱泉駐車場で着替えをしていると鉱泉の方から風呂に入って行って下さいとのこと。鉱泉に入ると疲れも取れ。月山インターに向かうと古寺鉱泉入り口手前で熊が草むらに入るところだ。熊が里近くに下りてきている。

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小朝日岳1647mと朝日 右鳥原山1430m 小屋の鐘と中岳 西朝日岳1814mと中岳1812m
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朝日 鳥海山と月山 飯豊山
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ヒナウスユキソウ 大朝日岳1871m 中ツル尾根より 堂々としたヒメコマツ
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朝日川に下って最初の吊り橋 朝日鉱泉から望む大朝日岳  

屋久島 白谷雲水峡から太鼓岩、宮之浦岳、龍神杉

屋久島の記録

 2019年5月30日~6 月4日 天候 鹿児島奄美地方梅雨入り。5月18日 午後4過ぎから降り出した豪雨 6時10分まで一時間120mmの記録的な豪雨の後。5名で。

5月30日 成田空港行12時、第三ターミナル ジェットスター13時50分発、座席は指定しなかったため非常口、カメラ出せず。鹿児島着、鹿児島天文館前、法華倶楽部泊。

5月31日 鹿児島港より宮之浦港、白谷雲水峡から太鼓岩 

6時30出発、南港高速船乗り場6時59分、高速船7時45分発、宮之浦港着9時45分、レンタカーで白谷雲水峡10時46分、くぐり杉11時53分、公家杉・武家杉12時37分、辻峠休憩、太鼓岩13時13分-29分、岩屋13時48分、白谷避難小屋14時32分、駐車場15時21分、ヤクタネゴヨウ松展示林15時41分

ホテルから高速船乗り場に向かうと桜島に笠雲が掛かっていた。鹿児島湾は波も静かで高速船のエンジン音も静か。空母型護衛艦を左に見ながら大隅半島を抜けると低い種子島が続き、高い屋久島が見えると2時間で宮之浦港に到着。白谷雲水峡向かう。渓谷から楠川歩道に渡ると苔むす歩道。時折、太い樹木の原生林。美人が休憩していた。辻峠で休憩後、太鼓岩に。宮之浦岳は雲の中、永田岳が右に見えた。下山後、雨が降り出したがヤクタネゴヨウ松展示林を見学。ハートランドハウスに宿泊。

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鹿児島港 桜島 白谷雲水峡 くぐり杉 屋久杉
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太鼓岩 宮之浦岳方向 太鼓岩  ヤクタネゴヨウ松展示林

6月1日 宮之浦岳 

4時、弁当の朝食、淀川登山口5時39分、淀川小屋7時18分、大岩の下で休憩8時20分、花の江8時57分、投石平9時52分、11時17分宮之浦岳山頂、11時45分下山開始、投げ石平13時14分、花の江13時55分、淀川登山口15時55分

5時に淀川登山口に向かう。5月18日豪雨による崩壊が生々しい。途中で鹿の親子、生まれたばかりで手のひらにのるような子鹿がヨロヨロと逃げた。登山口5時39分、標高1350m。雨が強く、地元の人が登山者に注意していた。明日は大雨の予報で白谷雲水峡で渡渉はできないので、ここに戻るしかないそうだ。縦走を断念し、宮之浦岳往復に切り替えた。途中で帰る事も考え出発。6時5分、少し登って尾根を越え、斜めに下って淀川避難小屋で休憩。淀川は幅も広く水の流れは名前のとおり緩やか。登りが始まる。木々もモミやヒメシャラの大木、杉の大木が続いた。雨の中撮影。大岩の下で休憩、最南端の湿原花の江でも休憩。宮之浦岳まで3.8km。往復6時間、2名の女性会員と3名で歩く速度を上げた。黒味岳別れから風化した花崗岩に張られたロープがある。傘を差しながら登った。投石平で休憩。ガイドとお客さんの2名が休んでいた。宮之浦岳まで行くらしい。少し安心した。シャクナゲを撮影。雨も上がりそうだ。男性3人が下ってきた。少し進むと雨宿りに好都合な岩小屋だ。投げ石岳の急坂にロープがあり、これを越えると森林限界だ。投げ石岳・安房岳・翁岳はヤクシマダケの笹で、その中腹に登山道が続く。登山道は時折深くえぐられ、周りは笹やシャクナゲが覆ったトンネルだ。この薄暗いトンネルを登って来た人がワーと声を上げて驚いた。がっちりした男性と女性の二人連れだ。後で分かったが有名人という。森林限界を越えても霧が視界を遮る。翁岳下の登山道で鹿が笹を食べていた。移動するまで10分静かに待つ。最後の水場から500mほど急登し栗生岳、少し登り宮之浦岳山頂11時17分。一時的に雲が薄くなってくれた。11時45分下山。レンズをマクロ機能付き35-135mmに交換してシャクナゲを撮りながら下る。栗生岳の祠を覗く。投げ石平13時14分。淀川小屋まで3.9km。花の江で休憩14時9分発。暗い原生林にヒメシャラの大木が雨にぬれ赤く輝いている。淀川小屋で数分休憩後、急いで下る。15時55分淀川登山口で小川さんが車で待っていてくれた。下り4時間10分を要した。雨が強く降り出す。尾野間温泉で汗を流し、ラ.イスラタセに宿泊。

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淀川登山口 淀川避難小屋 花の江
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投げ石平 ヤクシカ 宮之浦岳山頂 1936m
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屋久島花崗岩 長石 ヤクシマシャクナゲ  
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ヤクスギ 淀川 橋  

6月2日 西部林道、落し滝 

 落し滝入り口駐車場13時00分、落し滝13時50分、駐車場14時40分

 雨の中を林道から尾根を登り踏み跡の少ない道をトラバースし滝の落ち口に。降雨中、水量が増し堂々とした滝。下山後、駐車場でカッパのズボンを抜くとふくらはぎに何か付いていた。振り払っても落ちない。ヒルだ。血が止まらなかった。 ラ.イスラタセ 宿泊。

6月3日 龍神杉  

 林道駐車場7時5分発、龍神杉11時52分、下降開始12時46分、トロッコ跡14時53分、駐車場16時10分

 雨の中登山口に、コンクリート舗装から砂利林道へ。登山道は階段で整備されていた。苔の神秘の森。尾根に出てから断崖のトロッコ跡を辿る。標高700mで、トロッコ道と分かれ急登。右の高いところは耳崩れという山らしい。ヒルが飛んだ。尾根下をトラバースしながら渡渉を2回、深い山の中だ。耳崩れから尾根に入り急登、標高100m毎に標識有り。1000m、1100mを越えて左上し、登山道が二つに分かれる。右に大きな切り株。左を見ると、見た事の無い巨木が立っていた。ここまでひたすら樹林帯を歩いて来る価値のある光景だ。ベンチで素早く、お湯を沸しカップに注いだ。全員に配るには3回必要だった。その間、ヒルのチェックも。写真を撮って戻る時に木の階段で滑り痛かった。下る時も痛みが続いた。一時的に止んでいた雨が降り出す。下りも長く感じた。車に乗る前にヒルのチェック、各々数匹を見つけ摘まんではぎ取った。

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巨木 龍神杉 龍神杉 トロッコ跡  

自分だけ、宮之浦の民宿海星に送って貰った。シャワーを浴びると右腹にヒルの跡、血が止まらない。畳に血を吸った丸いヒルが転がっていた。ズボンと下着を洗濯し帰ってみると畳にヒルが尺取り虫のようだった。 木の階段で滑った踝付近は内出血を起こし腫れていた。血管が切れたらしい。ロキソンニンテープで強く抑えた。雨が強く、外出は諦めた。龍神杉登山口までは悪路でタクシーも行ってくれないらしい。

6月4日 民宿を9時に出発、女将さんが屋久島環境文化村センタ-まで車で送ってくれた。港に。10時発乗船、種子島経由鹿児島港に到着。荷物を預け、近くの鹿児島県立博物館に。博物館の催しは光る石。屋久島と種子島の地形が少し理解できた。屋久島はプレートの沈み込みにより、隆起、マグマの押し出しにより花崗岩が貫入し高い山になったようだ。種子島は貫入がないため山が低い。また、花崗岩に含まれた白い模様は長石だ。マグマがゆっくり固まると結晶が成長し長石ができるという。砂岩が熱変性を受けると固いホルンフェイスになるらしい。屋久島の周りにある滝は固いホルンフェルス。風化し易い花崗岩は、結晶質だ。地下深くで固まった花崗岩はこの傾向のようだ。係の人に教えて貰った。4時前に港に戻り、空港バスを待っていると、皆が到着した。成田着、おそい時間。複雑な空港内を小川さんのリードで最終バスにやっと間に合った。感謝。

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銅像 西郷さんと小松帯刀 鹿子島県立博物館

念願のトムラウシ縦走

念願のトムラウシ縦走

722日(日) 層雲峡から黒岳、北海岳、白雲岳避難小屋へ

 朝方の雨も止み、層雲峡から登った黒岳山頂では青空が広がっていた。ここで、全国支部懇交流登山の参加者と別れて山本さんと私は、永年の憧れの山、トムラウシを目指して歩き出した。黒岳石室から少し下った赤石川では、冷たさに悲鳴を上げながら裸足で渡渉した。しばらくすると、銀泉台からやってきた交流登山の別グループとすれ違う。「北海岳はものすごい風だよ」と教えてくれる。あまりの強風に雨合羽のフードをすっぽり被って歩く。  

黒岳から約4時間、白雲岳避難小屋に着く。テント場にテントは一張りだけ。避難小屋の宿泊は4人だけと聞き、我々も小屋泊にする。管理人がいて、協力金1,000円を支払う。夜中に小屋が揺れるほどの風が吹いていた。

 

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右上が黒岳、後姿は交流登山者 白雲岳避難小屋

 

723日(月) 白雲岳避難小屋から、忠別岳、ヒサゴ沼避難小屋へ

 朝焼けが素晴らしく、今日歩く道がはっきりと分かる。山々が連なり、一番奥に王冠のような形で頂上だけ見えるのがトムラウシ山だ。

まだまだ遠い。熊鈴を鳴らしながらハイマツの中を行く。出発から4時間、緩やかなアップダウンを繰り返し忠別岳に着く。撮影スポットがありすぎてなかなか進めない。忠別岳から200m以上いったん下って、五色岳への登り返し。ここを過ぎると化雲岳までは穏やかな登山路。

“カムイミンタラ”(神々の遊ぶ庭)とは言いえて妙だ。10時間掛けて今日の宿泊地、ヒサゴ沼避難小屋に着く。

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朝焼けと中央奥にトムラウシ山 神々の遊ぶ庭からトムラウシ山 ヒサゴ沼避難小屋

 

724日(火)① ヒサゴ沼避難小屋から、トムラウシ山、トムラウシ温泉へ

 ヒサゴ沼の雪渓を慎重に登り返して稜線の縦走路に出る。天沼で浄水して飲み水を作る。巨岩がゴロゴロした中を進み、ヒサゴ沼から3時間でトムラウシ山頂に到着した。ついにやった。山本さんとがっちり握手。

山頂で記念撮影したりするうちに、トムラウシ温泉方面からの日帰り組がどんどん上ってきた。下った南沼のキャンプ地で山本さんと分かれて、ヘロヘロになりながらトムラウシ温泉へ7時間かけて下山した。

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トムラウシ山頂

                                  (記 三田 博)

十勝岳分岐からオプタテシケ山、美瑛岳、十勝岳、旭岳

 

724() ② トムラウシ温泉と十勝岳分岐から双子池へ

十勝岳分岐から少し登りトムラウシ温泉ルートの三田さんを呼ぶと振り向いて手を振ってくれた。南沼の先は広大な台地の黄金ケ原だ。ハイマツ帯は先が見えず笛を鳴らし歩く。三川台の下りでヒグマの掘った新しい跡が数か所。笹のブッシュ帯は足元が見えなく何処までも続いた。笹は時々背丈以上あってストックでかき分け進んだ。最低コルのブシュ帯で2名に合った。つりがね山の急登はハイマツに覆われ長い鎖があった。ハイマツ帯とブッシュ帯が続く。右断崖の登山道が崩落していたので狭い尾根上のハイマツを支えに越えた。ここは1558m地点らしい。コスマヌプリ1626mで休憩。

最後のピークを登って下るとカブト岩1569m。足元の見えない笹ブッシュの道を下ると双子池。テント場は、最低部から少し登った雪渓の下。じめじめしたテント場だった。16時45分。一張は函館在住の先行者。やっと安心。トムラウシ山から7時間30分掛かった。

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振返って見たトムラウシ山

 

725()  双子池-オプタテシケ山2012.5m-美瑛岳2052m-十勝岳2077m-上ホロ避難小屋

 オプタテシケ山頂に雲が掛かっていた。函館の人が左方向に登って行った。550分。テントを畳み先行者の方向に。直ぐ、道を失ったが上部を目指す。はるか上に先行者と登山道。右にトラバース気味に登ると登山道だった。頂上はいったん下った上だ。

 

オプタテシケ山は山深い。ここまで2名パーティと単独行者に合った。819分。オプタテシケ山頂、軽装でトムラウシに向かう東京の登山者にった。トムラウシ温泉からと十勝岳経由も同じ距離でこちらからトムラウシに行くという。自分の歩いて来た経験から11時間かかります。道は不明な場所が多いと伝えた。その登山者は直ぐに引き返してきた。ベベツ岳・石垣山を下り美瑛富士避難小屋分岐で休憩。登山道に真っ黒な大きな糞だ。ヒグマに違いない。美瑛富士分岐から約300mの登り。美瑛岳の分岐に荷物を置き美瑛岳に向かった。1232分。美瑛岳山頂もガス覆われていて何も見えなかった。分岐に戻り行動食を補給、その間、東京と函館の登山者が先行した。少し登って下ると右に黄色印、ガスで見えにくい。谷で険しそうだ。左のルートらしい道を少し辿った。地図で確認するとこの方向は北方向で今登ってきた方向だ。ルートは南方向で元に戻り下った。ガスが少なくなると美瑛岳東側尾根の下部は緩やかな斜面が原生林まで続いていた。遠くに十勝岳山頂がやっと見えてきた。

最低コルから250-300mの登り。鋸岳の東斜面を登って行くと残雪と融水、不安定な火山灰と砂礫のリッジを一歩一歩登った。東京の登山者に追いつき、水を補給しましたかと聞くと先程の残雪で補給できたと云う。火山灰の急斜面をトラバースし後方の登山者を待ったが不安定な所で座っていて来ない。そこまで甘納豆と塩飴を持っていった。登山者は靴底が剥がれ疲労していた。安全な所に戻り結束バンドを用意して待った。風の強い平ケ岳から岩場を登ると十勝岳山頂。1534分。光顔巍力と書かれた石柱有り。東京の登山者は望岳台に下山。ここから3時間かかりそうだ。上ホロ避難小屋の標識に従い滑りやすい岩礫の登山路を慎重に下った。1650分。上ホロ避難小屋は、函館の人と自分の二人だった。夜中、東側にオレンジ色の星、火星だ。暫くすると雲で見えなくなった。

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オプタテシケ山からトムラウシ山旭岳 十勝岳

726()  上ホロ避難小屋-上ホロカメットク山-かみふらの岳-十勝岳温泉

610分に歩行開始。急尾根を登ると上ホロカメットク山1920m。かみふらの岳からD尾根で活火山の噴煙を後に十勝岳温泉に下る。

尾根から階段で整備された登山道だった。沢筋で大きなザックの若い単独女性と話す。これから十勝・トムラウシに向かうと云う。地元の人だ。笹とブッシュで歩きにくかったと話すと、登山道整備時にその女性も手伝うからと言っているという。涸れ沢の富良野岳分岐から右尾根を回り込むと安政火口が近い。外国人が迷っていてコピーした地図を示しながら現在地は何処ですかと聞いてきた。自分の地図を出して現在地を教えた。目的ルートは望岳台から十勝岳・美瑛岳で車は十勝岳温泉に置いてあるという。十勝岳が目的ならば、ここからかみふらの岳・上ホロ岳・十勝岳の往復が良いでしょうと伝えた。二人連れの女性に相談したらその案がよさそうだ。自分の地図をスマホで撮った。女性たちもかみふらの岳まで同じという。安政火口の沢を渡り少し登ると広い登山道。ふくよかな女性が休んでいて話しかけられた。トムラウシからですか。そうです。私も何年も前に歩いたがもう行けないですと。 

40分程度で十勝温泉凌雲閣910分。800円用意し入浴を頼むと、半額の恩恵を得た。源泉は、登山路の下に3本のパイプで引き込んでいるので茶褐色の温泉だった。バスの発車は955分。乗客は自分1人。町営バスは吹上温泉に右折し登山者5名を乗せて元の道路に戻った。上富良野駅1035分着。空港経由旭川駅のバスの停留所が分からない。もう一人の若い登山者も同じだ。駅内に案内所があったので聞くと、信号の右だそうだ。若い登山者と話すと層雲峡で働いているという。黒岳ロープウエイだそうだ。22日の日曜日、黒岳のリフト終点で降りたときの係だったそうだ。美瑛避難小屋からオプタテシケ山を往復したらしい。オプタテシケ山で軽装登山者の話をしたら、その方も会ったという。1124分発の定期バスで旭川空港へ。空港でその好青年と別れ、姪の車で羽衣の滝を見学し旭岳温泉のラビスタ大雪山に泊った。

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手前は安政火口と三段山、奥に噴煙と十勝岳 中ほどが安政火口、右上は上ホロカメットク山、中央のコルの反対側に上ホロ避難小屋

727() 大雪山 旭岳-間宮岳 

 前日、洗濯。530分会計を済ませ、旭岳ロ―プウェイ駅へ。貸ロッカーにガスコンロ以外の荷物を置き6時発一番のロ―プウェイに乗った。旭岳は名前の通り朝日が昇ってきた。姿見池で逆光の噴煙と旭岳を撮影。

    

10数人の登山者が登っていく。登山道は左に向きを変え、最後の傾斜を登ると旭岳山頂82分。高校生グループがいた。急いで、全周ムービーを撮影。828分、旭岳から間宮岳の下りは砂礫で滑りやすいのでゆっくり下った。下部は残雪が残っていた。荒井岳より御鉢平を撮影、戻って標識が立つ間宮岳。中岳分岐から左に折れ、急な登山路を下ると中岳温泉。足湯を楽しんだ。エゾコザクラとチングルマの大群落を撮影。裾合平で休憩。姿見池ロ―プウェイ駅で時間調整。三田さんに下山報告。旭岳ロ―プウェイ駅でガスカートリッジを引き取って貰った。1800分の空港経由旭川駅行バスに乗車。2015分の飛行機、帰着2330分。※今回グレイル浄水ボトルを使用。一回で470ml濾過、重さ310g。             (記 山本哲夫)

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姿見池と旭岳 遠くトムラウシ山、十勝岳

北岳3193m、スピード登山ゴミを拾う青年に遭遇 

北岳3193m、スピード登山しながら15年間ゴミを拾っていた青年に遭遇  () 千葉支部HP担当者 山本

 北岳山頂、73()1143。富士山は雲間から時々少し見えた。カメラ持った青年と年配者が2人、他に3人、静かでした。青年のカメラはニコンDFだ。セルフタイマーで自分の記念写真を撮っていると、慣れていますねと。青年は、北岳山荘方向に下った。1214分に下山。②肩の小屋1241分、草滑り分岐1300分、③白根御池小屋13時58分。休憩後カメラをザックに収めた。急な尾根の下りに入ると、山頂で見た青年が直ぐ後ろに。先を譲った。暫く一緒に下った。何か昆虫でも捕まえたかと思ったがゴミだった。青年はゴミ拾いで登っているらしい。地元にUターンしたそうだ。短時間で登降しながら拾うようだ。折れたストックも拾ったようだ。大事な道具なのに折れるストックは問題だと言っていた。直ぐに見えなくなった。

御池と広河原の中間付近で3人家族連れで年配女性の右足が麻痺しているようだった。後から下ってきた2人連れの1人がテーピングを出してくれた。直ぐに小屋の関係者2人が通りがかり助けてくれた。先ほど下っていった青年が心配で戻ってきた。2本のストックに雨具とフリースを巻き、ザックの下に通しこれに足を抱え背負うという。2人で荷物を分散し広河原山荘まで標高差およそ400m、小屋の若い人と青年の2人で交互に背負い1人がサポートして降ろした。広河原山荘で別れ2人連れと私は16時にバス停に。青年も直ぐにバス停に。3人連れも問題なくバス停に到着。1640分の最終バスに。バスで青年と話が合った。名刺を貰った。芦安駐車場でゴミを見せて貰うと塩飴の袋、リップクリームと様々でその数50個以上だった。故意に捨てたものより、気が付かないで落とした物が多いと言う。15年間続けているそうだ。山にゴミが少なく綺麗なのはこういう方がいるからだった。我々も、ごみ袋を下げて登るべきと思った。支部会員YSさんよりごみ拾いの推進・実践を提案してくれた。 「行程記録:201872日 広河原-御池-大樺沢-八本歯コル-北岳山荘テント泊、3日 テント場-間ノ岳往復-北岳-肩の小屋-御池-広河原 単独」 白、黄色、紫色の高山植物が百花繚乱の勢いでした。

北岳、間ノ岳 201872、3日の写真 クリックすると拡大します。

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北岳 バットレス 4尾根終了点?に二人のクライマー 北岳山荘テント場より 天の川と富士山 夏は天の川が識別し易い 撮影条件ISO6400,f4.5,10秒  朝 黎明 高山植物と富士山  1
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高山植物と富士山 2  高山植物と富士山 3 北岳肩の小屋 尾根上より ③ 白根御池小屋 美味しい水に感謝

ギ リ シ ャ の 山 旅

 

記:吉永英明

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オリンポス山ミティカス・ピーク

 JACの同好会のひとつである山想倶楽部の山 行で、総会終了後の 6 月 25 日~7 月 4 日の間ギリ シャを旅し、ギリシャ本土中部のオリンポス山 (2912 メートル)と地中海東端のクレタ島イデ山 (2456 メートル)に登ってきた。

 山想倶楽部では、毎年夏、海外の山行を実施し ている。2012 年のアメリカ・カリフォルニアのヨ セミテ(ハーフドームの登攀)、2014 年のアメリ カ・ユタのブライスキャニオンに続く海外山行で あった。私にとっては、今般、20 年間に亘るJA C運営の手伝いから解放されたため、自分に対す る慰労の積りで参加した。

 旅行期間中、ギリシャ危機といわれるユーロ圏 での経済危機が重なり混乱が心配されたが、我々 旅行者は何の不都合もなかった。元々、信用度の 低い“ドラクマ”というギリシャ固有の使ってい たものが、信用度が格段と高いユーロ圏に加入し、 低利での外債による資金調達が容易となったため、 ジャンジャン借金をしてしまったもので、これを 生産投資に振り向けず、年金の充実とか、オリン ピック開催の際の施設費に費消し、一時はデフォ ルト宣言寸前まで陥ってしまったという訳である。 幸い、ドイツをはじめとするユーロ圏主要国の援 助で何とか正常化が見え始めてきた。アテネ市内 ではチプラス首相提案の国民投票直前であったが、 人々には切羽詰った様子は全くなかった。唯、銀 行はシャッターを下し、ATMの前に年金生活者 が現金を得るべく列をなして待つ姿がみられ、国 の財政が破綻するのはこういうことかと思った。

 さて、アルプスより東のヨーロッパ中部の第 2 の高峰オリンポス山の登山は、アテネから高速道 路を北上して山麗のまちに一泊、標高 2100 メー トル程のアガピトス・ロッジに 2 泊してスコーピ ア(2912 メートル)に登頂し、隣のミティカス・ ピーク(2917 メートル)で岩登りのまねごとをし た。天候は夕刻に雨模様になる程度で順調、2300 メートル付近のマツの森林限界より上はガラ場が 広がる大きな斜面を登るというルートで、日本で の山登りと大差はない。所々、残雪がみられ、野 生の山羊のような動物を遠望することが出来た。

 ミティカス・ピークは、5 名の希望者を 2 組に 分け、地元の若いお兄ちゃんガイドの先導でハー ネスを装着して取付いたものの、1 名が経験少な く時間がかかりすぎるため、中途で登攀を中止し た。ルート自体は前夜の雨で途中のガリーが濡れ ていたが、岩は硬く、少々の経験があれば十分登 れると思われた。スコーピア、ミティカスの北面 は高度差 500 メートル以上の大岩壁が連なってお り、穂高の滝谷といったスケールではなかった。 中腹のロッジは、ヨーロッパ各地からの登山者で にぎわっていた。ビール、ワイン等の飲食、チー ズ類のおつまみの値段は安く、酒好きの同行者は ずいぶん酔っていた。

 オリンポス登山の後は、北部のギリシャ第二の 都市テツサロキニに車で移動し、ここから空路ク レタ島に飛んだ。移動中気がついたが、アテネと テツサロキニを結ぶ国道 1 号線ともいうべき高速 道路の走行車両が少なく、特にトラックの少なさ が目立った。やはり、国家経済の停滞が物流まで 影響を及ぼしているのであろう。テツサロキニ空 港では、雷雨に見舞われて出発が遅れ、おかげで クレタ島イラクリオン空港到着が夜 10 時すぎ、ここからクレタ島山間部まで 2 時間、イデ山登山の 基地となるアクソスについたのは夜 12 時を過ぎ ていた。

 翌日は好天に恵まれ、イデ山登山口へ車で行き、 約 4 時間ほどの登りで全員無事ゼウスの神の生ま れたという山頂を極めることが出来た。中腹は山 羊、羊が放牧されたゆったりとした山容で、所々 残雪がみられ、北アルプスの太郎平から北ノ俣岳 への稜線を歩いているようで、出会った登山者は ドイツ西部から来たというドイツ人 3 人のみ、静 かな山登りが出来た。

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イデ山  

 アテネではアクロポリスの丘のパルテノン神殿、 第 1 回オリンピック開催時の競技場等を見学し、 クレタ島ではクノッソス宮殿跡を見学した。何し ろ紀元前 3000 年位から始まる話である。私も最 近山想倶楽部の人達と山の辺の道、葛城古道とい った奈良の山里を歩いているが、せいぜい150 0年前位の天皇の勢力圏がその辺の村長さんクラ スであったろう時代からしか頭にないためピンと こなかった。

 日本からアテネへの直行便がないため、往路は パリ経由、復路はアムステルダム経由を利用した。 帰路、アムステルダム空港で“吉永監督”という 呼び声がしたので振り向いてみれば、何と山岳部 の後輩(彼は1996年のJAC K2登山隊に参加) がいるではないか。どうしてここにいるかと聞く と生意気にも国際学会の帰りという(彼は独法“環 境技術研究所”研究員)。後で気がついたことだが、 私の荷物にそーっとオランダ土産を忍ばせてくれ ていた。