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 日本山岳会越後支部報 第32号でご案内しました11月6日(土)~7日(日)に計画しておりました

歴史探訪「塩の道」を歩こう】諸般の事情により中止とさせていただきます。

 会員の皆さんにご迷惑をお掛けしました事をお詫び申し上げます。

                           山行委員長 渡辺 茂

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          寒い中の御神楽岳山頂にて! 皆さん元気です!!!

 

日時: 2021年(令和3年)10月17日(日)  ルート: 室谷登山口~御神楽岳(往復)

2021年度の山行計画は新型コロナ感染拡大防止の観点からすべて中止とし、今季、最初の登山である。

当日は雨にも関わらず遠方の村上市から上越市までの会員が6時半に阿賀町室谷集落「かやぶきの里」に集合し小雨の中、登山口へと出発とした。25名の参加と大勢であり3班編成で行動した。

登山口で各班別に点呼をとり日本山岳会越後支部後藤副支部長から挨拶を頂き、元気よく山頂を目指し出発した。天気予報は午前小雨、午後からは回復の予測であるが気温は低くなった。

途中の水場は普段は少ないが、今日は雨の影響か小川のような流れである。登山道は夜半からの雨で泥んこ状態、標高1000Ⅿ前後から木々の紅葉は奇麗だった。

元気よく大森山展望台1140Ⅿに到着。此処まで来れば傾斜面を上り切れば平坦となり、晴れ間からの草黄葉を見ながら進めば雨乞峰となり山頂はすぐであった。

標高1200Ⅿ前後からは風もあり寒くなった。山頂到着11時、雨は止んだが寒い、周りは濃いガスに覆われ展望は無い。山頂の気温は5度前後と寒いため記念写真を撮り即下山とし、大森山展望台で昼食とした。

午後からは霧雨となり、下りは滑らないように注意し全員元気よく登山口に到着することが出来た。

最後に新潟県山岳協会遠藤副会長から今回の企画に大勢で参加いただいたことに感謝の挨拶があり解散とした。  寒い中の登山、お疲れ様でした。ありがとうございました。

御神楽岳山頂では濃いガスに覆われ展望は出来ませんでした。「日本山岳ルーツ大辞典より」御神楽岳のルーツなどについて記載しました。

【山名のルーツ】

御(み)は山に対する敬称。日照りに悩まされた農民が、この山の頂に祭壇を設け、神楽を奉納して雨乞いの祈禱を捧げたことを示す山名である。。

【この山と神様】

崇神天皇のとき、まだ天皇に服さないものが多かったので北陸・東海・山陽・山陰に征定のための将軍が遣わされた。

北陸将軍オオヒコノミコトは息子の東海将軍タケヌナカワケノミコトと会津で奇跡的に出会った。二人はこのことを祝い福島県と新潟県の境にある御神楽岳の山頂にイザナギ、イザナミの二神を祀った。

これが伊佐須美神社のはじまりという。欽明天皇の時、平地の現在地に移され二神の他二将軍(オオヒコノミコト、タケヌナカワケノミコト)が祀られた。

【この山と風土】

御神楽岳は厳しくも雄大な岩壁を持っているためか、会津の谷川岳という異名がある。

今は新潟県の山であるから明治の初期に会津藩であった時代の呼び名が今に伝わっていることと推察できる。

山の雪形を農作業の目安にする習慣は新潟県でも飯豊山系に多い。

御神楽岳は、五月になると「鶯形」が百丈岩付近に見ることができる。農作業の開始である。

御神楽岳に「雨乞峰」いう「池」があるが、里の百姓が供物をそなえて、祈願する。

池の水を一同で搔き回していると、里には雨が降ると、言い伝えられている。

しかし、山頂は霊山として古くから立ち入りを禁じている。神谷、室谷部落の許可がないと雨乞いもままならない。       

                                  山行委員長 渡辺 茂

 日時:令和3年(2021)10月3日   場所: 会津街道の諏訪峠(510m)  

方法: 交差縦走(津川から6名)、(行地から7名) 計 13名

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 22歳の松陰は嘉永5年(1852)2月8日東北遊歴の旅を同藩の宮部鼎蔵と二人で冬の諏訪峠を越えました。

一緒に歩いたのは津川の商人2名の計4名でした。 

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行地から歩いた7名のルートでご紹介します。

奥が諏訪峠への道になります。ここの左手に

会津街道の標識があります。行地は諏訪峠への

直近の部落で、街道には石畳が難所対策で施されています。

轍が2本見える入口でした。

 

 

 

 

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自動車が通行出来る幅の道路が目の前にありました。雑草はそこそこがありましたが、気にしない。

登るにつれて道の片側は植林杉、片側は広葉樹林帯とほぼ明確に区分されていました。

諏訪峠までの高低差は約300mで、程無く行地の一里塚が現れます。2基一対の完全な形で現存しています。

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     次は中の茶屋跡だが藪の中で目視不可。

諏訪峠は江戸時代の参勤交替の道の一部であり殿様街道と呼ばれて、村上藩、新発田藩の記録が多く残っています。

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 殿様の休憩を見ていた大ブナが現存しています。多少の藪を潜ると視界が広く開け、2時間強で諏訪峠に到着

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角島から来たグループと一緒の昼飯です。諏訪峠には、津川側から小型車又は4駆の乗用車であれば林道を上がってこれます。  

詩碑は松陰の東北遊歴日記から一部抜粋されて刻まれております。

【吉田松陰諏訪峠を越ゆ】 藤島玄氏の文献が登山とスキー部報9号(復刊第一号)に掲載されてます。 suwatouge103-04.pdf   本誌は関川村の藤島蔵書でご覧いただけます。

  

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下山を開始し林道を歩くと時々古道らしい踏み跡の入口が出て、又林道に戻ります。

柳新田の一里塚が完全な形で姿を現します。柳新田は現在3軒の集落でした。大きなお宅の奥様が

会津街道のガイドもされていて色々有益なお話を伺いました。

 

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石を敷き詰めた道心坂を抜けると、石畳が残る古道が現れます。

総計4000mの5本の古道(石畳)が保存されています。各石畳の入り口に標柱が有ります。

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一部不詳区間になっていましたが、事前の予備調査の結果それらしい軌跡を録る事が出来ました。

杉林の中を抜け田圃の畔を歩くと、追分の標識と馬頭観音、湯殿山の石碑が田圃の真ん中にありました。

予備調査4回の成果と思います。

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 終わりに、越後支部の古道調査の第1回目として13名で踏査出来ました。 

古道に関わるには歴史を良く勉強するのが大事と認識を改にしました。    

                              文責 下越地区古道担当 佐久間雅義

  写真はクリックで拡大します。

  情報の多くは、新潟県阿賀町・新潟県新潟地域振興局のパンフレットです。素晴らしい資料に感謝!!!

 

 

 

 

 

   

日 時:令和3年9月25日(土) 8:00~14:00

主 催:公益社団法人 日本山岳会越後支部、 共  催:新潟県三条地域振興局

後  援:弥彦山岳会、燕山岳会、越後吉田山岳会

ルート:八枚沢登山口~妻戸尾根∼妻戸山~弥彦山山頂~能登見平~雨乞山~八枚沢登山口

参加者:19名

新潟県内でも新型コロナウイルスの感染拡大が続いていたことからボランティアの募集は行わずプロジェクトメンバーおよび各山岳団体会員のみで実施しました。 登山道の危険個所や案内看板等の現況調査および登山道にはみ出た草や枝、枯れ木の除去活動として行いました。

 

秋晴れの中、8時、弥彦村ヤホールに19名が鎌、のこぎり、ごみ袋、マーキングテープを持ち寄り集合、今回の活動の趣旨について説明後、5台の車両に分乗し八枚沢登山口へ向け出発しました。

このルートは花が咲く時期には多くの登山者で賑わうコースでありますが、階段が多く、石がゴロゴロと歩きにくいため、急斜面にはザイルを設置、雪割草群生地には立ち入り禁止のロープも敷設しました。

階段が崩れないよう鉄の杭が打たれた場所には躓かないよう注意喚起用ピンクのマーキングテープを縛り付けました。

安全登山を確保するためにも登山道沿いにはみ出た枝や枯れ木についても除去し、登山道は歩きやすくなりました。妻戸山分岐に設置された休憩場所のテーブルは草むらに覆われ隠れていましたが、テーブル回りの大量の草も除去し休憩場所と分かるようにしました。

最近の登山者のマナーは良く、ゴミなどは殆どありませんでした。

弥彦山山頂の階段脇の松の枯れ木についても神社の方から除去の依頼があり、除去した後はスッキリした雰囲気に生まれ変わりました。

能登見平からは枯れ枝の除去をしながら八枚沢登山口に降り、今回のプロジェクト作業を終えることが出来ました。 

 なお、今回も新潟県三条地域振興局、燕市観光振興局、燕市観光協会から参加いただきました。

 詳細報告書はこちらです〇第2回弥彦・国上る.docx                   山行委員長 渡辺 茂

 令和3年8月8日(日)に予定されていました第4回糸魚川世界ジオパーク「子ども登山教室」は、

 コロナウイルス第5波の急激な感染拡大台風10号接近による」荒天予想の為、

 急遽中止とさせて頂きます。

                                      以上

 

大勢のボランティアに感謝!!!

弥彦山を美しく守るのは「あなた」と「私」です

・日 時 令和3年7月25日(日) 7時30分~10時30分

・場 所  1班:大平園地登り口~弥彦山奥の院休憩地、一部、八枚沢ルート

      2班:大平園地登り口~大平園地及び周辺

・主催 : 越後支部  共催 : 三条地方振興局

・参加人数 47名    猛暑の中ご苦労様でした 皆さんいい顔されてます 

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  ・詳しくはこちらをご覧ください!

 令和3年(2021) 7月25日    参加 50名

 皆様の多大なる協力のおかげで、第64回高頭祭と寿像碑修復工事が終わり晴れて竣工式を行う事が出来ました。

今年度もコロナ禍での開催となりましたが、支部会員と修復募金に協力いただいた関係者も出席を賜り、盛大に執り行う事が出来ました。

  

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             修復工事後の寿像碑正面        修復工事後の背面と新設銘板

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     桐生支部長より開会の挨拶がありました。 弥彦神社神官により寿像碑修復工事竣工の神事が執り行われました。

 

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支部会員と募金協力いただいた関係者など14名が代表して玉串奉奠を行いました。

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支部女性会員による寿像碑への御献酒を行い神事の最後に弥彦山山頂本殿に向けて拝礼を実施。

 

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                    寿像碑前での参加者集合写真

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コロナ禍緊急事態宣言で、日本山岳会古野会長が出席を見合わせた為、新潟市出身で越後支部会友となった坂井広志副会長にご挨拶を頂きました。   

                                                 以上 

        

 

                                           

「猛暑の中の不動山登山報告」             

山 1430(上越市・妙高市・糸魚川市)

日  時:2021年7月22日(木)

参 加 者: 15名 

不動山(ふどうさん)は上越市、妙高市、魚川市の境界に位置している標高1,430m のピラミッド形の山で上越市の最高峰である。

【山名のルーツ】は仏教の五大明王の一つ、一切の悪魔を降伏するという不動明王を山頂に祀ってあることによる山名である。

不動山に登るには上越市名立区と妙高市を結ぶ南葉山林道の途中から分岐している登山道を利用する

が、災害復旧工事で通行止めとなっている。この度は上越市から林道南葉山線の通行許可証を頂き、

登山道の草刈りとゴミ拾いを兼ねた登山である。

                 詳細は、添付ファイルをご覧ください。                 山行委員長 渡辺 茂

令和3年4月8日(木曜日) 参加者:16名 

行動時間:7時間30分(休憩を含む) 歩行距離:13.4km 標高差:750m

登頂したピーク: 大力山504m、 黒禿の頭770m、 笠倉山907m

 前日まで銀山平通行止めのため日向倉山を中止し、地元で魚沼アルプスと呼ばれる山域に変更した。

小出IC付近の「響きの森」駐車場に集合し宝泉寺登山口に向かう。

予報に反して好天となりメンバーの表情も明るい。残雪混じりの登山道を進めば大力山だ。

眼下には雪消えの遅い魚沼地方の田が広がる。

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大力山を後に見て分岐からイワウチワ咲き誇る尾根を辿ると旧小出町最高点の黒禿の頭に到着

        

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一旦下降し、林道をまたいで尾根に取り付き笠倉山に達する。エチコマの展望に絶好である。

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    昼飯をとりながら、360°の展望を堪能する。                                                                                                                                  記 : 松井 潤次

  2021.3.27(土)  ワカン隊:12名   スキー隊:6名    合計 18名

 

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  前烏帽子岳(1040m)は糸魚川市街から南東に、ニ級河川早川沿いの県道を走り笹倉温泉手前に位置します。今日は高気圧に覆われ快晴、絶好の登山日和となりました。           

では、出発しましょう。 集合場所の公民館前では既にみなさんお揃い、さっそく砂場集落登山口まで車で移動、準備を整え予定とおり8時出発です。今日はワカン隊12名、スキー隊6名。雪に覆われた棚田を一段登りスキー隊がさっそく板を履き始めさっそうと歩き始めます。ワカン隊も雪が適当に締まって心地良く歩いて行きます。遠くには烏帽子岳東稜とその左側に今日登る前烏帽子岳が見えます。途中アブラチャンの黄色い花が春の到来をいっそう感じさせます。一時間ほど達ちスギ林の手前で増々大きく前烏帽子岳が迫ってきました。その下方に仏岩が見えるとのこと。私には最後まで見えず残念に思いながらスギ林に入ります。その林を過ぎまもなく先ほど見えなかった仏岩に到着。小休止の後クマの爪痕のあるブナの大木を見つつ進んでいくと前烏帽子岳中腹から発生した全層なだれの痕跡をこわごわ通り抜けます。 

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烏帽子岳東稜の尾根には雪庇がここからでもはっきり見えるようになってきました。ふと前烏帽子岳側頂部を見ると別グループの登山者がスキーで降りてきます。私たちのスキー隊もスキーでどんどん高度を稼ぎワカン隊との距離を広げていきます。「スキーいいなあ」と思いながら最後の急登に汗を流し11時40分山頂に無事到着。360度の大パノラマに感動しながら昼食の準備も忘れ火打山、焼山、鉾が岳などシャッター押し続けます。

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さて、帰りは別ルートで下山です。ワカン隊は膝までもぐるほど雪が腐れてきました。一方スキー隊は絶好の斜面で滑り降りてきます。「これが山スキーの醍醐味か」と、うらやましくなります。

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砂場集落付近の棚田でフキノトウを取りながら無事到着。今日出会った山々とグループの皆さんに感謝し午後2時過ぎ終了。 険しく、迫力ある糸魚川の山々に魅せられ、感動した1日でした。 

                              記 小野寺 昭彦  

     画像はクリックで拡大します。   

      素晴らしい天候に恵まれ、大展望を一日一杯堪能しました!

 

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           越後スノートレッキング 快晴の神奈山 標高1460Ⅿ地点

         日   時:2021年2月20日(土) 快晴

         メンバー:スキー隊 9名  ワカン隊 12名  総計 21名

         山名、目標:妙高市 神奈山 藤巻尾根1450Ⅿライン  別 名:かんなやま

今回のスノートレッキングは妙高市の神奈山である。山名のルーツを調べるとカンナ(鉄穴)とは地形語で「砂鉄の採集地」という意味でそういう箇所をもつ山ということらしい。

 当日は遠方のため、新潟方面からの参加者は北陸道、栄パーキングで5時半に合流し2台で関温泉スキー場に向かう。すでに小千谷からの参加者は到着していた。

 新型コロナ感染防止策の「山行に際しての事前チェックリスト」を提出し、集合場所の休暇村妙高のリフト乗り場前でスキー隊と合流し後藤リーダーから挨拶があり、8時25分出発とした。

 

ルート上にはトレースがあり、スキー隊が先行しワカン隊が続く。

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妙高の雪質は下越方面の湿気のある雪と違い、シャンパンスノーと呼ばれ、スキーヤーにとっては最高の雪質のようだ。

出発して間もなく正面に妙高山の頂が朝日に輝き聳え立っている。この景観にみんなから歓声が上がり、歩を止め写真をパチパチと画像に収めた。

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スタート地点から15メート程、幕の沢に下りると急斜面の本格的な登りとなる。

スキー隊はグングンとピッチを上げ、あっという間に見えなくなった。

我らワカン隊は急斜面をトップを交替しながら順調に進むと藤巻山からの尾根合流点、標高1017Ⅿに着くことができた。

ここからは緩やかな広大な斜面の素晴らしいブナの原生林帯を気持ち良く歩くことができた。

今日は天気快晴、無風の登山日和である。数日前に降雪があったのか、ブナ林全体が真っ白く、青空とブナ林のコントラストが美しく日本画の世界である。

ブナ林から離れ、左斜面に雑木林を見ると白銀の世界となり、正面に神奈山のピークを見ることができた。

今日の目標地点は標高1450Ⅿ、森林限界を超えた付近である。

最後の登りは左右へとトラバースのルートとなるが女性陣は喋りも体も元気よくグングンと登って行く。

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まだまだ元気で、まもなく1450M合流地点! 

 

今日の目標、1460Ⅿ地点に11時30分頃にスキー隊と合流できた。 

ここで大休止とするが背後には神奈山、左には大毛無山、不動山、容雅山、正面には斑尾山や信越トレール、眼下には妙高の町並みと大展望を楽しみながらの昼食とした。

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天候に恵まれた快晴の中での昼食休憩、楽しい会話が弾む

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まだまだ景色を楽しみたいメンバーもいたが、記念写真を撮り スキー隊を見送った後、12時15分下山とした。

下りは2回ほどの休憩をとり、事故や怪我も無く、みんな元気よく14時前に休暇村妙高のリフト乗り場前に下山することができた。

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  神奈山にさようなら 下山準備  

最後にスキー隊、ワカン隊のリーダーから挨拶があり解散とした。今日は山の選定や天気にも恵まれ最高の登山でした。ありがとうございました。

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【スキー隊の写真より】

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                                  報告者:ワカン隊 渡辺 茂

            画像はクリックで拡大します。

1月24日に飯豊連峰の北股岳へと足を運んできた。 

例年であれば暴風と豪雪に閉ざされ、考えることすらもしない場所ではある。しかし、大寒波が過ぎたとたんに三月ではないかと思うほどの気候に変化、前日には頼母木山まで登った登山者もおりトレースも使用でき、このまたとないチャンスを利用した。

早朝とは言えない深夜一時、梅花皮荘駐車場より歩き始める。道路脇の積雪は2メートルは有ろうか。民宿川入より先はかんじきを装着。トレースは信じられないくらいはっきりと頼母木山を指す。
さほど沈み込みも苦労もせずに西俣へ。闇夜に照らし出される樹氷は綺麗だ。この日樹氷をみられたのはこの地点だけである。枯松峰の雪庇は成長続けるも既にクラックが入る。
雲海の中に入ったが頼母木の平原の頃には抜け出し、遠く山形側の明かりが目に飛び込む。晴れはせずとも稜線は歩けるだろう。

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薄暗い地神、二階まで埋まってしまった門内小屋を越え北股岳へ。

ガスが広がってしまい視認できない北股岳だが、それが普通と思う。尻尾の付いた鳥居は年々少しずつ歪んでいる気がする。強い材料できているとのことなのでいつまでもそこには在って欲しい。

帰りに二ツ峰の直下まで足を運んだ。勿論この時期なので雪上のまま歩ける。

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雪の付きが悪く登頂は叶わなかったが、何時訪れても格別の雰囲気があり、私は好きだ。

 

後半は青空が広がり1月の太陽から暖かい恩恵を受ける。

頼母木小屋の屋根から雫が落ちた。

真冬の刹那、開かれたドアに立ち会えたことに感謝したい。

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                                                  移動距離 30km       多田 和広 記

 

         画像はクリックで拡大します。