お知らせアルパイン・スケッチクラブ

■ 2015.08.31

25周年記念海外遠征 中国・四姑娘山に登る(アルパインスケッチクラブ)

 

     25周年記念海外遠征 花の大姑娘山に登る

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期間:2015年7月3日(金)~12日(日)

参加者:深川安明、田中正雄、斎藤幹雄、渡邉嘉也、根津隆二、菅沼満子、川村利子、小出和子、上林美保子、冨樫信樹 以上10名

 

クラブ創立25周年を記念しての中国・四姑娘山の雪山をバックにブルーポピーのスケッチを目的にし、体調が良ければ大姑娘山(5,025m)の登頂を目ざして10名の参加で行われました。

 

第1日目 7月3日(金)

成田空港には集合時間の15:25には全員が今回の旅行会社西遊旅行社の社員が対応して、まとまってANAカウンターでチェックインを行う。両替商で現地での費用として必要とする一人300元を含めた中国通貨(元)の両替をする。約6時間のフライトですでに暗くなっている成都空港に到着する。空港では西遊旅行の現地代理店の成都海外旅游有限責任公司の日本語ガイドの髙さんが出迎え、中型バスで宿の「威登酒店」に宿泊する。直ぐに隣のコンビニでビールを購入して前祝をする。

 

第2日目 7月4日(土)晴れ 成都→日隆

今回は参加した会員の平均年齢が74.2歳でトレッキングと大姑娘山(5,025m)があるので埼玉支部のパルスオキシメーターを借用して血中酸素飽和度を測定して高地の低酸素地帯での体調管理に利用することとし、毎日朝夕測定をしました。初日の成都(海抜約500m)の出発前の血中酸素飽和度は参加者の平均値は96.4(0~100%)でした。

7:20発のバスは近代的な高層ビル群が建ち並ぶ成都の市内を抜け高速道路を理県でおりて一般道路で高山地帯に入る。日本語ガイドの髙さんの説明を聞くとこの辺は少数民族のチベット族が多く住んでおり、石積みで屋根の角がとがっており赤い縁取りのあるチベット様式の建物が多い。山岳部の被害の大きかった四川大地震の震源地を抜けて、昼食の米並夢の大酒店の料理は空芯菜炒め物・豚足スープ・ピリ辛きゅうり・冬瓜のスープ・トマトと卵の炒め物・鷹子の炒め物・ニガウリの炒め物等のチベット料理を残さず頂く。今日の目的地の日隆へは通常距離240kmの道路が崩壊して通ることができず別の道路で大回(590km)りをし、その上突然の土砂崩れの応急修理のための待ち時間が3時間もありました。

待ち時間の間に屋台でヤクの塩漬け肉やクルミ等を物色して買い食いする。途中の4,119mのモウケ峠sketch201507-konoyubi001.pngは曇りで風景はあまり見られず黄色いサクラソウが散見するだけで寒いので早々に通過する。日隆の日月山荘まで14時間近いバスの乗車になった。

日隆の日月山荘はチベット建築の宿で海抜が3,150mでエレベーターがないので荷物を3階まで運び上げるのが一苦労であった。夜に測ったパルスオキシメーターの数値の平均は86.1で成都(500m)での数値から約10ポイント低下している。深刻な高山病の症状は見受けられないが一部の方は薬を服用する。

 

第3日目 7月5日(日)晴れ 日隆 長坪溝

高度順化を目的に宿の近くから専用バスで長坪溝にハイキングに参加する。入場料は20元で70歳以上は無料で支払ったのは10人の中で齋藤さんのみでした。長坪溝は四姑娘山の山麓を流れる川沿いの景勝地で奥は30kmもあるが、我々は湖のあるという7km先までを目指して入場する。

道は幅1.5mの木道が最後まで敷設されて極めて環境整備が施されている。両脇には日本では見られない数々の草花が一番鮮やかに咲き乱れ目を楽しましてくれるが、高度が高いので歩行は苦しい。

バスの所に戻る集合時間を15:00にしたので13:30で引き返す地点で四姑娘山の西壁と思われる岩壁のスケッチをして16:00に集合場所の寺に戻る。深川さんは途中から引返し、調子が悪い。

sketch201507-konoyubi002.png宿に戻り、深川さんと田中さんとガイドを含めて今日の様子から深川安明さんの明日のBCまでの行動は日隆の宿に留まるか馬に乗って登るかを相談し、本人の希望もあり、馬で登ることとした。

 

第4日目 7月6日(月)晴れ 日隆→BC

今日のトレッキングコースへの入域には外国人はパスポートの提出が必要で役所が9:00からしか開かないので手続きが終了して出発したのは9:50でその先の入域ゲートを出発したのは10:00になっていた。馬の背中に我々の荷物とキャンプ用品を背負って馬隊と深川さんとアシスタント日本語ガイドの22歳の女性の李さんが出発していった。

 

我々は300m程の尾根に取り付いて1時間で開けた尾根の上に出ると眼前に白く雪を頂く四姑娘山と大姑娘山まで4つの姑娘山の頂が見える。梅雨の季節に訪れて山が見えるか心配していたが安心した。早速四姑娘山パノラマのスケッチを開始する。

sketch201507-konoyubi003.png登山道は大姑娘山のBCまで尾根の中腹をトラバースで急な登りはなく、次々に現れる新しい高山植物を楽しみながら高度を上げていく。石熱板で昼食。ここには同じ西遊旅行社の森田添乗員のグループ16名が休憩をとっていた。我々と同じ日の出発で同じ行動をしている。

16:30に100mほど下に開けた海抜3,600mの草原に我々のテント村が見下ろせ、ヒイラギ林を降りるとサクラソウ・シオガマギク・フウロウソウ咲き乱れる草地に16:45に到着する。ここからは大姑娘山は見えないが対岸の4,000m級の岩山が迫っている。

深川さんの顔色が悪く、パルスオキシメーターの数値が70を切っている。夕食後、隊員と森田添乗員とガイド2名と相談し、今日はできないが明日早朝に馬で下山をすることとして冨樫が深川さんを説得。了解を得て下山後の病院の手配、成都までの移動を対応し、西遊旅行社への連絡を行う。日隆には病院がなく、中堅の町の小金の総合病院も対応できない。その後小金の病院が医者を同乗した救急車を提供して成都まで移送することで話がまとまった。これらの手配は現地代理店の成都海外旅游有限責任公司の日本語ガイドの髙さんと石さんが丁寧に対応していただいた。

夜のテントの谷間の上の星空が素晴らしかった。

 

第5日目 7月7日(月)晴れのち小雨 BC周辺

朝7:00に深川さんは馬に乗りアシスタントガイドの李さんとともに下山をし、3時間余で日隆着き、待機していた救急車に乗って5時間で成都に到着して病院で診察している。

我々は休養も兼ねて対岸に渡って小高い草原で花とスケッチを楽しむ。上流に進めば大姑娘山が見sketch201507-konoyubi004.pngえるかとしたが見えず、一人が足を滑らして靴を濡らす丸木の橋を渡ってテント場に戻る。

深川さんが残した銀座のお菓子をウイスキーと髙さん提供のビールを飲みながら青空の下でテーブルを広場に持ち出して皆で談笑する。夕方には小雨の定期便があるがテントが少しぬれる程度で済んだ。夕食は18:00からテントの中でおかゆと野菜や肉の炒め物とスープをおいしくいただく。食後若いガイドの黄さんを交えて持参した歌詞帳で合唱をしする。ガイドの髙さんから深川さんは15:00には成都に到着して病院で見てもらったが問題は見つからず、早急に日本に帰国する手配をしていると報告があった。

 

第6日目 7月8日(月)曇天 BC→AC

今日は4,350mのACまで高度差750m登りがあり、海抜が高いこともあり皆も疲れが出ているので登山ガイドの松柏さんにゆっくり登ってもらい、田中さんを先頭に登山を開始する。馬の通る道を外れ高山植物が良くみられる草地を登る。高度を上げるにしたがって黄花のプリムラシッキムエンシス、ナンブトラノオ、フウロウソウ、アズマギク、タカネタンポポ、ラン科のチドリ類2種、キンポウゲ類に加えて今まで見られなかった黄色いクレマチスの仲間や紫のアツモリソウが3,900m付近からみられ、

4,000m付近から草丈約15cmの青いケシのメコノプシス グランディスが現れ、AC付近4200m付近から葉や花に鋭いとげを有するメコノプシス ホリドゥーラ  草丈20cmが数株見つかり、その後テント場周辺にたくさん見ることができた。黄色のメコノプシス インテグリフォリアも見られ、皆さん大感激で写真やスケッチに追われやっと15:05頃にテント場に到着した。

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今回のトレッキングの目標のブルーポピーが見られ、四姑娘山のスケッチもできたので記念山行の大きな目標が達成でき責任を果たして深い満足を得ることができました。

 

第7日目 7月9日(月)雪のち小雨のち曇りAC→BC

昨夜からの雨が夜半から雪に変わり、テントの周辺は5cm程度の積雪になり、見上げると大姑娘山

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の岩壁も白くなっている。スケッチクラブとして頂上の登山希望が少なく、登山中のスリップの危険が大きいので登山を断念する。別グループの希望者が5:30ごろ登山を開始している。スケッチクラブの希望者も途中までの条件で登り始め一つ上の段まで登って引き返してきた。

メンバーからここまでこられて満足しているとの感想をいただいた。BCに下山しても昼食がないので

ゆっくりしていると、別グループの頂上に向かったメンバーがACに戻ってきた。稜線のコルまで行かずに、積雪で下山が困難になるため登頂を断念したとの事。

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我々も見切りをつけて下山を開始し、ブルーポピーやクレマチスやアツモリソウを探しながらBCに戻る。やがて、馬がACを撤収した荷物を背負って降りてきた、スタッフがテントを設置している。雨宿りの食テンでスケッチクラブの活動や新人へのレクチャーについて活発に議論をするが、結論は中々出なかった。

 第8日目 7月10日(月)晴れ BC→日隆

9:00に出発して30分登ったところで対岸の4000m峰をゆっくりスケッチしたり、途中の茶屋で冷たいビールを飲んだり、タルチョはためく丘で昨日の降雪で白く変身した四姑娘山~大姑娘山のパノラマのスケッチを1時間近く楽しんでから、尾根から直接日隆に下りる急坂を休まずに下山し、宿の日月山荘に15:05到着する。

夕食後、いつもの通りスケッチの見せっこをするが、別グループからの希望もあり、夕食後に一緒に田中さんの名司会で9人が順番に描いたスケッチをご覧いただき,参加者に喜んでいただけました。自分たちも予想外の好天に恵まれ、体調を崩すことも少なくスケッチができたことは満足でした。食後皆さんと相談をして、sketch201507-konoyubi013.pngたくさんのスケッチと写真をDVDに収録し、来年のエメラルド展に海外スケッチ山行の写真やスケッチをパソコンでご覧いただきたいと思っています。            記 冨樫信樹

 

 

 

   参加者からの感想あれこ   

祈りの青いケシ 

菅沼 満子

   アタックキャンプの朝は、雪が舞う一面の銀世界であった。目指す大姑娘山は雪雲に覆われている。登頂は諦めてあの棚(4,438m)までと、雪の岩場を慎重に登る。全ての音を吸収し、sketch201507-konoyubi015.pngそこにあるのは静寂のみ。岩陰の雪を払うと、健気に生きる花たちの色が現れた。下り径で、渓流の辺に咲く青いケシを描いた。夜来の露を宿したまま透き通る碧さを保ち、蕾と葉には金色の棘を光らせている。なだらかな草原に、ヤクの赤ちゃんが眠っていた。傍には、まだ新しい胎盤。氷点下25度位の昨夜、産み落とされたばかりの命が消えたのであろうか。エーデルワイスやサクラソウが点々と咲くアルプの中で。

   翌日、ベースキャンプでお世話になった方々にお礼を言って下る。祈りを込めたタルチョがはためく丘で、雪の白さを増した四姑娘山を描く。四人の娘がそれぞれの表情を持つ。無口なガイドの青年が私の絵を覗いて、「山が顔に見える」と言って笑った。心が通い合えて嬉しくなった。    

   留守宅には、高校の美術部以来の友の訃報が届いていた。天国へ逝った友よ、安らかに眠れと祈りながら、青いケシの絵葉書を供えよう。

 

花の四姑娘山トレッキング

川村 利子 

sketch201507-konoyubi016.png素晴らしい雄大な風景を見ながらトレッキングとスケッチ。今回は思ったよりスケッチタイムが多かったので用意したスケッチブックが足りなくなると言ううれしい悲鳴を上げた。最近は馬に乗ってくる観光客が増えて登山道がぬるぬるとぬかるんで登山者は山の斜面をトラバースするように歩かねばならなかった。アタックキャンプ場では以前はトイレ等人工的なものは何もなかった。11年前のちょうどこの時期雪の大姑娘山に登頂したが今回は雪の状態が悪く登頂を断念した。

お花が咲き乱れ素晴らしかったがブルーポピーがあまりにか細くこれから10年後生き残って行くのかと危惧された。その分寒い中夢中になってブルーポピーをスケッチした。よく見て針の出方葉の様子、花の形といまこの現場で描くことができる幸せを思った。そして日ごろあまり親しくお話しすることができない参加者と家族のような和やかな時間を持てたことがうれしかった。

 

黄色のサクラソウを描いて

上林 美保子

5日目のベースキャンプ老牛園子での高度順応をかねたスケッチの日、sketch201507-konoyubi017.png描きやすい花はないかと探して選んだのはサクラソウの仲間と思われる黄色い花で、なるべく花数が少ない個体でした。描き始めて気がついたことはこの黄色いサクラソウは上部の花から開花するということでした。一番先端の花は花弁がもう茶色に変色していて、中頃の花が一番大きく、下部の花はまだ蕾でした。私の常識としては、少し例外はあるものの普通は早く分化した下部の花から咲き始め上部に向かって開花していくというものでしたので、胸がドキドキしました。夏が短かく、開花中でも霜が降りるような厳しい環境で子孫を残す戦略としては花の数を早々に決定してしまい、あとは種子を作ることに力を注ぐのだろうと、高山病で痛む頭で勝手に解釈しました。以後、そういう目で他の花も観察しましたら、老牛園子に咲いている花の少なくない種類で上部から咲くタイプでした。ブルーポピーも上部から開花する花でした。

 

おもてなし                     

田中 正雄

sketch201507-konoyubi018.pngかつて参加したネパールのトレッキングは、4人の客に、シェルパ、コック、キッチンボーイ、ポーターなど20人近くが従う大行列で、早朝のテントにモーニングティーが届く英国形式だった。それに対比する今回の中国流はなかなかスマートだった。裏方の活動を客の目に触れさせない。BCを客が出発した後でテントを撤収し、どこかで客を追い抜いてAC到着時には宿泊設営が出来上がっていた。馬に運ばせる機動力の効果だろう。食事の用意もキッチンテント内で行われ客には見せないが、少なくとも3品の温かい料理が食堂テントに供されなかなか美味しかった。その楽屋から調理担当の女性が一夜現れて素晴らしいアルトで民謡を披露してくれた。ガイド助手のシャイな若者も切ない恋の歌を歌い、日本語で「四季の歌」を歌ってくれた。この「おもてなし」を仕切ったのは多分この人、魅力的なバリトンで話す偉丈夫(併行した公募隊の日本語ガイド)で、別れ際に貰った名刺には成都海外旅游海外市場部秘境旅行企画営業主任石煒とあった。現場の営業努力が好ましかった。

 

清廉な花を想う

渡邉 嘉也

アタックキャンプが近いガレ場で紫色のケシを見付ける。 T子さんは「本物の(青い)ケシではない」と言う。 ガイドの高さんが「ここにあるけど危ない」と話す。 4300mを越えるガレ場である。 sketch201507-konoyubi019.png青海省タンラ山脈からの本流と合流し、上海で東シナ海に注ぐ四姑娘山群の海子沟源流である。 

前夜の雨は、雪となり橙色のテントを白で消していた。 登頂を断念した私達は2段目コルを目指すが、積雪が多く4500m付近で花探索に変更。 雪が懸った青いケシを発見! 美しい! 清廉! 空の青さを凌ぐ! これほど淡い化粧で君は蝶を誘える? と思うほど弱弱しい。夢中になって写真を撮った。 花のみと思った写真には棘の沢山ある不気味な葉が映っていた。 陶酔、昏睡を引き起こすという阿片を思い出す。 桜草、フウロ、スミレなど足の踏み場ないほどあるのに牛も馬も食べない。私は、秘めた媚薬や密かに待機している棘があることを知りながらこの清廉な花に負けてしまう。

 

孤高のブルーポピー

小出 和子

sketch201507-konoyubi020.png目的のブルーポピー「メコノプシス・ラケモサ」に出会えた。その魅力に誘われて世界中から探し求めに来るだけある風格を備えていた。凄い!最初の1株は、20㎝×15㎝×1㎝位の細長い岩を押しのけて芽が出ているではないか。その岩をものともしないで石の下から、葉を大きく伸ばしていた。テントに荷物を置き夕食まで、近くのブルーポピーをスケッチすることにした。じっくり対面し、語りたかった。水の流れに片足を突っ込んでスケッチを始めた。1時間半くらい経過したろうか。周りに人影がいなくなった。大姑娘山の山頂からだんだんガスが迫ってきて、体の芯まで寒くなった。

その夜は雪が降り積もった。朝になって雪の中を、昨日のブルーポピーの所に行ってみると、薄く深い青いポピーの花弁は、蕾の中での折り目を残したまま、雪を押しのけて咲いていた。鋭い刺は、寒さから身を守ったのであろうか。

 

大姑娘山スケッチ山行に参加して

深川 安明

今回の大姑娘山スケッチ山行は、私にとって今までに経験したことのない全く初めての淋しい山行でした。中学3年の時、仲間と一緒に作った東京雪嶺山岳会で山登りを始めてから、慶応大学で山岳部に入部して一年間で四季を通して120日間は山へ入った事は遠い昔の思い出ですが、50代になってから、ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランに登った事がきっかけで、ピッケル、アイゼンを持ったザイル登攀が再開され、スイスとカナダの名峰をいくつか登りました。また、ヨーロッパとカナダのスキーには15回以上行っているでしょう。70代になって雪と氷の登攀は対象からはずれましたが、sketch201507-konoyubi021.png雪山の見える処まで登ってスケッチする楽しい山行はまだまだ幾つになっても続く筈でした。

アキレス腱切断はほぼ治っているのに小さな登り坂が息が切れて続かない。基礎体力が全く無くなってしまった。日月山荘から馬に乗りBCへ。翌日メンバーと別れて馬で下山。その日のうちに特別車で成都へ。皆がアタックキャンプへ向かう6日目に帰国しました。これから虎の門病院の循環器内科で検査を受けます。山歩きの出来る日が来るのを願っています。