お知らせ里山歴史研究会

■ 2019.01.29

里山歴史研究会NO.17 「浜石岳と東海道五十三次広重の世界を歩く」報告

 

「大展望の浜石岳と東海道五十三次広重の世界(由比)を歩く」報告書

日 程:2019年1月12日(土)~13日(日) 1泊2日

報告者: ①H.S  ②S.M

参加者:男性3名 女性6名 計9名

コース:1日目 由比駅~野外センター浜石岳(707m)~西山コース~由比駅(19500歩)

2日目 興津宿清見寺~興津駅~神社駐車場~薩埵峠~望嶽亭~由比駅(16800歩)

 

<報告①>

2019年サトケン新年山行は、日本一の富士山を眺めながらの贅沢なスタート。危ぶまれていた天気もメンバーのパワーで太陽を出現させ雲さえ吹き飛ばした。

 初日は、浜石岳頂上での新年会。みんなで持ち寄ったお餅で温かいお汁粉を作り、乾杯。富士山も勇壮な姿を見せてくれ、サトケンの前途を祝福してくれた。さあ、今年も1年メンバー全員が健康で楽しい山行ができますように、と祈る。

   2日目、宿のご主人に車で送ってもらい、清見寺へ。由緒あるお寺で五百羅漢は、見事なまでに様々な表情でたたずんでいた。現在は道路や線路があるところまで海だったという話を聞き、遥かいにしえの昔に心をはせてみる。ガイドさんからいただいたみかんを食べて、いざ薩埵峠へ。

  太陽が顔を出して、汗ばむほどの気温になり、一同連なって峠を目指す。右手に海を眺め、目の前に富士山、そしてまわりには水仙の花やコザクラ、蝋梅の甘い香りなど春の匂いが漂う。メジロも羽を広げて気持ちよさそう。途中、望嶽亭を見学。官軍に追われた山岡鉄舟を逃がした隠し階段や鉄舟の残したピストルなどを拝見、今まで知らなかった歴史を学んだ。印象的だった途中のみかん畑で出会ったおじさんは横浜からの通い農業だった。清見寺の高齢でもお元気なガイドさん。宿のご主人の親切な対応と美味しい食事、美味しい地酒(由井正雪の「正雪」)。そして何よりサトケンのメンバーの皆さん。

今回の山行全てに感謝。今年一年頑張っていこう。                            (記:H.S)

 

<報告②> 

「里山歴史研究会」の新春は東海道本線由比からスタートを切った。 

10時05分。各駅電車に揺られて3、4時間やっと由比駅に到着。荷物を宿に預け、すぐにタクシーで野外センターへ。ここから頂上までは1時間弱だ。

絶望的だった天気も雲の切れ間から光が差し込んで、徐々に皆の期待も高まる。「わあー」と、歓声が上がり浜石岳山頂へ。雄大な富士山に迎えられ幸せな時間に皆が包まれた。

ささやかにお神酒で乾杯し、皆で持ち寄ったお餅でお汁粉を作り、心も身体もほかほかになった。サトケンの新年会は、日本一の富士山に見守られながらの贅沢なものになった。

12時30分、下山開始。707mから海抜0mまでの農道(アスファルト)歩きはかなり足にこたえる。途中、ミカンを収穫している方から美味しい水分補給をいただきホットする。鳥につつかれ売り物にならないミカンは殊のほか美味であった。鳥は美食家?

15時20分、宿到着。地元に人気の宿で夕食はピチピチの地魚のお刺身、上品で美味しいお料理の数々、昨秋禁漁になった桜エビのかき揚げも出してくださり香ばしく大満足。

  2日目、今日は興津宿~薩埵峠を歩く。

8時20分、宿のご厚意で清見寺まで送っていただく。ボランティアガイドさんから寺の説明を受ける。清見寺は奈良時代に関所の鎮護の寺として創建。足利尊氏に崇敬され、14世紀には日本で7番目に位置づけられた由緒と伝統のある名刹。徳川家康も幼年期この寺で教育を受け、玉座の間もあった。朝鮮通信史の扁額が多く残され、当時、話す言葉はお互い通じなかったが、漢字だけで文化交流は出来ていたようだ。     

家康は秀吉の出兵で途絶えていた朝鮮との交易を復活させるため対馬の宗氏にその使命を与え、1607年朝鮮通信使一行を自ら出迎え、清見寺に宿泊させた。以後12回通信使は来日したが最大級のもてなしをし、毎回100万両を費やして大歓迎したという。毎回400から500人の通信使が来て儒学、医薬学、詩文、経済、技術、歌舞音曲等各地で盛んに文化交流が行われた。江戸時代は鎖国をしていたのは、本当かなと??となる。

興味はまだ尽きないが、10時30分、薩埵峠へと向かう。

薩埵峠は広重の浮世絵にもある景勝地だが、東海道有数の難所で海が荒れれば親知らず子知らずの海岸。幕府はここでも通信使に対して国威を示すため薩埵山の中腹に新道を設けた。これから我々が歩く道がこの中道になる。先を行く50名ほどの町内会集団を追い越し、いよいよ薩埵峠を目指す。

右手に光る海を眺め、見上げると富士山、足元には水仙。緋寒桜が咲き、蝋梅の甘い香りが春を運んでいる。早く歩いてしまうのが惜しまれるご機嫌な峠道だ。たわわに実っている夏ミカンが元気をくれる。

峠の下に見える国道1号線、JR東海道線、東名高速道路が交差する景色は一見に値する。江戸時代に峠の下が地震で隆起してこの風景が生まれた。

薩埵峠を下ると望嶽亭藤屋がある。山岡鉄舟が徳川慶喜の命を受け、西郷に会いに行く途中、官軍に追われて望嶽亭に逃げ込み、隠し階段から海へ逃れた。もしここで山岡鉄舟が助けられなかったら江戸総攻撃は不可避だったと思われる?鉄舟が残していったフランス製のピストルが歴史を物語っていた。

14時20分、ここから昔の風情を残す間の宿倉沢を通って由比駅へ。15時解散となった。

普段、通過してしまう駅に下りてみると、我々が知らない世界が広がっている。

そこには歴史的舞台があり、街道歩きは歴史好きにはたまらなく面白い。

(記・S.М)                    

 

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 浜石岳木立の登り口  

 富士山 も大歓迎

   山頂お汁粉パーティー
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 富士山を背に浜石岳山頂で記念撮影    昔の面影を残す興津宿の家並み    見晴旅館の桜エビ
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  清見寺山門への階段    清見寺・鐘楼     清見寺・五百羅漢
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  清見寺境内一休み    薩埵峠・緋寒桜     薩埵峠・緋寒桜
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 薩埵峠・水仙     薩埵峠から駿河湾を望む