お知らせ山想倶楽部

■ 2020.02.27

2020年スキー合宿報告(山想倶楽部)

横田昭夫

期 日 2020年2月17日(月)~19日(水)

参加者 石原達夫、高橋聰、下河邊史郎、菊池武昭、小笠原辰夫、横田昭夫

 

2月17日(月)曇り

 

7sanso20200217suki-gasyuku.jpg

高橋さんが下河邊さんと8時には東京出発されるということであった

ので、岐阜から30分は余分にかかるとの予想から1時間前の出発と考えて7時に家を出る。通勤時間帯と重なったことから東海環状道・中央道ともに車を多く感じる。途中「みどり湖」PAで小休止をとり10時30分頃赤倉ユアーズ・インに着く。今冬は暖冬による雪不足に泣かされるところが多い中で、日本一の豪雪地帯である妙高はどんな具合だろうと見渡すと、例年ある雪の壁や雪の山が無く、もう春先のような状態だ。今年もシェルパ ニマが来ているのか聞いたところ、ニマは別の会から招待され2週間ばかり来ていたので、ネパール国のビザ発給の制約から来られなくなり、代わりにニマの甥っ子が来ているということであった。東京組の二人はまだ着いていないということで、取り敢えず荷物を部屋に運び込み、かき集めてきたスキー用具をチェックし、手入れを行う。11時ころ高橋さんに電話すると黒姫のあたりまで来ているとのこととで二人を待つ。やがて到着され準備が整ったところで、小笠原さんに送ってもらい赤倉観光リゾートスキー場へ。カフェプリモスにて昼食、腹ごしらえをして妙高高原スカイケーブル(亘長2607m)に乗る。乗り場の雰囲気から言うと、例年乗客が外まで並ぶのだが、平日に加えて新型コロナウイルスの影響があるかどうかは知らないけれどスキーヤーは少ない。今日は3名で滑るのでアカカンの緩斜面で足慣らしだ。ゲレンデへ出ると雪質は重いザラメで、スキーが引っ掛かり、うまく回ってくれない。緩斜面なので何とかごまかして滑るもスキーにならなくて苦労する。高橋さんが下河邊さんに教えておられる、パラレルターンのきっかけとなる外側体重移動はある程度加速があるとスムーズにいくようだ。スキーは2年前の自分のように外国の初日に大怪我をすると面白くないので安全第一だ。しかし、そればかりでは進歩が望めないので、安全な斜度のゲレンデで思いっきり滑るのが良いのではないだろうか。やや曇っていたが視界はそれほど悪くなく午後4時で切り上げ、オーナーの小笠原さんの車で宿に戻る。4時半ころ、石原さん、菊池さんが着かれて全員揃った。

2月18日(火)終日雪

3sanso20200217suki-gasyuku.jpg

 

朝から小雪が降っている。西日本は大雪との予報だがこちらはどうなのか。雪が降っていてもガスが降りてこなく視界が確保されれば滑れないことはない。スキー技術の向上について少しばかり興味が出てきてので、雪の上に立ってスキーを楽しみたい気持ちが強くなってきた。今日は何処で滑るか雪の状態から迷ったが結局、赤倉の共通券で滑るということになり、小笠原さんに送ってもらいゲレンデへ。下河邊さん、菊池さんのスキーを見られる高橋さんと別れて、石原さんと二人で滑る。ガスって

2sanso20200217suki-gasyuku.jpg

 

はいないとはいえ、雪降りなので晴天の日から見るとかなり見にくい。今朝は気温の低い上質の新雪なので昨日と比べると格段に滑りやすい。午前中は赤倉温泉スキー場で滑り、レストランで昼食大休止する。午後は赤間ゲレンデを滑る。気温が上がって、湿雪になったのか雪が重くなった。コースを一通り滑ると迎えの車の時間となり本日のスキーを終了する。終日の雪降り中で滑ったのは久し振りのこととなった。

 

2月19日(水)晴れ

 

今日から志賀高原へ行かれる石原さんと別れて、高橋、下河邊、菊池、小笠原、横田の5名で戸隠スキー場へ行く。天気がよく晴れ渡っているし、標高が高いのでバーンが閉まって快適に滑ることができる。しかし、急斜面の雪を削ってしまってアイスバーンとなっているところでは、エッジが効かなくて落とされる。戸隠スキー場は戸隠連峰の南東に位置し、スキーを滑りながらビューポイントで止まってシャッターを切る。戸隠から右へ高妻・火打・焼

4sanso20200217suki-gasyuku.JPG

 

山など白い頂が見られた。閉鎖されているところを覗いて滑走を終えると時間となり、“くえい(区営)食堂“で名物戸隠そばにて昼食をとる。昼食後、中社を経て長野市外へ降りるところで小笠原さんと別れ散会し、それぞれ帰途に着いた。

 

 

 

 

戸隠山

6sanso20200217suki-gasyuku.JPG

スキー合宿について最近の現状と今後について

ここ2,3年の傾向を見ていると、メンバーの高齢化はゆがめないところですが、参加メンバーはスキーをやる人ばかりとなって来ました。スキーをやらなくても雪に親しみたいと思う人もいると思いますので、スキーに加えてスノーシュウ・ワカンあるいは山スキー・ノルデックスキー・テレマークなんでもOKとして3日のうち1日は全員一緒に行動する日を設けるのはどうでしょうか。ビーコン探索やイーグル作りなど方法はいろいろあるのではないでしょうか。勝手なことを書きましたがメンバーが高齢化となっても雪をスキーだけにしなくてみんなが楽しめたらよいのではないかと思います。

お知らせ山想倶楽部

■ 2020.02.16

宝篋山新春ハイキング(山想倶楽部)

sanso-r020203-8715.JPG

 

記:竹内晴美

 

参加者 石原達夫、菊池武昭、醍醐順一、杉田和美、竹内晴美、山田茂則、平井喜久枝、小亀真知子、小亀天使(孫 中学2年生)

 

令和2年2月3日(晴)

 

つくばTX秋葉原駅発8:19発に乗車するため秋葉原駅に行くと、菊池さん、醍醐さん

と一緒になる。菊池さんによると高橋さんは風邪の為欠席との事でした。

つくば駅には定刻通り9時5分に着き、改札を出ると石原さん、杉田さん、平井さんと

今回世話役をされている山田さんが出迎えてくれて、山田さんや石原さんの車を置いて

ある駐車場まで行き、子亀さんの車を待つも来る気配がない。誰も小亀さんの携帯番号

が判らないとの事なので、山田さんが高橋さんから小亀さんに連絡して貰うと、首都高

速が渋滞していたので、まだ三郷付近を走って居るとのこと。それでは仕方ないので、

宝篋山の登山口である小田十字路で待っていると伝えて貰い、山田さんの車に、醍醐さ

ん、平井さんが、石原さんの車に菊池さん、杉田さんと私が乗り、小田十字路の休憩所

迄行きそこで待つことにしました。30分ほど待っていたら子亀さんが可愛いお孫さん

と一緒に到着したので、10時45分に、色々とあるコースの中から極楽寺コースより

宝篋山頂上に向かいました。

 歩き始めて直ぐにこのコース名の由来となっている鎌倉時代に建立された、三村山清

令院極楽寺奥の院の遺構である五輪塔の大きさに感嘆し、慈悲の滝、五条の滝、こころ

の滝、と沢の傍を歩き、処々に赤く咲くヤブツバキの花に心を奪われながらも清々しい

心を久しぶりに取り戻した気持ちになるのでした。

太郎こぶしと言われているこぶしの木を過ぎた付近より道も急となり、ハート岩、に

こにこ岩、ワニ岩と名付けられた大きな岩が有り、徐々に先頭を歩いている石原さん、

平井天使、杉田さん達に置いて行かれだし、山田さん、子亀さん、醍醐さん、菊池さん、

私と二組に分かれてしまったのでした。頂上直下には宝篋城が有ったと言うことですが、

今は何もなく宝篋城跡という標識があるだけでした。

『此の山頂には鎌倉時代中期に建立された石造宝篋院塔(関東では最古と言われてい

る)があり、古くは三村山と呼ばれていたが、山頂に宝篋院塔が建立されてから宝篋山

と呼ばれるようになったようですが、地元では小田山とも言われている』

宝篋山頂12:50着、昼食後13:30集合写真を撮り小田城コースより下山する。

硯石、七曲、常平、愛宕神社と歩き、色々と有った分岐毎に送れる人達を待ちながら、

要害展望所で休憩、先行していた平井さんと天使はいずこに行ってしまったのだろう

と心配しましたが、小田休憩所で会うことが出来て安心したのでした。

15:25分全員集合したところで、解散式をして、来た時と同じように石原さんの車で、

菊池さん、杉田さん、私をTXつくば駅迄送って頂きました。色々とお世話になり、早

春に楽しい山歩きが出来ました。これは偏に幹事の山田さん、参加された皆様のおかげ

でございます。有難うございました。

お知らせ山想倶楽部

■ 2020.01.29

山想倶楽部新年会報告

sanso-2020sinnenkai-01.JPG sanso-2020sinnenkai-02.JPG

 

日  時  令和2年1月15日(水) 18:00~20:40

場  所  「飯田橋かくや」

出席者  石原達夫、菊池武昭、高橋 聰、吉永英明、川村光子、山田茂則、竹内晴美、杉田和美,広島孝子、西谷隆亘、西谷可江、寺田正夫、寺田美代子、下河辺史郎、小亀真知子、

18:00の定刻になり未だ何人かがお見えでないが、時間が無くなるといけないので、

新年会を始める前に、1月の例会議案として用意していた印刷物を配布し、高橋より簡単な説明の後、これで1月の例会は終了したものと全員の了承を取りました。

15分程度遅れましたが、本日出席予定者全員が揃ったので、いつものように髙橋の進行司会の下、石原代表よりの新年に向けての挨拶、吉永英明君による乾杯の挨拶が有り、本年の新年会が始まりました。以後懇親会に移行し、本年日本山岳会入会と同時に山想俱楽部に加入した竹内晴美、杉田和美君の紹介の後、一人ずつ1~2分程度の本年に向けての抱負等を語って貰い、毎年実施している夏の海外山行について石原代表よりの話が有り、当倶楽部の会員も高齢化しているので、海外山行も今年が終わりになるかもしれないので、大勢の人に参加して戴きたいとの話がありました。

石原代表の新年挨拶

明けましておめでとうございます。今日は令和2年1月15日、小正月のお中日です。

令和になってから初めての正月になりますが、今年は2回目の東京オリンピックが開催されます。前回同様オリンピックが日本国の新たな飛躍のトリガーとなることを期待します。

翻って、わが山想倶楽部の現状をみますと、昨年の行事参加会員の平均年齢は75歳強、今年は76歳ということになりますが、これは大変な高齢者社会です。通常の世界では75,6歳というと終活の真っただ中ですが、当会は生涯登山を標榜しているので、終活はありません。しかし皆高齢であることは間違いないのでまずは、10年先を見据えた活動の修正をしていきたいと思います。まず、今年予定されている海外スキーのシャモニー。9月に実施を予定している海外登山のアーチス、およびキャピタルリーフ国立公園のトレッキングをもちまして、一応の終了とします。海外を舞台にした例会は身体的負担が大きいというのが終了の理由です。恒例となっているスノー合宿、お花見山行、秋の歴史山行、忘年山行は継続します。その間にあまりエネルギーを必要としない中低山の山行を入れます。

登るのに面白く、花がきれいとか、山頂からの展望が素晴らしい、あるいは途中に温泉があるとか、そういう山が望ましいと思います。これらはぜひ皆さんからの提案を希望します。

ところで私たちは南北アルプスによって本格的な登山に目覚めました。齢をとっても懐かしい山々です。昨年は北アルプス表銀座と南アルプスの北岳を提案しました。今年も超ゆっくり登山で誰でも登れる南北アルプスのコースを提案したいと思います。是非ともご参加頂きたいと思います。これは自分に対するチャレンジでもあり、高齢者登山の見本にもなると思います。このように今年も生涯登山を実践し、もって健康な生活を送りたいと思っております。何卒会員の皆様の強力なご支援をお願いいたします。

以上

お知らせ山想倶楽部

■ 2020.01.04

忘年山行に参加して(蕎麦打ち体験と秩父四阿屋山登山)ー山想倶楽部ー

忘年山行に参加して(蕎麦打ち体験と秩父四阿屋山登山)

記:寺田美代子

参加者 石原達夫、下河邊史郎、菊池武昭、清登緑郎 竹内晴美、醍醐準一、高橋聰、

山田茂則、小亀真知子、寺田正夫、寺田美代子

 

12月14日(土曜日)

10時30分池袋駅発と特急アロー号で西武秩父駅へ。秩父鉄道御花畑駅で乗り換えて武州中川駅下車。すぐ横のあらかわ亭蕎麦打ち体験処で、みどりのエプロンを付けて、蕎麦打ち体験の始まりです。500gの蕎麦粉(2対1)に水を少々混ぜ、丸めてこねて、麵棒で延ばし、専用の包丁で切り、プロの指導の下で自分達の手で打った蕎麦を、皆でお昼として味わった。蕎麦を打てた事と天婦羅としゃくし菜の美味しかった事、改めて日本蕎麦と天婦羅の美味しさを発見し、感動し、忘れられない秩父の味だった。幸福な心地で傍にある道の駅で地産の里芋を買い求めたのでした。次は武州日野駅に電車で向かい、武州日野駅では今宵お世話になる宿からの迎車が有り、この車に乗る人と歩く人とに別れ、私は秩父の山間に住む人々の畑を観たり、山間の景色を体感しながら途中にあった“道の駅あらかわ”に立ち寄りながら15分くらいで宿(秩父温泉はなのや)に着いた。落ち着いた佇まいの宿は全室野天風呂付。なんと豪華な‼。3時頃には到着し、全員各部屋に入り落ち着いた頃、クラブの例会が開かれ来年の計画案などが話されたのでした。

1sanso201912bonensanko.JPG 4sanso201912bonensanko.JPG 3sanso201912bonensanko.JPG
特急アロー号 蕎麦打ち
2sanso201912bonensanko.JPG 9sanso201912bonensanko.JPG 8sanso201912bonensanko.JPG
蕎麦打ち 蕎麦切り 蕎麦を打ち終わり食事
     
     

 

10sanso201912bonensanko.JPG
夜の食事

6時からの食事は創作和食料理で、しゃぶしゃぶと綺麗に造られた美味しい沢山の料理で、ご飯はお茶碗に半分ほど頂いたのでした。そしてなんとこの宿の大野天風呂には月見酒の桝と日本酒がふるまわれており、これには目も心も奪われ、桝に月を入れようと試みるのでしたが、塀が有り桝の中の月を見ること適わず、“月を見てから飲む”これで‼良し‼としたのでした。又風呂上りにはアイスクリームが食べ放題、なんともビックリな“おもてなし”秩父で一番人気の宿とか納得出来たのでした。

 

12月15日(日曜日)

 

朝風呂をゆっくりと味わい7時30分に朝食後、8時20分に宿の車で秩父鉄道三峰口駅まで送っていただき、ここよりは小鹿野町営バスに乗り両神温泉薬師の湯迄。いよいよメインの四阿屋山へ、身支度を整え9時30分に両神神社に一礼して登山の始まりです。(ここには誰も拾う人が居ないのか銀杏が石ころのように沢山落ちていて吃驚)

好天にも恵まれ皆さん晴れやかな気持ちで登り、下りと山道をばらけながら進み11時20分頃に両神神社奥社に到着。すると、なんと既に四阿屋山の山頂を極めた清登さんの話によると、この先はクサリ場が続いており頂上までは20分くらい掛かるとの事。どうするかと少し考えていたら、行くなら直ぐに❕❕と主人に言われ頂上に向かうことに決定。数か月前には手術着だった夫が山男に変身したのか?ゆっくりだぞーとか、足がついてからだとか、間隔空けて・・・とかこの声、久しぶりに聞くわ~~と元気になった事に感動しながら山頂へ。山頂の展望は360度の山並みの中、右にも左にも二子山の姿が見えとても印象に残り、大いに達成感を感じたのでした。両神神社奥社迄2時間、山頂往復30分、復路(両神温泉薬師の湯迄)1時間30分。厚い落ち葉に埋もれ、足元の定かでない下り道に注意しながら、又楽しみながらゆっくりと稜線を下る。今年一年を締めくくる山行の旅は、とても美味しかった宿の料理と共に、蕎麦打ち体験の蕎麦の美味しかった事。クサリ場の山が面白かった事、それに元気に成った主人の姿と!沢山感動した旅でした。参加された皆様有難うございました。そして今回の幹事の髙橋さんに感謝申し上げます。


 

5sanso201912bonensanko.JPG 11sanso201912bonensanko.JPG
休憩中 両神神社奥社で
6sanso201912bonensanko.JPG 7sanso201912bonensanko.JPG
下山中

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.12.13

岩木山から八甲田山への旅

岩木山から八甲田山への旅

下河邉史郎

期日 令和元年6月24日(月) ~ 28日(金)

参加者 石原達夫、髙橋聰、山田茂則、下河邉史郎

6月24日(月)

当初計画では6月25日午前8時30分 新幹線弘前駅前集合であったが、高橋、山田、下河辺の3人は、夜行バスでは疲れると思い、本日昼過ぎの「はやぶさ」に乗車。16時過ぎに弘前駅前のルートインにチェックイン。

駅周辺の飲食店は定休日となっている店が多いようである。いずれにしても駅前は実に静かな町でこれが弘前?という感じ。弘前の繁華街は、多くの新幹線の駅と同様放れたところに位置しており、ホテル近くの居酒屋で東北の魚を楽しみ、全員早い時間に早々と就寝。

 

3sanso201906iwakisan.jpg
岩木山

6月25日(火)

前日の天気予報によるとあまり良い天気ではなかったが、幸いにもホテルを出る8時頃には、薄日が差しているも岩木山は雲の中。

岩木山は、津軽平野に聳える独立峰、通称津軽富士と呼ばれる美しい円錐形を見せる岩木山は山頂が厳鬼山と鳥海山、それに岩木山の三峰に分かれています。

見る方向によりその地域のお国自慢の山です。

昨日、弘前について知ったのだが、令和1年6月25日は、岩木山の標高(1.625m)に準え、岩木神社蔡が行われるとの事。道すがら岩木山神社の前を通ると多くの参拝者の車が止まっていた。岩木神社への参拝は、岩木山山頂の奥宮参拝後、明日にすることにして先を急ぐ。

岩木山神社を過ぎた辺りから道の両側に桜の時期なら、きれいな花見が出来るであろう、良く整備された桜並木を一路岩木スカイライン目指し、レンタカーを走らせる。

この道は百沢温泉郷、羽黒温泉卿、今夜の我々が泊まる嶽温泉郷と多くの温泉が有る。

地蔵茶屋を過ぎた辺りで日が差し岩木山が見えたので写真を撮る。まもなく岩木スカイラインの入り口、本日は岩木山祭りとの事で通行料金は無料だ。ラッキー。ここから8合目まではツズラ折りの急な登り道。登り始めは道の両側はブナなど原生林、途中からは灌木滞、石原代表のタフな運転で69のヘアピンカーブを、車中体を左右に揺さぶられながら8合目の駐車場に無事到着。ここから九合目までリフトで10分。

岩木山を回り込むように左側に回り込み10分も登ったところに避難小屋。ここを過ぎるといよいよ頂上までの急な岩稜となる。結構息が切れる。一つのピークを過ぎた辺りで大勢の人が白い布で包まれた大きな荷物を下ろしている一隊とすれちがう。

後でわかった事だが、平成のタイムカプセルを頂上から掘り起こして、降ろしていたようだ。

二つ目のピークを乗り越し、10分も登ると岩木山の頂上に到達。多くの人が居る。

また、笛や太鼓を持ち上げ、頂上の岩木山奥の院の小さな祠の前で賑やかな祭りの演奏が行なわれている。

早速に私は、東京から持参した御朱印帳の御朱印を頂く。

5sanso201906iwakisan.jpg 9sanso201906iwakisan.JPG
岩木山の神楽 岩木山頂上

午後1時6分25秒にお神酒がふるまわれ乾杯が有るようだが、天気が思わしくないので我々は下山することにしたが、案の定ピークを一つ越したあたりから雨粒が振り出し、避難小屋に着く少し前から結構強くなったので雨具を着る。

4sanso201906iwakisan.JPG
薄日さす岩木山

リフト乗り場の小屋で少し雨宿り、小降りになったのでリフトで八合目に降りる。

リフトを降りる頃には雨も止んでくれた。

レストハウスの前でタイムカプセルの中身が展示されていたが\10硬貨と何かが入っていたようだが、あまり密封の状態が上手く無かったようで、状態は良くなかったようだ。

今夜の宿泊場所である嶽温泉に15:00時頃着くが、その頃には薄日もさしていたが岩木山の山頂は雲の中。ここの宿は温泉も食事も結構な物であった。

 

10sanso201906iwakisan.jpg
岩木神社

6月26日(水)

岩木山から次の八甲田山への移動日で有るが、昨日行きそこなった岩木神社参拝を行う。昨日と違い今日は参拝客も少なく静かだ。

岩木神社は780年に創建。2度の火災に遭ったが現在の建物は400年前に弘前藩主により建立されたとされ、それ以降風雪に耐えているヒバ造りで、中々立派な神社である。1時間程神社で時間を過ごす。

このまま八甲田では時間が早すぎるので、津軽白神湖の奥にあるブナ林の散策と暗門の滝の散策をすることになる。暗門の滝までは、小一時間位の散策と想定したのが大間違いで、3ノ滝までのブナ林、2ノ滝は一段高い所に有り、往復で2時間半ほど時間が掛かった。でも滝の眺めは高さこそないが、水量が多く見栄えのする瀧である。西目屋村の道の駅まで戻り蕎麦の昼食。ここの駐車場からの岩木山の美しい山容を見ることが出来た。ここで岩木山ともお別れし、今夜の宿である八甲田山の谷地温泉へと弘前の街を抜けて車を走らせる。谷地温泉は有名な酸ヶ湯を過ぎ20分ぐらいの所。高田大岳の登山口にもなっているようで、ここは春スキーの拠点でもあるようだ。

1sanso201906iwakisan.jpg 2sanso201906iwakisan.jpg
暗門の滝 暗門の滝での記念写真

古くは湯治温泉場としても栄えたようで、旅館の佇まいに比較して食事は美味しく、温泉も古いままの作りであり、温泉だけを楽しむ客が殆どである様だ。それが証左に一人客が多い。

12sanso201906iwakisan.JPG 11sanso201906iwakisan.JPG
谷地温泉にて 昔日の谷地温泉

 

13sanso201906iwakisan.jpg
八甲田大岳

6月27日(木)

ロープウエーで山頂駅へ、下の街は薄日も差しているが山頂は曇り空。

根曲がり竹の筍を積みながら、赤倉岳を目指して急な登路に息を切らせながら登る。

赤倉岳に着くと風が強く雲行きも怪しくなり、先を急ぐ。井戸岳から大嶽避難小屋までは急なざらざらの下り道。避難小屋で昼食。雨も降りだしたので大嶽に行くのは中止して、酸ヶ湯温泉に向かって約2時間の下りである。レンタカーはロープウエーの駐車場に置いてあるので酸ヶ湯温泉からロープウエー駅の最終バスに乗り遅れないように道を急ぐ。

最終バスの発車時間前に全員酸ヶ湯に到着。聰さんが代表してレンタカーのピックアップに行く。今日も無事に山行を終わり鄙びた谷地温泉を楽しむ。

 

14sanso201906iwakisan.jpg
物見の塔

6月28日(金)

最終日。私にとっては今回の山行の岩木山と、これから訪れる特別史跡の三内丸山遺跡は初めてであり、丸山遺跡は、北海道・北東北の縄文遺跡群の一つである。

遺跡を訪れるまで考えもしなかった一万五千年もの縄文文化のこの時代、急激な温暖化により、このあたりの地域でも緑が茂りドングリ・クルミ等も茂り、豊かな緑が繁茂する温暖の地域で有った様だ。有名な巨木の物見の塔(現在の塔の栗の木はソ連からの輸入木材)もこのあたりに自生していたようで、鉄器の無い時代に良くも、あんな太い栗の木を伐採し、また立ち上げてあのような物見の塔を作ったと感心する。

縄文人はうまく自然と共生して、優れた技術と豊かな精神世界を持った成熟した社会で有ったようです。

その時代の温暖化がどうして起きたのかは説明がないが、とにかく東北、北海道の南部で定住できたのは、気候が大変温暖な時期が長く続いたことに基因すると思われる。

今回の山旅は、大げさに言えば日本民族のルーツの勉強ができたのでした。

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.11.13

スイスアルプスの山旅 2019年(山想倶楽部)

スイスアルプスの山旅 2019年

序文
団長 石原達夫
山想倶楽部の恒例となっている夏の海外登山も回を重ねるうちに会員も高齢となり、それを考慮すると目的地を決めるにいささか困難を覚えるようになってきた。
それでなくとも目的地の決定には時間がかかるものであり、通常2-3か月の検討を要する。目的地が決まると、どこにどうやって登るかという登山の本質にかかわる検討がある。
ヨセミテをはじめとするアメリカの山であれば登ったこともあるし、全体にある程度の知識があるので、あまり問題はない。しかしピレネー、ギリシャ・オリンポス山、中央アジアの山等はほとんどの予備知識がなく、スクラッチから調査することになる。観光ならいざ知らず、登山にかかわる参考文献とうは海外の山だけに日本では手に入りにくい。従って海外の文献を手に入れたり、インターネットを駆使したりして現地の情報を得る。その次にどうやって目的地に行くかという交通の問題、何処に泊まるかというロジステック課題がある。
このロジステックスに関しては@ワールドの山田功さんに全面的に頼ることになる。ロジステックスとクライミングとは密接な絡みがあるので、最終決定に至るまで山田功さんと何回も打ち合わせをすることになる。
さて、今年のスイスアルプスであるが、過去に何回か登山で来たことがあるので、何とか見当はつくが、今回のような観山的ハイキングはあまり経験がない。幸いなことに山田功さんは、ツエルマットにレジデントとしてガイドをしていたことがあり、シャモニーにも詳しい。
スイスアルプスは本格登山を目指す者にとって第1の海外登山のターッゲトであった筈で、山想倶楽部のメンバーの中には登山でここに訪れた人は多いと思う。それで登山者の終活として、かつて若き血を燃やしたこの地に別れを告げに来るのも意味あることであろう。
今回はグリンデンワルト、ツエルマット。シャモニーを拠点とし、八方に伸びる最先端の登山電車、ゴンドラ、ロープウエイを使えば容易に著名な山々を間近に見ることができる。
こういう経緯で2019年の スイスアルプスの山旅 は山田さんに全面的にお願いすることとなった。

恒例に従い参加者各位に分担して報告書を作成してもらうことになっている。そうすることで参加者1人1人の山に対する見方も窺い知ることが出来て、まとめると面白い文集となることは過去の実績が示している。
以下日を追って報告書を見よう。
 

スイス・グリンデルワルト&ツエルマット、フランス・シャモニー、ハイキング及びイスタンブール観光13日間の旅

期日 令和元年7月23日~8月4日
参加者 石原達夫(隊長)、髙橋 聰、下河辺史郎、菊池武昭、広島孝子、丸山サカエ
寺田正夫、寺田美代子、山田茂則  9名

7月23日(火)         山田茂則
成田空港に19時集合で今回の旅が始まった。全員19:00前には集合して、機内持ち込み以外の荷物を預け、出国手続きを済ませ、先ずは最初の目的地であるグリンデルワルトに向け飛行機と列車の長い移動である。成田発21時40分のトルコ航空でイスタンブールに向かう。

 

7月24日(水)         山田茂則
イスタンブールに3時20分着(時差-6時間)。空港内でチューリッヒへの乗り継ぎのため4時間を費やす。イスタンブール空港は今年の4月にアタチュルク国際空港から完全移転した空港で、成田空港の6倍の広さがあり、その大きさに驚く。そのためか、全てが広々としていて、休む場所にも困らずのんびりと過ごせる。イスタンブール7時20分発トルコ航空で9時20分にチューリッヒに到着。チューリッヒ発10時18分の列車でベルンとインターラーケンオストで乗り換え、13時36分にグリンデルワルトに到着。駅から歩いて5分弱のホテル・アルピナに向かう。ホテル・アルピナは、急な坂道の上にあり、スーツケースを押しながら登らねばならないので、僅かな距離とはいえ、ホテルに着いた時には殆どの人達が、気息炎々となっていたようだ。部屋からはアイガー北壁やベッターホルンが目の前に見える。だが僅かながら靄がかかっており、はっきりとは見え難い。一休み後市内を散策し、明日の行動の為の飲料や昼食を調達するコープや、モンベル等の店を見物しながら、町はずれの教会までを往復した。なおこのメイン通りにピッケルのベントの工房があり下河邊さんが中に入って話をして、シャフトがヒッコリーのピッケルを見せてもらっていたようだ。ベントの本業は建築用鉄骨加工業とのことでピッケルは冬場の暇なときに注文生産で作っているとのこと。只まだ存在しているのに驚いた。
明日はケーブルを乗り継ぎフィルストからファウルホルンを往復する予定だ。ファウルホルン迄行けば360度の眺望の中アイガーの後ろに隠れているメンヒやユングフラウヨッホも見えるだろう。明日も天気が良いことを祈りながら、同室となった高橋さん共々、早めに床に着いた。

1sanso20190724-0803suisu.JPG 2sanso20190724-0803suisu.JPG
グリンデルワルドのホテルへ グリンデルワルドの夕食

7月25日(木)     下河辺史郎
昨日は、一日中チューリッヒについてから電車の旅。私は、車窓からの景色を見て、欧州の電車の旅と景色を楽しんだ。
本日も昨日に続き晴天。早朝、目を覚ますと部屋の窓からアイガーとシェルックホルンのとがった山様が見える。
7:30朝食。果物、チーズも有り、意外とクロワッサンが美味しい。
8:45にホテルの玄関に集合。今回の山行の第一歩が始まる。
朝から太陽の日差し強く、想像していたより暑い。ホテル近くのスーパーで本日の昼食、飲み物を各自購入。
ケーブルカーで一気に1,000mを登り2,168mのフィルストに30分程で到着。
ここでアイガーをバックに記念写真。本日は足慣らしと谷を隔ててアイガー、メンヒ、ユングフラウを見ることが目的。しかしながら、既に天気が良すぎて靄が上り、見えることは見えるが眺望は霞んでいる。反対側に目をやると本日の目的地ファウルホルンの小屋が白く小さく見える。バッハアルプゼーの池の近くまで白い道が草原の中に続いて見える。道はよく整備されており沢山のハイカーが歩いている。両サイドには高山の黄色、ブルーの花が咲き乱れている。残念ながら私には花の知識ゼロ。聞いても3歩も歩くと忘れてしまう。
1時間程でバッハアルプゼー池(2,265m)に到着。1時間歩いたのに高度はフィルストとほとんど変わらない。ここからが約400mの登り。バッハアルプゼーで後続を待つがなかなか姿が見えないので頂上を目指して行動開始。
30分ほど歩いて草地の良い場所(2,300m)で、眼下にアルプスの宝石と呼ばれるバッハアルプゼーの池を見下ろし、遠くにアイガー、メンヒ、ユングフラウが望める眺めの良いところで昼食とする。時間は12:00を少し回っている。
昼食後いよいよ頂上に向けての急な登りとなる。途中2か所に今は使われていない昔の山小屋があり、二つ目の2,442mブルギヒュッテの少し先で尾根にたどり着き、ルートは右に曲がり尾根の左側をだらだらと頂上へと伸びている。ファウルホルンの白い小屋が見えるが最後の登りはかなり急な登りだ。ここまでくれば頂上に行かなくてもいいかなと思うが、今日の報告書を書かなければならないので、最後の気力で頂上めがけて15分程、ハーハーゼーゼー。ファウルホルン頂上に到達(13:50)したのは5名のみであった。
360度の眺めは良いが、この時間になると残念ながら遠くの景色は何となく霞がかかり、ぼやけてしまう。残念!
14:10に下りだす。一気にバッハアルプゼーの池まで下ると、何人かの欧米人がこの冷たい池で泳いでいて、我々には理解しがたい。後は来た道を戻るだけだが、登りより長く感じる。2時間ほどでフィルストに着く。
16:20にケーブルの下の駅に全員無事到着。
三々五々、グリンデルワルトの街をホテルに向かって緩やかな道を下っていき、17:00少し前にホテルに帰り、19:00ホテルにて夕食。

3sanso20190724-0803suisu.jpg 4sanso20190724-0803suisu.JPG 6sanso20190724-0803suisu.JPG
フアールホルン頂上にて フィルストにてアイガーを背にして 日の出のアイガー北壁

 

7月26日 第2日目     下河辺史郎

本日はゴンドラでメンリッヘェンに上がる筈であったが、ケーブルが修理中の為、登山電車でクライネ・シャウディック(2,61m)まで行き、アイガーグレッチャ(2,320m)経由アイガーの裾野をアルピグレン(1,615m)までのアイガートレック。
9時半の登山電車に乗るのだが乗車券は、当日朝の購入では混むことが予想されるので、前日にガイドの山田さんが購入済みで有るが、それでも発車時間の30分前に駅に集合する。
朝から夏の太陽がまぶしく朝のホームを照らし暑い。グリンデルワルドの駅は、プラットホームの屋根がないので、景色は良く見えるが夏の太陽の日差しが暑い。
電車がホームに入ってくるとホームで待っていた人が、我先に電車のドア―めがけて走り出し、先を争って乗り込む。僕たちは全員席を確保することが出来た。すぐに急な坂をアブト式の登山電車は急勾配を力強く登っていく。特に進行方向の右側の景色は緑の牧歌的なアルプスの景色が楽しい。結構ハイカーが歩いている。冬場は恐らく楽しいスキーのゲレンデになるのだろう。
30分程でクライネ・シャウディッグに到着。乗客の大半はそこからさらに登山電車を乗り換えアイガーの腹の中を通ってユングフラウヨッホに向かう。
我がパーティーは、トレックの準備と早くも土産物を買う人等で30分程時間を費やし、ここからアイガートレイルが始まる。アイガーグレシャーまでユングフラウ、アイガーウオークの広く整備された道を300m程登ると事になるが、ちょうど中間地点に人口の池が有りそこでユングフラウ(4.158m)をバックに記念写真をパチリ。
アイガーグレシャーに11時45分に到着しゆっくりと昼食を頂く。
昼食後、アイガートレイルでアルピゲンまで800m近い下り道、案内書によれば歩行時間は2時間50分。道は整備されているが、かなり起伏に富んだ道で北壁を右手に見ながら歩く。13,45北壁のビューポイント到着。大きな壁であるが今年は気温が高いので、雪が解け岩場が黒く濡れている。登山電車のアイスメイヤ駅のトンネルの窓も見える。左手はメンリッヘンへのロープウエーの工事の資材を上げるヘリコプターがうるさく飛んでいる。
最後の降り路であるアルピゲンに行く30分程の道はかなり急な下り道だ、下りが苦手な私にはつらい道である。アルピゲン駅の周りは牧歌的なところでレストランも有る。16:00アルピゲン駅に到着。16:17に下りの登山電車が到着。電車は結構混んでいたが私は幸いにも席を若者に譲ってもらい座ることが出来た。彼らは何かのイベントに参加したのか、揃いのコスチュームで陽気な若者たちだ。17:00グリンデンワルドの駅で解散。
三々五々翌日の昼食の買い出し。ホテル前の急な坂を上ってホテルに戻る。兎に角アイガーの北壁は大きかった。
今夜がアイガー東南稜登攀のミッテレギ小屋の明かりを見るのが最後。夕食後、ホテルのテラスからアイガーの夜空に黒々と聳えるシルエットとミッテレギ小屋の明かりを眺めてからベットに入る。

7sanso20190724-0803suisu.JPG 8sanso20190724-0803suisu.jpg 9sanso20190724-0803suisu.jpg
アイガー北壁にて クライネシャウデック駅_ユングフラウへの電車 ユングフラウを背にして
     
11sanso20190724-0803suisu.JPG 10sanso20190724-0803suisu.JPG  
昔日のグリンデルワルドの家並み 昔日のグリンデルワルド2  



7月27日         廣島孝子

今日はハイキング3日目です。
6時30分目覚ましのベルに起こされる。
なんと!少々疲れを感じる。私のようなロートルにはハードな2日間であった。
いやいやそんな事は言っていられない。これから先は長いぞ!
ツエルマットへの移動日であったが、私のたってのお願いで途中であるシーニゲプラッテに寄ってもらえる事になった。
実は、20年位前、一昨日登ったファールホルンからの長いトレイルを経て、この地に着いた時には、見事な花の楽園と目を見張るばかりの素晴らしい景色に感動したのであった。
私は、恋人にでも会えるような嬉しさでワクワクしていたが、今回は重い荷物を持っての移動であり、「なんだ、こんな所に連れて来て!」と皆様をがっかりさせては申し訳ない。いやいや絶対感動してくれる。と自問自答しながらスーパーでそれぞれ昼食を調達し宿を後にする。
グリンデルワルト駅9時49分発の電車に乗りヴィルダースヴィル駅へ、ここで荷物を駅舎に預かってもらい、おもちゃの様な可愛いアプト式登山電車に乗り換え、高低差1400m程のルートを50分掛けて、のろのろと登って行く。
気持ちの良い青空、電車は樹林帯の中を抜けて行く。ほどなくして眼下にはミニチュアの様なインターラーゲンの街と、ツゥーン湖、プリエンツ湖、が見え隠れしている。
開けた場所に出ると、車内からはガシャガシャとシャッターの音が響く。
車窓に雪を頂いたベルナーアルプスの山々の絶景が、突然目の前に現れたのです。なんと美しい景色でしょう!
間もなく、11時37分、目的地シーニゲプラッテ駅(1950m)に到着。
思いがけない3台のアルプホルンの演奏でのお出迎えに感激!
遠く青々と茂った急斜面の牧草地にはカウベルの音を響かせている牛の群れ。
冬がそして雪が降る前に沢山食べておかなくてはね!
アルプスの自然を活かしたアップダウンのあるトレイルを兼ねた8000㎡以上もある広大な高山植物園。
色とりどりのお花が咲き誇る中での山歩きも充分味わう事が出来ます。
ここからのハイキングコースも四方八方に延びています。
スイスに生育する600種以上もの高山植物を観る事が出来る貴重な場所でもあります。
時々雲の合間から顔を覗かせるアイガー、メンヒ、ユングフラワー、の大パノラマを間近に観ながら、丸山さんと草むらに腰掛けての、昼食は最高のおご馳走でした。
山とお花畑――私はこんな景色が大好きです。
いつかある日もう一度・・・と夢見ながら又来る事が出来て本当に良かった。リーダーを始め仲間の皆様に感謝です。有難うございました。
大好きな景色に後ろ髪を引かれながら、シーニゲプラッテ駅13時41分発の電車で下山、麓のヴィルダースヴィル駅に戻る。
預けていた荷物をピックアップ。荷物の重さにこれから先一抹の不安があったが、優しい殿方のお助けのお蔭で3回の乗り換えも無事クリアー!
17時14分目的地ツエルマット駅に到着。宿は歩いて5分の近くで助かった。
部屋の窓からは雲の中に浮かんだマッターホルンの雄姿が微笑んで迎えてくれていた。
日課としていた洗濯婆さんも今日は休業とし、早く床に就くことにする。
充実した長い一日であった。
 

12sanso20190724-0803suisu.JPG 13sanso20190724-0803suisu.JPG
アプト式レールの見本シーニゲプラッテ駅で グリンデルワルト駅にて

 

14sanso20190724-0803suisu.JPG
雲海に浮かぶマーターホルン

7月28日     寺田美代子

昨日到着したツエルマットは雨上りの爽やかな駅でホテルのテラスから、マーターホルンの姿が見られ、到着をとても喜んだ。しかし今朝は白雲一色で日の出もマーターホルンの姿も無く、生憎の小寒い雨模様の朝となった。7:00朝食の後、天候の回復を見ましょうと成る。では!!と昨日買い求めたスイス代表の花、エーデルワイス茶を味わってみる事にする。軽いミント味のすっきりとしたハーブテイで美味しい!お土産になるわねーと隣室の廣島さん、丸山さん、石原さん達と暫し寛ぎ、9:30頃より街の散策に向かう事となり軽い雨支度で出かける。
ホテルや店々で賑わうメイン通りを抜けると、左側に薄ネズミ色の氷河より流れくる川岸となる。少し先の橋を左に渡るとケーブル乗り場であるセネガーステーションに到着。晴れていれば本日はここでリターンチケットを買い、フラワートレッキングに向かう予定だった。記念に山々のパノラマ絵葉書を購入し対岸の道を折り返して戻った。途中教会の橋の上に来ると、ここがマーターホルンの絶景ポイントで現在展望台を建設中との説明で振り返るが、一向にその雄姿を見ることが出来ず、残念に思い乍ら、道を下りホテルに戻った。
昼食をホテルの近くのイタリアンで済ませ、午後からフリータイムとなる。又朝の道を通りマーターホルン博物館に向かった。館内には4,000m級の山々に囲まれた昔のツエルマットの人々の暮らしぶりや、山々を制覇したアルピニスト達の登山用具の展示、中でも下山途中で切れたザイルの展示には心が痛んだ。やはり下山は危険が多く注意が必要と、改めて身が引き締る思いがしたのでした。
天候の回復は捗々しくなく、トレッキングは望めぬ一日となりましたが、前2日は確りと山も花も満喫していたので、本日は中休みとなり、体力の回復になったとの声も有ったようでした。ツエルマットの街の歴史を学び、山岳地帯の街中をゆっくりと味わえた、とても楽しい貴重な日となり、雪の季節にも訪れてみたいツエルマットの一日でした。

 

15sanso20190724-0803suisu.JPG
マーターホルン

7月29日     丸山さかえ

昨日は雨。皆、今日に備えて十分休養をとった。当初の予定では、多くの人達が憧れるマッターホルン登山者が泊まる「ヘルンリヒュッテ」を目指すことになっていた。しかし、昨夜、リーダーの石原氏からヘルンリヒュッテ付近に雪が降った可能性があり、安全の為コースの変更が告げられる。私は最近BSで「ヘルンリヒュッテ」の様子をテレビで見ていたので、少々残念な気がしたが、内心は他の皆様と同様ホッとした。
今日はクライン・マッターホルンの展望台へ行き、シュヴァルツゼー駅まで下り、そこからマッターホルン北壁を眺めながらの、ハイキングをすることになった。
8:10ホテルを出発。いつものようにコーポで昼食を購入。駅前はそれぞれの目的地に急ぐハイカーで一杯であったが、騒音がないので気持ちよい。(車が電気自動車のせいか?)ケーブルの始点であるウィンケルマッテン駅に向かう途中、突然、町中に教会の鐘の音が鳴り響き、礼拝の時を告げていた。
8:55ウィンケルマッテン駅に到着。既に登山者であふれている。添乗員の山田氏のリードで「クライン・マッターホルンリターン」「Same」とチケットの購入も皆スムーズになり、6人乗りの高速ケーブルに乗り込む。外はまだガスで真っ白。高度はグングン上がり暫らくすると、見慣れたあの姿が幻想的に浮かび上がる。ケーブル内に歓声が上がり、皆、夢中でシャッターを切る。
9:15シュヴァルツゼー駅(2583m)はすっかり雲の上、晴天が広がった。「どうだ」と言わんばかりのマッターホルンの雄姿。息をのむとはこのこと。
9:25トロッケナーシュテッグ駅(2939m)で最後の乗り換えをし、いよいよヨーロッパ最高地点の展望台クライン・マッターホルン(3818m)に9:40到着。風もなく、思ったより寒くない。
天を突く岩峰。神々しい姿に声も出ない。ブライトホルン(4164m)、リスカム(4527m)、モンテローザ(4634m)4000m級の山に抱かれ、光り輝くゴルナー氷河を望む大パノラマは神の領域のように私には思われた。スイスに初めての私は、今ここにいる実感がつかめずに、シャターを押し続けた。仲間の多くはスキーに、登山に、ハイキングに何回も来ているので、「あのコースを滑ったね。」と、懐かしそうにスキー談義に花が咲いていた。
それにしてもスイスの観光設備は素晴らしい。富士山より高い場所に1時間弱で我々を連れてきてしまうのだから・・・。
10:25トロッケナーシュテッグ展望台迄下り、コーヒーブレイク。マッターホルンに手が届きそうなこの風景は、夢ではないだろうか?と何度も思ってしまう。
11:15シュヴァルツゼー駅で下車。いよいよここからハイキングが始まる。湿原のような苔が生えているふかふかの草原を下っていく。地下は永久凍土だろうか?高山植物が咲き乱れ、何という気持ちよさ。マッターホルンの東壁から北壁を見上げながら・・。
12:15一番格好いい迫力ある雄姿を眺めながらの昼食となった。こんな贅沢な場所での昼食は二度とないだろう。周りはお花畑だ。キンポウゲ属、オトギリソウ属、ホタルブクロ属、リンドウ属、ユキノシタ属が咲き乱れていた。大好きなチョウノスケソウに出合えたのも嬉しかった。
アルプスの厳しい環境を生き抜くために、多様な進化を遂げてきた高山植物は、私の一番興味ある対象だ。地表ギリギリに放射線状に並ぶロゼット状のもの、地面に密着したクッション状の葉、ワックスのように表面がコーティングされた葉、産毛で覆われた葉や茎。何万年もの間、進化と退化を繰り返し、その地に適応する知恵で生き抜いている小さな花に尊敬と感動を覚えた。
12:50牛の放牧小屋が点在している草原を下る。氷河から流れてくる川の流れとカウベルの音が音楽を奏で、自然と歌が出る。谷に沿って立てられている牧舎は、素朴でどれも個性的な彫刻があり可愛い。谷を下り、やがて林道に入る。カラマツが涼やかな木陰をつくっている。
14:40フリー駅に到着。ここから今朝乗ったウィンケルマッテン駅までケーブルに乗り、
14:55ウィンケルマッテン駅着。皆、満足感でいっぱいのようす。ツエルマットの町まで戻り、途中で解散した。明日はシャモニーなので、各々ツエルマットの町で最後の買い物を楽しみホテルへ戻った。

 

16sanso20190724-0803suisu.JPG
ゴルナグラットにて全員

7月30日     高橋 聰

本日は当初の予定だとフランスのシャモニーへの移動日であるが、28日の天気が悪く何も出来なかったので、少し予定を変更して午前中登山電車でゴルナブラットに行くことになった。
朝6:30のテレビのニュースでは、リフトやゴンドラはまだ動いていないと言っている。
マーターホーン上空は天気が良いようだが、どうやら中空は厚い雲に覆われていて、どうやら下界は雲海の中のようだ。8:40に荷物をホテルに預け、ゴルナグラット迄登山電車で行くことになった。(所要時間40分程度)
此処ツエルマットの標高は1650mで、上空は雲で覆われていたが、ゴルナグラット駅の標高は3089mなので、雲海の上にあり、展望台が、3200m地点にあり、この展望台より眺めるモンテローザ、リスカム、カスター、少し離れて位置するマーターホルン等の4000m級の山々やゴルナ氷河、グレンズ氷河等の眺めが素晴らしく、モンテローザヒュッテより、氷河の上にモンテローザへのトレースがはっきりと望め、数パーテイの姿を望遠することが出来た。いつまでも眺めていたいのだが、シャモニーに行く電車の時間もあるので、名残は尽きないが、10:10に集合して再び電車に乗り、ツエルマットへ下ったのでした。
此のツエルマットよりシャモニーに行くには、電車を3回程乗り替えねばならない。
電車で移動中天気は良く、なんとなくうとうとと昼寝をするも、電車を乗り替える度に、席も変わるので、電車の前後から、何に興奮しているのか不明だが、いつまでも大きな声が響いてくる。2度目に乗換えた、シャモニーまでの電車路は、急峻な山を切り開いて造られており、良くこんな処に電車路を作ったものだと感心するばかりであった。3度程乗り替え16:12にやっとシャモニーに着く。
本日宿泊するホテルはシャモニー駅の横にあり、ホテルに着いて荷物等を部屋に入れたら、街を見物することにする。街の中は夏のバカンスの為か人で溢れている。暫らく散歩した後、明日の昼食等を購入後、散歩の途中で予約しておいた、中華レストランで、各自思い思いの物を個別に注文し(大人数のパーテイ料理的なものが無かったので)皆夫々に満足して、ホテルに20:00に帰る。
その後レストランでは飲み足ら無かった山田茂則君、下河辺君、高橋、山田ガイドの4人で、駅前のバーで少し飲んで22:00頃ホテルに帰ったのでした。深夜12:00頃何だか大きな音で目覚め、火事かと思い外を見るが、何処にも異常は見られず、山田ガイドが玄関外に居るのが認められたので、何か異常かと聞けど、何もないようだ。明朝ホテルに聞くと何かの弾みで火災報知機が誤作動したらしいとの事。まったく迷惑この上なしと思えど、何も無かったので安心したのでした。

 

7月31日            菊池武昭                

本日は、エギュイ・ドユ・ミディ展望台(3842m)にゴンドラで上がる予定のため、ゴンドラ駅が大混雑する前に駅に到着したいので、ホテルを7時40分に出発する。おかげで、大きく待たされることも無く、8時15分発のゴンドラに乗車でき、8時45分エギュー・ドウ・ミディ展望台に到着した。上空は雲一つ無く、モンブラン(4810)をはじめ、多くの山々の展望が得られ、一番高いところにある展望台でモンブランをバックに記念写真を撮る。廣島さんより、当初予定のコースの「中間駅よりモンタンベール迄歩く」とは別に、「イタリア側のエルブロンネ迄バレー・ブランシュ氷河を横断するゴンドラで往復する」コースの提案があり、石原、下河辺、広島、高橋さんの4人が分かれて行動することになった。後で聞くところによると、高橋さんが何か高山病のような症状が出て(頭痛と吐き気)一人でシャモニーに下りて、11:00頃には、ホテルに帰っていたようだ。私は10年程前に集会委員会の企画に参加して、高橋さんや、下河辺さん等と、エルブロンネ迄バレー・ブランシュ氷河を徒歩で横断したことがあるので、当初予定のコースを歩くことにした。
エギュー・ドウ・ミディ展望台よりブラン・ド・エギュイの中間駅までケーブルで下り、9時30分中間駅出発。 シャモニーの針峰群を右手に眺め、プレチェールやエギュー・レムなどの岩峰群の下の朝露が輝き、草付きの斜面をほぼ水平に歩く。直ぐ下にシャモニーの街並がくっきりと見える。
2時間程歩いた頃、尾根を回り込むように登ると、エギュイ・デュ・ドリュ(3754m)やグランドジョラス北壁(4208m)等が 目の前に広がる快適なビューポイントに到着する。
12時10分~50分この素敵なビューポイントで、眼前に拡がる大迫力のエギュイ・デュ・ドリューを飽かずに眺め乍ら、ゆっくりと昼食とする。昼食後、メール・ドウ・グラス氷河に沿って下り、モンタンヴエール駅に13時40分に着き、レストランのテラスで冷たい物を飲んで休憩後、14時51分発の登山電車にてシャモニーへ下った。
このコースを歩く目的は、花に興味が無い私としては、前回見た幻想的な雲間に見えたグランドジョラス北壁に再会することであったが、天候が良すぎたのか、全く期待外れだった。

17sanso20190724-0803suisu.JPG 18sanso20190724-0803suisu.JPG 19sanso20190724-0803suisu.JPG
エギーユ・ド・ミデイ展望台よりモンブランを背に エギーユ・ドメミデイへのケーブル シャモニーのホテル



8月1日                         石原達夫
今日は9日間に及ぶスイス・フランスアルプスの最終日である。最後の山に出かける前に全てパッキングを済ませ、チェックアウトをして主要な荷物をホテルに残す。
今日の計画は、ゴンドラを乗り継いでシャモニーの対岸の山、ブレバンに上がり、昨日まで間近に見ていたモンブラン山群とエギュ・デュ・ミディをはじめとする針峰群を遠望し、下山してホテルに戻り、午後一番一でジュネーブ空港に向かい、イスタンブール行きのフライトに乗るという結構慌ただしいものである。
幸いなことに今日は快晴で、対岸の高みからシャモニーの山を眺めるには最高の状況である。短い市街地を抜けて教会の脇を通る。見上げれば色とりどりの多くのパラグライダーが空高く舞っている。結構な坂道をたどること暫しで、ブレバンに上がるゴンドラ乗り場に出る。ゴンドラの終点は朝の赤みを帯びた白色の岩壁の上に見える。この辺りに来る観光客は、ゴンドラに乗るに際し並ぶということはせず、塊になって我先に乗ろうとする。その上パラグライダーの連中は大きな荷を背負って特権階級のごとく割り込んでくる。
多少の不愉快な思いはゴンドラに乗り込み、雄大な景色を見ればすぐ吹き飛んでしまう。モンブランから流れ落ちる巨大なボゾン氷河の全景が見えると中間点プランブラに着く。パラグライダーの連中はここで降りる。この辺は冬季のスキー場になっているようで、スキーリフトのターミナルが幾つか見える。乗り換えた上部上のゴンドラは大型の多人数用ゴンドラで、前面に広がる大パノラマに見とれているうちに終点のプレバン2524mに着く。少し登って展望台に着けば、誠に雄大な景色をほしいままにする贅沢さである。右端は氷河がまとわりつくヨーロッパの屋根白いモンブラン4810mとその眷属達、目を少し左に移せばエギュ・デュ・ミディの尖塔から始まり、グレポンで終わる針の山々のエギュ・デュ・シャモニー山群、メール・ド・グラス氷河(氷海)の谷間を挟んでラ・ヴェルト4122mが左端となる。尖ったドリュー3752mはラ・ヴェルトに抱かれた前景に過ぎない。グランド・ジョラスはシャモニーの山々に隠されていてここからは見えない。
モンブランの右端はエギュ・デュ・グーテで、この後ろ側にTMBモンブラン鉄道の終点のデ・ニーゲル駅がある。この鉄道は1900年代の初めに計画されたもので、当初計画ではモンブランの山頂直下までトンネルを穿ち、山頂にはエレベーターで昇る、という壮大な
ものであったが、第1次世界大戦で中断され、以後事業を継続することなく、線路は中途半端な形でデ・ニーゲルで終わっている。モンブラン山頂に登る容易な登山ルートは、デ・ニーゲル駅まで電車で行き、そこから歩き始めて新・グーテ小屋で泊り、次の日はドーム・デュ・グーテを経てモンブラン山頂に至るものであるが、容易なルートとは言えアルプスの最高峰モンブランは簡単には登らせてくれない。途中にはいくつかの難所があり、まずグラン・クーロアールといういやらしいところを通過しなければならない。ここでは毎年何人かの登山者が落石に当たって死傷している。また4000m以上の標高では常に強風が吹き、全山が雪ではなく氷河の供給源となる氷で覆われている。その為ここでは本物の氷雪の登行技術が要求される。帰路は往路をたどるのが安全であるが、氷雪技術に長けている人ならば、モン・モーディに出て、とてつもなく急ではあるが氷河を下降してエギュ・デュ・ミディに出ることも可能である。
シャモニーの針峰群は登行意欲をそそる岩峰であるがシャモニー側からのアプローチは長く,がれき地帯を相当に登らなければ岩壁にとりつくことが出来ない。メール・ド・グラス氷河から取りつく方が少し楽なようであるが、エギュ・デュ・シャモニーの岩峰に直接は取りつけるものではない。むしろ氷河から取りつける内側の針峰に人気があるようだ。
穂高岳の滝谷にあるグレポンの本家はここに見られるグレポンで、地獄の針の山もかくありなんと思わせる厳しい山容である。
目をシャモニーと反対方向に転じれば、巨大な断層で削られ地層をむき出しにした山が見られる。氷河で削られて出来たシャモニーの山とは違った山である。巨大な断層で削られたこんないい天気で、時間を忘れて思いにふけりながら、いつまでも眺めていたいところだが、現実はそれほど甘くない。出発に備えてホテルに戻らなければならない。ということでシャモニーの山はもう見ることはないだろうと思いつつ帰りのゴンドラに乗った。
あとは帰りの慌ただしい中を専用のバスに乗ってジュネーブの空港に向かったのであった。

20sanso20190724-0803suisu.JPG 21sanso20190724-0803suisu.JPG 22sanso20190724-0803suisu.JPG
シャモニーの針峰とグレポン ジュネーブ空港 パラグライダー

 

8月2日                            石原達夫
ジュネーブ発のトルコ航空1920便はイスタンブール着が23時少し前、入国管理とかバッゲッジクレームを終わるころはもう24時、女性の現地ガイド、バシャさんのお出迎えを得て、ペラ・パレス・ホテルに着いたのが深夜の1時、2日の今日になってしまった。
たまたま今回の航空会社がトルコ航空であり、イスタンブール乗り換えなので、@ワールドの山田さんから観光でもされたらいかがという案が出た。これを皆さんに諮った所、全員が参加するということなので、スイスアルプスの続きみたいになってしまった。ただ、この付け足し観光が疲労の溜まった皆さんにさらに疲労を上乗せするということになり、帰国後寝込んだ人も出たということで、もしかしたら申し訳ないことをしたかな、と反省している。付け足し観光なので報告もいらないだろうと思っていたが、「山想倶楽部会報誌」編集者の要望でこれも報告に加えることになった。それはともかく、確かにイスタンブールは面白い都であることは間違いなく、長い今日1日の出来事を簡単にまとめたい。
朝9時にはバシャさんが大型の観光バスと共にホテルにお迎えに来た。以下バシャさんが案内された観光ポイントについて記録したものである。
バスを降りて、最初に向かったのがローマ時代の大競技場跡で、現在は馬の広場と呼ばれ、かつては馬曳戦車の競走が行われたところである。ここには3本の柱が立っている。テオドシウスのオベリスク、蛇の柱、コンスタンティヌス7世のオベリスクあるいは石工のオベリスクである。最後がドイツの泉あるいはウイルヘルム2世帝の泉と呼ばれる多角形の建物である。次の観光ポイントがアヤソフィア博物館の見学、博物館と呼んでいるが、もとはコンスタンティヌス1世が325年に建造したギリシャ正教の総本山となる大聖堂で、その後ジャーミィ(モスク)として使われたものである。大聖堂そのものが博物館と称され見学に供されている。
この後、タルハという名の土産店に連れていかれた。地下では見事な絹製のカーペットを見せられた。とても手の出せるような価格ではない。1階は焼物を展示してあるフロアーで、美しいタイル、ボウル等があり、何人かはお土産として絵タイル、食器等を購入した。
もうそろそろ昼食の時間となった。バシャさんはオープンエアの食堂街を抜けて、ちゃんとした店を構えたレストランに案内してくれた。トルコ飯を食したあとは午後の部が始まった。この時期のイスタンブールは結構高温で、その中を歩くので体力を消耗する。朝にバスを降りたままで、以後バスとは無関係に歩くだけである。次がトプカプ宮殿だがイスタンブールの施設の例にもれず広大である。トプカプ宮殿は15世紀中ごろから20世紀初めまで王の宮殿として使用されていたものでその間、何度も増築されている。この宮殿の外れからはボスポラス海峡が見えるティールームがあるが、そこで寛ぐ時間がない。慌ただしく宮殿の観光の後4世紀ころに建造された地下貯水池、通称地下宮殿イエレバタン・カルヌジュの見学をした。コリント様式の柱が天井を支えている様はまさに宮殿である。奥には2体のメドーサの首の彫刻があった。地下でしかも水があるだけに涼しい。
アヤソフィアさきには、イスタンブールを代表する巨大な4本の尖塔で囲まれたスルタン・アフメッド・ジャーミィ、通称ブルーモスクがある。内部の見学もできないわけではないが、礼拝の時間になると、いろいろ規制が有ったりするので、ここは外から見るだけにしてその先にあるヌール・オスマニエ・モスクに行く。このモスクはバロック様式の建物ですっきりしている。内部はじゅうたんを敷き詰めた広い伽藍で,何人かの信者が座ったり横になったりしている。私たちも見学用領域で座って聖なる休憩をした。天井が高いせいかとても涼しい。最後が巨大な有蓋市場であるグランドバザールに入る。入口は21あるそうだが、私らは1番口、ヌルオスマニエ門から入る。すさまじいまでの数の店がある壮大なバザールではあるが、時間の関係でごく一部きり見られなかった。私はここでスーツケースを買った。
これで今日の観光は終わり、ホテルから出るときに乗っただけのバスに乗り、テオドシウスの城壁を車窓に見ながらホテルに向かった。
 

25sanso20190724-0803suisu.JPG 26sanso20190724-0803suisu.JPG 27sanso20190724-0803suisu.JPG
イスタンブール市内の電車 トルコでの昼食風景 トルコの街中散策

 

8月3日(土) 最終日
夜明けを迎え、バルコニーから眺めるイスタンブール市街が奇麗に輝きはじめた。我々が宿泊した「ペラ・パレスホテル」は、当地で大変由緒ある高級ホテルで、かの第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネデイも宿泊したそうだし、アガサ・クリスティーが「オリエント急行殺人事件」を執筆したホテルとしても有名である。また、ヨーロッパで最初にエレベーターが設置されたホテルだという。その、エレベーターは、今なお我々を乗せて上へ下へと活躍中であった。
今日は、午前10時から午後4時まで約6時間のフリータイムだ。
さて、何をしようか・・・・・、市内観光をすることにした。
午前7時30分からゆっくりと朝食を済ませ、午前10時半、ロビーに荷物を預けて出発した。イスタンブールは、ここ数日間蒸し暑い日が続いている。今日も蒸し暑い日になりそうである。
ここシステクラ通りは、イスタンブールの一大ショッピング街で、多くの商店が所狭しと、立ち並び、様々な人種や老若男女が行き交っている。
眼の部分だけ僅かに開いていて、それ以外には露出部が全く無い「ニカーブ」という衣装を身に着けた女性が多く見受けられて、ここがイスラム教の国であることを実感する。
ガラタ塔からタクシム広場までの通りをフラフラと気ままに観光やウィンドーショッピング、ちょっと疲れたらティータイムを楽しんだ。
オリエント情緒に浸りつつ、午後4時頃にホテルのロビーに戻った。
午後6時、送迎バスでシーフードレストランへ向かった。
6時半から今回の旅最後のディナーを楽しむ。
量が多くて完食できなかったが、旅の話で盛り上がりながら美味しくいただいた。午後8時頃、夕食が終わり帰国の途につく。
午後9時、空港着。
手荷物検査など出国手続きを済ませると、搭乗案内まで1時間半もの待ち時間になった。午後11時半、やっとトルコ航空52便の搭乗案内があり、A-7搭乗口から乗機する。乗機したまま日付が変わっても待たされる。

8月4日(日)
午前2時05分、やっと離陸した。成田まで距離10,000㎞、飛行時間10時間40分の気だるいフライトが始まった。
日本時間18時45分、東京成田国際空港着。6時間の時差を勘案すれば、定刻通りの到着である。全員無事に帰国して、13日間の楽しい旅が終了した。
今回の旅で訪れたスイスのグリンデルワルドからツェルマットは、25年前にも訪れた地であったが、街並みが大きく変わっており、4半世紀の時の流れを強く感じさせられた景観であった。
また、フランスのシャモニーは、妻が一度訪れた所で、エギーユ・ドゥ・ミディ展望台に立った時は、思い出がよみがえり感慨深い様子であった。
最終日を過ごしたトルコのイスタンブールは、イスラム色と国際色が妙に融合して印象深い地であった。
ただ、ここでのフリータイムが6時間と少し短い感じがした。
も少し時間が有れば、充実した観光ができただろうと思うと残念と言えば残念であった。
とは言え、今年の旅も例年に劣らず楽しく思い出深い充実した旅であった。
リーダーはじめ貴重な時間を共有できた全てのメンバーに感謝を捧げたい。
次回の海外プランにも参加できるよう、健康に留意して1年間を過ぎして行きたいと思う。
以上
寺田 正夫

28sanso20190724-0803suisu.JPG 29sanso20190724-0803suisu.JPG 30sanso20190724-0803suisu.JPG
イスタンブールの新市内 イスタンブール旧市街 イスタンブール空港にて
31sanso20190724-0803suisu.JPG 32sanso20190724-0803suisu.JPG 33sanso20190724-0803suisu.JPG
イスタンブール新市内 トルコにて トルコのマーケート
34sanso20190724-0803suisu.JPG 35sanso20190724-0803suisu.JPG 47sanso20190724-0803suisu.JPG
最終日の晩餐会 シーニゲプラッテ植物園 花畑を歩く





 

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.08.24

花と新緑の角田山・米山を楽しむ(山想倶楽部)

花と新緑の角田山・米山を楽しむ

記:吉永英明

 

10sanso20190509.jpg
妙高山といもり池

日時   令和元年5月9日(木)~11日(金) 
目的の山 角田山、米山、青田南葉山
参加者 高橋 聰、小笠原辰夫、横田昭夫、菊池武昭、広島孝子、醍醐準一、山田茂則、 
田中恵美子、吉永英明

 

5月9日(木)晴
11:00。前日から赤倉ユアーズ・インに滞在していた横田さんとオーナーの小笠原さんの出迎えを受け、上越新幹線の「燕三条駅」に集合。途中の車窓からの他県とは全く違った幅員十分な農道が、縦横に供されている土地改良後の田が整然と広がる、米どころの眺めは、流石田中角栄元総理の地元と感心した。
早速、駅前の蕎麦屋で名物ヘギ蕎麦を賞味し、小笠原さん運転のバンで西蒲原平野に繋がる佐渡弥彦国定公園に指定されている角田山(482m)稲島コース登山口へ向かう。
登り始めは急登で有ったが、約一時間の登りで緩やかになり、9合目には観音堂が鎮まっていた。此処からは、ほゞ平坦な疎林の道を頂上へ。頂上からの展望はあまりなかった。下りは日本海に向かって下る北西面の灯台コースを選んだ。途中奇岩が連なる狭い登山道も有り、面白い。

4sanso20190509.jpg 3sanso20190509.jpg
角田山頂上にて 角田山の下降路

下山道からは10日前にJACの千葉支部の山行で行った佐渡が望め、小佐渡の経塚山の向こうに金北山が、左の方には、たらい舟の小木の港らしき風情がうっすらと伺えた。登山終点地には、高橋代行が車を登山口から灯台近くの海岸迄回送してくれていた。近くには義経公が奥州平泉に落ちる際に小舟を隠したと言われる洞窟が有った。宿舎には高速を利用して妙高へ。途中北陸道の米山S・Aからわが国最大の東電柏崎狩羽原発が眺められた。
例年より残雪が多い妙高山、小笠原オーナーのいつもの赤倉ユアーズ・インでは,心尽くし料理でおもてなしを戴き、いつもの酒好きの連中の実が無く、話題の多いだらし無い宴会となった。

6sanso20190509.jpg 7sanso20190509.jpg
灯台への路 藤の花と角田灯台


 

5月10日(金) 晴・時々曇
9:00。赤倉の宿出発、米山甚句でおなじみの米山(993m)に向かう。集落から登山口に通じる林道に入る道に迷いながら,水野登山口へ。標高約400m位まで林道が通じており、好天にも恵まれ、展望も良く年寄りにはピッタリと、登行意欲が湧く。上部には所々雪が残る登山道を2時間半、三大薬師の一つに数えられる薬師如来が鎮座する頂上に到着。低木の頂上からは、日本海、新潟方面を望む展望を楽しみ乍ら、昼食を摂り、同じ路を下り林道の駐車場に戻った。
帰路は地酒醸造元の店、新井の道の駅に立ち寄り宿舎に戻ったが、道の駅で入手した『イカの塩辛』が天下一とも言える絶品であった。次回ここに立ち寄った時は、もう少し量多く仕入ようと思った次第だ。
夕食は又いつもの宴会.いつも乍ら、もう少し違ったやり方が無い物かと思いつつ、この雰囲気になじんだフリをして付合っている自分が情けない。

8sanso20190509.jpg 9sanso20190509.jpg
米山への登路 米山頂上

 

5sanso20190509.jpg
香澄の滝

5月11日(土) 晴
本日は頚城三山の一つである青田南葉山(949m)に登る予定で有ったが、一部参加者の希望で出発前に急遽山菜採りに行くことになり、宿舎の上にある赤倉観光ホテルの左方上部にあり、地元でもあまり知られていない香澄の滝(落差50m位か)迄散歩をして、多くの人
達は帰路コゴミやウド、フキノトウ等の山菜採りを楽しんで居たが、私はそれらには全く興味が無いので、仕方なく皆に合わせてブラブラと付き合っていた。
山菜採りの後は、その足で妙高ビジターセンターの広場で開かれていた山開きのイベントへ向かい、水芭蕉の咲く池の周りを散策し、ビジターセンターを見学して、妙高の自然史を勉強して外に出たところ、当初の目的を忘れて、一部の者が折から開かれて居たイベント店の地ビールに誘われ手を出したので、我も我もと続き、青田南葉山への登山は次回回しとなってしまった。しかしせめて心意気を示す為、青田緑灰塚神社からのキャンプ場登山口へ車で行って貰い、北陸新幹線『上越妙高駅』へ。駅前広場からは、今日の目的で有った青田南葉山が間近に眺められ、一部の気力の無い行動が恨まれたものだ。それにしても天候にも恵まれた、高齢者向きの楽しい3日間で有った。
 

 

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.06.02

お花見山行と守屋山登山(山想倶楽部)

お花見山行と守屋山登山

高橋 聰

期日 4月9日(火)、10日(水)

参加者 石原達夫、吉永英明、小笠原辰夫、高橋聰、下河辺史郎、菊池武昭

横田昭夫、広島孝子、川村光子、山田茂則、醍醐準一  11名

 

計画の概要 

4月9日は古くから「天下第一の桜」と称され、全国的に有名で「さくら名所100選」にも選ばれています。高遠城跡公園の観桜を楽しみ、10日は守屋山に登山予定

高遠城址公園の桜は、タカトオコヒガンザクラで、ソメイヨシノより少し小ぶりで赤みのある花を咲かせます。見頃は4月上旬~中旬
園内には約1,500本もの桜があり、古くから「天下第一の桜」と称され、全国的に有名で「さくら名所100選」にも選ばれています。
樹林は「県の天然記念物」です。満開時には公園全体が薄紅色に染まり、白いソメイヨシノとは一味違った桜を楽しめるようだ。と計画当初の案内に書かれていた。

 

4月9日 

本日乗車する新宿駅9番線に7:40頃到着すると既に下河辺君の顔が見える。直ぐに石原さんも現れ何号車と聞くと何と3人とも6号車である。中央線はなんと今年の3月16日より大幅にダイヤが改正され特急の自由席は無くなり、全席指定となっており、列車も新型車両になっている。

待ち合わせ場所である茅野駅には定刻に到着する。電車を降り、改札口を抜け暫く待って居ると、川村さん、広島さん、山田さんの顔が見えた。吉永君と、醍醐さんは一列車先に着いているであろうが、一緒に乗っているであろう菊池さんの顔が見えない。寝坊して乗り遅れたのかと思い電話をしてみると、なんと一列車前に既に到着していて、車で来ている小笠原君の車に乗っている。横田さんも車で来ているので、これで無事に全員集合だ。

小笠原君の車に男性が乗り込み、横田車にいつものように女性が乗り込み高遠城址公園に向けて出発する。

小笠原君は前夜から来ていて、今朝早く守屋山の途中まで行ってきたが、南峰までは行ったが、そこより先は路が凍結していたので、安全を考えてそこより引き返して来たようだ。

40分程度走り、高遠城址公園の駐車場に着く。公園の周りには無料駐車場もあるが、公園内の駐車場は一日700円との事だが、あまり歩く事は避けて警備員に誘導され有料の公園入口にある7番駐車上に車を置いて、入場料500円を支払い公園の北口より入り、桜を楽しむ。

園内は薄ピンク色のタカトウコヒガンサクラと言われている高遠固有種で溢れており、南門の陽当たりの良いところでは、7~8分程咲いていて、なかなかの見応えであるが、他の所では未だ3分程度なので今一の感が有った。一週間後なら素敵な光景が見られただろう。

北門を入った時12:30集合としてあったが、それほど広くも無い城跡の公園なので、全員10分程度前には集合し、少し歩いた為か、それとも朝が早かったのか不明だが、腹が減った早く飯だと騒いでいる人も何人かいる。

9sanso-ohanami20190409.jpg 13sanso-ohanami20190409.jpg
桜と高遠湖 満開の高遠コヒガンサクラ

茅野駅より杖突峠を越えて高遠城址公園に来る間に高遠蕎麦と書かれた店が数軒有ったので、その中で片倉部落にある七面亭という店に行くと満席だと言われるが、少し待つと何とかなりそうなので、暫く待って何とか蕎麦にありつくことが出来、又蕎麦と共に掻き揚げを注文した人もいたが、これは掻き揚げではなく野菜天麩羅が6~7ケ程有り、値段も200円とは吃驚していた。昼食後は何処にも寄るところは無いので、宿に直行し15:30に宿に着いた。

7sanso-ohanami20190409.JPG 3sanso-ohanami20190409.jpg
蕎麦やで時間待ち 蕎麦やの店内
8sanso-ohanami20190409.jpg  
蕎麦やでのかき揚  

宿は吉永君の別宅の近くにある蓼科温泉(しん)()温泉で、玄関を入ると広々としたラウンジでは驚くほどの蔵書(30,000冊)に迎えられ、コーヒー等のサービスを受けることが出来た。食事も良く料金も一人税別11,500で部屋も広くかなり割安の感じだ。各自幹事より割り当てられた部屋に入り、温泉にゆっくりと浸かった後、17:20より30分程月例会を行った。因みに夕食は僕達だけの個室でメニューを書くと、①口はじめとしてカナガシラのカダフイ揚げ、甘海老 ②オマール海老の味噌仕立て、合鴨スモーク、国産牛のローストビーフ、生ハムスライス,彩野菜を添えて,③前菜として桜海老と4種の山菜グラタン、④ポワローとアボガトのポタージユ、⑤魚料理 間八のポアレ(トマトスープ)、⑥肉料理 蓼科牛のソテー2種の味わい(シャリアビンソース&安曇野産のキザミワサビ) ⑦ご飯ものとして蓼科スープカレー ⑧デザート 春のデザート5種盛り等で夫々いろいろと工夫して中々の味であった。

6sanso-ohanami20190409.jpg 14sanso-ohanami20190409.jpg
ホテルのロビーと蔵書 夕食風景
2sanso-ohanami20190409.jpg 4sanso-ohanami20190409.jpg
サキヅケ デザート

4月10日

朝目を覚まして外を見ると何と雪が降っており、かなり積っているようだ。横田車はスノータイヤだが、小笠原車は3月の妙高では雪が殆んど降らなかったとの事でノーマルタイヤだ。この雪の中守屋山に行ったとしても、杖突峠迄行ってそこから引き返すしかないだろう。皆もう無理をする年でもなく、時間は一杯あるはずだ。守屋山には、いずれ又来ればよいだけとして、朝食後解散することに決定。朝食後横田車に石原、菊池、川村、広島さん等が乗り、茅野駅まで送ってもらい。他の人達は小笠原車がノーマルタイヤなので、ここに残置して宿の車が10時に出ると言うので茅野駅まで乗せて貰うことにして解散したのでした。

宿の車で茅野駅迄送ってもらった吉永、小笠原、高橋、下河辺、山田、醍醐の6名は駅の傍にある蕎麦屋で当然の如く蕎麦をすすりながら一杯キコシメシテ電車に乗ったのでした。

12sanso-ohanami20190409.jpg 10sanso-ohanami20190409.jpg
朝食風景 朝食
   
   

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.03.30

スイス・ツエルマット・スキー紀行

sanso-suisu20191.png

スイス・ツエルマット・スキー紀行

 

期日:2019年2月24日~3月5日(10日間)

参加者5名

石原達夫、石原泰子、鴫原孟志、後藤早登、春原幹男 敬称略

 

2/24

2時50分自宅発専用乗り合いタクシーで成田空港へ向かう。初めてのヨーロッパ旅行、気持ちが高ぶりなかなか眠れない。空港にてスイスフランを購入(115円/1CHF)。定刻8時30分にガイドさん、参加の5人の皆さんと落ち合う。スイス航空LX161便10時40分出発⇒佐渡島⇒ハバロフスク、シベリア上空(北緯65度)を飛行しモスクワ、プラハ上空⇒スイスチューリッヒ国際空港到着時刻15時(日本時間23時)。空港から専用車に乗り一路ツエルマットへ、途中カンデルシュテークで道が終わっており車に乗ったまま運ぶ列車でユングフラウから続くアルプス山脈の下15km程のトンネルを抜ける。これが出来たお蔭で目的地への時間が大幅に短縮したそうです。テッシュ駅で専用車を降り電車に乗り替え一駅で目的地のツエルマット駅に到着19時過ぎ。駅前のホテル“ゴルナーグラート” へチェックイン。早々に部屋に荷物を置き軽い夕食を戴いた。パンにチーズとハム。さあ、これから6日間の滞在です。部屋のベランダからスキー場と思しき方向に星が輝いている。明日の晴れを期待して床に就く。

 

2/25 スキー初日  天候 快晴

5時30分起床、空には星と月が、晴れてるぞ! シンボル:マッターホルンのモルゲンロートを撮りに撮影スポットに足を運ぶ。三脚にカメラを据えスタンバイ。手が悴むのをこらえ待つこと1時間余7時21分山頂に日が当たる。東には三日月がまだ明るい。ホテルに帰り朝食を戴く。メニューはパン、ハムエッグ、チーズ、ヨーグルト、ベーコン、コーヒー。さすがに本場ならではである。スキー準備をしホテルを9時30分出発、ゴルナーグラート登山鉄道駅にて6日間フリーパスチケットを購入、金額は高いけれど何回も乗れるので便利。初日は登山鉄道で1600mから終点Gornergrat3089mまで上る。線路の真ん中には歯車使用のアプト式、日本ではすでに廃線になっているが信越線の碓氷峠(横川⇔軽井沢間)があった。車窓からはマッターホルンが真っ青な空に朝日を浴び堂々と聳えている。何とも神々しい。高度が増すにつれ見渡す限りの広大な白い起伏のある斜面が目に迫ってくる。至る所にコースがあり自由自在に滑るスキーヤーが目に入ってくる。日本のゲレンデとはまるで規模が違う、只々驚くばかり!! 乗車40分程で終点Gornergrat3089mに到着。電車を降り少し上の展望台まで上がり360度の眺望を楽しむ。東にはモンテローザ山群(主峰4634m)とこれに端を発するゴルナー氷河が眼下に延びている。右前方にはリスカム、ブライトホルンと4000mを超える山々が迫る。その間にちょこんと座ったかわいい双子はカストール、ポリュックス。これはふたご座の星と同じ名前である。西方にはマッターホルンとその両脇、遠方にスイスアルプスが連なっている壮大な眺めで雲一つない何と幸運に恵まれた景色だろうか。いよいよ標高3089mからの滑走だ! 天候気温ともこの上なし、滑り出しは緩い長大な斜面でバーンは硬い。ガイドさんにコースリード頂きながら滑る。空気が薄いせいか息切れと膝の疲れ、とにかく距離が長いのだ! ガイドさんに付いていくのがしんどい。周りの雄大な景色に後押しされながらの滑走である。乗車してきた登山電車と並んで滑走、やはり滑る方が早い。Riffelberg(2582m)からリフトでGifthittli(2935m)まで昇る。この間を3コース滑り、Riffelbergの見晴らしの良いレストランで至福の昼食。自分の好きなものをサラにとり会計、ビール・サラダ・スープ・ケーキ2個、ちょっと多かった。おなかを満たしさあ午後の滑走だ。登山鉄道の脇を下りFuri(1867m)まで滑り降りる。此処からゴンドラ、リフトと乗り継いでまたGifthittli(2935m)まで昇ってきた。今度はBreitbodenを廻る長距離コース29番を滑り降りRiffelalp(2211m)駅でゴルナーグラート鉄道に乗車、本日のスキーを終える。ホテルに帰り夕食までの間、ガイドさんに街を案内してもらった。この村はバス、タクシー全て電気自動車で滞在中の6日間一台も燃料車を見なかった大変クリーンな村である。山麓の所々にロッジの屋根の煙突から煙が上がっている、何とも風情がある。

sanso-suisu20192.jpg sanso-suisu20193.jpg
モンテローザ山群 上る電車

 

sanso-suisu20194.jpg
イタリー側のマターホルン

2/26 スキー2日目 天候 快晴

駅前から村内バスでリフト乗り場へ移動、シュルーマッテン・リフト乗り場からゴンドラFuri(1867m)で乗り換えSchwarzsee(2583m)⇒TrockenerSteg(2939m)、更に乗り継ぎ⇒クライネマッターホルンMatterhorn glacier paradice(3883m)まで昇る。真に槍の様に尖がった岩である。終点は岩の中でトンネルを歩き外に出る。富士山より高いが日が眩しく寒さは感じられない。眼下にはこれから滑るコースがはっきり見える。シンボルのマッターホルンは東方から見ると形を変えている。その左遠方にはモンブラン(4811m ヨーロッパアルプス最高峰)が、すかさずシャッターを切った。今回是が非とも写真に収めたい山で願いが叶った。景色を堪能しスキーを履きTesta Grigia(3480m)に滑り降りる。此処はイタリアとの国境地点でありこれからイタリア側のスキー場Breuli-Cervina(2050m) に滑り降りる。南斜面なのでバーンも滑り易い、マッターホルンも特徴のない形に変えている。Cervinaのレストランで昼食(ビールとピザ)をとる。イタリアでは通貨はユーロなのでガイドさんに立て替えてもらった。イタリア側から帰るのにリフトを5基乗り継いで国境Theodl-pass(3301m)まで昇る。スイス側に入ると遠方眼下にツエルマット村、真正面のTrockenerStegへの広大なスロープを滑り降りる。ここは氷河の上だ! 何とも心地よい、左にはシンボルのマッターホルン東壁、ヘルンリ小屋が手に取るように近い。40分ほどの長い滑走でSchwarzsee(2583m)に到着、一息入れて更に滑走、時折り狭い急斜面を含む林間コースを下り緩やかな長い林道を過ぎFuri(1867m)まで滑り此処で一日のスキーを終える。ゴンドラで降り、村内バスにてホテルへ。夕食は円型の大きなチーズを専用ヒーターで溶かしこれをパンやパスタに落とす郷土料理が振舞われワインと共に舌鼓、思い出に残る至福のひと時でした。部屋のベランダから夜空を見上げると冬の星座オリオンが日本と違い少し角度が低く見える。やはり高緯度であることがわかる。マッターホルン方向に輝く星の撮影を試みた。

 

2/27 スキー3日目 天候 快晴

申し分のない快晴、ベランダからマッターホルン東壁にモルゲンロートを見る。ゲレンデを挟んで東の空には三日月が輝いている。今日はどこを滑るのだろうか・・・

ゴンドラを乗り継ぎスキー場の最高峰3883mクライネマッターホルンへ昇る。展望台からの360度絶景を満喫しTesta Grigia(3480m)経由で昨日とは別コースをイタリア側Cervina(2050m) に滑り降りる。標高差にして1800mを滑走したことになる。所要時間約45分。距離にして10㎞あるだろうか。折り返しゴンドラを乗り継ぎTesta Grigia(3480m)まで昇りスイス側のバーンを滑る。

TrockenerStegで昼食をとり、午後は国境Theodl-pass(3301m)まで2回昇り滑走して昨日と同じルートでFuri(1867m)まで滑り降りる。本日も総滑降距離は20㎞位かな・・・

2/28 スキー4日目 天候 快晴  

四日目はGornergrat3089mからRothorn3103m、Hohtalli3286mのコースを滑る。

登山鉄道駅からGornergratまでの車窓の景色は右方向に聳えるマッターホルンを見ながらカラマツ帯から高度を上げるに従い一面の広大な白いバーンと4000m級の山群がせり上がってくる。終点3089mから一旦Riffelberg2582mまで滑りゴンドラでGifthittli(2935m)まで昇る。そこからGant(2223m)まで初めてのコースを滑り込む。ここはFINDELGLETSCHER(フィンデル氷河)の

上にある。リフトでBlauherdまで昇る途中、離れた岩に上に野生の山羊(アイベックス)を発見。かなり希少な動物だそうだ。シャッターチャンスが無かったのが極めて残念!! ゴンドラに乗り継ぎRothorn3103mへ昇って来た。展望台からはフィンデル氷河が眼下に迫り先のGantの下部へ延びている。見上げるとモンテローザはじめ右へリスカム、ブライトホルンが連なる。その隣に今回昇った最高峰のクライネマッターホルン(3883m)を眺める事ができる。随分と遠い。更に右眼下にはこれまで滑走した多くのバーンが一望に見ることができる。何と広大なことか驚きである! シンボルのマッターホルンもスリムで凛と聳えている。ここからのビューが一番良いと云われているのもうなずける。絶景のパノラマを満喫した後、Rothornを巻くようにBlauherd、Sunnegga(2288m)へ滑走、更に北斜面の林間を滑りPatrullarve(2000m)迄下る。そこからゴンドラを乗り継ぎ再びRothorn3103mに上がり今度はフィンデル氷河上のGant(2223m)へ滑り込む。そしてゴンドラでHohtalli(3286m)迄一気に昇る。次にRosenritz、Riffelberg(2582m)まで滑り降り先のレストランで遅い昼食をとる。腹ごしらえをして登山鉄道雪崩防止トンネルの脇を下り林間コースをFuri(1867m)まで滑り降りる。

再びゴンドラでRiffelberg(2582m)まで昇り、駅から登山鉄道でホテルへ。今日も十分に滑り疲れました。

 

3/1 スキー5日目 天候 晴れのち小雪  

朝、駅前のバス乗り場で並んでいるとヘルメットとカラフルなスキースタイルの可愛い子供たちがそれぞれの親と手を繋いで駅に入って行った、何とも愛らしい光景に出会った。その傍らでオレンジの上下服を着た年配の男の人が一輪車を止めて道路のゴミを長いステンレスのゴミ挟みで拾っていた。

その姿を見ることで更にこの村はクリーンな観光地として発展しているのだとつくづく感じた。

村営バスに乗りゴンドラ乗り場へ、ゴンドラでFuri(1867m)、Riffelberg (2582m)まで昇り更に登山鉄道に乗り換えGornergrat3089mまで昇る。マッターホルン頂上に雲がかかり始めている。風も出てきており気温も今までと違い下がってきている。天気はどうやら下り坂の模様。Riffelbergまで滑って昼食をとる。午後はGifthittli(2935m)まで昇りRiffelberg迄を滑って登山鉄道で早めに帰ることとした。電車の中ではスキー帰りの5,6歳の女の子が母親の前でわき目も降らずにスマートフォンを操作しているのを見て「何処でも同じだな」と笑いが出た。案の定、下に降りた時には小雪が舞い始めていた。

 

3/2 スキー6日目 天候 曇りから晴れ

昨夜からの雪は止んで数センチの積雪、ベランダから雲間にマッターホルンのモルゲンロートが見え隠れしている。この分だと晴れそうだ。スキー最後の日である。今日はゲレンデ最高地点のクライネマッターホルンまで昇る。TrockenerSteg(2939m)では太陽に日傘が掛かっていた。20cm程の新雪が積もっている。最高地点に昇るゴンドラから見る氷河の氷は気温が低いせいかその蒼さを鮮明にしている。最高地点3883mからは雲は有るも視界は良好、最後の一日のスキーの滑り出し、安全にしかも果敢にTrockenerSteg(2939m)まで滑る。時々コースを少し外れ新雪に挑む、なかなか気持ちが良い。ヘルンリ小屋が白く光っている。国境直下まで掛かっているゴンドラに乗りそこからのコースを滑った後TrockenerStegへ昇り昼食をとる。午後はまた最高地点まで昇る。ここでの最後の景色を頭に残し最長且つ最高度差2000mのFuri(1867m)まで滑り降りる。雄大で最高なスキーツアーを堪能した。ホテルに帰り記念の土産品を購入。夕食ではツエルマットスキー6日間無事に終わった事に感謝し飲み物で乾杯、間違えられたストックも戻りめでたし。帰りの支度も全て済ませ就寝。

 

3/3 天候 晴れ

朝食後ホテルを出、駅前から専用車にて一路チューリッヒへ向かう。往路と同じルートを通るのであるが帰りは車窓からの景色がまた一段と思いも深く後ろ髪を引かれる(髪は少ないが)。

スイスでは全ての車は昼でもライトをつけて走っている。4時間ほどでチューリッヒ空港近くのホテルに到着。チェックインをして外で昼食を済ませ電車でチューリッヒ市街に向かう。さすがにスイス一の都市だけあって中央駅も大きく国内と国外との発着場所がきちんと分かれている。路面電車が行きかうバーンホフ通りをチューリッヒ湖に向かって歩く。通りから少し入ったリンデンホフの丘では地上に敷かれた石板の上でチェスを楽しんでいる。見物者は椅子に腰かけて見守っている光景に驚いた。湖の入り口ではアルプホルンを吹く男の人がいた。湖には数羽の白鳥が悠々と泳いでいる。リマト川に掛かる橋を渡り対岸を駅に向かい戻る。対岸からは尖がった高い屋根の協会が見える。西洋の時代を感じさせる風光明媚な静かな街の印象でした。

 

3/4 天候 曇りのち雨

朝食後、ホテルから専用車でチューリッヒ国際空港へ向かう。空港での出港手続きをして搭乗窓口で待機、隣の搭乗窓口には数人の警察官が自動小銃、ライフル等を抱えて立っている。物々しい雰囲気である。離陸掲示板を見るとテルアビブとあった。我々の乗るスイス航空便は予定時刻を15分程遅れたが無事に離陸、飛行時間11時間ほどで成田空港、予定時刻より30分早く到着した。

今回のスキー旅行、天候もベスト大変思い出に残る旅でした。参加されました皆様、本当にお世話になりました。有難うございました。

春原幹男 記 

sanso-suisu20196.JPG sanso-suisu20197.JPG
sanso-suisu20198.JPG sanso-suisu20199.JPG

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.02.12

スキー合宿 報告(山想倶楽部)

sanso-suki201902-052.png sanso-suki201902-051.png
妙高ユアーズ・イン

期日 平成31年2月3日~5日

参加者  下河辺史郎、横田昭夫、菊池武昭、高橋 聰、小笠原達夫

 

2月3日

朝7:00過ぎに下河辺君が迎えに来てくれ、彼の車に乗りいつもの宿であるユアーズ・インに向かう、道路が空いていたせいか10:30には着いた。横田さんが既に到着しているかと思っていたのだが、まだ着いていない。電話をしてみると、今松本近辺を走っているとの事なので、到着するまでゆっくりと着替えなどをして待つことにする。菊池君に電話をするとまだ自宅との事。夕方までには着くよと言っている。

小一時間ほどして横田さんも着いたので、小笠原君に赤倉スキー場に送って貰い、スキー場でゆっくりと昼食を摂り、宿で購入したリフトの割引チケットを本日の午後のみ有効のリフト券と交換し、ゴンドラに乗り込む。いつもこのころは名古屋方面の大学が体育実技でスキー講習会を行っており、学生が多く若い声で賑やかだ。こちらは所謂後期高齢者の3人で、若い人達と競争するわけではないが、それには負けじと、かなり滑り込み午後15:30頃何だか雨がポツリボツリと落ちてきたので、丁度良い頃合いとばかりに滑るのを辞めて、小笠原君に迎えを依頼して、宿に帰ったのでした。宿に帰ると丁度菊池君も着いており、これで今回参加の全員が揃ったことになる。

風呂から上がると、小笠原君が、今日の夕食は僕たちの4人だけなので、客用の食事を作るのが面倒というよりも、家族を休ませてやりたいので、どこかに食べに行こうと言うことになり、それに従い駅近辺にある魚の美味しいと言われている店に行き、そこでゆっくりと美味しい魚料理等を食べたのでした。

 

2月4日

朝起きて妙高山方面を眺めると、あまりはっきりとした天気ではなく、雪がちらちらと降りていて視界が良くない。これでは滑りに行ったとしても足元も定かに見えそうでないので、暫くどうするか皆で考え、横田さんの車には、全員のスキーも積み込めるので、少しでも可能性が考えられる斑尾スキー場に行くこととする。

斑尾スキー場に着くと斑尾山の頂上付近は、ガスで見えないが、視界も可なり効いているので良好な感じである。さっそくリフト券を購入して一番近くにあり、緩傾斜にかかっているリフトに乗る。菊池君も以前はもう少し滑れたのだが、先日山行委員会で実施された

スキー懇親会の時何故か全くスキーにならなかったので、この斜面で2度程特訓し、少し良くなったので、斜面を変えるべく別のリフトに乗り、斜面のおりくち迄行くと、この斜面のおりくちが、他の人たちには何でもない斜面だが、菊池君の技術ではちょっと厳しいかなと思える斜面の為、かなり手こずって降りており、それでもなかなか進まないので、時々見放して、後の3人はこの斜面を4~5回ほど滑り、丁度昼になったので、下のレストランで待って居るからねと言い、食事に行ってしまったのでした。

レストランに入り暫くすると外の景色も変わってきて、濃いガスと共に雪も降ってきたので、昼からはどうするかと相談していると、菊池君も何とか降りてきて、この天気では仕方ないので、本日はこれまでとして、ここでゆっくりとして、宿には15:00頃帰ったのでした。

 

2月5日

朝起きると昨日と天気はあまり変わらない。菊池君は長岡に身内がいるので、そちらに回ってから帰ると言って、9:00頃に行ってしまい、他の人たちも何だか疲れたので帰ると言うので、朝食後今回は参加者も今までで一番少なかったのでしたが、和やかに楽しかったスキー合宿を終了して、それぞれの家路についたのでした。

 

髙橋 聰