お知らせ山想倶楽部

■ 2019.06.02

お花見山行と守屋山登山(山想倶楽部)

お花見山行と守屋山登山

高橋 聰

期日 4月9日(火)、10日(水)

参加者 石原達夫、吉永英明、小笠原辰夫、高橋聰、下河辺史郎、菊池武昭

横田昭夫、広島孝子、川村光子、山田茂則、醍醐準一  11名

 

計画の概要 

4月9日は古くから「天下第一の桜」と称され、全国的に有名で「さくら名所100選」にも選ばれています。高遠城跡公園の観桜を楽しみ、10日は守屋山に登山予定

高遠城址公園の桜は、タカトオコヒガンザクラで、ソメイヨシノより少し小ぶりで赤みのある花を咲かせます。見頃は4月上旬~中旬
園内には約1,500本もの桜があり、古くから「天下第一の桜」と称され、全国的に有名で「さくら名所100選」にも選ばれています。
樹林は「県の天然記念物」です。満開時には公園全体が薄紅色に染まり、白いソメイヨシノとは一味違った桜を楽しめるようだ。と計画当初の案内に書かれていた。

 

4月9日 

本日乗車する新宿駅9番線に7:40頃到着すると既に下河辺君の顔が見える。直ぐに石原さんも現れ何号車と聞くと何と3人とも6号車である。中央線はなんと今年の3月16日より大幅にダイヤが改正され特急の自由席は無くなり、全席指定となっており、列車も新型車両になっている。

待ち合わせ場所である茅野駅には定刻に到着する。電車を降り、改札口を抜け暫く待って居ると、川村さん、広島さん、山田さんの顔が見えた。吉永君と、醍醐さんは一列車先に着いているであろうが、一緒に乗っているであろう菊池さんの顔が見えない。寝坊して乗り遅れたのかと思い電話をしてみると、なんと一列車前に既に到着していて、車で来ている小笠原君の車に乗っている。横田さんも車で来ているので、これで無事に全員集合だ。

小笠原君の車に男性が乗り込み、横田車にいつものように女性が乗り込み高遠城址公園に向けて出発する。

小笠原君は前夜から来ていて、今朝早く守屋山の途中まで行ってきたが、南峰までは行ったが、そこより先は路が凍結していたので、安全を考えてそこより引き返して来たようだ。

40分程度走り、高遠城址公園の駐車場に着く。公園の周りには無料駐車場もあるが、公園内の駐車場は一日700円との事だが、あまり歩く事は避けて警備員に誘導され有料の公園入口にある7番駐車上に車を置いて、入場料500円を支払い公園の北口より入り、桜を楽しむ。

園内は薄ピンク色のタカトウコヒガンサクラと言われている高遠固有種で溢れており、南門の陽当たりの良いところでは、7~8分程咲いていて、なかなかの見応えであるが、他の所では未だ3分程度なので今一の感が有った。一週間後なら素敵な光景が見られただろう。

北門を入った時12:30集合としてあったが、それほど広くも無い城跡の公園なので、全員10分程度前には集合し、少し歩いた為か、それとも朝が早かったのか不明だが、腹が減った早く飯だと騒いでいる人も何人かいる。

9sanso-ohanami20190409.jpg 13sanso-ohanami20190409.jpg
桜と高遠湖 満開の高遠コヒガンサクラ

茅野駅より杖突峠を越えて高遠城址公園に来る間に高遠蕎麦と書かれた店が数軒有ったので、その中で片倉部落にある七面亭という店に行くと満席だと言われるが、少し待つと何とかなりそうなので、暫く待って何とか蕎麦にありつくことが出来、又蕎麦と共に掻き揚げを注文した人もいたが、これは掻き揚げではなく野菜天麩羅が6~7ケ程有り、値段も200円とは吃驚していた。昼食後は何処にも寄るところは無いので、宿に直行し15:30に宿に着いた。

7sanso-ohanami20190409.JPG 3sanso-ohanami20190409.jpg
蕎麦やで時間待ち 蕎麦やの店内
8sanso-ohanami20190409.jpg  
蕎麦やでのかき揚  

宿は吉永君の別宅の近くにある蓼科温泉(しん)()温泉で、玄関を入ると広々としたラウンジでは驚くほどの蔵書(30,000冊)に迎えられ、コーヒー等のサービスを受けることが出来た。食事も良く料金も一人税別11,500で部屋も広くかなり割安の感じだ。各自幹事より割り当てられた部屋に入り、温泉にゆっくりと浸かった後、17:20より30分程月例会を行った。因みに夕食は僕達だけの個室でメニューを書くと、①口はじめとしてカナガシラのカダフイ揚げ、甘海老 ②オマール海老の味噌仕立て、合鴨スモーク、国産牛のローストビーフ、生ハムスライス,彩野菜を添えて,③前菜として桜海老と4種の山菜グラタン、④ポワローとアボガトのポタージユ、⑤魚料理 間八のポアレ(トマトスープ)、⑥肉料理 蓼科牛のソテー2種の味わい(シャリアビンソース&安曇野産のキザミワサビ) ⑦ご飯ものとして蓼科スープカレー ⑧デザート 春のデザート5種盛り等で夫々いろいろと工夫して中々の味であった。

6sanso-ohanami20190409.jpg 14sanso-ohanami20190409.jpg
ホテルのロビーと蔵書 夕食風景
2sanso-ohanami20190409.jpg 4sanso-ohanami20190409.jpg
サキヅケ デザート

4月10日

朝目を覚まして外を見ると何と雪が降っており、かなり積っているようだ。横田車はスノータイヤだが、小笠原車は3月の妙高では雪が殆んど降らなかったとの事でノーマルタイヤだ。この雪の中守屋山に行ったとしても、杖突峠迄行ってそこから引き返すしかないだろう。皆もう無理をする年でもなく、時間は一杯あるはずだ。守屋山には、いずれ又来ればよいだけとして、朝食後解散することに決定。朝食後横田車に石原、菊池、川村、広島さん等が乗り、茅野駅まで送ってもらい。他の人達は小笠原車がノーマルタイヤなので、ここに残置して宿の車が10時に出ると言うので茅野駅まで乗せて貰うことにして解散したのでした。

宿の車で茅野駅迄送ってもらった吉永、小笠原、高橋、下河辺、山田、醍醐の6名は駅の傍にある蕎麦屋で当然の如く蕎麦をすすりながら一杯キコシメシテ電車に乗ったのでした。

12sanso-ohanami20190409.jpg 10sanso-ohanami20190409.jpg
朝食風景 朝食
   
   

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.03.30

スイス・ツエルマット・スキー紀行

sanso-suisu20191.png

スイス・ツエルマット・スキー紀行

 

期日:2019年2月24日~3月5日(10日間)

参加者5名

石原達夫、石原泰子、鴫原孟志、後藤早登、春原幹男 敬称略

 

2/24

2時50分自宅発専用乗り合いタクシーで成田空港へ向かう。初めてのヨーロッパ旅行、気持ちが高ぶりなかなか眠れない。空港にてスイスフランを購入(115円/1CHF)。定刻8時30分にガイドさん、参加の5人の皆さんと落ち合う。スイス航空LX161便10時40分出発⇒佐渡島⇒ハバロフスク、シベリア上空(北緯65度)を飛行しモスクワ、プラハ上空⇒スイスチューリッヒ国際空港到着時刻15時(日本時間23時)。空港から専用車に乗り一路ツエルマットへ、途中カンデルシュテークで道が終わっており車に乗ったまま運ぶ列車でユングフラウから続くアルプス山脈の下15km程のトンネルを抜ける。これが出来たお蔭で目的地への時間が大幅に短縮したそうです。テッシュ駅で専用車を降り電車に乗り替え一駅で目的地のツエルマット駅に到着19時過ぎ。駅前のホテル“ゴルナーグラート” へチェックイン。早々に部屋に荷物を置き軽い夕食を戴いた。パンにチーズとハム。さあ、これから6日間の滞在です。部屋のベランダからスキー場と思しき方向に星が輝いている。明日の晴れを期待して床に就く。

 

2/25 スキー初日  天候 快晴

5時30分起床、空には星と月が、晴れてるぞ! シンボル:マッターホルンのモルゲンロートを撮りに撮影スポットに足を運ぶ。三脚にカメラを据えスタンバイ。手が悴むのをこらえ待つこと1時間余7時21分山頂に日が当たる。東には三日月がまだ明るい。ホテルに帰り朝食を戴く。メニューはパン、ハムエッグ、チーズ、ヨーグルト、ベーコン、コーヒー。さすがに本場ならではである。スキー準備をしホテルを9時30分出発、ゴルナーグラート登山鉄道駅にて6日間フリーパスチケットを購入、金額は高いけれど何回も乗れるので便利。初日は登山鉄道で1600mから終点Gornergrat3089mまで上る。線路の真ん中には歯車使用のアプト式、日本ではすでに廃線になっているが信越線の碓氷峠(横川⇔軽井沢間)があった。車窓からはマッターホルンが真っ青な空に朝日を浴び堂々と聳えている。何とも神々しい。高度が増すにつれ見渡す限りの広大な白い起伏のある斜面が目に迫ってくる。至る所にコースがあり自由自在に滑るスキーヤーが目に入ってくる。日本のゲレンデとはまるで規模が違う、只々驚くばかり!! 乗車40分程で終点Gornergrat3089mに到着。電車を降り少し上の展望台まで上がり360度の眺望を楽しむ。東にはモンテローザ山群(主峰4634m)とこれに端を発するゴルナー氷河が眼下に延びている。右前方にはリスカム、ブライトホルンと4000mを超える山々が迫る。その間にちょこんと座ったかわいい双子はカストール、ポリュックス。これはふたご座の星と同じ名前である。西方にはマッターホルンとその両脇、遠方にスイスアルプスが連なっている壮大な眺めで雲一つない何と幸運に恵まれた景色だろうか。いよいよ標高3089mからの滑走だ! 天候気温ともこの上なし、滑り出しは緩い長大な斜面でバーンは硬い。ガイドさんにコースリード頂きながら滑る。空気が薄いせいか息切れと膝の疲れ、とにかく距離が長いのだ! ガイドさんに付いていくのがしんどい。周りの雄大な景色に後押しされながらの滑走である。乗車してきた登山電車と並んで滑走、やはり滑る方が早い。Riffelberg(2582m)からリフトでGifthittli(2935m)まで昇る。この間を3コース滑り、Riffelbergの見晴らしの良いレストランで至福の昼食。自分の好きなものをサラにとり会計、ビール・サラダ・スープ・ケーキ2個、ちょっと多かった。おなかを満たしさあ午後の滑走だ。登山鉄道の脇を下りFuri(1867m)まで滑り降りる。此処からゴンドラ、リフトと乗り継いでまたGifthittli(2935m)まで昇ってきた。今度はBreitbodenを廻る長距離コース29番を滑り降りRiffelalp(2211m)駅でゴルナーグラート鉄道に乗車、本日のスキーを終える。ホテルに帰り夕食までの間、ガイドさんに街を案内してもらった。この村はバス、タクシー全て電気自動車で滞在中の6日間一台も燃料車を見なかった大変クリーンな村である。山麓の所々にロッジの屋根の煙突から煙が上がっている、何とも風情がある。

sanso-suisu20192.jpg sanso-suisu20193.jpg
モンテローザ山群 上る電車

 

sanso-suisu20194.jpg
イタリー側のマターホルン

2/26 スキー2日目 天候 快晴

駅前から村内バスでリフト乗り場へ移動、シュルーマッテン・リフト乗り場からゴンドラFuri(1867m)で乗り換えSchwarzsee(2583m)⇒TrockenerSteg(2939m)、更に乗り継ぎ⇒クライネマッターホルンMatterhorn glacier paradice(3883m)まで昇る。真に槍の様に尖がった岩である。終点は岩の中でトンネルを歩き外に出る。富士山より高いが日が眩しく寒さは感じられない。眼下にはこれから滑るコースがはっきり見える。シンボルのマッターホルンは東方から見ると形を変えている。その左遠方にはモンブラン(4811m ヨーロッパアルプス最高峰)が、すかさずシャッターを切った。今回是が非とも写真に収めたい山で願いが叶った。景色を堪能しスキーを履きTesta Grigia(3480m)に滑り降りる。此処はイタリアとの国境地点でありこれからイタリア側のスキー場Breuli-Cervina(2050m) に滑り降りる。南斜面なのでバーンも滑り易い、マッターホルンも特徴のない形に変えている。Cervinaのレストランで昼食(ビールとピザ)をとる。イタリアでは通貨はユーロなのでガイドさんに立て替えてもらった。イタリア側から帰るのにリフトを5基乗り継いで国境Theodl-pass(3301m)まで昇る。スイス側に入ると遠方眼下にツエルマット村、真正面のTrockenerStegへの広大なスロープを滑り降りる。ここは氷河の上だ! 何とも心地よい、左にはシンボルのマッターホルン東壁、ヘルンリ小屋が手に取るように近い。40分ほどの長い滑走でSchwarzsee(2583m)に到着、一息入れて更に滑走、時折り狭い急斜面を含む林間コースを下り緩やかな長い林道を過ぎFuri(1867m)まで滑り此処で一日のスキーを終える。ゴンドラで降り、村内バスにてホテルへ。夕食は円型の大きなチーズを専用ヒーターで溶かしこれをパンやパスタに落とす郷土料理が振舞われワインと共に舌鼓、思い出に残る至福のひと時でした。部屋のベランダから夜空を見上げると冬の星座オリオンが日本と違い少し角度が低く見える。やはり高緯度であることがわかる。マッターホルン方向に輝く星の撮影を試みた。

 

2/27 スキー3日目 天候 快晴

申し分のない快晴、ベランダからマッターホルン東壁にモルゲンロートを見る。ゲレンデを挟んで東の空には三日月が輝いている。今日はどこを滑るのだろうか・・・

ゴンドラを乗り継ぎスキー場の最高峰3883mクライネマッターホルンへ昇る。展望台からの360度絶景を満喫しTesta Grigia(3480m)経由で昨日とは別コースをイタリア側Cervina(2050m) に滑り降りる。標高差にして1800mを滑走したことになる。所要時間約45分。距離にして10㎞あるだろうか。折り返しゴンドラを乗り継ぎTesta Grigia(3480m)まで昇りスイス側のバーンを滑る。

TrockenerStegで昼食をとり、午後は国境Theodl-pass(3301m)まで2回昇り滑走して昨日と同じルートでFuri(1867m)まで滑り降りる。本日も総滑降距離は20㎞位かな・・・

2/28 スキー4日目 天候 快晴  

四日目はGornergrat3089mからRothorn3103m、Hohtalli3286mのコースを滑る。

登山鉄道駅からGornergratまでの車窓の景色は右方向に聳えるマッターホルンを見ながらカラマツ帯から高度を上げるに従い一面の広大な白いバーンと4000m級の山群がせり上がってくる。終点3089mから一旦Riffelberg2582mまで滑りゴンドラでGifthittli(2935m)まで昇る。そこからGant(2223m)まで初めてのコースを滑り込む。ここはFINDELGLETSCHER(フィンデル氷河)の

上にある。リフトでBlauherdまで昇る途中、離れた岩に上に野生の山羊(アイベックス)を発見。かなり希少な動物だそうだ。シャッターチャンスが無かったのが極めて残念!! ゴンドラに乗り継ぎRothorn3103mへ昇って来た。展望台からはフィンデル氷河が眼下に迫り先のGantの下部へ延びている。見上げるとモンテローザはじめ右へリスカム、ブライトホルンが連なる。その隣に今回昇った最高峰のクライネマッターホルン(3883m)を眺める事ができる。随分と遠い。更に右眼下にはこれまで滑走した多くのバーンが一望に見ることができる。何と広大なことか驚きである! シンボルのマッターホルンもスリムで凛と聳えている。ここからのビューが一番良いと云われているのもうなずける。絶景のパノラマを満喫した後、Rothornを巻くようにBlauherd、Sunnegga(2288m)へ滑走、更に北斜面の林間を滑りPatrullarve(2000m)迄下る。そこからゴンドラを乗り継ぎ再びRothorn3103mに上がり今度はフィンデル氷河上のGant(2223m)へ滑り込む。そしてゴンドラでHohtalli(3286m)迄一気に昇る。次にRosenritz、Riffelberg(2582m)まで滑り降り先のレストランで遅い昼食をとる。腹ごしらえをして登山鉄道雪崩防止トンネルの脇を下り林間コースをFuri(1867m)まで滑り降りる。

再びゴンドラでRiffelberg(2582m)まで昇り、駅から登山鉄道でホテルへ。今日も十分に滑り疲れました。

 

3/1 スキー5日目 天候 晴れのち小雪  

朝、駅前のバス乗り場で並んでいるとヘルメットとカラフルなスキースタイルの可愛い子供たちがそれぞれの親と手を繋いで駅に入って行った、何とも愛らしい光景に出会った。その傍らでオレンジの上下服を着た年配の男の人が一輪車を止めて道路のゴミを長いステンレスのゴミ挟みで拾っていた。

その姿を見ることで更にこの村はクリーンな観光地として発展しているのだとつくづく感じた。

村営バスに乗りゴンドラ乗り場へ、ゴンドラでFuri(1867m)、Riffelberg (2582m)まで昇り更に登山鉄道に乗り換えGornergrat3089mまで昇る。マッターホルン頂上に雲がかかり始めている。風も出てきており気温も今までと違い下がってきている。天気はどうやら下り坂の模様。Riffelbergまで滑って昼食をとる。午後はGifthittli(2935m)まで昇りRiffelberg迄を滑って登山鉄道で早めに帰ることとした。電車の中ではスキー帰りの5,6歳の女の子が母親の前でわき目も降らずにスマートフォンを操作しているのを見て「何処でも同じだな」と笑いが出た。案の定、下に降りた時には小雪が舞い始めていた。

 

3/2 スキー6日目 天候 曇りから晴れ

昨夜からの雪は止んで数センチの積雪、ベランダから雲間にマッターホルンのモルゲンロートが見え隠れしている。この分だと晴れそうだ。スキー最後の日である。今日はゲレンデ最高地点のクライネマッターホルンまで昇る。TrockenerSteg(2939m)では太陽に日傘が掛かっていた。20cm程の新雪が積もっている。最高地点に昇るゴンドラから見る氷河の氷は気温が低いせいかその蒼さを鮮明にしている。最高地点3883mからは雲は有るも視界は良好、最後の一日のスキーの滑り出し、安全にしかも果敢にTrockenerSteg(2939m)まで滑る。時々コースを少し外れ新雪に挑む、なかなか気持ちが良い。ヘルンリ小屋が白く光っている。国境直下まで掛かっているゴンドラに乗りそこからのコースを滑った後TrockenerStegへ昇り昼食をとる。午後はまた最高地点まで昇る。ここでの最後の景色を頭に残し最長且つ最高度差2000mのFuri(1867m)まで滑り降りる。雄大で最高なスキーツアーを堪能した。ホテルに帰り記念の土産品を購入。夕食ではツエルマットスキー6日間無事に終わった事に感謝し飲み物で乾杯、間違えられたストックも戻りめでたし。帰りの支度も全て済ませ就寝。

 

3/3 天候 晴れ

朝食後ホテルを出、駅前から専用車にて一路チューリッヒへ向かう。往路と同じルートを通るのであるが帰りは車窓からの景色がまた一段と思いも深く後ろ髪を引かれる(髪は少ないが)。

スイスでは全ての車は昼でもライトをつけて走っている。4時間ほどでチューリッヒ空港近くのホテルに到着。チェックインをして外で昼食を済ませ電車でチューリッヒ市街に向かう。さすがにスイス一の都市だけあって中央駅も大きく国内と国外との発着場所がきちんと分かれている。路面電車が行きかうバーンホフ通りをチューリッヒ湖に向かって歩く。通りから少し入ったリンデンホフの丘では地上に敷かれた石板の上でチェスを楽しんでいる。見物者は椅子に腰かけて見守っている光景に驚いた。湖の入り口ではアルプホルンを吹く男の人がいた。湖には数羽の白鳥が悠々と泳いでいる。リマト川に掛かる橋を渡り対岸を駅に向かい戻る。対岸からは尖がった高い屋根の協会が見える。西洋の時代を感じさせる風光明媚な静かな街の印象でした。

 

3/4 天候 曇りのち雨

朝食後、ホテルから専用車でチューリッヒ国際空港へ向かう。空港での出港手続きをして搭乗窓口で待機、隣の搭乗窓口には数人の警察官が自動小銃、ライフル等を抱えて立っている。物々しい雰囲気である。離陸掲示板を見るとテルアビブとあった。我々の乗るスイス航空便は予定時刻を15分程遅れたが無事に離陸、飛行時間11時間ほどで成田空港、予定時刻より30分早く到着した。

今回のスキー旅行、天候もベスト大変思い出に残る旅でした。参加されました皆様、本当にお世話になりました。有難うございました。

春原幹男 記 

sanso-suisu20196.JPG sanso-suisu20197.JPG
sanso-suisu20198.JPG sanso-suisu20199.JPG

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.02.12

スキー合宿 報告(山想倶楽部)

sanso-suki201902-052.png sanso-suki201902-051.png
妙高ユアーズ・イン

期日 平成31年2月3日~5日

参加者  下河辺史郎、横田昭夫、菊池武昭、高橋 聰、小笠原達夫

 

2月3日

朝7:00過ぎに下河辺君が迎えに来てくれ、彼の車に乗りいつもの宿であるユアーズ・インに向かう、道路が空いていたせいか10:30には着いた。横田さんが既に到着しているかと思っていたのだが、まだ着いていない。電話をしてみると、今松本近辺を走っているとの事なので、到着するまでゆっくりと着替えなどをして待つことにする。菊池君に電話をするとまだ自宅との事。夕方までには着くよと言っている。

小一時間ほどして横田さんも着いたので、小笠原君に赤倉スキー場に送って貰い、スキー場でゆっくりと昼食を摂り、宿で購入したリフトの割引チケットを本日の午後のみ有効のリフト券と交換し、ゴンドラに乗り込む。いつもこのころは名古屋方面の大学が体育実技でスキー講習会を行っており、学生が多く若い声で賑やかだ。こちらは所謂後期高齢者の3人で、若い人達と競争するわけではないが、それには負けじと、かなり滑り込み午後15:30頃何だか雨がポツリボツリと落ちてきたので、丁度良い頃合いとばかりに滑るのを辞めて、小笠原君に迎えを依頼して、宿に帰ったのでした。宿に帰ると丁度菊池君も着いており、これで今回参加の全員が揃ったことになる。

風呂から上がると、小笠原君が、今日の夕食は僕たちの4人だけなので、客用の食事を作るのが面倒というよりも、家族を休ませてやりたいので、どこかに食べに行こうと言うことになり、それに従い駅近辺にある魚の美味しいと言われている店に行き、そこでゆっくりと美味しい魚料理等を食べたのでした。

 

2月4日

朝起きて妙高山方面を眺めると、あまりはっきりとした天気ではなく、雪がちらちらと降りていて視界が良くない。これでは滑りに行ったとしても足元も定かに見えそうでないので、暫くどうするか皆で考え、横田さんの車には、全員のスキーも積み込めるので、少しでも可能性が考えられる斑尾スキー場に行くこととする。

斑尾スキー場に着くと斑尾山の頂上付近は、ガスで見えないが、視界も可なり効いているので良好な感じである。さっそくリフト券を購入して一番近くにあり、緩傾斜にかかっているリフトに乗る。菊池君も以前はもう少し滑れたのだが、先日山行委員会で実施された

スキー懇親会の時何故か全くスキーにならなかったので、この斜面で2度程特訓し、少し良くなったので、斜面を変えるべく別のリフトに乗り、斜面のおりくち迄行くと、この斜面のおりくちが、他の人たちには何でもない斜面だが、菊池君の技術ではちょっと厳しいかなと思える斜面の為、かなり手こずって降りており、それでもなかなか進まないので、時々見放して、後の3人はこの斜面を4~5回ほど滑り、丁度昼になったので、下のレストランで待って居るからねと言い、食事に行ってしまったのでした。

レストランに入り暫くすると外の景色も変わってきて、濃いガスと共に雪も降ってきたので、昼からはどうするかと相談していると、菊池君も何とか降りてきて、この天気では仕方ないので、本日はこれまでとして、ここでゆっくりとして、宿には15:00頃帰ったのでした。

 

2月5日

朝起きると昨日と天気はあまり変わらない。菊池君は長岡に身内がいるので、そちらに回ってから帰ると言って、9:00頃に行ってしまい、他の人たちも何だか疲れたので帰ると言うので、朝食後今回は参加者も今までで一番少なかったのでしたが、和やかに楽しかったスキー合宿を終了して、それぞれの家路についたのでした。

 

髙橋 聰

お知らせ山想倶楽部

■ 2019.02.02

山想倶楽部 新年会報告

Your Website Title

山想倶楽部新年会報告

 

日  時 平成31年1月16日(水) 18:00~21:00

場 所  「飯田橋かくや」

出席者 石原達夫、子亀真知子、森武昭、下河辺史郎、菊池武昭、高橋聰、醍醐準一、大塚幸美、吉永英明、日出平洋太郎、川村光子、山田茂則、清登緑郎、

 

sanso-2019sinnenkai.JPG

 

18:00の定刻になり未だ何人かがお見えでないが、時間が無くなるといけないので、

新年会を始める前に、1月の例会議案として用意していた印刷物を配布し、これで1月の例会は終了したものと全員の了承を取る。

10分程度遅れましたが、本日出席予定者全員がほゞ揃ったので、石原代表よりの新年に向けての挨拶後、昨年入会して当会の集まりに初めて参加した清登緑郎君による乾杯の挨拶の後、本年の新年会が始まりました。以後懇親会に移行し、暫らく歓談の後、一人ずつ1~2分程度の本年に向けての抱負等を語って貰い、毎年実施している夏の海外山行について石原代表よりの話が有り、当倶楽部の会員も可なり高齢化しているので、海外山行も今年が終わりになるかもしれないので、大勢の人に参加して戴きたいとの話がありました。

 

石原代表の新年挨拶

 

明けましておめでとうございます。

今年もどうぞ私たちの山想倶楽部の発展を宜しくお願いいたします。

昨年は皆様のご協力で数々の例会山行を楽しむ事が出来ました。改めてお礼申し上げます。

さて今年は亥年、元気一杯の年ですので、それにふさわしい山行を企画したいと思います。

決定している大きな企画としましては2月24日出発のツェルマット10日間のスキーがあります。夏の海外例会としては、7月23日出発のスイスアルプス10日間ノスタルジック山行が待ち構えております。

来年の状況を見ないとわかりませんが、もしかしたら海外スキー、海外登山は今年で終わりになる可能性が高いので、スイスアルプスの山旅には多くの方の参加を望みます。

さて私たちが推進する生涯登山も倶楽部員の平均年齢が後期高齢者になるという現実からして、いよいよ正念場を迎えることになります。細かいことは別途述べるとして生涯登山の実施としての例会山行は、今年から明確に2つに分けたいと思います。前者は当倶楽部の特徴ともなっている春のお花見山行、および秋の紅葉と歴史山行のように軽登山と歴史探訪を組み合わせた如き教養登山、後者は年相応の余裕を持ちながら無雪期の日本アルプス等に登るチャレンジ登山となります。これは地図帳のコースタイムの最大50%増しで、しかも1日6~7時間を最大行動時間として基本を縦走形式にし、あくまでも山は苦労して登るものと考えておられる方のための企画であります。さらに従来あまり実施されなかった四季の日帰りハイキングも、積極的に取り入れて行こうと思います。いずれにしましても、これらの実施の為に皆さんのご協力と応分の負担をお願いすることになります。

元来、生涯登山の目的が健康維持活動の一環ですので、山行以前に日常の健康管理と体力維持は特に重要です。

是非、新年の目標の中に、この日常の健康管理と体力維持の2項目を加えていただきたいと思います。

それでは皆さん今年も山想倶楽部で山を楽しみましょう。

石原達夫

掲載してあります写真は数人の方が帰られたあと撮影したものなので、

参加者全員は写っておりません。              高橋 聰

お知らせ山想倶楽部

■ 2018.12.28

平成30年 山想倶楽部忘年山行(明神ヶ岳、金時山)

平成30年 山想倶楽部忘年山行(明神ヶ岳、金時山)

山田茂則

 

期日:平成30年12月15日(土)~12月16日(日)

宿泊場所:神奈川大学箱根保養所(仙石原)

参加者:石原達夫、高橋 聡、小笠原達夫、菊池武昭、下河邉史郎、森 武昭、武田鞆子、醍醐準一、

小亀真知子、廣島孝子、山田茂則 

 

sansp-bounensanko20181215-16-09.JPG
明神ヶ岳

12月15日:明神ヶ岳(天気 晴れのち曇り)

コースタイム:宮城野(10:00)-明神ヶ岳と明星ヶ岳の鞍部(11:30~11:50)―明神ヶ岳

(12:45~13:20)―鞍部(14:05)―宮城野(15:20)

 

小田原駅に9時10分集合ということで東京駅発8時26分の新幹線で向かった。天気は快晴、車中裾野近くまで真っ白な富士山がくっきり見える。冬の富士山と言えば強風と雪上訓練がキーワードとして浮かぶが、今日は明神ヶ岳の頂上から間近に眺めることが、できるのではと期待が膨らむ。

小田原に着き電車組6名が小笠原さんの車で138号線の宮城野から少し上がった明神ヶ岳の案内板がある空き地に車を置き10時に歩き始めた。ただこの時点で車中では快晴だった天気が曇ってきてしまい残念ながら冬富士見物の期待が薄れてしまった。

左手に別荘地を見ながら、竹林を過ぎると山道になる。昭文社の山と高原地図では“道荒れている”と記載されているが荒れてはいない。会話が絶えることなくのんびりと歩き90分で鞍部に到着した。ここで今朝早く別行動で仙石原から金時山、明神ヶ岳を歩いてこられた森さんと出会う。しばし歓談休憩の後、相模湾や大涌谷を見ながら約1時間で頂上に到着した。頂上でも残念ながら富士山は裾野しか見ることができなかったが、その右手には南アルプスが見える。そこそこの天気であったと言えよう。昼食と記念写真を撮り、来た道を2時間で宮城野へ戻った。道中特に鞍部から頂上までは、霜柱が融けていて泥道となり長靴を履いてくれば良かったと思ったが、今回は新幹線に乗るので頭になかった。なお車をハイキングコース案内板の前の空き地に駐車したが、下山時に管理している人が来てここは私有地で駐車してはならぬとキツク注意された。駐車禁止等の表示もなく登山者が利用しそうな空き地であったが、ご勘弁を願い宿に向かった。

宿は小笠原さんの計らいで神奈川大学箱根保養所である。立派な建物で温泉もあり、食事も品数が多く美味しく、格安料金で泊まれ言うことなしの施設で小笠原さんに感謝。なお夕食前に高橋さんの司会進行で12月度例会を行い、二次会も遅くまで盛り上がったのは言うまでもない。二次会では小亀さんから大涌谷の黒たまごの差し入れもありこの歳になり1個7年の寿命延長は嬉しいかぎりでした。

sansp-bounensanko20181215-16-02.jpg sansp-bounensanko20181215-16-03.jpg
夜の宴会
sansp-bounensanko20181215-16-04.jpg sansp-bounensanko20181215-16-13.jpg
   

12月16日(日):金時山(天気 曇り一時雨)

コースタイム:保養所発(9:15)―金時山矢倉沢登山口(9:30)―矢倉沢峠(10:10)―

金時山(11:30―11:45)-公時神社への分岐―(12:05)公時神社(13:00)

早朝に帰宅された石原さん、森さん、下河邉さん、小亀さん以外の7人で金時山を歩いた。コースは当初廣島さんの提案で、公時神社横の林道を入り金時トンネルを抜けた処に車を置き、矢倉沢峠に向かうのが一番楽とのことで車で出発したが、林道が工事中で入り口の遮断機が降りていたため保養所まで戻って車を置き、矢倉沢コースで金時山に向かった。天気は曇り空で昨日より眺望は利かない。歩き始めて1時間、矢倉沢峠を過ぎた近辺で、雨がポツポツ降り始める。下ってきた人の話では上は雪とのこと。我々も雨具を着用する。雨具を着た時点では頂上まで行かず、公時神社分岐から下ろうと決めたが、良くあることで雨はすぐに止んだため、頂上まで行き記念写真を撮り直ぐに公時神社に下山する。公時神社には一足先に下った小笠原さんが車を回してくれていて、小田原まで送っていただき解散となった。主幹事の小笠原さんには宿の手配や車の運転等で大変お世話になりました。ありがとうございました。

sansp-bounensanko20181215-16-06.jpg sansp-bounensanko20181215-16-07.jpg
金時山ハイキングコース入口 金時山頂上

私にとってこの山行が山想倶楽部に入会して初めての参加となる。山想倶楽部は2002年同期会が原点で(02→酸素→山想)現在のメンバーは同期の方とそれ以外の方が半々とのことである。皆さん長いお付き合いということもあろうが、ざっくばらんな会話と共に個々の山旅を楽しまれていて、クラス会の様な雰囲気を感じる。ただ一家言ある人の集まり、話によっては右から左に抜ける耳もお持ちのようで、それも長続きの秘訣かなと思ったりした。

個人的には今年の10月に久々に痛風発作が起きてしまい、未だ痛みが残る中、様子見で歩いて見たが、悪化はしなかったので、またぼちぼち歩いてみようと思っています。

楽しい山行ありがとうございました。

お知らせ山想倶楽部

■ 2018.11.25

錦秋の北陸の山と歴史の旅(山想倶楽部)

錦秋の北陸の山と歴史の旅

記・横田昭夫

期 日: 2018年11月14日~16日

目的地: 1)一乗谷朝倉氏遺跡

2)白山信仰の山 (たけ)競山(くらべやま)

3)雨の宮古墳群見学・気多大社参拝

 

参加者: CL高橋 聰、SL菊池武昭、世話役⁼武田鞆子、吉永英明、下河邊史郎、

醍醐準一、日出平洋太郎、田中恵美子、横田昭夫 9名

 

sanso-hokiriku20181114-01.png
一乗谷朝倉氏遺跡

11月14日晴れ

今回の北陸の山旅はルート変更等紆余曲折を経て実施となった。

福井駅集合ということなので、高山線のワイドビューに乗るも鵜沼駅で側線に入り停まってしまった。東海道線で人と電車が接触したとかで、次の停車駅の岐阜駅のホームが空くのを待つらしい。この電車の運行は全くわからないという。駅員は岐阜方面へ行くのなら私鉄で行くよう勧める。良く判らないが、とりあえず岐阜まで行き、「しらさぎ3号」に乗ることとする。

「しらさぎ3号」は岐阜駅に70分遅れてやってきた。「しらさぎ3号」に乗って直ぐ、武田さんから確認電話が入る。米原駅に着くと東京組のメンバーが待っているのが判る。沢山の乗客が居り、通路に立つ人もいたので、敢えて皆に会いに行くのを止める。聞くところによると、吉永さんも人身事故の為、稲毛駅で80分程待たされ、先ほど米原に着いたようだ。福井駅に約80分遅れの12時25分に着く。福井駅に降り立つとメンバー全員の確認ができ、レンタカー店へ行く。レンタカーの契約を済ませたところで、お昼もかなり過ぎており、とりあえず腹ごしらえをしてからということになり、道路向かいのお店まで歩いて行きそれぞれ昼食とする。レンタカー店の都合で2台の車に6人,3人と別れて乗車する。今日の目的地、一乗谷朝倉氏遺跡に午後2時ころ着く。予定時刻の2時間半も遅れており、一乗城山に向かうのは無理と判断し、朝倉氏遺跡を丹念に見ることとする。復元された街並みを見て歩き、往時の武家屋敷の構造などを知る。一乗谷川を渡り、唐門をくぐり、義景館跡と館跡庭園を見る。ここは第5代当主朝倉義景が住んだ館跡で、三方は土塁と堀で囲まれており、常御殿、主殿、会所、茶室、日本最古の花壇それに台所、厩、蔵まで配されていた。この朝倉氏の遺跡を見て朝倉氏は天下に号する気概がなかったのではないかと思った。一乗谷は南から北に向かって一乗谷川が流れ、北を除く三方を山に囲まれた温暖で平坦なこの地にあれば、争いより典雅な生活を重んじたのではないかと思われるが、如何であろうか。遺跡の見学を終え、丸岡温泉たけくらべへ向かう。入浴・食事までの時間を利用して11月の例会を行う。

 

sanso-hokiriku20181114-02.png
丈競山(左南峰、右北峰)

11月15日晴れ

今日も良い天気でまさしく小春日和だ。丈競山登山口の龍ケ鼻ダムへのルートが判らなくナビに登録できない不都合なところだ。龍ケ鼻ダムは高さ79.5メートルの重力コンクリートダムで竹田川および合流先の九頭竜川の治水、坂井市・あわら市の利水と水力発電を目的とした多目的ダムとのことらしい。龍ケ鼻ダムに架かる龍ケ鼻橋を渡り少し行くと左側に「丈競山登山口」の標識を見る。林道から付けられた登山道は急な狭い階段が続いている。又階段はツルや草に覆われ、あまり使われていないように見えた。登山口から少し先に行ったところにある壊れかけたログハウスの前に駐車する。ここで支度をして先に見た登山口から山へ入る。170段ある急登の階段は、ゴソバ葛や雑木の藪と杉の枯れ枝や杉葉に覆われており、下りを考えるとただ登るわけに行かず、それらのものを取除きながら行くので、時間がかかるばかりである。階段を上り終えると尾根歩きとなり、傾斜の緩いところや急なところも現れて通常の山道となる。山道は殆んど手入れがされてなく、藪道となっている。山道も踏まれていないのは明らかで、ふかふかの状態だった。本日の行程の半分位の所まで来た所で南・北丈競山の展望が開けた。だが予定時間を大幅に超えており、残念ながら登頂には時間が足りないとリーダーの判断で下山とする。H氏の足元が危うく、急坂を下るのにかなり心配であったので、補助網で安全を確保し下山する。ログハウス前の駐車場で遅い昼食をとり、富山湾の西南の首根っこに位置する高岡市雨晴海岸へ向かう。

 

sanso-hokiriku20181114-03.png
雨晴れ海岸の日の出(日の出の左側が剣岳)

11月16日晴れ

早朝、雨晴海岸に立って劔立山連峰から登る日の出に身を清められる。劔の右、別山のあたりから出た光線は、そのまま富山湾に一瞬光の道となって輝いた。

海岸へ軽トラで来ていた地元のおじさんと少し話をする。「釣りに来たのだが、いるかが湾内に入ってきて魚を追っているので今日はだめだ」。「日の出は劔の横から出るがまだ早い、今時分は6時半前だな」とのこと。今年の富山のぶり漁について予想を聞くも「どうかなー」とだけしか返ってこなかった。ちなみに、すぐ左の取手では烏賊が上がるとのこと。朝食後、石川県中能登町の雨の宮古墳群に向かう。雨の宮古墳群は、眉丈山(標高188m)の山頂を中心に、4世紀の中ごろから5世紀につくられた36基の古墳群で、平成4年から5ケ年に渡り発掘調査を実施し、1・2号墳の外形が見られ古墳の上を歩けるようになっている。1号墳が前方後方墳、2号墳が前方後円墳で、この古墳の被葬者は、古墳の規模・副葬品の内容から、いずれも能登一円に支配権を及ぼした人物と推定している,

 

sanso-hokiriku20181114-04.png
1号墳を下から撮影(右側が前方墳、左後方墳)

「雨の宮能登王墓の館」にて古墳群の成り立ち・歴史・出土品の説明を受けた後、長い階段の道を歩いて最高所雷の峰の1・2号墳を見学する。1・2号墳以外の古墳は円墳が多数存在するが5・6・7号墳のみ発掘されている。

雨の宮古墳群を見後は、羽咋市寺家町の能登国一宮「気多大社」へ行く。気多大社は神社本庁に属さない単立神社だが、この単立神社に至るには平成17年(2005年)11月から平成22年(2010年)4月までの神社本庁と最高裁まで争った経緯がある。社伝によれば第8代孝元天皇の御代に祭神の大己貴命が出雲から300余神を率いて來降し、化鳥、大蛇を退治して海路を開いたのち守護神としてこの地に鎮まったとされる。また、万葉集には越中国司として赴任した大伴家持が天平20年(748年)に参詣した時の歌

志雄(しお)()から 直越え(ただこえ)来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 船揖(ふなかじ)もがも

が載っている。

sanso-hokiriku20181114-05.png
気多大社本殿

本殿は1787年、拝殿は1653年、神門は1584年の造営・檜皮葺きでこの3棟は国の重要文化財に指定されている。

 

 

「雨の宮古墳群」「気多大社」を見学・参拝し、のと里山海道、北陸自動車道を走り福井へ向かう。途中、尼御前SAにて少し予算も余ったので、幹事の武田さんより一人2,000迄なら何でも頼んで良いよとの言葉が有り、各自思い思いの昼食をとる。福井駅前でレンタカーを返し、「しらさぎ12号」に乗り米原へ。米原から新幹線に乗り換える東京組と別れここで散会する。山は時間切れとなり登ることが出来ませんでしたが、久しぶりに天気も良く、楽しい仲間たちと共に、誠に気持ちの良い旅路を楽しむ事が出来ました。

山想倶楽部

■ 2018.11.13

一人だけで帝釈山を歩く

 

sanso-201810oze9.JPG
帝釈山に向かう柴田さん

一人だけで帝釈山を歩く              柴田 勧

期日 平成30年10月17日

午前中までは曇り空のつもりだったが、宿出発時から小雨が振り出していた。

”雨具を付けてまで歩きたくないね” の声 のなか、車中で準備。ただし時間の関係上、田代山までの縦走は中止し帝釈山のみとなり、軽装でピストン登山となった。

915分馬坂峠登山口を台倉高山側と反対側、コメツガ等針葉樹林笹の中の道を出発。岩、木の根の道に木道階段がかなりの部分に整備され能率的に歩を進めた。いずれにしても稜線に届くまで傾斜は変わらず、右へ左へとつづれ折れを繰り返す。見上げる林の空が広くなると間もなく稜線に出てすぐ三角点と標示柱の帝釈山山頂10時到着。2060mのこの地点からは会津駒、尾瀬、日光の山々等、見えるはずだったが、残念ながら白い景色から見えるわけがない。やはりこの山は田代山とセットで歩かないと興味半減、オサバグサ等、花の時期に縦走してみたいと感じながら下山開始。山頂では時おり白いものが混じって降ってくる状況だったが、雨も上がって1040分駐車場に戻った。

 

お知らせ山想倶楽部

■ 2018.11.10

錦秋の尾瀬と帝釈山 山行(山想倶楽部)

sanso-201810oze13.jpg
尾瀬沼と燧岳

錦秋の尾瀬と帝釈山 山行

 

下河辺史郎

日時  平成30年10月15日(土)~17日(水) 

目的の山 尾瀬沼と帝釈山より田代山(200名山)

参加者 石原達夫、高橋 聰、菊池武昭、柴田勧、広島孝子、武田鞆子、下河邉史郎 

 

10月15日(土)

東京組は、東武浅草駅9:30発 けごん13号に乗車する。

僕は当日、早めに東部浅草に着き、朝のコーヒーでも飲もうと早めに家を出たのだが、運が悪く、乗車した地下鉄が霞が関駅で、先行の電車が上野でトラブルとのこと。5分程電車の中で待機するも、動く様子が無いので急いで途中下車。表に出て銀座線へ乗り換えようと表に出ると、タクシーがなかなか捕まらず焦るが、何とかタクシーに乗り込むことが出来、銀座線京橋駅で地下鉄に飛び込む。

浅草に着いたのは、9:25分。東武線の駅まで朝の混雑の中、周りを顧みず階段を駆け上り、(地下からの階段駆け上がりは結構つらいものが有ったが・・・)何とか発車1分前に乗車して、本日一緒に行動するメンバー達と会うことが出来たのでした。

東武日光駅で名古屋からの武田さん、秋田からの柴田さんと無事に合流。

計画では、貸し切りのマイクロバスの予定であったが、参加者が少ない為、レンタカー

(今回世話役である高橋 聰さんの運転)で、一路、初秋の御池に向けて爆走。途中、美味しい新蕎麦の昼食を楽しんだ。

天気はあまり良くない。幸いにも御池に着く頃には薄日が指すようになったが、一歩違いで沼山峠行のシャトルバスが行ってしまい、15時50分まで50分程の待ちとなり、

長蔵小屋には遅くなることを連絡。

 

sanso-201810oze6.JPG
沼山峠休憩所

沼山峠からは、尾瀬沼展望台まで20分程の登り、道は環境保護のためであろうか、板で整備された階段昇り、ここから田代分岐までは板で整備された下り坂。紅葉は終わっているが、ナナカマドの赤い実がたわわに生っているのが道々散見される。

尾瀬展望台では一本だけ楓の紅葉を見ることが出来、はるかな夕焼けの彼方に至仏を見ることが出来た。

sanso-201810oze1.jpg sanso-201810oze4.jpg
ナナカマド 紅葉

sanso-201810oze5.JPG
山楽荘での食事

17時10分 今夜の宿泊宿である長蔵小屋に到着。長蔵小屋は、割り当てられた部屋は7人で10畳程度の一部屋で男女同室となっている。風呂も有るが男性陣は入浴をせず、柴田さん持参の秋田の酒を楽しむ。銘柄は鳥海山の大吟醸ですっきりとして非常に喉越しが良いお酒であった。

食後布団をどのように延べるか、ひと悶着が有ったが、それも愛嬌というもので、いつの間にか、真ん中に置いてある炬燵を境にして石原、菊池、柴田、下河辺の男性が、一列となり、反対側に廣島、武田が布団を述べ、聰さんが夜はトイレが近いと言うことで、廊下側の入り口にと位置も決まり、8時前には皆さん御就寝遊ばされていた。

此処はさすが尾瀬だ、日没後はかなり冷える。

深夜0時30頃いつもの如く目覚めたので、小屋の外に出て中天を眺めると、満天の星空である。明日の好天であることを祈る

10月16日 

5時に起床。 6:00~朝食。 7:20に行動開始。

尾瀬沼は気温差で、朝もやが湖面を覆い幻想的な景色。燧ケ岳はミノブチ岳の後ろで見ることはできない。

本日の行動は、尾瀬沼一周だ。

大江湿原に入り、すぐに左手の尾瀬沼北岸沿いの道を沼尻に向かう。少し行くと長英

新道との分岐 浅湖湿原である。大入州半島の林の中を小さな登り、下りを繰り返し過ぎると沼尻休息所。何年か前までは小屋が有った様だが、今は消失して建設中の様で、立派なトイレはあるが、入ること出来ず。(8:30)

そこからは、尾瀬沼の西岸を三平下(尾瀬沼山荘)に向かう。燧ケ岳を眺め、林の中の小さな上り下りの多い道をたどる。木道もあちこち壊れており歩きにくいが、数人の作業員が木道の付け替え工事をしている。三平下の少し手前で休息。(10:00)三平下から長蔵小屋迄は平らな木道。長蔵小屋着 10:30 朝食が早かったので、ここで大休止兼昼食タイムとした。

sanso-201810oze11.JPG sanso-201810oze12.JPG
尾瀬ケ原 尾瀬ケ原を往く

11:10 尾瀬沼山峠に向けて出発。午前中は柔らかな初秋の日を浴びてのハイキングであったが、次第に薄雲が出てきた。

昨日来た道を思い思いに辿る。武田さんが此処に来ると何時もしているのだと言って、長蔵一族が葬られているお墓に手を合わせに行っている。週半ばなので流石の尾瀬も登山客が少なく静かな山である。12:10沼山バス定着。下りのバスは12:50。暫し待ち合わせのため時間潰しだ

13:30 聰さん運転のレンタカーで本日の宿泊地 湯の華温泉 民宿山楽へ。

湯の華温泉は檜枝岐温泉を日光に向け1時間程下って、舘岩村を右折した沢の奥にある鄙びた茅葺き屋根の民宿である。4:00に到着。

民宿の川向にある村営の温泉で汗を流す。

夕食は品数も多く山の料理を楽しむ。特に10割の打ち立ての蕎麦は絶品であった。

10月17日 

sanso-201810oze9.JPG
帝釈山に向かう柴田さん

本日は200名山の帝釈山(2059.6ḿ)

あまり天気は良くない。聰さん運転のレンタカーで8:00に帝釈山登山口に向かう。

途中から雨。登山口に着いた頃にはなんと気温4度。山想倶楽部のお気楽山行の故か、秋田から参加された柴田さん以外は、誰も出発の用意をする気配はない。今回の親方でもある高橋さんが、一人では良くないので、誰か付いて行ってやってと言っているが、馬の耳に念仏だ。

 

sanso-201810oze10.JPG
帝釈山頂上で

柴田さんは他の予定を断り、帝釈山を目標に来られているのでお一人で決行。大変申し訳ない結果となる。急いで往復すると2時間もあればと出発前に言っていたが、1時間30分程で往復され、柴田さんの報告によると、頂上付近では白いものがちらほらとの事。詳しくは (一人だけで帝釈山を歩く)をご覧ください。

下りの途中まで来ると薄日が差し、時々車を止めて車の中から素敵な紅葉を楽しむ。

檜枝岐温泉でゆっくりと温泉に入り、昼食は檜枝岐に2軒しかない蕎麦屋さんで蕎麦を楽しむも、名古屋、秋田組が17時にはJR日光に着かないと今日中に家に帰り着かないとの事で、13時に檜枝岐を立ち一路東武日光へ。日光には16:45到着

東京組は、特急が2時間待ちなので、南栗橋行の急行に乗り、南栗橋で乗り替えて帰京。

早い人は21:00には自宅に着いたようでした。

田代山には、天気もそうですが、帰りの時間の関係で省略してしまいましたが、いつの日か、花が綺麗だと言われている6月から7月頃にでも、帝釈山より田代山へのコースを企画できれば嬉しいです。

聰さん3日間レンタカーの運転ご苦労様でした。有難うございました。

お知らせ山想倶楽部

■ 2018.10.18

北米大陸の活火山帯を歩く9日間の旅物語(山想倶楽部)

sansoo-hokubeitairiku20180730-08077.jpg
MTレーニア登山前

2018年の海外トレッキング
北米大陸の活火山帯を歩く9日間

 
期日:2018年7月30日—8月7日
参加者:高橋聡、広島孝子、寺田正夫、寺田美代子、吉永英明、菊池武夫、横田昭夫、石原達夫(団長)、山田功(添乗兼ガイド)

 

概要  

2012年に山想倶楽部発足10周年記念山行として、アメリカ合衆国のセコイア・ヨセミテのトレッキングを実施したが、予想外の成功と評価が高かったことから、毎年海外登山を実行しようということになった。決まりがある訳ではないがアメリカの次の年は他の国の山、

そしてアメリカと繰り返すようになり、昨年のキルギス・ウズベキスタンの中央アジアの山旅であったので今年は慣例に従いアメリカに戻ったことになる。

アメリカはどこへ行っても安心できる食事と清潔な宿が得られ、また基本的に治安もいいので気楽に旅行ができるというメリットがあるが、会員の間でも評判は悪くない。

今年のそのアメリカの山旅としては以前からいくつかの候補があげられているが、8月初めの実施ということからすれば、猛暑の中西部の乾燥地帯は避けて、そこそこ暑すぎなくてしかも山想倶楽部の行事にふさわしい場所を選択しなければならない。

色々と考察の結果、風光明媚にして話題性のある火山が連なるカスケード山脈のトレッキングが良かろうという結論に達した。

カスケード山脈は連綿と山が連なるいわゆる山脈とは違い、ほぼ独立した火山が直線状に間隔を置いて並ぶという形状をなし、山脈という日本語はあまり適切ではない。規模が101くらいになるが東日本火山帯、西日本火山帯とかの火山帯のようなものである。

この山脈は、北はカナダのブリテッシュコロンビア州のガリバルディ山から始まり、南はカルフォルニアのラッセン山に至る北米4州にまたがる太平洋岸の長大な火山列である。

最高峰はワシントン州のレーニア山で標高4392米、次がカルフォルニアのシャスタ山で標高4317米、そのほか1980年大噴火し山容が変わってしまったセントへレンズ、夏でもスキーのできるオレゴン州のフッド山、流麗な形状のジェファーソン山、スリーシスターズ山、有名スキーリゾートのあるバッチェラー山とういずれも氷河で覆われた標高3000米から4000米の今は静まり返ったコニーデ型火山群である。

私らの山旅はこの内の著名な山を眺めながらトレッキングをするというもので、参加者の平均年齢が75歳程度ということになれば、今更ピッケルとアイゼンで氷河を登るまでもなく、悠々と山を眺めながら歩を進めるというのが似合いであろう。

以下に位置関係のわかる略図と日程表を付し、個々の報告書を束ねて全体の報告としたい。

                                石原達夫

 

vulcanos Oregon-Washington.jpg
vulcanos Oregon-Washington

730(出発~パークウッド)  吉永英明

 リーダの石原さん以下総勢8名+ガイドの山田氏による4回目のアメリカ国立公園の山旅である。14:00いつもの変わり映えのしない顔ぶれが成田空港に集合。自動のチエックイン機に四苦八苦しながら搭乗手続きを終え、荷物を預けてシアトル行デルタ航空166便の機上の人となった。

 今回は長時間のフライトの為、足元が若干広いコンフオートプラスという席を予約したところ,乗機の際、僕のみ突然“7B”というビジネスクラスに変更になった。ついラッキーという大声を上げたくなった次第だ。過去にデリー~香港、香港~ソウル、パロ(ブータン)~バンコック便でフアースト乃至ビジネスクラスの経験はあったが、今回のように何の負担も無く突然の変更には驚いた。流石にゆったりとしたシートで、就寝の際も足を延ばして、ほぼ横になる態勢が取れ、最新のビジネスクラスはこんなにも楽なのかと感心した。食事も飲み物から始まり、何回もの料理がダラダラと続き、寝る時間が欲しいので、途中で断った程であったが、久しぶりの金満シートの為か中々寝付けない。東行きのアメリカ便の為、直ぐに夜になり、日付変更線を越える。日付変更線は、いつ、どういう経緯で決めたものか、小学生の頃、先生から君は大詔奉戴日の生まれ(昭和16128日大東亜戦争開戦日)か、と言われた日がアメリカでは127(真珠湾攻撃日)であった事。行き先のシアトルの発音がシアルに聞こえる事、(アメリカ生活の長い石原リーダーに聞いたところ、アトランタもアランタ聞こえるらしい)等をつらつら考えながら、いつの間にか慣れないビジネスシートで熟睡していたのでした。

 シアトルは、上空から見ると緑の多い町のようだ。日付は変わらず73010:00シアトル着。今回は乗り継ぎが無い為,うるさそうな入国審査を終え、荷物を受け取り、全員が乗れる大型バンのレンタルの為、レンタカー会社の集合ビルへ。全米レベルの主要なレンタカー会社が集まっているビルで、いつもながらアメリカ社会の熟成した車社会、需要の多さに目を瞠った。

 西海岸を南北に貫く5号線を南下し、12号線からMT.レーニア南麓のパークウッドの小さなモーテルに宿泊。どんな田舎でも、ベッド、シャワー、トイレ等の設備が整っており、流石アメリカである。この辺がネパール辺りの南西アジアと違う。運転の山田氏は、私には聞き取れない英語のカーナビを駆使して長時間車を走らせ感謝である。

 パークウッドのレストランは2軒のみ(内1件はピザ屋)。かなり寂しい田舎町で、千客万来といった感じのレストランで、先ずは初日の夕食会開催。いつも乍らアメリカンステーキと地ビールで堪能したが、今までの如く何が何でもステーキといった気持ちが失せ、やはり年の故かと若干情けない気持ちになった。

 食後近くの小さなスーパーで明日の昼食を準備し、明日からのMT.レーニアを初めとする山旅を楽しみに、長旅の疲れと共に就寝。気温は暑いぐらいであった。夜中、ゴーという音で何度か目を覚ましたが、翌朝、近くに鉄道線が有り、どうやら貨物列車通過の轟音であったようだ。

 

 

sansoo-hokubeitairiku20180730-08073.JPG
MTレーニア

731日  廣島孝子

  昨日の暑さとは違い、高原の朝は涼しく清々しい。

今日は、今回のメインイベント、レーニア山を仰ぎ見ながらのハイキングです。 

駐車場の混雑を予想し、早めの730出発する。

10分位走った所で、国立公園の入り口の料金所へ、係員はご出勤前、やむなく其のまま通り抜ける。ラッキー

暫く行くと、木々の合間から、目の前にガツンと、朝日をあびて輝いている大きな氷河の山、思わず私「あ!これは何」と叫んでしまった。運転中の山田ツアーコンダクター「え!」と呆れた顔をして振り返る。すかさず石原さん「タコマ富士だよ」と・・・これが地元の日系人には、富士山に似ている事から、こう呼ばれ親しまれている、カスケード山脈の最高峰レーニア山(標高4,392m)であった。

レーニア山は、およそ150年前に爆発を起こした活火山で、広大な山頂部分は、雪と氷に覆われ、沢山のハイキングコースを有した美しい姿の山である。

曲がりくねった道を走る事30分、パラダイス(1,647m)駐車場へ着く。流石に朝早かったとみえ、広大な駐車場は未だ少々ゆとりあり。

sansoo-hokubeitairiku20180730-08074.JPG
MTレーニアでのマーモット

820スカイライントレイルの頂点、パノラマポイント(2,074m)に向け出発する。

雲ひとつ無い快晴、緩やかな登り、登山道の傍らで、沢山のマーモットに出会う。暑いとみえ、ベンチの日陰で、ペタッと張り付いて、体を冷やしている子。あちこちで声を張り上げ、追いかけっこをしている子。仲良く飛び跳ね、ハイタッチをしている子。スイスのマーモットとは違い、大きくずんぐりした体系と、愛嬌のある顔がとても可愛い。

何時までも、観ていたい心境にかられながら、時々後ろから来る、聡さんと吉永さんの姿を皆で確認しながら、段々と高度を上げていくと、素晴らしい

絶景が私達を待っていました。下から見上げるのとは、また違った迫力のある雄姿に感動!・・・・

1100間もなく、目的地の広々としたパノラマポイントに到着。

眼前に雄大なレーニア山を眺めながらの、少々早い昼食とする。下方左手には滝、氷河には多数のクレパスが見え、先程、大きなザックを背負い、私達を追い越して行った元気一杯の若者のグループが、キラキラ光る雪と氷の斜面を登って行く。又、超ワイドな人達(私達が50キロの荷物を背負っているのと同じ体型)が登って来るのにも感心させられながら、しばしのんびりと贅沢な時間を過ごす。

sansoo-hokubeitairiku20180730-08075.jpg
MTレーニアよりの下り

1200出発、ここからは私の好きな下り、ルンルン気分のはずであったが、しかし、世界的な猛暑と、風も木も無く、ガレ場の岩の反射と、容赦なく照り付ける太陽とで、始めの勢いは段々としぼんでくる。

山田ツアーコンダクターから、今日の歩程は3時間半と聞かされ、その時間はとうに過ぎているが、トレイルは、まだまだ続いている。

寺田さん「道を間違えたのかしら?・・・・」と立ち止まっている。山田さんも不安そうな顔をして、キョロキョロと周りを見回している。はるか下山道には、傘を差し、スタスタと悠然と歩いている石原さんの姿。

あ~~私も傘を持ってくれば良かった。残念! 夏の北アルプスを歩いているよりも暑く感じる。

徐々に下るにつれ、道の両側には沢山の高山植物が咲き乱れ、疲れた私を和ませ、励ましてくれている。所々に見られるようになった木々に涼を求め、途中の小川の冷たい水で顔を潤し、気を取り直して最後の登りをクリアー。

sansoo-hokubeitairiku20180730-08076.JPG
MTレーニアを終わって

1430駐車場脇のロッジに着く。ここで、しばしクーラーの心地良さに浸り、車へと戻る。最初に着いた方とは30分の差がついてしまった。

 このトレイルは、よく整備され、歩きやすく、雄大な景色とお花畑、可愛い動物にも出会う事ができ、素晴らしいトレッキングコースである。

暑さとの戦いが無い日にもう一度チャレンジしたいと思った。

帰りには、此の街に1軒しかない、昨日と同じスーパで、明日のお弁当と夕食を調達し、宿へと戻る。

 

8月1日  菊池武昭

 本日は、昨日行ったMT.レーニアへの道中の手前にある、リフレクションレイクに車を止め、ピナクルピークトレイルをサドルまで往復だ。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080718.JPG
湖面に映るMTレーニア

8:00に宿のPACKWOODを出発し、8:50に登山口のリフレクションレイク駐車場に到着。

早速、湖畔に足を延ばし湖に映るMT.レーニアの逆さ富士ならぬ逆さMT.レーニアを鑑賞する。

天気も良いので、実に素晴らしい。

 9:10、サドルを目指して出発。このトレイルには、時にアメリカ黒クマが出没するとのことなので、歩き初めは、笛を鳴らしたりしていたが、起床中は常に口角に泡を飛ばすほど、さえずりが好きな人のお蔭で、樹林帯を抜ける頃には笛の事などすっかり忘れてしまった。

 MT.レーニアの絶景を背に、サドルに向けて登る。最後は、今にも崩れそうな瓦礫の斜面を

トラバースし、10:35分サドル到着。サドルからは、MT.アダムスやMT.セントヘレンズが望めるはずであったが、遥か彼方の山々は薄雲の中で茫洋としている。だが、昼食の間に、いつの間にか、薄雲もどこかに消え去り、素晴らしい景観を現出してくれている。昼食後11:40下山開始。急ぐ旅でもないので、ゆっくりと歩き、12:35登山口のリフレクションレイクに到着する。

sansoo-hokubeitairiku20180730-08078.JPG
NARADA_FALL

帰路、周り道をしてNARADA FALLに立ち寄る。此の滝は、車寄せが設置してある、直ぐ横の沢から落下しており、10分程度下流に歩いて行かなければ全貌が見えない。下に歩いていくと、素敵な展望台が設えられており、滝は固い玄武岩で構成されており、規模は奥日光の竜頭の滝と同程度か、滝壺に素敵な虹が架かっているのが印象的であった。

13:3014:30分ビジターセンターに立ち寄る。私は絵葉書を数枚購入したのだが、無造作に並べられた展示品の中にヘラの様な物が付いた毛皮が有り、非常に興味を持った。

カモノハシかと思ったが、これはアメリカには居ないので、帰宅後に調べて見ると、ビーバーの毛皮と判った。

 宿への帰路昨日同様にこの町のレストランではあまり食べるものも無いので、BLANTON’S MARKET3(横田、高橋、菊池)の夜食用の食材であるビール、ウイスキー、生ハム、ソーセージ、ジヤガイモ、トウモロコシ、果物、パン等を買い込み、宿舎のPACKWOOD15:25帰着し、18:00より昨日同様Tさんによる料理で、チョットしたレストランに劣らぬ豪勢な食事をゆっくりと楽しむ。

 

sansoo-hokubeitairiku20180730-080711.JPG
セントヘレンズのリス

82日 4日目  髙橋 聰

 本日は5号線を南に下り1980518日に大噴火を起し山頂から半分近くが吹き飛んだと言われているMT.ヘレンズ(2.550m)の展望台であるジョンストンリッジに向かい、その後ポートランドを経由してMT.フッドの麓にあるカバーメントキャンプ周辺の宿に宿泊する予定で、朝7:00に朝食後8:00に全員元気よくバスに乗り込む。

天気は昨日同様空天はどんよりとした雲に覆われており、薄ら寒い。又昨日は小虫がかなり飛んでいたが、空気が冷たい為かそれほど飛んでいないが、小鳥が昆虫採集に励んでいる。天候は南に下るほど、雲も少なくなり、青空も増えてくる。セント・ヘレンズ展望台の一つであるLoo wit viewpoint11:00到着する。

sansoo-hokubeitairiku20180730-08072.JPG
MTセントヘレンズをバックに

なるほど北側の山肌が見事に無くなっている。どれほど激しく噴火したものだろうか。

此処より15分程走るとジョンストンリッジの展望台に着き、小一時間の散策を楽しみ、15分程度に作成された噴火当時の記録ムービーを、見物したが、その圧力は凄まじい物で、万物の全てを根こそぎ薙ぎ倒す爆発力を見せつけられたのであった。この爆発により当初この山の標高は2.950m有ったが、このただ一度の爆発で2.550mになったのであった。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080712.JPG
セントヘレンズ爆発前と爆発後

 

 

この爆発は数日間にわたり絶え間なく発生し、最終的には広島型原爆27千個分に相当するエネルギーがセント・ヘレンズ山から放出され、噴出物の総量は1km3 を超えた。これによりセント・ヘレンズ山の北側には幅3km、深さ800mの巨大な火口が出現し、セント・ヘレンズ山の400m減少したのでした。

 これ以後たびたび小爆発を繰り返していたが、2004年秋に火山活動はふたたび活発化し、連続した微小地震や、低周波の火山性地震を発生させ、その後も突発的な水蒸気爆発等を繰り返していたが、20081月に溶岩ドームの活動が止まり同年6月10日に噴火活動の収束がアメリカ地質研究所により噴火活動の終息が宣言なされたのである。

 このジョンストンリッジの展望台を13:20に出発し、途中ガソリンスタンド等で2回ほどトイレ休憩をしてMT,フッドの麓のガバーメントキャンプのある今夜の宿であるMT.HOOD.INN17:30に到着したのでした。

 今夜の夕食はどうしよう。昨日と一昨日は食堂(レストラン)にはいかず、横田さん、菊池さん達とスーパーで買い込んだサラミソーセージ、果物、生ハム等をツマミとしてホテルの部屋でビールを楽しんで居たが(米国はどこのレストランに行っても大味で、ただ食べればよいと言う感じの物が多く、一般的な日本人の嗜好には不向きの為)本日は何も買っていない。仕方ない皆と一緒にレストランに行こう。

 19:00近くに一軒だけ有ったレストランに行くと満員で30分程待たされるが、何とか全員纏まって座ることが出来た。メニューを見るとサラダ、ソーセージ、ピザ、ビーフ、ラム、韓国風味付けのBBQ等色々ある。多くの人は韓国風味付けのBBQを頼み何人かは、ラムの頬肉を依頼。ラムのほほ肉のステーキは小さな肉片が3切と山盛りのフライドポテトにサワークリームが付いているだけ、味も首をかしげるようなものであり、又韓国風味付けのBBQはそれらしい味付けで、薄切りの骨付きカルピ風で、味は少し濃いが、日本人の我々には非常に食べやすかったが、量が少ないのが難点だった。それでも21:00には楽しい食事も終了したのでした。明日はさらに南下を続けLA PINEに向かう予定だ。

 

83日  寺田美代子

昨日オレゴン州に入り、本日は目指すMT.HOODは標高3425mの山。その登山拠点となるガバメントキャンプを8:30に出発。外に出ると小雨が降っており少々肌寒い感がある。しかし次第に晴れてきて、山並の展望を見ながら車は急坂を登って行き、程なく、樹林帯が終わるという意味のティンバーラインの駐車場に到着。車から降りると、目の前にMT.HOODの山が聳えている。夏でもスキーを楽しめるようで、数人の人達がスキーを担いでリフト乗り場の方に歩いていて、雪渓の模様がおしゃれに残っている。強い風が吹いていたが、小高い丘まで少し登り、山容を暫し眺めた後、お土産のショップで山の壁掛けとTシャッを記念に買い求める。

 そこより別れて車は進み、おしゃれな山も後ろに遠く去って行ったのでした。暫くすると雪の山MT.ジェフアーソンとか、3つの山並が連なるMT.スリーシスターズが見えてくる。何ともネーミングが気に入り直ぐに山の名前を覚えられ、車が進むまま、外の景色の映り行く様を楽しんでいた。12:40ベントの街に到着。此処でランチとなりスーパーマーケットに入る。此処の店内にマクドナルドが有り、久々にビッグマックセット$7.29コーラ付きを注文し、主人と二人でシユア。店員も好意的でとても美味しく、その内廣島さん、菊池さん、石原さんも一緒になり楽しいランチを過ごしたのでした。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080713.JPG
ニューベリー溶岩帯を歩く

昼食後は再び移動し、13:50ニューベリー火山国定モニュメントに到着。ビジターセンター「ラバランド」で、1300年前に大噴火した当時の展示を見る。その後溶岩流の姿がそのまま残っている歩道を散策して、間近に溶岩を見て回った。再びビジターセンターに戻り、今度はLAVA BOTTEと呼ばれるスコリア丘の頂きに、観光用路線バスで噴火口を見に行く。スコリア丘の頂きから、眼下に見えるすり鉢状の噴火口は、今は樹木も生え、静かそのもので、当時の溶岩が噴出している姿を想像して眺めたのでした。山頂からは遠くに朝出発してきたMT.HOODMT.ジエフアーソン、MT.スリーシスターズの山々が遠望でき大感動。近くには当時の噴火口がまるでモグラ塚の様な姿で点々と残っている。何とも大地の息吹を感じ、どこまでも遠く広がる大草原の姿を見るばかりだった。再びバスで下山後、車で今宵の宿となるチェムルトに向かう。途中、明日の買い物と給油等を済ませ、17:50宿に到着し各々に割り当てられた部屋にチェックイン。今日も楽しいハイクの一日でした。

 

84日  寺田正夫

今日は、オレゴン州唯一の国立公園である「クレーターレイク国立公園」内のMt.ガーフィールドをトレッキングする予定である。

アメリカ滞在6日目、トレッキングを楽しむのは今日が最終日になる。
630分に朝食を済ませ、8時ちょうどにホテルを出発した。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080710.JPG
クレーターレイク

5号線を南下する。果てしなく続くかと思われるストレートロードのドライブを楽しみながら、845分にクレーターレイクを見渡せる駐車場に到着した。
ここは、海抜約2,100m(湖面は、1,880m)の高所にある。クレーターと名付けられているものの隕石が衝突してできたものではなく、火山性のカルデラ湖である。米国第1位の水深(597m)を持つ。とりわけ、群青色とも言えるほど濃い青色の湖面が美しい湖である。西側にウィザード島と言う小さな火山島もある。日本の摩周湖と似ているが広さも深さも3倍ほど大きい。
暫しの写真タイムの後、1時間ほど車を走らせ、Mt.ガーフィールドへの登山口‘LIM Village’駐車場に到着。Mt.ガーフィールドは、クレーターレイクの外輪山の一つで、箱根の芦ノ湖で言ったら三国山とか駒ヶ岳の様なものか。
1020分、Mt.ガーフィールドに向けてトレッキングを開始した。左側足元に紺碧のクレーターレイクを眺めつつピークを目指す。今日も晴天に恵まれて素晴らしい景色を楽しめる。湖面は空の青よりも濃い青で、鏡のように澄んで波も無く四囲の山々を映している。ウィザード島の火口は、均整の取れた姿で、日本人には小さな富士山を連想させる。
子供の様にはしゃいだ気分になって足取りも軽い。

sansoo-hokubeitairiku20180730-08079.JPG
クレーターレイクを背に!

1140分、頂上に到着。ここからの雄大な眺めは言語に絶する。圧倒的に大きな自然に包まれながら暫し昼食を楽しんだ。
1215分、早くも下山の時間になってしまった。離れがたい思いを抱きながら下山を開始する。1時間ほどで駐車場に到着。あっけないほどにあっという間の到着であった。
と!ガスが湧き出し、またたく間に雄大な景色を消し去り、一面真っ白に覆ってしまった。少し時間がずれていたら、霧の中でクレーター湖を探す羽目になっていたかも知れない。素晴らしい景色を堪能できた幸運を噛締めた一瞬であった。
そののち、車で山道を下り、車窓から広大な風景を楽しみながら一路宿泊予定のローズバーグに向かった。
午後430分、ホテルに到着。本日の予定は滞りなく終了し、楽しいディナータイムを待つばかりになった。


最後に!
今回の旅は、昨年11月と12月に体調を崩した私にとって、健康の大切さを深く心に刻んだ思い出深い旅になりました。

リーダーをはじめ全てのメンバーに感謝と御礼を申し上げます。

 

85日(日)  横田昭夫

酷暑続きで身の置き場の無かった日本を脱出し、曇り空のシアトル空港から北アメリカに入国して以来、晴天続きで巡った「北米大陸の活火山地帯を歩く9日間」も7日目となり、すでに予定コースのトレッキングは終わり、今日はローズバーグからポートランドへ約4時間の移動でひたすら州間高速国道5号線を北上する。高速道路から眺める景色は、山間から始まり牧場・牧草地が多い。牧場もそれほど沢山の牛や馬がいるのではなく、ところどころに固まっているのを見るばかりだ。牧場や牧草地は夏だというのに全体がカーキ色をしており、牧草が枯れているのではないかと思ったが、後で聞いたところによると本当に枯れているのだそうである。ここアメリカではすでに乾季に入っており、このままの状態で冬を越し来春にならないと青々とした草は見られないのだそうである。ポートランドに近づいて農作物を作っているところでは、スプリンクラー散水により野菜の栽培をしていた。途中、休憩を23回取り乍らポートランドに近づくと、道路の両側が広く、平野に出てきた。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080716.JPG
ポートランドの街風景

やがて高い建物が立ち並ぶポートランドに着く。流石はオレゴン洲一を誇る大都市ポートランド、交通量も多くなり丁度12時ころに着く。まだチェックインには早く時間も時間なのでレストランに入り昼食とする。その後、ホテルに行く人と市内を散策する人に分かれて行動する。下された処はいろんなお店が並ぶ広いところであったが、お店の中にはそれほど興味を引く物も無く、かなり気温が上がってきたので、とても外を歩く気にもなれず、お店の中を行ったり来たりして時間をつぶす。4時に山田さんが迎えに来てくれてホテルに入る。トレッキング最後の夕食となったので、近くのレストランで打ち上げとし、インデアン仕込みの地ビールで乾杯。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080715.JPG
ボートランドでの夕食での乾杯

このトレッキングは案内と車の運転を一人でやって貰った山田さんの負担によるところが大きく皆なで感謝する。

付記

オールド オレゴントレイルのこと

  石原代表が話しておられた「アメリカ大陸の東海岸から西海岸へ抜けた道はオレゴン州を通っている」について調べてみる。19世紀、北アメリカ大陸の西部開拓時代にアメリカ合衆国の開拓者たちが通った主要道の一つ。オレゴントレイルはアメリカ合衆国を大西洋から太平洋まで広げるという文化的目標に貢献した。このトレッキングでシアトルからマウント・レーニアの南、パックウッドへ辿った国道26号線はオレゴントレイルのほぼ全行程を通っている。

オレゴン州のこと

 北米西海岸に位置する。アメリカ合衆国33番目の洲である。太平洋に沿って北にワシントン州、南にカルフォルニア州に接する。1843年にオレゴン・カントリーの自治的な政府を樹立した交易業者、探検家および開拓者が訪れるまでは、アメリカ・インデアンの多くの部族が住んでいた。

洲中央から東は半乾燥の灌木地、プレーリー、砂漠、ステップ及び牧草地が広がっている。標高11,249フィート(3429m)のフット山が州内最高地点で、クレーターレイク国立公園が州内唯一の国立公園である。

sansoo-hokubeitairiku20180730-080717.JPG
ポートランド空港にて

8月6日(月)晴れ

宿舎からすぐ隣のポートランド空港へ移動する。石原代表はご息女が住んで居られるアトランタへ行かれるのでここで別れる。デルタ航空DL69便の搭乗口で係員が席を変えたと言って渡してくれた搭乗券の席に行くと予定の席よりはるかに前でしかも主翼の上への避難扉の真横となっている。前の座席とのクリヤランスは後ろの席の倍位あって楽である。そのうち客室乗務員がきて説明するに、この席の横は万一の場合の非常口となっているので、万一、扉を開ける必要が生じた時、扉を開けて乗客を脱出させる必要があるのでよろしく頼むということ。今まで何回か飛行機に乗っているがそのようなことを頼まれたことも、やったこともないのでチョット面食らうところがあったが、万に一つも無いだろうと同席の菊池さんと高を括って了解する。しかし、座席の空間が広いということは確かに楽である。搭乗機はポートランドを予定より40分近く遅れて成田空港に向けて離陸する。

8月7日(火) 曇り

飛行中は何事もなかったが、機内温度の低いのに往生する。成田空港には、ほぼ予定通りの14;23に着く。預けた荷物も意外と早く30分ほどで出てきた。この旅行が滞りなく無事完了したことは添乗員として同行された(株)アウトドアー@ワールドの山田さんの努力によるものであることを感謝し散会した。

 

 

 

  

 

お知らせ山想倶楽部

■ 2018.10.15

9月山行 八ヶ岳撤退の記(山想倶楽部)

9月山行 八ヶ岳撤退の記

高橋 聰

9月25日 曇り~雨

新宿駅に行くと既に下河辺君が乗車予定の9:00発あずさ9号の自由席である5号車の前にザックを置いて待っている。暫らくすると何だか石原さんらしい人が僕たちの横をすり抜けていくではないか、よく見るとやはり石原さんだ。何度か声をかけるが、最近耳の具合があまり宜しくないとの事らしいので、聞こえないらしい。追いかけて行き石原さんと言って肩を叩くとやっと気が付いた。指定席で行く予定だったとの事だが、自由席はガラガラなので、自由席に乗り込む。横田さんは多分小淵沢で合流し、川村光子さんと廣島孝子さんの両名は八王子で乗ってくれば、今回の参加者は全員揃うことになる。

立川近辺で川村さんに電話をすると、何だか様子がおかしい、電話に男の人が出て、おい高橋さんからだと言っているのが聞こえる。取敢えず4号車に乗っているからねと電話すると、廣島さんと4号か5号車近辺で待ち合わせていると言っている。乗ってきたら直ぐに判るだろう。

八王子について彼女達が乗って来たかどうか確かめるが、自由席には乗っている気配はないどうしたのだろう。若しかしたら指定席にでも座っているのかもしれない。

心配しても仕方が無い。皆呆けても可笑しくない年だが、まだ誰も呆ける気配はないので安心だ。

乗り替え駅の小淵沢で下車して、小梅線に乗り換える為の連絡階段で待って居ても、現れず、小梅線のホームに行くと横田さんは既に到着して待って居る。仕方無いどうなっているのか確認するために再度電話をしてみると、まだ家に居るとの事。何と予定日を間違えていたようだ。当初7月に出した案内では、9月の26日~28日として有ったが、9月の例会で日程を一日前倒しにして日程を25日~27日に訂正して、山行届もそれで作成し各自に送ってあったのを良く見ていなかったようだ。これでは何とも致し方無いので、4人で今回の計画を実施だ。

松原湖駅では依頼してあったタクシーは既に到着して待って居る。6人の予定だったのでジャンボタクシーを依頼してあり、非常にゆっくりと座れる。直ぐタクシーに乗り込み12:30。本沢温泉入口に向かい、道路に本沢温泉入り口と書かれている看板の所に13:00到着『車はこれより2キロ程奥まで入れるのだが、タクシーはここまでのようだ。』(7.460支払)少し雨模様なので、全員雨対策をして直ぐに出発する。

今日の行程は本沢温泉迄行けばよいのだから、何も慌てていくことも無い。だが石原さんと、横田さんは、さっさと行ってしまった。一時間程でゲートに付、少し休憩を取り、歩き始めて少し行くと後ろの方から足音が聞こえ、徐々に近づいてくる。どうやら足音は一人のようだ、直ぐ傍まで足音が近づいてきたので、後ろを振り向くと、若い御嬢さんだ、忽ち追い抜かれ、少し前を行く下河辺君の事もアット言う間もなく追い越して、直ぐに姿が見えなくなってしまった。何とも羨ましい。僕たちにもあのように歩いている時代が有ったのだが、それはもう遥か遠くに過ぎ去った夢の中の事と思うしかない。今の状態を良く理解して山歩きという遊びを、何時までも楽しもう。

キャンプ場の先より少し急な道となり、最後の一足掻きをしてやっと本沢温泉に到着する。

宿で聞くと本日の予約客は、何組が有ったようだが、この雨の為キャンセルが有り、僕達だけのようだ。

少し休んで野天温泉に行こうとするも、宿から7~8分程度時間もかかり、更衣室も無いようだ。いくら日本最高所にある野天風呂といえ、雨も降っていて、更衣室も無いのでは行っても仕方ない。内風呂も温泉なので、それで我慢をしよう。雨で冷えた体を温めるべく着替えを持って内風呂に行くが、これがなぜか遠い。建物の一番端にあり階段をかなり降りて行かねばならない。湯に入ると何故だか全員手の指先が痺れると言う。体には悪くはないのだろうが,強酸性の湯質のせいだろう。洗い場には上がり用の、お湯どころか水も何も無い。ただ温泉に浸かって体を休めるだけだ。直ぐ横の洗面所には、水が流し放しになっているので、この風呂場にも一つか二つくらいの蛇口が有っても良さそうなものだ。

そうこうしているうちに時間も17:30となり夕食の時間となった。

ここ数回の山歩きで、旅館に泊るより、山小屋に何回か宿泊しているが、山小屋の食事でも、以前はそれでも何とか食すことが出来たのだが、体質が変わったのかどうか自分でも不明だが、何と無く食欲が湧かない。今日も見ただけで何も食べる気がしない。取敢えずビールでも頼もう。そして何も食べないと言うわけにはいかないので、汁かけ飯でも軽く頂くとするか。

食後談話室にストーブの火が入っていると言うので、全員で行ってみると火は消えている。

火つけ道具が何もないのでここに居ても寒いだけだ。部屋に帰る。

部屋に帰り外を見ると、激しく雨が降っている上に風もかなり吹いているようだ。明日はどうするか皆で相談すると、明日も何だか天気が悪そうだ,稜線で風だけなら良いが、雨に叩かれると皆の年を考えると、どうやら中止とした方が安全だと衆議一決、明日の行動は中止して、しらびそ小屋経由で稲子湯に下り、温泉にでも入り、帰ることにしよう。

sansoo-yatugatake201809251.JPG sansoo-yatugatake201809253.JPG    
       
sansoo-yatugatake201809254.JPG sansoo-yatugatake201809252.JPG    
       

9月26日  曇り

朝起きて空を見ると何だか晴れ間が見えている感じで、天気予報を聞いてみると午後からかなり荒れそうだ。明るくなるにつれ、本沢温泉から見える範囲はかなり良さそうだ。

此処まで来て、何もせず稜線に一度も上がらず帰るのは何とも釈然としないと、しきりに石原さんが一人言を述べている。然し昨夜衆議一決して決定した事を覆すことは大儀に反する事であり、これからの全ての会の行動に繋がる事なので、昨夜の決定通りに行動をすることに最終決定。6:00に朝食後7:15に本沢温泉を出発してしらびそ小屋(9:00~9:20)で美味しいコーヒー(注文してから豆を挽きドリップ)を戴き稲子湯に11:00に着いて温泉をゆっくりと楽しんで11:53 発のバスに乗り小海駅に12:10に到着後解散。

小海線から見える山々の稜線は全て厚い雲の中。山は決して逃げることはないので、中止して良かったのだろう。いまさら無理をする齢でもないですからね。次は天気の良い時にでも行きましょう。何回か行っていれば、そのうちに登ることが出来るだろう。