山想倶楽部

■ 2011.08.02

'11/7針の木より烏帽子縦走始末記

倶楽部山行/‘11/7月山行

山行日         2011年7月28日(木)~8月1日(月)

参加者 6名 高橋 聰(L)、石原達夫、広島孝子、醍醐準一、吉永英明、田谷八束

高橋 聰

7月28日 

新宿22:30出発のさわやか信州号で出発。同じ便に田谷さんと乗り合わせる。バスは23名しか乗っていず、隣の席が空いているので、楽と言えば楽だが、それでも足を十分に伸ばして寝れるわけではないので、きつものが有る。途中中央高速道路の談合坂、下諏訪でトイレ休憩の後22日午前5時前に、今回登山の出発地点で有る扇沢バス停に到着。しょぼしょぼと雨が降っている。

7月28日

同行者は、石原達夫、広島孝子、醍醐準一、吉永英明、田谷八束と私の6人で有るが

現地集合なので各自がバラバラの集合である。醍醐氏は昨日より入山しており、柏原新道より種池を経て、新越乗越小屋で昨日は泊り、明日針の木小屋で待ち合わせである。

石原、広島の両氏は夜行で来るのは御免と昨日は大沢小屋に泊っている筈。吉永氏も

昨日昼に出発し大町の何処かで泊っている筈。

吉永氏とは扇沢バス停6時待ち合わせなので、まだ一時間近く待ち合わせの時間が有るので、その間ゆっくりと朝食を摂り、彼が来たら直ぐに出発できるようにしておこう。

雨が段々酷くなる。6時少し前に吉永氏がタクシーで到着。すぐに大沢小屋に向かって出発、案内書には扇沢-大沢小屋1時間30分と書いてある。何とかそれくらいで着くだろう。

針の木方面入口に有人の登山案内所が有ったので、登山届を出して山の状態を聞いたら、船窪より七倉へは降りられるが、烏帽子より高瀬ダムに降りても、不動沢の吊橋が連日の雨で流されてしまい、天気が良くなると修理できるが、雨が降り続くと当分修理不可能と告げられた。大沢小屋に2人が待っているので、其処まで行き今後どうするか決定しますと言って上がっていく。

本日は針の木小屋までの予定である。雨が降っているので休憩を取る気にもならないのでゆっくりと歩み、案内書通り1時間30分で大沢小屋に着いた。既に先行していた

石原、広島の両氏は出発の用意を完了し待っている。

石原氏は開口一番昨日よりお腹の調子が悪くて仕方ないので、申し訳ないが本日はここより下山との事。大沢小屋の人に雪渓の状態を聞いたら、たぶん雪渓の上を川のように水が流れていると思うとの事。明日、明後日も一日雨、それもかなりの風を伴っている予報。針の木小屋迄はどうとなく行けるが、翌日の行動を考えると雨の中蓮華岳を下るのも、石畳みと言うよりもガレ場を下る感じの所なので、足をすべらせやすく、船窪から烏帽子岳までの路も天気が良ければ何でもないのだが、雨が降っていると、かなりぬかるむし、又視界不良となった時は、ルートが判然としない部分もあること等いろいろ考慮した結果、今回の山行はここで終了とすることに決定した。

まだ午前8時間前だ。今から下りても仕方ないのでここでゆっくりして行こう。醍醐氏の行動が気に懸かる。心配しても仕方ないか。

この大沢小屋でゆっくりしていると続々と針の木小屋に揚がる人たちが上がってくる。20名位の団体で四国から針の木小屋に泊り針の木岳と蓮華岳の登り往路を下るメンバーや、同じような行程の人たちが圧倒的に多い。中にはうら若き少女の様な女性

(私ども高齢者から見たら)が単独でテントを担ぎ、折立て迄行くという人もあり、天気が悪いので十分に注意をしていく様にと、いろいろいらぬアドバイスをしながら時の過ぎるのを待つ。

やっと12時だ、そろそろここを引き上げて扇沢に帰るとするか。

帰路は1時間で扇沢に到着。扇沢に着く少し前に大塚副会長より電話が有り、醍醐氏はあまりにも天気が悪いので、本日は新越乗越より扇沢に下りると言う電話が有ったとの連絡あり、うまくすると扇沢で会えるかも知れない。扇沢に着くと何と何と醍醐氏

の出迎えを受ける。

扇沢より大町温泉郷の共同浴場の薬師の湯までバスで行き、1日乃至2日の汗を流し解散とした。

吉永、田谷、高橋の3名は本日入山したばかり、なんとなくこのまま帰るのはと大町温泉郷のホテルからまつ荘に一泊する。