お知らせ山想倶楽部

■ 2018.10.18

北米大陸の活火山帯を歩く9日間の旅物語(山想倶楽部)

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MTレーニア登山前

2018年の海外トレッキング
北米大陸の活火山帯を歩く9日間

 
期日:2018年7月30日—8月7日
参加者:高橋聡、広島孝子、寺田正夫、寺田美代子、吉永英明、菊池武夫、横田昭夫、石原達夫(団長)、山田功(添乗兼ガイド)

 

概要  

2012年に山想倶楽部発足10周年記念山行として、アメリカ合衆国のセコイア・ヨセミテのトレッキングを実施したが、予想外の成功と評価が高かったことから、毎年海外登山を実行しようということになった。決まりがある訳ではないがアメリカの次の年は他の国の山、

そしてアメリカと繰り返すようになり、昨年のキルギス・ウズベキスタンの中央アジアの山旅であったので今年は慣例に従いアメリカに戻ったことになる。

アメリカはどこへ行っても安心できる食事と清潔な宿が得られ、また基本的に治安もいいので気楽に旅行ができるというメリットがあるが、会員の間でも評判は悪くない。

今年のそのアメリカの山旅としては以前からいくつかの候補があげられているが、8月初めの実施ということからすれば、猛暑の中西部の乾燥地帯は避けて、そこそこ暑すぎなくてしかも山想倶楽部の行事にふさわしい場所を選択しなければならない。

色々と考察の結果、風光明媚にして話題性のある火山が連なるカスケード山脈のトレッキングが良かろうという結論に達した。

カスケード山脈は連綿と山が連なるいわゆる山脈とは違い、ほぼ独立した火山が直線状に間隔を置いて並ぶという形状をなし、山脈という日本語はあまり適切ではない。規模が101くらいになるが東日本火山帯、西日本火山帯とかの火山帯のようなものである。

この山脈は、北はカナダのブリテッシュコロンビア州のガリバルディ山から始まり、南はカルフォルニアのラッセン山に至る北米4州にまたがる太平洋岸の長大な火山列である。

最高峰はワシントン州のレーニア山で標高4392米、次がカルフォルニアのシャスタ山で標高4317米、そのほか1980年大噴火し山容が変わってしまったセントへレンズ、夏でもスキーのできるオレゴン州のフッド山、流麗な形状のジェファーソン山、スリーシスターズ山、有名スキーリゾートのあるバッチェラー山とういずれも氷河で覆われた標高3000米から4000米の今は静まり返ったコニーデ型火山群である。

私らの山旅はこの内の著名な山を眺めながらトレッキングをするというもので、参加者の平均年齢が75歳程度ということになれば、今更ピッケルとアイゼンで氷河を登るまでもなく、悠々と山を眺めながら歩を進めるというのが似合いであろう。

以下に位置関係のわかる略図と日程表を付し、個々の報告書を束ねて全体の報告としたい。

                                石原達夫

 

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730(出発~パークウッド)  吉永英明

 リーダの石原さん以下総勢8名+ガイドの山田氏による4回目のアメリカ国立公園の山旅である。14:00いつもの変わり映えのしない顔ぶれが成田空港に集合。自動のチエックイン機に四苦八苦しながら搭乗手続きを終え、荷物を預けてシアトル行デルタ航空166便の機上の人となった。

 今回は長時間のフライトの為、足元が若干広いコンフオートプラスという席を予約したところ,乗機の際、僕のみ突然“7B”というビジネスクラスに変更になった。ついラッキーという大声を上げたくなった次第だ。過去にデリー~香港、香港~ソウル、パロ(ブータン)~バンコック便でフアースト乃至ビジネスクラスの経験はあったが、今回のように何の負担も無く突然の変更には驚いた。流石にゆったりとしたシートで、就寝の際も足を延ばして、ほぼ横になる態勢が取れ、最新のビジネスクラスはこんなにも楽なのかと感心した。食事も飲み物から始まり、何回もの料理がダラダラと続き、寝る時間が欲しいので、途中で断った程であったが、久しぶりの金満シートの為か中々寝付けない。東行きのアメリカ便の為、直ぐに夜になり、日付変更線を越える。日付変更線は、いつ、どういう経緯で決めたものか、小学生の頃、先生から君は大詔奉戴日の生まれ(昭和16128日大東亜戦争開戦日)か、と言われた日がアメリカでは127(真珠湾攻撃日)であった事。行き先のシアトルの発音がシアルに聞こえる事、(アメリカ生活の長い石原リーダーに聞いたところ、アトランタもアランタ聞こえるらしい)等をつらつら考えながら、いつの間にか慣れないビジネスシートで熟睡していたのでした。

 シアトルは、上空から見ると緑の多い町のようだ。日付は変わらず73010:00シアトル着。今回は乗り継ぎが無い為,うるさそうな入国審査を終え、荷物を受け取り、全員が乗れる大型バンのレンタルの為、レンタカー会社の集合ビルへ。全米レベルの主要なレンタカー会社が集まっているビルで、いつもながらアメリカ社会の熟成した車社会、需要の多さに目を瞠った。

 西海岸を南北に貫く5号線を南下し、12号線からMT.レーニア南麓のパークウッドの小さなモーテルに宿泊。どんな田舎でも、ベッド、シャワー、トイレ等の設備が整っており、流石アメリカである。この辺がネパール辺りの南西アジアと違う。運転の山田氏は、私には聞き取れない英語のカーナビを駆使して長時間車を走らせ感謝である。

 パークウッドのレストランは2軒のみ(内1件はピザ屋)。かなり寂しい田舎町で、千客万来といった感じのレストランで、先ずは初日の夕食会開催。いつも乍らアメリカンステーキと地ビールで堪能したが、今までの如く何が何でもステーキといった気持ちが失せ、やはり年の故かと若干情けない気持ちになった。

 食後近くの小さなスーパーで明日の昼食を準備し、明日からのMT.レーニアを初めとする山旅を楽しみに、長旅の疲れと共に就寝。気温は暑いぐらいであった。夜中、ゴーという音で何度か目を覚ましたが、翌朝、近くに鉄道線が有り、どうやら貨物列車通過の轟音であったようだ。

 

 

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MTレーニア

731日  廣島孝子

  昨日の暑さとは違い、高原の朝は涼しく清々しい。

今日は、今回のメインイベント、レーニア山を仰ぎ見ながらのハイキングです。 

駐車場の混雑を予想し、早めの730出発する。

10分位走った所で、国立公園の入り口の料金所へ、係員はご出勤前、やむなく其のまま通り抜ける。ラッキー

暫く行くと、木々の合間から、目の前にガツンと、朝日をあびて輝いている大きな氷河の山、思わず私「あ!これは何」と叫んでしまった。運転中の山田ツアーコンダクター「え!」と呆れた顔をして振り返る。すかさず石原さん「タコマ富士だよ」と・・・これが地元の日系人には、富士山に似ている事から、こう呼ばれ親しまれている、カスケード山脈の最高峰レーニア山(標高4,392m)であった。

レーニア山は、およそ150年前に爆発を起こした活火山で、広大な山頂部分は、雪と氷に覆われ、沢山のハイキングコースを有した美しい姿の山である。

曲がりくねった道を走る事30分、パラダイス(1,647m)駐車場へ着く。流石に朝早かったとみえ、広大な駐車場は未だ少々ゆとりあり。

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MTレーニアでのマーモット

820スカイライントレイルの頂点、パノラマポイント(2,074m)に向け出発する。

雲ひとつ無い快晴、緩やかな登り、登山道の傍らで、沢山のマーモットに出会う。暑いとみえ、ベンチの日陰で、ペタッと張り付いて、体を冷やしている子。あちこちで声を張り上げ、追いかけっこをしている子。仲良く飛び跳ね、ハイタッチをしている子。スイスのマーモットとは違い、大きくずんぐりした体系と、愛嬌のある顔がとても可愛い。

何時までも、観ていたい心境にかられながら、時々後ろから来る、聡さんと吉永さんの姿を皆で確認しながら、段々と高度を上げていくと、素晴らしい

絶景が私達を待っていました。下から見上げるのとは、また違った迫力のある雄姿に感動!・・・・

1100間もなく、目的地の広々としたパノラマポイントに到着。

眼前に雄大なレーニア山を眺めながらの、少々早い昼食とする。下方左手には滝、氷河には多数のクレパスが見え、先程、大きなザックを背負い、私達を追い越して行った元気一杯の若者のグループが、キラキラ光る雪と氷の斜面を登って行く。又、超ワイドな人達(私達が50キロの荷物を背負っているのと同じ体型)が登って来るのにも感心させられながら、しばしのんびりと贅沢な時間を過ごす。

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MTレーニアよりの下り

1200出発、ここからは私の好きな下り、ルンルン気分のはずであったが、しかし、世界的な猛暑と、風も木も無く、ガレ場の岩の反射と、容赦なく照り付ける太陽とで、始めの勢いは段々としぼんでくる。

山田ツアーコンダクターから、今日の歩程は3時間半と聞かされ、その時間はとうに過ぎているが、トレイルは、まだまだ続いている。

寺田さん「道を間違えたのかしら?・・・・」と立ち止まっている。山田さんも不安そうな顔をして、キョロキョロと周りを見回している。はるか下山道には、傘を差し、スタスタと悠然と歩いている石原さんの姿。

あ~~私も傘を持ってくれば良かった。残念! 夏の北アルプスを歩いているよりも暑く感じる。

徐々に下るにつれ、道の両側には沢山の高山植物が咲き乱れ、疲れた私を和ませ、励ましてくれている。所々に見られるようになった木々に涼を求め、途中の小川の冷たい水で顔を潤し、気を取り直して最後の登りをクリアー。

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MTレーニアを終わって

1430駐車場脇のロッジに着く。ここで、しばしクーラーの心地良さに浸り、車へと戻る。最初に着いた方とは30分の差がついてしまった。

 このトレイルは、よく整備され、歩きやすく、雄大な景色とお花畑、可愛い動物にも出会う事ができ、素晴らしいトレッキングコースである。

暑さとの戦いが無い日にもう一度チャレンジしたいと思った。

帰りには、此の街に1軒しかない、昨日と同じスーパで、明日のお弁当と夕食を調達し、宿へと戻る。

 

8月1日  菊池武昭

 本日は、昨日行ったMT.レーニアへの道中の手前にある、リフレクションレイクに車を止め、ピナクルピークトレイルをサドルまで往復だ。

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湖面に映るMTレーニア

8:00に宿のPACKWOODを出発し、8:50に登山口のリフレクションレイク駐車場に到着。

早速、湖畔に足を延ばし湖に映るMT.レーニアの逆さ富士ならぬ逆さMT.レーニアを鑑賞する。

天気も良いので、実に素晴らしい。

 9:10、サドルを目指して出発。このトレイルには、時にアメリカ黒クマが出没するとのことなので、歩き初めは、笛を鳴らしたりしていたが、起床中は常に口角に泡を飛ばすほど、さえずりが好きな人のお蔭で、樹林帯を抜ける頃には笛の事などすっかり忘れてしまった。

 MT.レーニアの絶景を背に、サドルに向けて登る。最後は、今にも崩れそうな瓦礫の斜面を

トラバースし、10:35分サドル到着。サドルからは、MT.アダムスやMT.セントヘレンズが望めるはずであったが、遥か彼方の山々は薄雲の中で茫洋としている。だが、昼食の間に、いつの間にか、薄雲もどこかに消え去り、素晴らしい景観を現出してくれている。昼食後11:40下山開始。急ぐ旅でもないので、ゆっくりと歩き、12:35登山口のリフレクションレイクに到着する。

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NARADA_FALL

帰路、周り道をしてNARADA FALLに立ち寄る。此の滝は、車寄せが設置してある、直ぐ横の沢から落下しており、10分程度下流に歩いて行かなければ全貌が見えない。下に歩いていくと、素敵な展望台が設えられており、滝は固い玄武岩で構成されており、規模は奥日光の竜頭の滝と同程度か、滝壺に素敵な虹が架かっているのが印象的であった。

13:3014:30分ビジターセンターに立ち寄る。私は絵葉書を数枚購入したのだが、無造作に並べられた展示品の中にヘラの様な物が付いた毛皮が有り、非常に興味を持った。

カモノハシかと思ったが、これはアメリカには居ないので、帰宅後に調べて見ると、ビーバーの毛皮と判った。

 宿への帰路昨日同様にこの町のレストランではあまり食べるものも無いので、BLANTON’S MARKET3(横田、高橋、菊池)の夜食用の食材であるビール、ウイスキー、生ハム、ソーセージ、ジヤガイモ、トウモロコシ、果物、パン等を買い込み、宿舎のPACKWOOD15:25帰着し、18:00より昨日同様Tさんによる料理で、チョットしたレストランに劣らぬ豪勢な食事をゆっくりと楽しむ。

 

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セントヘレンズのリス

82日 4日目  髙橋 聰

 本日は5号線を南に下り1980518日に大噴火を起し山頂から半分近くが吹き飛んだと言われているMT.ヘレンズ(2.550m)の展望台であるジョンストンリッジに向かい、その後ポートランドを経由してMT.フッドの麓にあるカバーメントキャンプ周辺の宿に宿泊する予定で、朝7:00に朝食後8:00に全員元気よくバスに乗り込む。

天気は昨日同様空天はどんよりとした雲に覆われており、薄ら寒い。又昨日は小虫がかなり飛んでいたが、空気が冷たい為かそれほど飛んでいないが、小鳥が昆虫採集に励んでいる。天候は南に下るほど、雲も少なくなり、青空も増えてくる。セント・ヘレンズ展望台の一つであるLoo wit viewpoint11:00到着する。

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MTセントヘレンズをバックに

なるほど北側の山肌が見事に無くなっている。どれほど激しく噴火したものだろうか。

此処より15分程走るとジョンストンリッジの展望台に着き、小一時間の散策を楽しみ、15分程度に作成された噴火当時の記録ムービーを、見物したが、その圧力は凄まじい物で、万物の全てを根こそぎ薙ぎ倒す爆発力を見せつけられたのであった。この爆発により当初この山の標高は2.950m有ったが、このただ一度の爆発で2.550mになったのであった。

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セントヘレンズ爆発前と爆発後

 

 

この爆発は数日間にわたり絶え間なく発生し、最終的には広島型原爆27千個分に相当するエネルギーがセント・ヘレンズ山から放出され、噴出物の総量は1km3 を超えた。これによりセント・ヘレンズ山の北側には幅3km、深さ800mの巨大な火口が出現し、セント・ヘレンズ山の400m減少したのでした。

 これ以後たびたび小爆発を繰り返していたが、2004年秋に火山活動はふたたび活発化し、連続した微小地震や、低周波の火山性地震を発生させ、その後も突発的な水蒸気爆発等を繰り返していたが、20081月に溶岩ドームの活動が止まり同年6月10日に噴火活動の収束がアメリカ地質研究所により噴火活動の終息が宣言なされたのである。

 このジョンストンリッジの展望台を13:20に出発し、途中ガソリンスタンド等で2回ほどトイレ休憩をしてMT,フッドの麓のガバーメントキャンプのある今夜の宿であるMT.HOOD.INN17:30に到着したのでした。

 今夜の夕食はどうしよう。昨日と一昨日は食堂(レストラン)にはいかず、横田さん、菊池さん達とスーパーで買い込んだサラミソーセージ、果物、生ハム等をツマミとしてホテルの部屋でビールを楽しんで居たが(米国はどこのレストランに行っても大味で、ただ食べればよいと言う感じの物が多く、一般的な日本人の嗜好には不向きの為)本日は何も買っていない。仕方ない皆と一緒にレストランに行こう。

 19:00近くに一軒だけ有ったレストランに行くと満員で30分程待たされるが、何とか全員纏まって座ることが出来た。メニューを見るとサラダ、ソーセージ、ピザ、ビーフ、ラム、韓国風味付けのBBQ等色々ある。多くの人は韓国風味付けのBBQを頼み何人かは、ラムの頬肉を依頼。ラムのほほ肉のステーキは小さな肉片が3切と山盛りのフライドポテトにサワークリームが付いているだけ、味も首をかしげるようなものであり、又韓国風味付けのBBQはそれらしい味付けで、薄切りの骨付きカルピ風で、味は少し濃いが、日本人の我々には非常に食べやすかったが、量が少ないのが難点だった。それでも21:00には楽しい食事も終了したのでした。明日はさらに南下を続けLA PINEに向かう予定だ。

 

83日  寺田美代子

昨日オレゴン州に入り、本日は目指すMT.HOODは標高3425mの山。その登山拠点となるガバメントキャンプを8:30に出発。外に出ると小雨が降っており少々肌寒い感がある。しかし次第に晴れてきて、山並の展望を見ながら車は急坂を登って行き、程なく、樹林帯が終わるという意味のティンバーラインの駐車場に到着。車から降りると、目の前にMT.HOODの山が聳えている。夏でもスキーを楽しめるようで、数人の人達がスキーを担いでリフト乗り場の方に歩いていて、雪渓の模様がおしゃれに残っている。強い風が吹いていたが、小高い丘まで少し登り、山容を暫し眺めた後、お土産のショップで山の壁掛けとTシャッを記念に買い求める。

 そこより別れて車は進み、おしゃれな山も後ろに遠く去って行ったのでした。暫くすると雪の山MT.ジェフアーソンとか、3つの山並が連なるMT.スリーシスターズが見えてくる。何ともネーミングが気に入り直ぐに山の名前を覚えられ、車が進むまま、外の景色の映り行く様を楽しんでいた。12:40ベントの街に到着。此処でランチとなりスーパーマーケットに入る。此処の店内にマクドナルドが有り、久々にビッグマックセット$7.29コーラ付きを注文し、主人と二人でシユア。店員も好意的でとても美味しく、その内廣島さん、菊池さん、石原さんも一緒になり楽しいランチを過ごしたのでした。

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ニューベリー溶岩帯を歩く

昼食後は再び移動し、13:50ニューベリー火山国定モニュメントに到着。ビジターセンター「ラバランド」で、1300年前に大噴火した当時の展示を見る。その後溶岩流の姿がそのまま残っている歩道を散策して、間近に溶岩を見て回った。再びビジターセンターに戻り、今度はLAVA BOTTEと呼ばれるスコリア丘の頂きに、観光用路線バスで噴火口を見に行く。スコリア丘の頂きから、眼下に見えるすり鉢状の噴火口は、今は樹木も生え、静かそのもので、当時の溶岩が噴出している姿を想像して眺めたのでした。山頂からは遠くに朝出発してきたMT.HOODMT.ジエフアーソン、MT.スリーシスターズの山々が遠望でき大感動。近くには当時の噴火口がまるでモグラ塚の様な姿で点々と残っている。何とも大地の息吹を感じ、どこまでも遠く広がる大草原の姿を見るばかりだった。再びバスで下山後、車で今宵の宿となるチェムルトに向かう。途中、明日の買い物と給油等を済ませ、17:50宿に到着し各々に割り当てられた部屋にチェックイン。今日も楽しいハイクの一日でした。

 

84日  寺田正夫

今日は、オレゴン州唯一の国立公園である「クレーターレイク国立公園」内のMt.ガーフィールドをトレッキングする予定である。

アメリカ滞在6日目、トレッキングを楽しむのは今日が最終日になる。
630分に朝食を済ませ、8時ちょうどにホテルを出発した。

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クレーターレイク

5号線を南下する。果てしなく続くかと思われるストレートロードのドライブを楽しみながら、845分にクレーターレイクを見渡せる駐車場に到着した。
ここは、海抜約2,100m(湖面は、1,880m)の高所にある。クレーターと名付けられているものの隕石が衝突してできたものではなく、火山性のカルデラ湖である。米国第1位の水深(597m)を持つ。とりわけ、群青色とも言えるほど濃い青色の湖面が美しい湖である。西側にウィザード島と言う小さな火山島もある。日本の摩周湖と似ているが広さも深さも3倍ほど大きい。
暫しの写真タイムの後、1時間ほど車を走らせ、Mt.ガーフィールドへの登山口‘LIM Village’駐車場に到着。Mt.ガーフィールドは、クレーターレイクの外輪山の一つで、箱根の芦ノ湖で言ったら三国山とか駒ヶ岳の様なものか。
1020分、Mt.ガーフィールドに向けてトレッキングを開始した。左側足元に紺碧のクレーターレイクを眺めつつピークを目指す。今日も晴天に恵まれて素晴らしい景色を楽しめる。湖面は空の青よりも濃い青で、鏡のように澄んで波も無く四囲の山々を映している。ウィザード島の火口は、均整の取れた姿で、日本人には小さな富士山を連想させる。
子供の様にはしゃいだ気分になって足取りも軽い。

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クレーターレイクを背に!

1140分、頂上に到着。ここからの雄大な眺めは言語に絶する。圧倒的に大きな自然に包まれながら暫し昼食を楽しんだ。
1215分、早くも下山の時間になってしまった。離れがたい思いを抱きながら下山を開始する。1時間ほどで駐車場に到着。あっけないほどにあっという間の到着であった。
と!ガスが湧き出し、またたく間に雄大な景色を消し去り、一面真っ白に覆ってしまった。少し時間がずれていたら、霧の中でクレーター湖を探す羽目になっていたかも知れない。素晴らしい景色を堪能できた幸運を噛締めた一瞬であった。
そののち、車で山道を下り、車窓から広大な風景を楽しみながら一路宿泊予定のローズバーグに向かった。
午後430分、ホテルに到着。本日の予定は滞りなく終了し、楽しいディナータイムを待つばかりになった。


最後に!
今回の旅は、昨年11月と12月に体調を崩した私にとって、健康の大切さを深く心に刻んだ思い出深い旅になりました。

リーダーをはじめ全てのメンバーに感謝と御礼を申し上げます。

 

85日(日)  横田昭夫

酷暑続きで身の置き場の無かった日本を脱出し、曇り空のシアトル空港から北アメリカに入国して以来、晴天続きで巡った「北米大陸の活火山地帯を歩く9日間」も7日目となり、すでに予定コースのトレッキングは終わり、今日はローズバーグからポートランドへ約4時間の移動でひたすら州間高速国道5号線を北上する。高速道路から眺める景色は、山間から始まり牧場・牧草地が多い。牧場もそれほど沢山の牛や馬がいるのではなく、ところどころに固まっているのを見るばかりだ。牧場や牧草地は夏だというのに全体がカーキ色をしており、牧草が枯れているのではないかと思ったが、後で聞いたところによると本当に枯れているのだそうである。ここアメリカではすでに乾季に入っており、このままの状態で冬を越し来春にならないと青々とした草は見られないのだそうである。ポートランドに近づいて農作物を作っているところでは、スプリンクラー散水により野菜の栽培をしていた。途中、休憩を23回取り乍らポートランドに近づくと、道路の両側が広く、平野に出てきた。

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ポートランドの街風景

やがて高い建物が立ち並ぶポートランドに着く。流石はオレゴン洲一を誇る大都市ポートランド、交通量も多くなり丁度12時ころに着く。まだチェックインには早く時間も時間なのでレストランに入り昼食とする。その後、ホテルに行く人と市内を散策する人に分かれて行動する。下された処はいろんなお店が並ぶ広いところであったが、お店の中にはそれほど興味を引く物も無く、かなり気温が上がってきたので、とても外を歩く気にもなれず、お店の中を行ったり来たりして時間をつぶす。4時に山田さんが迎えに来てくれてホテルに入る。トレッキング最後の夕食となったので、近くのレストランで打ち上げとし、インデアン仕込みの地ビールで乾杯。

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ボートランドでの夕食での乾杯

このトレッキングは案内と車の運転を一人でやって貰った山田さんの負担によるところが大きく皆なで感謝する。

付記

オールド オレゴントレイルのこと

  石原代表が話しておられた「アメリカ大陸の東海岸から西海岸へ抜けた道はオレゴン州を通っている」について調べてみる。19世紀、北アメリカ大陸の西部開拓時代にアメリカ合衆国の開拓者たちが通った主要道の一つ。オレゴントレイルはアメリカ合衆国を大西洋から太平洋まで広げるという文化的目標に貢献した。このトレッキングでシアトルからマウント・レーニアの南、パックウッドへ辿った国道26号線はオレゴントレイルのほぼ全行程を通っている。

オレゴン州のこと

 北米西海岸に位置する。アメリカ合衆国33番目の洲である。太平洋に沿って北にワシントン州、南にカルフォルニア州に接する。1843年にオレゴン・カントリーの自治的な政府を樹立した交易業者、探検家および開拓者が訪れるまでは、アメリカ・インデアンの多くの部族が住んでいた。

洲中央から東は半乾燥の灌木地、プレーリー、砂漠、ステップ及び牧草地が広がっている。標高11,249フィート(3429m)のフット山が州内最高地点で、クレーターレイク国立公園が州内唯一の国立公園である。

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ポートランド空港にて

8月6日(月)晴れ

宿舎からすぐ隣のポートランド空港へ移動する。石原代表はご息女が住んで居られるアトランタへ行かれるのでここで別れる。デルタ航空DL69便の搭乗口で係員が席を変えたと言って渡してくれた搭乗券の席に行くと予定の席よりはるかに前でしかも主翼の上への避難扉の真横となっている。前の座席とのクリヤランスは後ろの席の倍位あって楽である。そのうち客室乗務員がきて説明するに、この席の横は万一の場合の非常口となっているので、万一、扉を開ける必要が生じた時、扉を開けて乗客を脱出させる必要があるのでよろしく頼むということ。今まで何回か飛行機に乗っているがそのようなことを頼まれたことも、やったこともないのでチョット面食らうところがあったが、万に一つも無いだろうと同席の菊池さんと高を括って了解する。しかし、座席の空間が広いということは確かに楽である。搭乗機はポートランドを予定より40分近く遅れて成田空港に向けて離陸する。

8月7日(火) 曇り

飛行中は何事もなかったが、機内温度の低いのに往生する。成田空港には、ほぼ予定通りの14;23に着く。預けた荷物も意外と早く30分ほどで出てきた。この旅行が滞りなく無事完了したことは添乗員として同行された(株)アウトドアー@ワールドの山田さんの努力によるものであることを感謝し散会した。