お知らせ山想倶楽部

■ 2015.08.19

岩殿山と乾徳山(山想倶楽部)

 

期日平成27年6月8日~9日

参加者

石原達夫、横田昭夫、醍醐準一、川村光子、廣島孝子、西谷可江、武田鞆子、吉永英明

髙橋聰、酒井 展弘、山村秀彦

 

此の山行は山想倶楽部の例会で決定した山行ではなく、ギリシャに行く前にどこかに足慣らしで行こうと廣島、武田の二人で企画したものに便乗したので有るが、特別山行として掲載することにしました。

 

6月8日                               高橋聡

5日の夜より毎年6月の第一日曜日に開催されるウエストン祭の手伝いで出かけて7日の夜23:00頃帰宅し寝たのが12:00過ぎていたので、今回の世話役より来ていた案内では、集合場所で有る大月には高尾で乗り替えて来いと書かれていたが、よく調べると数分遅れで大月に着く電車が新宿より9:30に出る列車があるのでそれに乗り、10:40頃大月に着くと既に岩殿山に行くメンバーである、石原達夫、横田昭夫、川村光子、廣島孝子、西谷可江、の皆さんは集合して僕の着くのを首を長くして待っていた。

此処より岩殿山登り口までは歩いて15~20分程度だ。横田さんの車は5人乗りなので一人余ってしまうので4人は歩いていくことにして、僕と横田さんで先に岩殿山入口に有る駐車場に先に行くことにする。先について用意していると間もなく歩き組も着いたので頂上に向かう。

駐車場より(11:00)アスファルトの歩道を歩いていくと直ぐに岩殿山入口と書かれている案内標識があり、コンクリートで固められた階段が続いている。20分程歩くとなんだか建物があり少し広い所に着く。よく見るとここは円山公園と書かれていて、この円山山頂は標高が444.4と不思議に4の数字が並んでいて、この真下を中央道のトンネルが通っているようだ。天気が良い時はここより富士さんが良く見えるらしいが、本日はあいにく曇天なので大月の町並みは俯瞰できるが、遠方は何も望遠する事が出来ず。

さらに階段は延々と続き岩殿山頂上と稚児落しの分岐点に着く、此処よりは後5分も歩くと頂上の筈だ。かなりきついが後少しだ頑張ろう。やがて岩殿城後に到着。ここが岩殿山かと思うが100メートル程先にパラボナアンテナがあり、そこの方がいくらか高い。先を歩いていた石原さんが帰ってきて、向こうが頂上だと言うのでパラボナアンテナ迄行く。頂上12:00着。木が生い茂り何も見えないので、直ぐに引き返し、城跡の本丸跡に有るベンチで昼食だ。

昼食を摂りながら雑談をしていると今回の世話役で有る廣島さんより、吉永さんと塩山で15:50頃の待ち合わせだと言うではないか、あまりゆっくりしていると大月駅で15:21か15:33に乗らなければ間に合わない。あまりゆっくりとしては居られないので、早々に昼食を終わらせて、歩き始めることにする。12:30

直ぐに稚児落しの分岐に着き、急な下り坂を20程度歩き又登りとなり、いくつかの鎖場を通過し天神山に到着(13:20)やがて稚児落しに着き休憩(13:40)気温は高くないのだが、風も無く、蒸すので汗が肌着にまとわりついて気分が良くない。ここよりは天気が良いと道志山群が一望できるらしいが、本日は無理だ。又天気の良い時にでも来て見物するとしよう。ここよりは急な下りが続き直ぐに民家が見えてきて、道路に出てしまった。駅まであと30分程度か、途中で石原、川村、廣島、西谷、の4人と別れて横田さんと初めに歩き始めた駐車場まで車を取りに行き(15:10着)後は今晩の宿で有る塩山荘に行くだけだ。塩山荘に着くと既に明日到着予定の山村さん以外は全員到着している。

指定された部屋に入ると、早速に風呂に入り本日の汗を流し取敢えずはビールで喉を潤おし、本日宿にて合流した吉永君、酒井君等と歓談している内に館内放送が流れて、夕食だ。夕食は献立表を見ると色々と書いてある。何かすごい料理が出てくるものと期待したらその通りで、女性陣はすべてを食べつくしていたが、男性達はどうしてもアルコールを摂取するので何人かは食べ残していたようだ。ここの食堂は何故か19:30になると終了となり、話の続きは各自の部屋でして下さいとの事、仕方ない部屋に帰ろう。

食事より帰ってきて外を見ると、グチャグチヤと雨が降っている。明日はどうするか話があるが、取敢えず朝食を摂らないで乾徳山に行く予定で有ったが、キチンと朝食を摂ってからどうするか考えることにして、各自眠りについた。

6月9日                        

朝目覚めて外を見ると依然として雨は降っている。今日の行動はどうしたものか。同室の横田さんはこれでは仕方がないので帰ると言うし、醍醐さんも一昨日は大菩薩に行き、昨日は金峰山に行ってきたので帰るかというので。僕も帰ることにする。

8:00に朝食の館内放送があったので、食堂に行こうとすると山村さんが到着して石原さんの部屋は何処と聞かれる。朝食後石原さんより乾徳山は中止して鶏冠山に行くことにしたと発表がある。これより帰宅すると言う横田さんと別れて9:30に宿を出て、鶏冠山に行く人は武田、山村の車にそれぞれ分乗する。鶏冠山の登山口である柳沢峠に向かい、此処で鶏冠山に行く人たちと別れて醍醐、高橋の二人はそのまま青梅街道を東京方面に向けて走って行った。           『此処までは高橋 聰』

 

『此処からは石原達夫』

柳沢峠は35年前とは趣が変わり整備された大きな駐車場と立派なトイレがある。

ウロウロと身支度しているうちに観光バスが着きどっと人が降りてくる。見れば某ツアー会社の黒川鶏冠山登山とある。このグループと一緒になったら静かな山もやかましいことになると早々に出発する。

登山路は青梅街道から登るしょぼい階段から始まるがすぐ雨に濡れた笹の道となり、トップを歩く私はびしょ濡れかと思ったが、案ずることもなく間もなく道は整備された広いものとなる、ここでアッと驚く。なんと一面のササの先が黒と白の花が咲いているではないか。話には聞いていたが見るのは初めてだ。笹や竹の花が咲くと不吉なことが起こるとかいや逆に吉兆だとか言われるようだが私は吉兆と見たい。何しろ40年から60年に1回咲くそうだから。

この辺りは樹林鑑賞の回遊路らしくよく見ればそのような道が縦横につけられている。天気は曇りのようで霧も出ているが、辺りは適当に大きいブナ、ナラ、イタヤカエデが、そのうちカラマツも現れ、すべて幻想的で美しい。たまにガラついたところもあるが整備された道を歩くうちにV字に戻る形で道が曲がるとなんと鶏冠山山頂という立木の凸部に出た。確か35年前に来た時は岩の道を登りそのどんずまりの岩陵が山頂だった筈だったのだが。途中の岩道で当時5歳の私の娘が足を滑らせて2米くらい落ちて岩に抱かれるような形で止まり、みな慌てたことがあったけど。さらに戻る形で道をたどるとありました岩の山が、これが鶏冠山でしょう。その記憶の昔道は登ってきた道の延長上にあるようで、すでに木が生い茂っては廃道のようだいた。岩が出てきたので何とか面目を施し、ここで昼食とする。

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楽しい昼食の後は一路柳沢峠に戻る。帰りの男性陣の車は山村さんのBMW車である。車内を泥靴で汚してはならないと新聞紙を敷いて乗車する、いい車は乗せてもらう側も気を使います。道路途中から見る富士山が見事だった。霊峰富士とはこのことだろうと思うほどの姿であった。また強アルカリ泉の塩山荘で汗を流し、塩山駅で解散した。

以上