お知らせ山想倶楽部

■ 2016.12.12

山想倶楽部 忘年山行報告(伊予ケ岳から鋸山散策)

忘年山行報告(伊予ケ岳から鋸山散策)

高橋聰 

期日平成28年12月10日~11日

参加者

石原達夫、吉永英明、森武昭、下河辺史郎、横田昭夫、西谷隆亘、西谷可江、醍醐準一

廣島孝子、日出平洋太郎、高橋聰、小亀真知子、大塚幸美

 

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伊予ケ岳 右南峰 左北峰

12月10日

千葉方面には行ったことが無いので、今年の忘年山行には参加したいのだが、前日に東京近辺に泊まらなければ無理だと言っていた横田さんが、前日拙宅に泊まり、8:30頃車に乗って出発する。出だしの首都高速の西神田より箱崎迄は若干渋滞していたが、それ以後は何もなく、すんなりと下車地である岩井駅近辺の鋸南富山ICに10:00頃到着した。岩井駅集合は10:50なので、まだかなり時間がある。ICを降りてすぐその先にある富楽里の道の駅に休憩で入ると、なんと此の忘年山行の幹事である醍醐さんと遭遇する。先ほど森さんより岩井駅に着いたが誰も居ないがどうなっているとの電話があったとかで、すぐに行ってしまった。僕はこの道の駅でお昼に食べられるようなものがないかと物色し、稲荷寿司と乗り巻きの詰め合わせを購入。野菜を何か買うかと野菜売り場を見ると、僕が住んでいる近辺での購入金額と比較すると略半値だ。どうするか迷うが、今日帰るのなら良いが、明日帰り、処理をするのは月曜日となってしまうので、何も買わないことにしたのだった。10:25分頃岩井駅に着くと既に森さんの他に、西谷夫妻も到着している。車で来る予定の石原さんより電話があり、途中事故渋滞があるので、少し遅れると連絡がある。電車は予定通り10:41に到着し、吉永、下河辺、日出平、広島の面々が降りてきた。後は石原さんが到着すれば全員揃う。11:10頃石原さんも到着し、それぞれの車に分乗して伊予ケ岳の登り口である平郡天神社まで行く。石原さんは3日ほど前に大腸ポリープを切除した後どうも調子が優れないので、歩く事は遠慮して下で待って居るとの事で、11:35に歩き出す。

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伊予ケ岳

緩い登り道をゆっくりと登っていくと、すぐにコンクリートの擬木で作られた階段状の道が延々と繋がっている。膝の悪い者には些かきつい。富山分岐を過ぎると直ぐに展望台と書かれている処に到着だ。ここより頂上迄はロープと鎖が続いており、これより危険に付き、自信の無き人は登る事不可と書かれているが、今回平均年齢は既に後期高齢者の齢となっている我々山想倶楽部の面々は、その注意文には意に介せず、意気軒昂に

鎖場に挑戦だ。10分もしないで頂上である南方に到着(12:45)、頂上よりは太平洋の先に少し霞んで伊豆大島が見え、右手には東京湾を挟んで、丹沢や箱根の山々が薄ぼんやりと遠望することができたが、日本一の富士山は雲の中だ。写真を撮った後北峰に転進する。此処の頂上は狭く全員で昼食を摂るには狭すぎる。(13:10)なんだかこれより北のほうに道がついているが、地図をよく見ると途中で切られている。道があればここより降りたほうが早いのだがと文句を言っていた人がいたが,諦めたらしく南方に帰ってきてそこで昼食だ。石原さんの差し入れの羊羹を吉永君が持っているので、それを出せと言ったら、これは俺が帰ってから食うのだから、嫌だ、絶対出さないと言うので、誰も口にする事不可だった。(この羊羹は石原さん曰く九州では一番美味しい羊羹らしい) 昼食後(13:40)に出発し、登ってきた路を少し下り、富山分岐より富山方面に下るが、この道は登ってきた路とは相違して階段状の部分は殆ど無く、非常に下り易く、14:25には平郡天神社とは別の伊予ケ岳登山口に到着した。近くで待機していた石原さんに電話をして迎えに来て貰い、石原さんの車で醍醐と高橋は自分の車を取りに行き、戻ってきて全員それぞれの車に分乗して14:45に宿に向かい15:00には宿に着いた。宿に着き部屋に通されると、既に布団が延べられているが、風呂はこれから入れるので暫く待って下さいと言われたので、暫く何の意味や脈絡も無い四方山話にうち興じた後、今月と来年正月の例会はないので、女性たちも呼び入れ、高橋の司会で簡単な今後のスケジュールの確認を実施する。(内容は別途12月議事録にて報告)

18:00少し前に食事の用意が整ったとの連絡を受けて、食堂に行くと、流石この宿は網元をしていると言うだけあって、海の物が豪勢に盛り込まれた品々がテーブルに並んでいる。少し遅れて到着すると連絡のあった小亀さんも乾杯が終わった後に到着。再度乾杯をして賑やかな食事も19:30には終了する。食事の時もかなり飲んでいたようだが、部屋に帰り二次会では、小亀さんが持参したお中元の残りものだという大吟醸の白鹿が3本入ったギフトセットも翌日見ると略、空になっていたようだ。

 

12月11日

朝起きて外を眺めると北のほうは晴れているが、西や南側には雲が広がっている。

本日の朝食は8:00からとの事だ。民宿なので朝風呂はないが、シャワーは浴びることが可能との事だが、なんだか薄ら寒いので誰も風呂場に行きそうもない。

朝食後当初は9:00出発の予定だったが、いつの間にか9:30 出発に変更になっている。全員出発の用意が出来ているようだが、まだ会計処理が終わっていないようだ。出発時間になり宿への会計処理も終わり、全員車に乗り込んだが、なぜか石原さんの車には誰も乗っていない。

聞いてみると昨日と同じく、体調不全の為に用心して歩く事を中止して帰宅するようだ。石原代表は会員の中でも一番タフだが、年齢も少し高いので無理せずに時には大事を取って貰わないと。

9:20頃宿を出て鋸山の登山口に車で向かい、駐車場に着いて出発しかけると、大塚さんよりの電話があり、高橋さん今何処にいるの、僕は今金谷の駅に着いたところだが、ケーブルで上がり頂上で待って居ようかというが、醍醐さんが大塚さんを迎えに行く事とし、他の人は関東ふれあいの旅と書かれている階段を歩きだす。(9:50)駅は近いので、迎えに行って5分するかしないかで車も戻ってきた。

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鋸山の切り出し跡

 

頂上直下の石切り場では、どのように石を切り出したのか、およその事は書かれているが、判然としない。説明文ではひとつ80キロ程度の大きさに切って出していたようだ。壁には鋸で切ったような跡が縦横無尽に付いているので大体の大きさは想像が出来た。石切り場跡の間を通り抜け、最後は急でピッチの高い階段を気息奄々の状態で上り、やっと頂上かと思えば、そこは東京湾を望めることができる展望台(11:40)で、鋸山の頂上はまだ400メートル先と書いてある。確かに展望台は景色が良く東京湾内が良く見える。今日の富士山は登ってくる時に一瞬頭が見えたが、今は雲の中だ。ここまで来たら後400メートル我慢して歩いて行こう。

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鋸山頂上

急な下りを2度ほど下り又幾度か登りがあり。12:10に呻吟しながらやっと頂上に着いた。鋸山の頂上には一等三角点が設置してあるが、周りには樹木が生い茂っていて、眺望は望めない。全員で写真を撮り、すぐに下山することにした。先ほどの展望台迄は鋸山の頂上に行った時と相違して、なんだか楽で、すぐに着いてしまった感じである。

此処より帰路は途中までは一緒だが、来た時と同じ道を降りても面白くないので、車力道と書かれている道を歩くことにする。(13:00)この道は字の通り、切り出した石を下した道のようで、それほど急な下りも無く歩き易い。急ぐ旅でもないので、ゆっくりと歩いていくと、すぐに平らな所に出て何ケ所か岩が切り抜かれた洞穴が有り、光コケ発性地と書かれた看板があった。13:40に駐車場に着き、保田漁協にある番屋に行き、昼食後3:20頃、醍醐さんの車で吉永さんは保田駅まで送って貰い、西谷夫妻と、森さんは浦安迄、下河辺さんと広島さん、日出平さんは、小亀さんの車で金谷~フェリーで久里浜迄、横田さん、大塚さんは高橋の車で東京駅迄送る事として、楽しかった忘年山行も何事も無く無事に解散いたしました。