お知らせ山想倶楽部

■ 2017.04.15

愛知県のお花見山行(鳳来寺山・宇連山) 山想倶楽部

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愛知県のお花見山行(鳳来寺山・宇連山)

西谷可江・記

期 日:2017年4月4日(火)~4月6日(木)

参加者:石原達夫、高橋聰、菊池武昭、吉永英明、田中恵美子、山口延子(田中さんの友人)、武田鞆子、横田昭夫、川村光子、西谷隆亘、西谷可江

 

4月4日(火) 鳳来寺山登山(標高695m)

「東京都心の桜が満開になった」と気象庁の発表があったのが二日前。今日は日本列島ほぼ晴れマーク。絶好のハイキング日和となりそうだ。東京駅に集合した9名は、新幹線ひかり505号に乗車、8時33分豊橋に向けて出発した。お花見シーズンだが平日の所為か、いくらか空席も見られる。久し振りに近くに見る富士山の純白の雄姿が車窓いっぱいに広がる。9時57分、豊橋駅に着く。今回案内してくださる武田さんと、岐阜在住の横田さんの出迎えをうけ、高橋さん運転のレンタカーと武田さんの車に分乗して、本日の目的地・新城市にある鳳来寺山に向け10時20分に出発した。武田さんが事前に車のレンタルを済ませてくださっていたので、スムーズなスタートであった。昨日は寒かったという当地も、今日は春光が降り注ぎ、麗かである。道中の砥鹿神社の桜は満開で、本宮は毎日、たくさんの登山者が訪れているそうだ。山が近くに見え始め、ナノハナ、コブシ、ミツバツツジが陽光に爛漫として春を謳歌している。道の駅「もっくる新城」で明日の朝食、昼食を調達後、駐車場の車中で昼食を済ませた。12時5分、出発。鳳来寺山裾から激しく蛇行するアスファルトの林道を武田車は「こんな道、大好き」と、名運転で走り上がり、有料道路の料金所を通過する。このルートは行者越までの旧鳳来寺山パークウエイである。表参道の、日本で三番目といわれる1425段の石段を登る当初の計画は、「疲れるからいやだ~」と宣う山の達人大先輩の方々?の提言によってこのルートに変更されたのであったが、この臨機応変さ、汪洋さは、さすが達人揃いの山想倶楽部の実にいいところと、ひよっこの私は、いつも感心し有難く思っている。「残念至極」と言いながらも内心ほっとしたのも事実である。12時30分、駐車場着。下を覗けば切り立った崖。春霞に遠く連なる山並は墨絵の世界である。身支度を整え12時40分、歩き始める。ヒカゲツツジの咲く路傍に、「東海自然歩道」の標識がある。4月30日に「奥三河パワートレイルラン開催」の掲示版もある。岩古谷山から鳳来寺山までの区間を多くの選手がチャレンジするらしい。ひんやりとした風に桜の蕾は、まだ固い。四十雀の声に耳を傾けながら鳳来寺本堂に着く。

 

 

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鳳来寺本堂

お寺は1300年前に開基され、鳳来寺山は古からの信仰対象の霊山である。お堂前では新一年生になる親子連れのグループがランチタイムであったが、訪れている人はあまり見かけなかった。参拝を済ませ奥の院へ向かう。「疲れるのう」「また階段かい。もう嫌だ」と宣う達人たち(そう宣うても足取りは見事な健脚!)の呟きを聞きながら、岩清水が滴り、びっしりと走り根の這う道を足元に気をつけながら行くと、13時30分、屋根が崩れ修復中の奥の院に着く。次いで、今にも崩れそうな立ち入り禁止の休憩所を過ぎ、岩を登る蜥蜴を眺め、ペンキの色鮮やかな鉄階段を上ると、程なく13時45分、蓬莱山山頂に到着した。

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鳳来山山頂

樅の大木に薄日が差し、眺望はきかない。トレラン73kmにチャレンジするというカップルに逢う。10分後、山頂を後にし、枯れ松葉を踏みつつ行けば14時5分、岩場の展望台に着く。春霞に連なる山並の正面に、明日登る「宇連山」が見え、雪の聖岳、赤石岳が遠くかすかに見える。14時10分、下山開始。14時38分、「天狗岩」に着く。心地よい風に吹かれながら暫し眺望を楽しんだ。長い尾根道を経て、やっと岩場の「鷹打場」に着く。

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鳳来山鷹打場

 

「天竜奥三河国定公園」の標識があり、展望もよく、遠く山裾にぽつぽつと民家が見える。15時40分、東照宮着。徳川家康誕生所縁の地として三代将軍家光が建て、四代将軍家綱のときに完成。国の重要文化財に指定され、日光・久能山と共に三東照宮と呼ばれる。苔むした屋根・鳥居・石灯籠に360余年の時の流れを思う。15時50分に出発し16時、駐車場に到着する。程よい疲れと共に16時30分、今夜の宿舎、愛知県民の森にある「モリトピア愛知」に着く。平日の所為か、宿泊客に逢うこともなく、入浴後、夕食、歓談を楽しみ就寝。

 

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宇連山への道中

4月5日(水) ()()山登山(標高929.4m)

昨日調達した朝食を各自、宿で済ませ7時10分出発する。今日はここ県民の森から歩いての登山である。1970年、明治百年を記念して県有林に開設され、面積約722haの愛知県の森林レクリエーション施設で、キャンプ場、ハイキングコースなどが整備され、夏は大勢の学生キャンプで賑うそうだ。山に囲まれ緑あふれる静かなところである。朝曇りの静寂な林道に聞こえるのは鳥の囀ばかり。熊が出るのであろう、注意標識がある。不動滝に着くころには日が差し、沢音にキブシの黄色い房が揺れている。キャンプファイアー場、炭焼き釡、外国樹種展示林、カエデ展示林があり、各県の木も植えられている。ここ愛知県の木は「ハナノキ」、私の郷里広島県の木は「モミジ」であることを初めて知った。いろいろと学びながら、薄暗い遊歩道入口に入る。7時40分、国体尾根登り口に着く。両側、シダの茂る急登を行き、平な尾根道に出たと思ったら、鎖のある岩場のやせ尾根となる。8時20分、国体尾根分岐に到る。この辺りは、ホソバシャクナゲの自生地で、4月末には花に出合えるという。片側急斜面の細い急登を行く。風がなく胸から汗がでるが、アセビ、ヤブツバキの花を愛でつつ行くと、9時20分、「滝沢分岐まで10分」の標識がある。今日初めての風が涼しい。10時、北尾根分岐に到る。「宇連山まで60分」とあるが、10時40分、頂上に到達。

 

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宇連山山頂

片側が木立に囲まれ二等三角点のある頂上は狭い。「宇連」とは「どんづまり」のことで、どんづまりの村にある山のことだよと、昨日立ち寄った道の駅にある観光案内所のおじさんから伺った。頂上で5人の登山者に逢う。豊橋から来たというお年寄りが、「あれが明神山、下に見えるのは宇連ダム湖」と、教えてくださる。昼食を済ませ、石原さんから「桜羊羹」を御馳走になり、「口福」に満たされて11時20分、下山開始。クマザサの中から、ガサガサッと音がしたと同時に黒い小さな兎が走り去った。まさに脱兎の勢いであった。12時10分、「下石の滝分岐」に着き、14時過ぎ「モリトピア愛知」に帰着した。

下山開始後、皆と少し間を開けて歩いていた一人が、別の分岐に入ったが、間違いに気がつき、元のルートまで戻って、皆に遅れて合流するというハプニングもあった。道迷いをした人は、その間の山想倶楽部の行き届いた危機管理対応の見事さに感謝している。温泉で寛ぎ、ゆっくりと夕食を楽しみ、山行が無事に終わったことを感謝しつつ床に就いた。

 

4月6日(木) 長篠古戦場跡など歴史探訪

川の崖上に建つ宿の食堂から、水しぶきを上げる川の流れが、また、前方の崖上の樹々の茂みの間に飯田線を走る二両編成の可愛い電車が見える。桜の花を愛でながら朝食を済ませ、9時に宿を出発した。

山笑う長閑な風景を眺めつつ長篠城址に着くと、「ようこそ山想倶楽部さま。お会いできて嬉しいです」と書かれたプラカードを持ち、陣笠を被った設楽原のボランティアガイドさんに出迎えられた。長篠戦図の前で説明を受けた後、史跡保存館を見学する。外壁には「日本百名城No.46長篠城」と書かれた看板がある。戦で使われた火縄銃、馬防柵、鳥居強右衛門の磔の絵などを見学する。当時の処刑のなんと残酷なことか!次に曹洞宗長篠山医王寺へ向かう。武田勝頼が本陣を布いたお寺である。次に首洗い池へ。四角のなんの風情もない人工の鯉の池となっているが、以前は三倍の大きさで、寂しい怖い処であったという。今でも池の水は赤く濁っていて澄まないというが、これは、鉄分の多い赤土の所為である。叢にショウジョウバカマが咲いていた。次に長篠の戦で散った武田信玄の家臣・.山形昌景のお墓へ行く。毎年お盆に戦死者の霊を祀る「ひおんどりまつり」が催されるという。お墓の傍には「設楽原決戦場まつり」の幟がはためいていた。「設楽原を守る会」によって「設楽原古戦場いろはかるた」が史跡ごとに立てられていたが、ここには「山形の最期胴切りの松に秘め」とあった。次いで復元されている「馬防柵」を見に行く。長篠の戦は旧暦5月21日。新暦の7月9日で、丁度梅雨明けの頃。下田が長雨で泥濘り、武田勢は兵士も馬も足をとられ、馬防柵に銃身を据えた火縄銃で撃たれ惨敗したという。いろはかるた「土屋昌次柵にとりつき大音声」と掲示されていた。馬防柵の周りに広がるナノハナの咲く田園風景は、往時を偲ぶには長閑すぎる。次に信玄塚、設楽原歴史資料館を見学する。日本最古の火縄銃、決戦から425年目に発見された数々の鉄砲玉(○○玉と、発見者名を冠して命名されている)、印象深かったのは、新城市立本郷東小学校6年生卒業制作の「長篠合戦図」。原画に基づいて戦の一日の様子を描いた力作であった。信玄塚の傍に閻魔大王座像があるが、ガイドの方から「世界中で此処だけのユニークな驚きのお土産」を頂いた。信玄塚閻魔大王発行の「健康長寿護符」「天寿パスポート」「天国行予約切符」の3点セットであった。「天寿まで元気で歩こう!老年山想倶楽部」と一同大いに喜ぶ。本日の締め括りは織田信長戦地本陣跡。長篠設楽原パーキングエリアに隣接する小高いところで、「茶臼山稲荷まつり」の幟が立っている。「きつねなく声もうれしくきこゆなり松風清き茶臼山かね」伝・信長作の歌碑がある。ぱらつき始めた桜雨に急ぎ見学を終え、名ガイドの方に今日一日の案内を謝し、お別れする。ここで昼食をとり、豊橋駅へ向かった。楽しかった3日間の幸せを思いつつ、一同帰途についた。

計画立案・案内・運転をしてくださった武田さん、名ドライバーの高橋さん、みなさま有難うございました。