お知らせ山想倶楽部

■ 2012.08.05

'12/7 再挑戦の針の木岳~烏帽子岳縦走

 期日   平成24年7月29日~8月2日

参加者  石原達夫、田谷八束、醍醐準一、廣島孝子、高橋聰

 

7月29日 (高橋・記)

7月30日朝6:00扇沢で待ち合わせて行く事にする。しかし夜行バスで行き、寝不足で歩くのはと考え、本日は大沢小屋で泊り、田谷さんに連絡し大沢小屋8:00待ち合わせとし、大沢小屋に電話し宿泊の連絡をする。大沢小屋は本日は満員との事だったので、大町駅近くの旅館で宿泊とする。松本駅で石原さん、広島さんと会い大糸線で大町へ向かう。穂高駅を過ぎた辺りより雨が降り出し、大町駅手前では雷神の雄叫び激しく、昨年の二の舞かと心配するが、やがて小降りとなってきた。本日泊る宿には食事は付いてないので、宿にザックを預け駅前の食堂で、食事をし、食後駅の近くにあるスーパーで明日以後の行動食を購入する。

 

7月30日 天気晴れ・曇り後・晴れ

朝一番のバスで扇沢に着くと、田谷さんの他に醍醐さんがいる。醍醐さんは昨日は柏原新道より登り新越山荘に泊り、本日針の木小屋で待ち合わせの筈。どうしたのと聞くと、一昨日の夜行バスが取れずに昨夜のバスで来たとの事。納得。

7:00今回のメンバーが此処で全員そろったので、登山道入り口で登山届を提出し、ゆっくりと登っていき、大沢小屋で休憩。

(8:15~8:35) 大沢小屋では、管理人が石原さんの顔を見て、リベンジですかと声をかけてくる。今回も此処で泊る予定だったのだが、電話したら満員だと言われたので、昨日は大町に泊ったよと言うと、すみませんね、此処は僕一人しかいないので、15人も泊ると食事の用意が大変なので御免なさいとの事でした。

雪渓の状態を聞くと、例年以上にあるから気を付けて行って下さいと見送られて出発する。

小屋から小一時間も歩くと雪渓に出る。雪渓に出るとガスが出てきて薄ら寒い。アイゼンを着用しゆっくりと登って行くが、時々冷気と共にガスが体に巻き付くと眼鏡が曇って何も見えなくなる。13:00に針の木小屋に到着。

針ノ木雪渓 針ノ木山頂
針ノ木雪渓 針ノ木山頂

 

針の木小屋で宿泊受付をして、割り当ての部屋に入り田谷、醍醐、廣島の3名は針の木岳の頂上に向かう。部屋でゆっくりしていると、なんだか聞いたような声が聞こえてくる。良く見ると旧知の斎藤健一君、下河辺史郎君等の顔が見える。お互いにこんな所で合うとは吃驚。又狭い小屋乍らも同室との事で二重に吃驚だ。彼らは今朝奈川度にある青山学院の小屋を5:30に出て8:00より扇沢を歩きだしたとの事。その所要時間は我々と同じだ。扇沢に車を置いているので、明日は種池小屋迄行き、扇沢に下りるとのこと。下河辺君とはJAC の委員会で毎月顔を合わせているが、斎藤君とは本当に久しぶりだ。偶然の会合を祝して夕食迄乾杯が始まった。

  

7月31日 天気晴れ

朝食は5:30からなので、出来るなら早く出発したいので、一番の朝食をいただき6:30に斎藤君、下河辺君の見送りを受けて船窪小屋に向けて出発。

高橋は出発してから直ぐに何だか呼吸がおかしい。空気が肺に入ってこない感じで、息切れが酷く歩けない。先行している人たちに声を掛けるも聞こえないらしくて、どんどん置いていかれる。蓮華岳の頂上で待ってて呉れるだろから、苦しいがゆっくりでも行くしかない。蓮華岳に8:00にやっとついてみると誰もいない。下を見るとはるか下の方に4人組とその後ろに2人組が歩いている。

蓮華岳
 蓮華岳

多分4人組が仲間だろう。此処で追いついたなら、どうも調子が悪いので帰るよと言っていたところなのだか、連絡が取れないと遭難騒ぎとなるので厳しくて仕方がないが行くしかない。蓮華のコルまでは下りだけなので何とかなるだろうと思い、みんなに少しでも追いつくことを先決として休みも取らずに下りだすが、どうにも足が思うように進まない。先行隊は蓮華のコルで、私を待つ為に長い休憩を取ってくれていたので何とか追いついた。(9:30~9:40)乾いた喉に水を流し込み、疲労で血糖値が下がっているだろうから甘いものと、腹に貯まるものを流しこんで歩きだす。

此処より北葛岳の頂上迄も今の私には苦しい登りが始まり、すぐに置いていかれる。北葛岳頂上では30分くらい遅れていただろうか。どんなに疲れていても遅れて歩いているので休むわけにはいかない。北葛岳と七倉岳のコル手前で写真を撮りながら、待っていてくれたので此処で又なんとか追いついたが、もう限界に近い。

七倉乗越
七倉乗越

 

(12:40)少し休んで歩きだすが、此の調子でも後2時間も我慢して歩けば七倉岳に着くだろう。そこからは10分も下ると本日宿泊する船窪小屋だ。昔昔のその昔山学部の合宿で疲れてフラフラになりながら歩いていた人達もこんな感じで有ったのだろうかとふと思い出す。

 

船窪小屋の御嬢さん
船窪小屋の御嬢さん

 

 

 

何とか3:00過ぎには船窪小屋に到着すると宿の人が鍾を慣らして迎えてくれ、お茶を一杯頂くと何とか人心地が付いたのだった。

此の小屋の食事は、わざわざ此処の食事が美味しいと何度も訪れる人もいるようだが、以前にも泊まったことが有り、確かに他の小屋よりも良く感じられる。こじんまりとしてアットホームな感じが一番良いところだろう。

此の小屋は消灯が20:00なので早々と就寝する。

 

8月1日 

此処の朝食は烏帽子方面に行くにはかなりの時間がかかるので5:00より用意してくれている。朝食後5:30には出発。高橋は体調不全の為此処より七倉に下りる事にして烏帽子に向けて出発した人たちを見送り、4時間ほどで七倉に付いて七倉温泉で湯を浴びて帰京する。

(以下、石原・記)

さて、高橋さんが体調不良で下山したので、ここから先は石原、広島、醍醐、田谷の4人となった。

メンバーの1人が小屋にストックを忘れ、取に戻ったりしたので、実質の出発は5:45過ぎとなる。先ずはテント場に向かってゆるい下り、そのうちに急な下りとなる。 船窪乗越で、最近整備されたという針の木古道の分けると、道は険しくなり急登となる。 今日は不動沢の大崩壊、これを過ぎると濁沢の大崩壊の縁を歩くことになり、なかなか気の抜けないコースである。

不動沢の大崩壊
不動沢の大崩壊

登山道は崩壊のない針の木谷側の樹木帯につけられていて直射日光からは免れるが、1日中、鎖場が出たり、梯子が出たりの登り降りが連続するコースで結構消耗戦である。 船窪岳(6:55)を過ぎると俄然険路となり時間がかかるようになる。 2549Mピーク(8:25)、2299Mピーク、2341Mピークあたりがそのクライマックスであるが別に難しいところではないが、兎も角、半端でない登り降りの繰り返しで疲れさせてくれる。 

不動沢の崩壊はどんどん進んでいるようで、私らが登っている最中にも自然崩落があり大音響と土煙が上がっていた。ここで若い女性が大きな袋とごみ挟みを持って現れた。 烏帽子小屋から船窪小屋までごみ拾いだそうで、ご苦労なことである。 左手には船窪小屋が遠望されるが、 これが後ろに見えるようにならなければ、不動岳に着かない。 

まだ遠い不動岳
まだ遠い不動岳

途中2か所ほど、不動沢側の崩壊分の最上部につけられたきわどい登りが有り、疲れたメンバーの足もとが気になる。小さい岩を鎖の助けで登り切ると、不動岳山頂となる。(11:55)。これから先は下り、登りはいくらか緩和されるが、まだ濁沢の崩壊の上部を通過しなければならない。 烏帽子の岩峰が間近かに見えるようになり、その左手には烏帽子の田圃の池が光って見える。最後の大登りので南沢岳を過ぎると(14:50)、間もなく烏帽子の田圃のお花畑に着き、一転ほっとする風景となる(15:06)。 

 

 

 

 南沢岳と烏帽子  烏帽子の田んぼと烏帽子岩
南沢岳と烏帽子 烏帽子の田んぼと烏帽子岩

 

烏帽子の頂上はカットしコマクサの咲く砂礫地帯を下る。 今日は私らの前に6人ほど先行したはずだが、一向に見えない、随分先に着いてしまったのだろうか。 疲れたところに無慈悲に出てくる前烏帽子を乗り切ると樹林帯に入り、すぐリンドウで囲まれた烏帽子小屋に着く(16:00)。 烏帽子小屋は空いていてゆったりとしていたのがよかった。

 

8月2日

今日は下山の日である。 田矢さんはこれから雲の平から薬師岳醍醐さんは三俣から笠が岳とまだまだ長い道のりが待っている。 この2人に別れ、(5:30)ブナ立て尾根を下る。 結構な人数の登山者が上がってくる。 小じんまりしたグループ、ツアーと思しき大人数のグループ、単独行、大学山岳部のパーティとう。約2時間半で濁沢の河原に出て、30分程度で高瀬ダムの堰堤に着く。堰堤上で客待ちをしていたタクシーに乗り大町に向かい私らの山行は終わる。

付録
田矢さんはこれから雲の平から薬師岳レポート
醍醐さんは三俣から笠が岳レポート