お知らせ山想倶楽部

■ 2012.12.14

'12/12山想倶楽部24年度 忘年山行報告(大峰山・上杉謙信の物見の岩にてクライミング)

平成24年度忘年山行

 

期 日  平成24年12月8日(土)~9日(日)

場 所  赤倉ユアーズイン

参加者  石原達夫、田谷八束、川村光子、国分リン、西谷隆亘、西谷可江、川井靖元、

小亀真知子、小笠原辰夫、高橋聰

 

行動記録

12月8日

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東京駅の長野新幹線乗車ホームで列車を待っていると、子亀、川村、国分、西谷夫妻の各氏達と会い同行する。長野駅に10時18分に到着すると指定席に乗っていた石原、田谷の両氏も下車してきて合流。これでユアーズインに直行する山岳写真家の川井氏以外は揃ったことになる。東口にマイクロバスをつけて待っている小笠原さんと合流して乗車。本日行く目的地は、上杉謙信が武田信玄と川中島の戦いで陣を引いた大峰山(720m)である。

登り口にある霊山寺の駐車場に車を止めさせていただき、11時頃より登り始め,当初の計画ではコース途中にある物見の岩(2段で構成され高さが粗80メートル5.7~12aで長野近在の方々によく登られているらしい)でクライミングの真似事をする予定で有ったが、雨もパラツキ寒いのでこれは中止とし頂上目指して歩き、一時間ほど歩くと頂上に着きました。頂上にはコンクリートで大峰城が復元されていたのですが、大門は金属製のシヤッターで閉じられ中を見ることはできませんでした。その内雪が激しく降ってきたので、写真を撮り、走るように下りました。13:00駐車場着後すぐに出発

 

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丁度昼食を摂るのによい時間、昼食を済ませてもユアーズインに行くのも早いので、善光寺へお参りに行くことにする。善光寺の案内によると、このお寺のご本尊である一光三尊阿弥陀如来様は、インド~朝鮮半島百済国に渡り、仏教伝来の折に百済~日本に伝えられた日本最古の仏像とも伝えられているそうです、642年に現在の地に遷座し644年に伽藍が造営され、この仏様をここにお連れしてきた方の名前を取って善光寺とつけられた。

創建以来十数回の火災にあったそうだが、1707年に現在の本堂を落成し、続いて山門、教蔵などの伽藍が整えられ以後息災に現況を護持しているようです。又ここは無宗派であるが境内にある天台宗の『大歓進』と浄土宗の『大本願』この二つのお寺に守られているそうです。

善光寺を出たのが15:00頃であったか、時間も丁度良く16:00頃には川井さんもユアーズインに着いている筈なので、これよりはどこにもよらないでユアーズインに向かう事とする。

本日の宿であるユアーズインに着くと、既に川井さんも到着されており、荷物を割り当てられた部屋に入れる。16:20頃より川井さんがこれまで撮り溜めたムーブィーフォト『世界名山の旅』をパソコンとテレビを繋いで始まり南北アメリカ、欧州、中国、ネパール等等世界各地の名山の写真を解説付きで一時間をかけ見ることが出来ました。最後に同氏が今年新疆よりラクダに乗りk2の北面に行ってきたお話がありました。

川井さんは参加者にこの写真を見せるためだけに今回参加、有難うございました。

後は温泉に入り食事を楽しみ、和やかな時を過ごしました。

 

12月9日

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昨夜来より降っていた雪が20センチ近く積もっている。午後より他用がある川井、国分の両名は朝食後には帰り、他のものは本日の行動予定を変更し戸隠神社の奥社に行くことにする。

謂われによると戸隠神社は神世の昔,[天の岩戸]が飛来し、現在の姿になったといわれている戸隠山を中心に発達し、祭神は[天の岩戸開きの神事]に功績のあった神々『天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)、天八意思兼命(アメノヤゴロモオモイカネノミコト)、天表春命(アメノウワハルノミコト)、九頭龍大神(クズリュウノオオカミ)、天細女命(アメノウズメノミコト)』を、お祀りしているとのことで、平安時代は修験道の道場として全国に知られた霊場で有り、比叡山や高野山と共に『三千坊三山』と言われるほどに栄えたそうです。

10:20に奥社入口の駐車場に車をつけ、すぐに歩き出す。奥社迄雪の中を歩き一時間ほどで奥社に到着。この近辺で積雪量は70~80センチ近くある。人それぞれの思いを胸に祈願を成し,雪の為か閑静で重厚な趣のある奥社を後に駐車場に12:20に到着。以後は戸隠でも旨いと定評のある蕎麦店で昼食を為し、長野駅にて解散となりました。

今回の忘年山行は天候の為、結果は雪見と祈願山行でした。

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戸隠神社奥の院参道 戸隠神社奥の院

 

高橋 聰 記