お知らせ山想倶楽部

■ 2013.06.09

東海道池鯉鮒宿歴史ウオーキング 報告

 

池鯉鮒の宿を歩こまい

記:高橋 聰

期日 平成25年5月25~26日

 

参加者  石原達夫、吉永英明、武田鞆子、中野八千代、髙橋聰

 

タイトルの池鯉鮒の宿(シュク)を歩こまいとは、歩きましょうと言う知立地方の方言で有り,池鯉鮒の宿とは、江戸時代東海道53次の宿場ができ、知立は江戸の日本橋から約330Kmあり39番目の宿となり「池鯉鮒」と書かれるようになる。江戸よりは、歩いておよそ10日程掛ったと謂われている。

5月25日

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変身後

 今回世話役の武田さんより指定されたひかり465号に石原、吉永両氏と乗車、列車は、日曜日にも拘わらず、観光シーズンで無い為か空いている。目的地の名古屋に到着する直前に、武田さんより電話があり、名古屋に着いたら北口に降りろとの指示。降りてみると中野八千代さんも待っていた.知立迄電車で行き、知立城址跡の隣にある武田さんの別宅にて昼食をご馳走になり、今回の目的で有る東海道ウォークの為、女性は武家娘、町娘、女芸人に、男性は武家,宗匠、渡世人風にと夫々、形を変えて先ずは記念写真を撮り、すぐ傍に在る知立神社へと向かう。13:10

知立神社は池鯉鮒大明神と呼ばれており江戸時代には、東海道三社の一つと数えられた名社で、東海道を往来する旅人には、「まむし除け」の御神徳でも知られており、社伝では第12代景行天皇(412年)の創建と言われている。

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無量寿寺でのカキツバタ

 この神社は毎年5月25日~6月25日迄花しょうぶ祭りが行われているようであるが本年は既に花も殆ど終わっていた。取り敢えず神社に来たのだから何の後利益になるかは不明だが、頭を垂れてお参りをする。境内でサツキの盆栽展が開催されていたが,100年を遥かに越しているものも有り見事で有った。

武田宅迄帰り、ここより旧東海道、鎌倉街道、東海道の松並木等を歩き、杜若で有名な八橋の無量寿寺迄歩く15:00着。

無量寿寺は現在臨済宗妙心寺派に属しており、寺伝によれば奈良時代の慶雲元年(704)の創立といわれているようだ。その後文花元年(1812)に再建され、その時杜若庭園も完成した。

境内には八つ橋保存館があり、八つ橋杜若の歴史と文化及び在原業平や方厳売茶竹製笈等数百点の文化財が保存されている。ここの杜若もほぼ終わりに近かったが、日当たりのあまり宜しくないところでは、何とかそれらしい写真を撮ることが出来た。13:30発

本日の歩行行動はここまでとし、武田さんの友人の車で本日宿泊予定のクラウンパレスホテルへ、途中根曲りの松、在原業平の墓所、江戸期に造られた一里塚等を見学。夕食は武田さんが予約していてくれたイタリアンレストランでフルコースを満喫する。

5月26日

本日の行動は本宮山奥社~砥鹿神社~豊川稲荷~熱田神宮の神社仏閣巡りだ。

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知立神社にて

朝7:30に武田さんの迎えの車で、三河一之宮本宮山奥社に向かう。(中野さんは昨日夕食後伊勢に帰宅) この奥社は東三河の平野に聳え立つ本宮山(789m)の頂上に鎮座しており、神代より砥鹿の大神様が鎮まっている霊山といわれている。頂上付近の自然林には欅、楠、杉等の樹齢一千年を超える大木が林立しており,又麓から2時間位で歩いてこられる道もあるようだ。

次に向かったのは三河国一之宮砥鹿神社の里宮である。ここも奥社と同じく神代日本の国づくりをされたといわれている大己公命(オオナムチノミコト別名大国主命)が祀られている。

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豊川稲荷大本殿

  

そして次は豊川稲荷だ。ここは曹洞宗の寺院で正式の寺号は妙厳寺であり、詳しくは[円福山 豊川閣 妙厳寺]と称する寺院で、境内に祀られている鎮守の稲荷(吨枳尼天(だきにてん))が有名な為一般には[豊川稲荷]の名前で広く知られている。豊川稲荷は神社ではないが、境内の参道には鳥居が立っており商売繁盛の神様として有名で、日本三大稲荷の一つとされているようだ。又吨枳尼天とは、インドの古代民間信仰に由来する仏教の女神であるが、日本では稲荷信仰と習合し、稲荷神と同一視されるようになった。この豊川稲荷の総門の門扉と両袖の扉は千有余年の樹齢を重ねており、高さ4.5m幅1.8m厚さ15cmで欅の1枚板で作られ、欅独特の鱗のような木目が圧巻で素晴らしいもので有った。

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豊川稲荷のキツネ塚

豊川稲荷へのお詣りが終わったら丁度昼時分、昼食を稲荷参道の食堂で、名古屋のキシメンや豊川稲荷名物のお稲荷さんを戴く。

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熱田神宮

 

 

 

 

 

 

 

そして最後に向かったのは熱田神宮だ。熱田神宮は、第12代景行天皇の時代、日本武尊が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国造乎止与命(おとよのみこと)の娘・宮簀媛命と結婚し、草薙剣を妃の手許へ留め置いた。日本武尊が伊勢国能褒野(のぼの)で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斎鎮守したのが始まりと言われる。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に置かれ、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えることとなった。

6万坪もある広い神苑には楠、欅,樫、椋,銀杏等が豊富にあり、その内で楠は巨木が多く樹齢千年前後と推定されるものが数本あるようだ。最後に宝物館に入り(有料)昔の着物、刀、鏡、書物等を見学。今年5月に創祀千九百年を迎えるとされ、5月8日に「創祀千九百年大祭」が実施された。

宝物館を出て時間を見るともう15:00近い。色々と名残は惜しいが、いざ帰らん。熱田神宮で武田さんと別れ、東京組は一路名古屋から東京へと帰還しました。

武田さんには昨日と今日の2日間色々と案内して戴き、本当に有難う御座いました。感謝致します。