お知らせ山想倶楽部

■ 2013.10.24

九州の山旅報告 (山想倶楽部)

九州の山旅報告

高橋 聰

日程 平成25年10月5日~9日迄

参加者 石原達夫、吉永英明、関口興洋、横田昭夫、廣島孝子、寺田正夫、寺田美代子、高橋 聰

 

10月5日

羽田発8:05分発熊本往きに乗る為、7:20分に羽田のJAL出発ロビーに着くと羽田より

出発する、石原、吉永、廣島、寺田夫妻は既に到着していた。チケットの予約をしてはい

るが、未だ航空券を手にしていないので、カウンターに予約番号を伝えて搭乗券を発券し

て貰い、荷物を預け登場手続きを行い、搭乗口に入る

飛行機は25分程遅れて出発し10:05には熊本空港に着陸。既にそこには岐阜の横田さん、今回お世話になる地元九州の関口さんも見えておられ、レンターカー会社に行って車を借り受けた。車はだれが運転するか判らないので、免許証を持って来ていた人は全員が登録。

上空の天気は雲が多く何ともしまらない。阿蘇の山並み処か、少し高い所はすべて雲の中、何も見ることが出来ない。今日はこれから祖母山の登り口にある尾平(オビラ)の『もみ志や旅館』迄行くだけ、今の時間は11:00だ、宿に行くまで時間はたっぷりとある。

予定では阿蘇山、中岳の火口見物で有るが、本日は亜硫酸ガスの発生が強い為、火口周囲1キロ以内は入山禁止との事仕方ない。それでは滝廉太郎の作曲で有名な、荒城の月の借景舞台である豊後武田の「岡城址」に行く事とする。車で走っていると今朝は早かったので、腹が空いた、蕎麦が食べたいとの意見が出たので、丁度屋号が「馬方蕎麦」で十割石臼引き新蕎麦と書かれた看板を見つけ中に入る。注文は高菜ブッカケ蕎麦であるとか、揚げ豆腐蕎麦、天ざる蕎麦、等々で有ったが、なかなかいける味のようであった。

この後は岡城天然温泉「水神の湯」(硫酸塩泉でアルカリ性低張性温泉の表示有り)に入り本日の有り余る時間をゆっくりと潰して、次に岡城址に向うも雨が強くなってきたので、入り口の駐車上で引き返す。道路から見える川は、普段は本当に綺麗な清流だそうだが、昨日よりの雨の為濁流と化し凄まじい勢いで流れている。最後に原尻の滝(幅120m、高さ20m有り滝の上部には田畑や、家屋がある)で有る。此の後はそろそろ時間になってきたので、昼尚暗き杉の羊腸の如く狭くて、くねくねしている道を走って尾平鉱山の傍に有る本日の宿で有る『もみ志や旅館』に16:30に到着。早速割り当てられた部屋に入り旅装を解く。

宿の方に、お風呂にどうぞと言われても、本日は既に温泉に入ってきているので、入る者は少ない。暫らく休憩後宴会が始まり、やがて6時頃となり食事の支度が出来たとの連絡。別棟の広間での食事だ。然し明日の朝食は5:30 だ。あまりのんびりと飲食をしてはいられない。お酒は先ほど充分に楽しんだようなので、皆早々と食事をし今日は早く就寝だ。

10月6日

昨夜はなんだか一晩中雨がしとしとと降っていたようだ。5:00頃外に出て空を見るとなんだか、青空が散見されるようだ。台風が来ていると言うが今日一日はなんだか持ちそうだ。昨夜の予定通り5:30に朝食を摂り6:30に車で出発。3分も走るとそこは尾平からの登山道の入口であった。ストレッチ等をして体を目覚めさせて、6:40に出発とする。ここの標高は略600m、祖母山の頂上が1,756mその高低差は1.150mもある。

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祖母山登り口の吊り橋

すぐに吊橋が有り、少し歩くと沢の渡渉だ。ここからは頂上まで関口さんの話だとズート登りのようだ。やれやれCOPD 患者でスパイロ検査で一秒率が50前半しかない高橋にとってはかなり厳しい一日となってくる。

安の定ここから遅れ出して、心臓にペースメーカーを付けている横田さんが僕に付き合って呉れるが、他の人たちは後ろを振り返りもせず、とっとと行ってしまった。それでも何とか頑張って,稜線のコル(1000m)に8:40、1.200mに9:40、宮原分岐の1.400mに10:50に着く、ここで雨が降り出したので、合羽を着けたり、少し腹拵えをしたりして20分程時間を取り、前を歩いている連中に追いつかねばならないので、また歩き出す。

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祖母山1600m付近の痩せ尾根を歩く

12:55に9号目の小屋に付いて、中を覘くと居たー。みんな飯を食っている。荷物をここに置いて頂上迄行って、さっき帰って来て飯を食い始めたとの事。ここより頂上往復40~50分程度との事。それでは遅参組二人も頂上迄行って来よう。帰路は天気が悪いので、今来た同じ路を行くのだから、沢の渡渉点か、吊り橋近辺で追いつくだろう。ここよりは全て下り道だ。

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沢の渡渉

 

 

 

 

全くの空身なので呼吸が楽だ。頂上には13:35に着いて写真等を撮って直ぐに小屋に取って返して、置いていたザックを背負って14:00下山に付く。

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祖母山頂上

 

 

 

宮原分岐に14:50に着くが休憩をしている時間は無い。急で木の根が張り出している下り難い(登る時は階段になるので楽だが)路を急ぎに急いでも、もう二人とも70を超した爺様だ。思うようにはピッチが上がらない。1000m地点よりは少し歩き易くなってきて、スピードも上がってきた感じだ。なんだか尾根も終わり沢が左手に見えて来たなと思ったら、遠くになんだかちらちらと動くものがある、先行のメンバーか。そうだ最後に歩いているのは石原さんだ。休みなく下ってきてやっと追いついた。本日の行動で休んだと言えば宮原の分岐で有る1400m地点で一度休んだだけだ。追いついた途端に気持ちの箍が外れたようで、何でもない登りで息が苦しく、足が動いてくれない。ここまでくれば終わったも同じだ。あの吊り橋を超えたら、本日の行動は終りだ17:00丁度に全員車の所に集結。さあ本日の宿に往こう。宿はここから車で30分程の所で上畑地区にある『民宿あんどう』だ。

宿に付き全員汗と雨の為肌着は当然の事としてズボンや上着迄ずぶ濡れだ。先に女性に風呂に入ってもらい、男性はそのまま、下着を初めとして全ての着替えが始まった。上着やズボンが明日まで乾くだろうか心配だ。干す処といえば縁側で干すしかない。外は雨模様なので湿気が強く、多分明日迄には乾かないだろう。仕方がないか、その時はその時でなるようになれだ。明日考えよう。明日はいよいよ台風が宮崎県にぶつかってくるらしい。

となれば登山は中止だ。明日、明後日は観光地巡りかな。

10月7日

本日も天気が良くない、取り敢えずは傾山の登山口迄行く事とする。登山口に着いて関口さんより沢を見ろと言われる。何のことかと思って沢を眺めると、それは、まるで沢でなく滝の如く流れている。登山道は、この沢のすこし上流を何度か渡渉せねばならないとの事。又登り口の案内書の所要時間を見ると、10から12時間も要するみたいだ。我々のスピードでは、12時間以上要するだろう。又下山後も渡渉せねばならない所も何ケ所か有るので、この水流の激しさでは、とてもではないが、ロープを張ることは不可能だ。ここにきて初めて中止とせざるを得なかった。残念で仕方がないが、安全が優先だ。

これよりは三秀台に有るウエストン顕彰碑、『古事記・日本書紀には天照大神(アマテラスオオミカミ)は弟の素戔嗚命(スサノオノミコト)の乱暴に怒り、天岩戸に籠もられた事が記してあり、その天岩戸を祀る神社と伝えられている。』天岩戸神社や、高千穂峡の古事記の世界に足を延ばそう。

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三秀台ウエストン顕彰碑

先ず最初に行ったのが、五ケ所高原は三秀台に有るウオルター・ウエストンの顕彰碑である。此れは彼が北アルプスに登る以前の、明治23年11月6日に祖母山を登ったのを記念して昭和41年に記念碑が建立され、又昭和47年に懸鐘式が、昭和63年11月3日に地元の高千穂町と日本山岳会宮崎支部の共催で第一回ウエストン祭が行なわれ、その後はウエストン祭が継続されている。

次に向かったのが天岩戸神社で有るが、途中の道路が工事で通行止めとなっており、迂回路を行き、目的地で有る天岩戸を地図で確認しながら走っていたのだが、何故か元の通行止めの地点に戻ってしまった。熊本空港で借りたこの車には、ナビが着いているのでナビを入れて別の路を行くとしよう。

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天の岩戸神社

やっと天の岩戸神社に着いた。入口の社務所で聞くと無料で案内をしているとの事。今拝殿前で説明をしているから、それについて言ってくださいと言われ、付いていくことにする。色々と説明をしてくれて、ご神体の「天岩戸」自体は西本宮から岩戸川を隔てた東本宮のある対岸にあるとの説明だが、生い茂る木に隠れて、僅かに岩が見えるが、どんな形かわからない。(昔は洞窟のようだったらしい)

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高千穂峡

 

 

 

次に向かったのが高千穂峡である。高千穂峡は約12万年前と約9万年前の二回の阿蘇火山活動の際、噴出した溶岩流(火砕流)を五ヶ瀬川が浸食した侵食谷であり、上流の窓ノ瀬から下流の吐合間が中心で、1934年(昭和9年)11月10日 五ヶ瀬渓谷(ごかせがわきょうこく)として、名勝及び天然記念物に指定され、一帯は昭和40年3月に祖母傾国定公園に指定されている又柱状節理のそそりたつ懸崖や、謎を秘めた深淵、湧く岩清水等、よく整備されており、中々高千穂峡は良い所で有った。そろそろお昼の時間だ。車の中で食べても仕方ないのでベンチを探して食べよう。弁当は昨日止まった宿で作ってくれたおにぎりが3ケとおかずが適宜に入っている。山小屋で出してくれる弁当と違い美味い。食後吉永君がやたらと近くを通る美人たちに声をかけている。

昼食後、寺田夫妻は明日帰る予定で有ったが、登山が出来ないのなら、何とか今日帰りたいと言い出した。飛行機のチケットは早割の安いチケットなので、まず交換はできないだろうが、兎に角熊本空港に行って駄目なら新幹線を使って帰るというので、延岡駅まで送る。後で聞いたら台風の為今日帰るのだがと、空港で聞いたら何と16時過ぎの便に乗れたとの事、誠にラッキーで有った。残った者たちは明日と明後日は大崩山に登る為に宿を予約してあるので,祝子川(ホウリガワ)の奥にある渓流荘に向かい、宿の手前にある祝子川温泉の「美人の湯」に入湯する。宿に着くと今晩台風が宮崎を直撃するようなので、学校も明日は休みとなっているのに、なんで来たのかと言われるが、仕方ない。明日もここに予約しているので有るが、どこか他所で止まってくれと言われてしまった。以前に台風の為、川が荒れて建物にはそれほど被害はなかったが、建物の両サイドがかなり傷んだらしい。それでも今晩は既に料理は作ってあるので止まってもらうが、明日は勘弁してねと言われる始末。困った。関口さんが何やらどこかに電話をしている。明日の宿の確保だ。明日は久住の久住高原コテージが何とか取れたとの話があり助かった。明日も山は天候が悪く無理なので、ゆっくりと観光だ。

10月8日

本日は本来なら、大崩山に行く予定で有ったが、台風の影響で雨風が強そうなのと、何度も渡渉をしなければならないところもあり、沢の水量が異常に多いので危険と判断し、昨日同様登山は中止とする。昨夜、宿の人に朝食は早く摂って出来るだけ早く出発して欲しいと、言われていたので6:30に朝食を摂り、7:20に本日の宿に向け出発する。今日もなんだか雨模様だ。早く宿を出たのは良いが、今日の宿の久住高原ロッジへ行く途中では、あまり観光で寄るところは無さそうだ。未だ時間が早いので営業をしていない道の駅『宇目』でトイレ休憩をして、稲積水中鍾乳洞に寄る。

この稲積水中鍾乳洞は日本列島の地層が形成された太古の昔に遡るらしいが、鍾乳石の発達がはじまったのは、今から30万年前とされており、凡そ8万5千年前におこった阿蘇山の大噴火によってこの鍾乳洞は完全に没したのであるが、その後昭和51年に、ダイバーによる調査と、観光開発が始まり、昭和52年10月に観光洞としてオープンした模様だ。

中に入って鍾乳洞の中を拝見させてもらったが、まだこれから長い時を掛けないと、鍾乳洞独特の雰囲気には難しいような感じであった。9:00 ~9:40

 次に寄ったのは、またまたトイレの為に寄った道の駅『たけだ』で有った。売っているものを冷やかして時間を潰すも、潰しようが無い。そんなに腹も空いていないが横の方に食堂があるので、未だ早いが昼飯にでもするか。

昼食後本日の目的地で有る久住高原コテージに向かう。途中にあった久住花公園はガスの中だ。これでは寄っても仕方ない。明日もたっぷり時間があるので、明日ゆっくりと楽しむことにしよう。

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久住高原コテージ

ここよりは直ぐに今夜の宿で有る久住高原コテージに到着12:20.まだ時間が早い為、入室はできないが、温泉の方には入れるとの事で、温泉にゆっくりと親しもう。通常入室は3時からのようだが、2時前に入室が認められほっとする。

本日の夕食は豊後牛、宮崎地鳥と野菜のバーベギューだ。厚めに切った豊後牛が、大皿たっぷりと載っている。この年寄部隊で食べきれるか不安だ。残すには出してくれた人に失礼だ。何とか食べてしまおう。デザートはカボス入りのシャーペット、お肉を腹いっぱい食べたので、後口がよくてこれが一番おいしかった気分だ。

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久住花公園

 

10月9日

  本日はこれで九州ともお別れだ。昨日入口だけ見た久住花公園による。ここは22万mの広さが有り、春から秋にかけては500万本もの花が咲いているそうである。この時はコスモスやサルビアなどの他色々な花が咲いており、園内すべてを見て歩くには、少し骨が折れそうになってしまった。続いて大野川水系の玉来川源流で有る池山水源に寄って見た。ここは水温は常に13.6度を保ち、又絶対に枯れることなく毎分30トンもの水量が湧出していると言われてい、全国名水100選に入っているとの事で有った。

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阿蘇神社

此の後は日本三大楼門と言われている阿蘇神社に向かう。この阿蘇神社は社記によれば、阿蘇神社の創立は孝霊天皇9年(紀元前282年)と伝えられているようで、お祀りしてある神様は12座有り、その中でも歴史書に記載されているのは、健磐龍命(神武天皇の孫神)、

阿蘇都比咩命(健磐龍命の御妃神)、国造速瓶玉命(阿蘇初代の国造)でありこれらの神様の陵墓と伝えられている古墳がこの阿蘇神社より3キロ程離れた地点(中通古墳群)に点在しているそうだ。

此処より熊本空港までは幾らもかからない。飛行機の搭乗時間は横田さんが16時過ぎで

関東組は18時過ぎだ。まだまだ時間はたっぷりと有る。そろそろ昼飯時だ。みんな蕎麦が食べたいと騒いでいる。来た時の蕎麦やを探すがなかなか見つからない。通り過ぎたかなと思っていると暖簾が見えた。やっていると良いのだが、なんだかおかしい。よく見ると本日休業と書かれた小さな札が出ていた。これでは仕方ないので諦めて他を探そう。

暫らく走ると饂飩の看板があったので取り敢えずそこに入る。何かメニューの書き方が変わっている。まあいいか頼めば何か来るだろう。来た来た注文の物が来た。一口食ってみる。意外と行ける。あっという間に腹の中に納まってしまってしまい、なんだか物足りないが、飛行機が出る迄まだ5時間もあるのだ。後は空港で又何か食べるようにしよう。

空港には2時過ぎに到着。ここでひとまず解散式とした。関口さんには何から何まですっかりお世話になり有難う御座いました。又今回登れなかった山を来年行きたいと考えておりますので、その時も又よろしくお願いいたします。