お知らせ山想倶楽部

■ 2014.06.01

知立祭見物と猿投山登山(山想倶楽部)

 

石原達夫・記

期日 平成26年5月3-4日

参加者 武田鞆子、田矢八策、石原達夫、泰子、今津(武田友人)

 

5月3日

今日は連休の真っただ中でしかも土曜日、東京駅新幹線改札口は見たこともない長蛇の列、やっと改札を済まし、ホームに出ると人の山、無理して指定席を取っておいてよかった。

大人の休日倶楽部はブロックアウトの時期なので、久しぶりにフル運賃を払い、しかも普段は使えないのぞみに乗る。横浜を出ると次の停車駅は目的地の名古屋、速いですね。

名古屋からは名鉄の特急電車の座席指定車に乗り、知立駅に。武田さんが駅で待っていてくれた。歩いてわずかで知立古城にある武田別邸に着く。

ここで勝手に寛いでいるうちに武田さんの一族が集まり、にぎやかに昼食となった。

皆さんと談笑中に、おもてがおはやしの音や人声で騒がしくなったので、急いで家の外に出ると山車の一番目が通過するところだった。基本的には2本の綱を子供たちが引っ張って山車を引くのだが、山車の周辺は大人たちが固める。山車の中にはお囃子衆と子供達の謡い手が乗りこみ、間断なく囃したてる。

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山車

山車は重そうな木製の固定4輪なので、方向変換とか、修正は屈強な若者が2本の梶棒にそれぞれ4人ずつ合計8人で後輪を持ちあげ、車の方向を変える。

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山車の方向転換

 

 

 

 

 

 

 

これには各人相当な集中力がいるようで、片棒の4人がぴったりとくっ付いてしばし精神統一し一気に持ち上げる。国道に出る直線部分はこのままで移動するが、下りの狭い坂道だけに気合が入り、なかなか壮観だ。

関係者を装って最後の山車にくっついて行き、山車の集合地である知立神社に行く。

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知立神社に勢揃いした山車

すごい人出で、折りからの風で砂塵が舞っている。早々に神社に参拝し雑踏を避けて少し遠まわりをして別邸に戻る。夜は下戸ばかり集まって、ホテルの和食堂で静かな晩餐を楽しむ。

夜は古城の武田別邸に泊めていただく

 

5月4日

朝は5時過ぎに起き、直ちにパンの朝食を頂戴する。

6時過ぎには、登山に同行する武田さんの小中学校の同級生だった寿司屋の今津さんが自転車でやって来る。6時30分には武田さんの車に同乗し三河の国三宮である猿投神社に向かう。どこかで聞いた名前だなと思ったら、重要文化財の樫鳥糸縅大鎧(かしどりいとおどしよろい)を所有していることでその道の人達には有名だ(昔その道の人だったので)。

車は神社より少し上の登山者用駐車場に停めるが、最後の1台分が空いていた。出発を急いだ訳だ。7時15分頃、支度をして駐車場から続く林道を暫く歩く。以前に焼物用の材料を粉砕するのに使ったトロミル水車とか、お倉岩とかを見て、御門杉の立つ登山路入口に着く。標高629米の山にしては結構急な登りとなる。林道を横断し少し登ると立派な休憩小屋があり一休みする。また林道を横断ししばし登れば鳥居が出てきて東の宮の神社に出る。ここまでは全く展望はないが新緑の樹林帯は綺麗だ。ここからは穏やかな登りとなり、ひょうきんな形をした蛙岩を見る。右手に御岳が見える場所と云うポイントがあり、眺めれば確かにうすぼんやりと御岳らしい山が見える。まもなく山頂に着く。天気は良いが霞がかかり遠望の山々は見えない。

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猿投山の記念写真

暫し休んだあと、もと来た道を東の宮まで戻り、今度は西の宮にトレイルをとる。こちらは歩く人は少ないらしく、あまり整備もされていない。やがて石垣が現れここが大碓命の墓所と宮内省の表示がある。大碓命は景行天皇の第1皇子で、日本武尊として知られる小碓命と双子の兄弟でもあり、この地域の開拓者として知られる。この山で毒蛇に咬まれて命を落としたとされている。この下が西の宮で

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猿投山の奥社、西の宮

 

 

 

 

やはり宮内庁の管理下にある。ここからは急な階段を下ることになるが、登って来る人もいる。どうやらこのお宮まで来る人が多い様だ。やがて登りに歩いた道に合流し一気に登山道入り口まで下る。途中は親子連れや若い人のグループとかとすれ違い、追い抜かれる。あまりジジ、ババの登山者は見かけない(尤もこちらは相当なジジだけど)。駐車場に着き、車にザックを置き5分ほど下の猿投神社に参拝する。お宮には企業が奉納した大きな左鎌が多数掲げてある。皆トヨタ系の会社である。大碓命は左利きで左鎌を使って開拓したということに依るらしい。

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猿投神社本社拝殿と奉納の左鎌

社務所に重文の鎧が見られるか聞いたところ、今は保管が大変なので東京の博物館に預けてあるとの事、平安、鎌倉時代の2振りの重文の太刀も同様か。

これより猿投温泉に向かう。温泉地では大勢の入浴客と思しき人たちが歩いているのに驚かされる、さすがにゴールデンウイークだ。日帰り入浴の金泉の湯(岩風呂)に入るが入湯料は1,500円で少々高い。この湯はほぼ純粋の重曹泉で、売りは高い濃度のラドンを含有するということである。放射線恐怖症の人には全く向かない温泉だ。少し混んでいたが芋を洗う状況ではなく良く温まった。このあとは武田別邸に預けた荷物を受け取り、知立駅に送ってもらう。大台が原に行く田矢さんとは名古屋駅で別れ家路を急ぐ。

今回の催しでは、武田さんに大変なお世話になりました。深く感謝します。