お知らせ山想倶楽部

■ 2014.08.05

早月尾根からの剣岳 山行報告(山想倶楽部)

早月尾根からの剣岳          

石原達夫・記

期日  平成26年7月28日から31日

参加者 吉永英明、醍醐準一、山村秀彦、石原達夫、高橋聡、横田昭夫

 

7月28日

東京駅より上越新幹線、越後湯沢乗換え北陸線特急はくたか、魚津で富山地方鉄道乗り換えて上市に着く。月曜日とかで駅周辺の食堂は軒並み休みで仕方なく昼食はコンビニで買い込み馬場島までのタクシーの車内で済ませる。

3:00前に馬場島の山荘に着く。ここには実に昭和44年の正月以来の訪問で、辺りがすっかり変わっているのには驚く。そういえば従来のバスの終点であった伊折には既に居住者がいなくなったとか、過疎化は急速に進んでいるようだ。

馬場島の宿泊施設は以前は山小屋であったが、今はモダンな山荘となり、更に周辺にはキャンプ場とその関連のリクリエーション設備が整備されている。

到着時には生憎と山は雲で隠され何も見えない。少し周辺の様子を見たり、風呂に入ったりしているうちに横田さんが車で到着する。

夕食時の18時頃には雲が切れ、剣岳が見えるようになる。ゆったりとした気分で夕食をとり、広々とした部屋で早めに床に就く。

 

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登山口の鎮魂碑

7月29日

朝6時の朝食を済ませれば、直ぐに出発となる。

6:35に宿を出るともう強い日差しで、よく整備されたレクレーション敷地を抜け、登山路の始まる遭難者の鎮魂碑に出る。逆光の大窓、奇怪なシルエットの小窓尾根が見える。

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登り口より垣間見る大窓

 

 

 

 

登りは初めから大木の重なる急斜面で、木の根が露出し歩きにくい。所々に奇妙な形の杉の大木が現れるのが面白い。朝車で到着した登山者がゆっくり登る我々を追い越していく。聞けば日帰り登頂組も何人かいて、彼らは身軽に颯爽と登っていく。左手の展望が開けてきて、赤谷尾根の向こうに毛勝三山の猫又岳だけが大きく見え、その内に毛勝岳が雄大なその姿を現す。登山路は比較的良く整備されていて要所要所に標高を示す金属板が埋めてある。

今日の登りは、馬場島からの標高差1440米の早月小屋2200米であり、小屋に着けだけなので時間はたっぷりある。

とはいえ、我がパーティは通常組と、体調不十分の人を含む組との2つに別れてしまい、なるべく差は少なくしたいと思い通常組は長めの休憩をとったり、あるいは後から登って来るパーティに聞いたりして遅れ組の位置を推定したりして調整を図るがどうもその差は一向に縮まらないようだ。

問題のある登りではないし、遅れ組もベテラン揃いなので先に行くことにする。

やがて右手後方に大日岳が姿を現し、左手前方には小窓尾根のニードル、ドームが見えてくる。この辺り眺めれば、もう半世紀以上前の青春の血を沸かせたクライミングや冬山の記憶が甦り、はるか遠くを見る視線となる。

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小窓尾根と剣尾根ドーム

霧が出てきたようで右手には室堂乗越をスカイラインとする豊富な残雪の立山川源流、そのスカイラインをたどれば奥大日岳が過去の幻のように見える。

登山路を囲む木々が針葉樹から岳樺に替わり、追い打ちをかける様な急な登山路をあえぎつつ登れば、ヘリポートが現れ少し下ると早月小屋に2:00頃に到着する。

既に霧は濃厚となり遠方の視界は全く閉ざされている。暫く待ったが遅延組はいつ来るかわからないので、小屋に宿泊の登録だけして、外で飲み物とう飲みながら待つ。

やがて3:30頃、遅れ組が到着し、これを期に小屋内に入るが、案内された部屋は割と広い部屋で、別山ルートの小屋では考えられない我々だけの占有であった。5:00の夕食後、宿泊者が外に出ているので、つられて出てみると霧が薄れていて、厳つい姿の小窓尾根のマッチ箱が見えるが、反対側の室堂乗越方面は鮮やかには見えていない。

 

7月30日

5:00の朝食の人数が少ない。朝食前に出かけてしまったようだ。我々も5:20には小屋を出る。体調不良の2名は、今日は登らず下山するとの事、高齢者登山では無理をしない事が鉄則である。

朝から快晴で絶好の登山日和を良いことにして、一気に2660米点に登る、ここで右手は東大谷と毛勝谷とを別ける左尾根がはるか下の立山川までチョンラピークのアクセントを付けて落ち込んでいるのが見える。

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うずくまる雷鳥

これから先は、岩稜歩きとなり、足もとのハイマツの間にはイワキキョウ、トウヤクリンドウ、ミヤマダイコンソウ、ヨツバシオガマ、イワカガミ、ガンコウランとうの高山植物が目を楽しませてくれる。途中下山してきた登山者が登山路で屈んでいるのでどうしたのだろうかとそばに寄ったところ、雷鳥がすぐ傍にいるという。小さな孵ったばかりと思われる雛を抱えた母鳥であった。脅かさないように静かに歩く。

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ひたすら登る、獅子頭付近

 

 

 

2か所ばかり残雪の上を歩きロープが出てくるとじき獅子頭でここからは待望の鎖場となる。左手は小窓尾根の手前に剣尾根が現れドーム手前には右股奥壁が、更に山頂に至る斜面には池の谷右股バットレスが連なる。右手に目を転じれば直下に東大谷コマクサルンゼ2本槍が見える。更に右には室堂から剣御前、剣沢のカールが手に取るように見え、別山尾根を登る点のごとき登山者も見える。足もとにオダマキルンゼを見てカニノハサミを過ぎればいよいよ頂上の一角に近づく。

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剣沢 カニノハサミ付近の鎖場

頂上(9:20)は別山尾根ルートで登ってきた登山者の群が占めていて、頂上達成感からか興奮したしゃべり声がかしましい。別山ルートから来る人たちは皆ヘルメットをかぶり、あるいはガイドツアーであろうか囚人の如くロープで数珠つなぎになって登って来る人たちもいる。

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八峰と後立山連峰

目を転じれば八峰がよく見えるが、いくら目を凝らして見てもクライミングのパーティは見えない。やがて源次郎尾根を登ってきた男女2人組が着く。聞いてみたところフェイスクライミングではなく、末端から登ってきたという。道理で9mmシングルの意味がわかった。山頂付近では人が多く、そのうえ県の役人が何やら巻尺を伸ばしてあちこち測ったりしているので煩わしく、ついに3角点の確認できず、また新しくしたという剣神社の山頂神社も拝せなかった。

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山頂は真近か

 

 

 10:00に下山を開始する。下りはもうのんびりと歩く。直江津からの日帰りのご婦人が軽やかに走るように下っていく。登りの人はもう少なく、昨日テント泊りだったという若い朗らかなトレールランの男女2名が早月小屋発の人では最後で、あとは馬場島発の人達となる。面白いことに早月尾根から来る人でヘルメットをかぶっている人はほとんどいない。昼食を食べたり休憩をしたりしてゆっくり下り、3:20頃早月小屋に戻る。

今晩は泊り客も少なく、部屋は替って4人だけの余裕たっぷりの小部屋となる。

 

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早月小屋と佐伯謙一氏

7月31日

朝食後(5:30)直ちに下山に移る。

ただ昨日の登りで足を痛めたか、1人歩みが遅くなり、皆この人に歩調を合わせゆっくりと下る。暑い長い下りは10:40に馬場島に着くことで終わった。

キャンプ場の洗面場で顔を洗い汗の塩を流すが、日に向かって歩いたので相当に日に焼けたようでピリピリとしみる。

がらんとしたキャンプ場を望む、これまた客のいない山荘ではタクシーの来るまで、ビールとか飲みリラックスする。

タクシーは馬場島山荘を12:10頃あとにして、登山の汗を流すため上市のアルプスの湯に向かう。

私にとっては、何となくセンチメンタルジャニーで、おそらくこれが最後であろう剣岳登山であった。

以上