「『クマ』との出会いを避けるために」
〜生態を理解しての山行を〜

日本山岳会山遊会会員 及川迪靖(盛岡市在住)


平成12年6月25日及川撮影

1.はじめに
  仲春の頃となり、山間の雪解けも一段と加速し、残雪の間にフキの薹の姿が散見される様になって参りました。この春の到来を告げる穏やかな日差しは、私たちに「早春の山行」を促すと同時に「冬眠中のクマに対して、お目覚めすべき時」を知らせるものとなっており、クマとの突然の出会いに心を悩ます日の近いことを物語っております。
  そこで、これまで私が知り得た「先人の教え」を中心に、「クマとの出会いを避けるための知識」について簡記してみることに致しました。もとより私は、研究者でありませんので、誤記がございましてもお許し願いたいと思います。

2.岩手県におけるクマ対策 (平成14年の事例から)
   クマの保護と共生を訴える人々は、よく「人がクマに会う確率は大変に低い」と言いきります。統計的
  にみると確かにそう言えるとも思いますが、しかし本州において有数のクマ生息地と言われる、私の住
  む岩手においては、山行者の被害だけにとどまらず、平成14年には、
    ★ 自宅裏畑で、家人が襲われ死亡
    ★ 居室に侵入、リンコを食べ散らして逃走
    ★ ニワトリ小屋を襲うなど、人の生活圏での痕跡や目撃情報が報道され、
  ことあるごとに、
    * 「クマ被害、共生は限界か、駆除の声噴出」
    * 「絶滅の危機にあるツキノワグマを守れ」
  と相対する訴えが新聞紙上を飾り、行政当局においても、 
    ◎ 平成14.6.13.
      「県自然保護課」各市町村に対し、「ツキノワグマによる人身被害防止の通達」を発出。
    ◎ 平成14.9.5.「ツキノワグマ保護管理対策検討委員会」(県の対策委員会)
      年度当たりの捕獲上限を「北上高地100頭」、「北奥羽60頭」と設定、生存個体数を1100頭と
      して維持することを確認。
      〜絶滅防止の上から維持頭数を設定すると共に、異常繁殖による被害防止を狙ったもの 〜
    ◎ 平成14.9.25.「紫波町役場」
      絶滅の恐れのあるツキノワグマの恒常的な保護と、農作物の被害防止策として町有林50アー
      ルに広葉材を植林。
      〜 自治体としての同種活動は、「全国でもあまり例がない」として注目されたもの 〜
  などと、その対策に努めている現況にあります。
      (注)参考平成14年と13年のクマ被害、目撃情報調べ
         14年13年 目撃情報242件 435件 クマ被害 9件 22件


3.「ツキノワグマ」とは
   参考文献を開きますと、
   * 食肉目:クマ科.ツキノワグマ属
   * 分布:北海道以外の全域・(ただし九州は絶滅とも言われる)
   * 形態:体長140・位・体重80・位・色黒く耳.目.鼻は小さく尾は短い。
    〜 表紙のクマは、アルビノの成獣で全身が白化体であり、体長約1m位生後3〜4年位のものでした。
   * 食性:春はブナの若葉や前年のドングリ・フキノトウ。夏はアザミ・ミヤマイラクサ・タケノコ
         ・ハチ・アリなど多種。秋はドングリ・クリ。
   * 性格:臆病で慎重派。人と出会うことは極力避けるが、突然の出会いで驚くと逆襲することがあ
         る。
   とあり、一般的には『それ程驚くに足らない獣』と言う感じも致します。
   しかし、人の生活圏での横行に対してはその原因も指摘されているなど、今後も行政の手立てが講
   じられてくると思いますが、人がクマのテリトリーに入っての被害、すなわち『山行途上での突然の出
   会いは、クマが危険行動を回避してくれない限り、悲惨な事故』となるケースが多く見られ「身の毛も
   よだつ恐ろしさ」を体感することになってしまいます。
   ですから、被害防止のためにはクマの生態を知っての山行が大切となります。

4.クマとのかかわり方について
  1)クマの越冬地
    岩場の穴や、土の斜面に穴を掘る例も見られますが、杉の立ち木.切り株.倒木の利用が多く散見
    されます。
  (2)冬眠から目覚める時期
    個体の状況や、穴場付近の雪どけ状況によって異なる訳ですが、一般的には4月中〜下旬の頃と
    言われ、目覚めたクマは「水場に走り」若葉を食します。
  (3)クマの生活圏には、その痕跡が存在する
    ア. 山行者は、5月頃から「ブナの若芽」に注目する必要があり、俗に言われる「クマ棚」は、クマ
       が食事をした場所で、「棚」のある山には必ずクマがいると言われます。雑木林やブナ林では
       頭上に注意が必要です。
    イ. また、クマは5月頃から沢に自生するアザミ・ザゼンソウなども食べますし、6月頃にはタケノ
       コ、秋にはクリ・ドングリを好みます。
    ウ. クマの行動範囲は、「自分のテリトリーにこだわる」と言われておりますが、岩手の一例では、
       「岩手山と秋田駒ヶ岳」を結ぶ2〜3合めの高地が大通と言われ、その中間に位置する「雫石
       ゴルフ場」に現れては駆除されるケースが多く見られます。そして、その行動はクマの採食時
       間帯、「朝は・4〜7時頃」「夕方は.5〜8時頃」が活発であり注意が必要となります。またクマ
       は、初秋頃から再び「沢」に集まる習性がみられます。
    エ. クマの糞は、食する内容で色合が異なりますが、その量は多く一見してそれと分かります。
       またその足跡は、人間の足型に良く似ておりますが、子細に見ると、爪先に爪痕がかすかに
       印象されているのが分かります。
  (4)山行中、「枝の折れる音」や「動物とおもわれる異様な雰囲気」を感じた場合   
    「クマが枝を折る音は良く響きます」のでその存在を察知できることがあります。
    そして「クマらしき物体、もしくはクマそのものに出会った場合」は、『とにかく驚かせないことが大
    切』であり、私は「先人に」、「クマに話しかけろ」「童謡を歌って安心させろ」などと言われて来ました
    が、突然の出会いに際して、
    ♪♪ クマさんクマさん まわれみぎ クマさんクマさん 両手をついてクマさんクマさん さようなら ♪
    とワラベ歌を歌えるはずがありません。
    ですから、その場合は「慌てない」「大声で叫ぶなど、興奮させない」、「クマから目を離さずに、ゆっ
    くり下がる」、「背中を見せて逃げない」、「荷のリックを静かに下ろし、クマの注意をリックに向けさ
    せ、後ずさりしていく」を基本として対処して頂きたいと思います。


5.私の体験など
   私の居住地は盛岡市の西方にあり、「クマ棚」が多くみられる「赤林山」(855m)は、指呼の間に存
  在します。
   平成14年10月19日のことですが、私と妻は紅葉の始まった「赤林山」の散策を思いつき9時頃山
  道に取り付きました。当日の「赤林山」は、数日来の天侯に恵まれて足場も良く、気持ち良く汗をかき
  ながら山頂を目指したのですが、その日は私たち以外に登山者は無く、登山道を遮るように張られた
  クモの糸を断ち切るようにしての山行でした。標高700m位のミズナラなどの雑木林に達した時のこと
  です。先頭を歩く私は約10〜20m位離れた林の中で、「パチン」と鋭く小技の折れる音と、「何かしら
  動くものの気配」に気付き、その場に立ち止まって様子を伺ったのですが、その場所は窪地の凹凸が
  あり音に結び付く物体の発見には至りませんでした。
  そして次の瞬間に頭を横切ったものは、「音の主は、キノコ採りか、果たして熊か」というものでありま
  した。しかし具体的確認の方法も思いつかないまま、ただ、
    ● キノコ採りであれば、靴を履いており必ず音が継続する。
    ● 熊の場合上等の毛皮の足であり、踏み音はほとんど出さない。という比較と、
    ● 例え、私たち以外に登山者があったとしても今日は私たちが先頭部、私たちより先にこの場にい
      る人はいない。
    ● この山には、この道のほか二方面から登れる道があるが、山頂部を巻いて、この場にくるキノコ
      採りは決して有り得ない。左右は、切り立った崖である。
  との判断から「姿は確認できないが音の主は熊」と特定し、「熊の場合、決して驚かしてはいけない
  し、ものを投げて追い払うなどあってはならない」という「先人」の教えに従い、静かに「ヤッホー」
  「ヤッホー」と呼び掛け、「私たちは貴方に危害を与える人間ではありません」と祈るような気持ちで呼
  びかけたのです。
  すると、「音の主は」、こちらの様子を伺うように、少し動いては立ち止まるような気配を繰り返し、遠ざ
  かってくれたのでした。
    私は、これまで3度熊を体験しておりますが、この時の例では、例え、姿が確認できなくても全神経
  を集中し、その一点を注視していれば、その動きを察知できることを悟りました。
  また妻も、冷静に対処し続けてくれて助かったのですが、その直後「一時はどうなるかと思った」と、
  その恐怖を語っております。

6.あとがき
  以上私たちの体験を含め、拙い一文と致しましたが、「クマには遭遇しないことが肝要」であり、
  そのためには、
   〇 「熊よけ鈴を持つ」(鈴は、熊をキラセルなどの反対意見もありますが)
   〇 「1ピッチごとに「ヤッホー」などの声を発し、人間が近くにいることを知らせる」
  ことも大切です。

 皆様方の山行事故の無い事を祈念しペンを置かせて頂きます。                                    


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