恒例の雪の八ヶ岳山行。今年は久しぶりに赤岳になった。
係りの成瀬夫妻は集会委員をやっていて、その集会委員会で行う赤岳山行も成瀬さんが係りをしていて、同時期に行う予定だったため実行はいつもより遅い3月の最終土日となった(結果的に集会委員会の山行は中止になったのだが)。
当日は快晴。朝から青空が広がり、「あずさ5号」の車窓からは白く照り輝く雪におおわれた北岳や甲斐駒それに八ヶ岳が見えていた。当初は茅野駅からバスかタクシーで上がる予定だったが、辻橋さんが参加できなくなったため急遽成瀬さんが車を出してくれることになった。7人乗り。成瀬さんの息子、航太さんが運転。
車というのはありがたい。西側はあまり雪がついていないなどとしゃべるうちにほどなく美濃戸口に到着。そしてそのまま雪と泥水の轍を入っていった。都岳連の団体や幾組かのパーティを複雑な気持ちで抜き、11時には薄く雪が残る赤岳山荘の駐車場に到着した。いつもだとこの先の美濃戸山荘で昼食をとるのだが、1時間以上早い。
用意をし11時25分出発。風もなく暖かい。わたしはTシャツに上着を羽織っただけの格好で歩きだした。
美濃戸山荘から北沢をあがっていくと子鹿を連れた数頭の鹿が出迎えてくれた。かれらは逃げ出すでもなく、高みの茂みに上がるとずっと我々を見下ろしていた。
ショートカットコースは氷が張っていたが、雪は少なかった。堰堤広場には小屋の車が止まり、先客がいたため我々は橋を渡ったところで休憩をとった。12時30分。
柳川にかかる小さな橋をいくつか渡り、ゆっくりしたペースで休憩をとらずに登る。1時間後の13時40分に赤岳鉱泉が見えた。いままで来たなかで最も早い到着だ。顔ぶれといい、すぐに宴会に突入しそうだ。もう4月になるためかアイスキャンディは使えるところがわずかしかない。入口でぐずぐずしていると、成瀬家族が「校長」と呼ぶ某アルパインガイドが黙って脇を通りすぎていった。
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鹿が出迎えてくれた
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青空にそそり立つ大同心
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「泊まりは100人ほど。都岳連の団体さんです」と応対に出た小屋のスタッフが教えてくれた。きょうは混んでいないらしい。我々は2階の個室に上がった。
部屋の中央には宴会をしてくれとばかりに,大きなテーブルが置いてあった。陽が差し込み暖かい。この赤岳鉱泉の2階にある4つの個室は八ヶ岳の小屋の中でもダントツである。炊事場の上で暖かく、7?10人がゆったりくつろげる。
みながザックから持ってきた食料(といってもおつまみとアルコールだが)をテーブルに並べる。田中さんの一升の紙パックをはじめ、日本酒、焼酎、泡盛、ワイン(翌日聞いた話だが、この日7人で消費したアルコールは、日本酒1升5合、焼酎8合、ワイン1本、缶ビール9本だった)。
気がついたら小屋のスタッフが、食事ができたと知らせに来ていた。3時間半も飲んでいた。登ってきた時間の倍以上の時間飲んでいたことになる。夕飯をとって部屋に戻るとわたしはそのまま眠ってしまった。その日何をしゃべったのか、すっかり頭の中から消えてしまった。
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行者小屋で身拵え
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阿弥陀岳
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3月28日 曇ときどき雪
5時半起床。部屋は我が家よりかなり暖かく、毛布1枚でも暑いくらいだった。
朝食は小ぶりのサバの干物と温泉玉子。外は曇っていたが風がなく「午前中はもちそうだ」と田中さん。玄関に吊るした温度計はマイナス6度。素手でアイゼンが装着できるほどだった。
7時2分出発。ひとまず行者小屋へ。トップに成瀬さんがたち、昨日同様ゆっくりと歩く。暖かいわりには雪はさらさらとしている。赤岳は黒い地肌をのぞかせている。
7時47分、行者小屋到着。小屋にはショベルカーがあり、入口の手前が除雪されていたが閉まっていた。荷物をデポする。「校長」が客を連れて、なにげに成瀬さんのストックを持って我々の横を通って行った。少し間をおいて我々もあとに続く。「校長」も文三郎を登るらしい。赤岳の山頂あたりから白い太陽が昇ってきていた。文三郎を登っているのは「校長」らと我々だけのようだったが、左の沢から岩をやっている連中の高い声が響いていた。右手の阿弥陀を眺めながら進む。途中で2人のパーティが抜いていった。曇って時折粉雪が舞う。風も少し吹くが、陽も差すこともある。穏やかである。9時24分、阿弥陀との分岐。さきほど我々を追い抜いていた2人がまだいた。
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赤岳山頂で記念写真
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横岳、硫黄岳方面
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ジャケットをつけ、山頂を目指し登りだす。青氷の個所があり少し緊張する。標識にはみごとなエビの尻尾がついている。30分で山頂へ。ときおり風が吹くが強くない。曇っているため下界は見えないが、横岳、硫黄へと続く尾根がくっきりとのびている。記念撮影。
10時29分、地蔵小屋方面へ下る。気持ちがいい。片山さんはシリセードをやっている。11時、地蔵尾根を行者小屋へ下る。文三郎と比べて道がいい。11時30分小屋到着。雪が結構舞ってきた。都岳連の団体が取りついているようだたが、山頂は吹雪いているようす。食事をして12時5分に出発。南沢を下る。アイゼンはつけたままだったが、道は歩きやすかった。
13時20分に美濃戸山荘到着。車で「もみの湯」へ行く。思ったより混んでいない。そこでまた宴会。外は雪になっていた。「もみの湯」の食事は安く、従業員がやけに親切だった。おいしい冷奴200円、枝豆200円、これまたおいしいざるそば500円、日本酒「原っ娘」4合2000円、生ビール500円。持ち込みもあり、結構飲み食いしたようだったが覚えていない。
17時「もみの湯」を出る。雪はあがっていた。そして、あたりの樹木には雪が積もり、桜の花が咲いたように美しい。車が走りだすと桜並木のトンネルだった。極楽、極楽。
なお、わたしのザックには泡盛が残っていて、帰りの「あずさ」でも処分のための酒宴となった。まっこと酒飲み冥利につきる山行じゃった。
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