2017年6月定例山行「皇海山サバイバルキャンプ」


GPSデータ(大西さん記録 緑:上り 赤:下り)
日程 平成29年6月3-4日(土・日)
目的地 皇海山
コース <6月3日>  栗原林道支線延間峠直下の駐車場所 13:07〜14:25 小田倉沢上流キャンプ地・テント設営、薪集め、岩魚釣り、炊飯、カレー調理、バーベキュー、キャンプファイア 22:30就寝
<6月4日>  キャンプ地 5:36〜7:30 小田倉沢源流部 〜9:30皇海山稜線2101m 〜10:22 皇海山山頂10:50 〜13:32  キャンプ地・テント撤収 14:27 →16:05  車駐車場所 16:15〜16:25 林道ゲート閉鎖場所 〜20:55 ゲート開放・帰路
参加者 大西、渡辺、白川、杉本(ゲスト)、有岡(ゲスト) (5名)
係り 渡辺
記録 文 / 渡辺、白川、杉本  写真 / 渡辺、


  皇海山の西側山域一帯は「根利山」と呼ばれており、戦前は足尾銅山で使用する木材、薪炭の供給源として林業が栄えていました。栗原川上流の不動沢の皇海山登山口付近には、「砥沢」という大きな集落があって最盛期には1500人もの人々が働いていたとのこと。
今回テントを張った小田倉沢上流の「中小屋」という場所にも家屋跡があり、生活用品が土の中から顔を出しているのを見ることがあります。
小田倉沢というのは、栗原川と同じく皇海山を水源とした泙川(正式には「たにかわ」と読む)の支流で、栗原川との間をそれらとほぼ並行して流れています。2万5千分の1の地図には全く痕跡さえも記されていないにもかかわらず、この周辺は長い間林業で人が歩いた作業道が縦横無尽に存在しています。
今回歩いたコースである延間峠からキャンプ地の中小屋までも古い道は残っており、この古道は小田倉沢を横切り尾根を越えて泙川に達していますし、さらにその北にある三重泉沢までつながっているのです。私はこの小田倉沢上流の「中小屋」に、泙川から小田倉沢を下から上まで辿って2回、今回と同じ栗原川から林道支線を使って2回程来たことがあります。 さらに、そこから源流まで辿って皇海山に登った経験から、
1.キャンプ場でないところにテントを張る、2.周辺の木を集めて薪で飯を炊く、3.地図に表記のない道を辿って山に登る、4.現地で岩魚を釣って焚き火で焼いて食う、というような元祖キャンプ&登山が可能な「皇海山サバイバルキャンプ」と名付けた今回の企画が決まりました。実は恐ろしいことに「サバイバル」の名称ぴったりのどんでん返しが最後に待っていたとは知らずに・・・。
  さて山行初日は、埼玉から自家用車で沼田ICを経由して栗原川林道のダートを20Km以上走り、まずは皇海山の一般の登山口である駐車場まで行きます。そこで登山届けを提出、栗原林道を少し戻って延間支線のところで車を置いて歩く準備を始めたところ、支線のゲートが開いていることに気付き、「これはラッキー」とばかり車に乗り込んで延間峠直下まで行きました。
熊よけ鈴と、ピストル音を鳴らしながら歩き始め、延間峠から多少ルートに迷ったものの、ほぼ古道を辿り無事に小田倉沢源流のテント場に到着。

延間峠直下(駐車した場所)

延間峠付近にあった白ヤシオ

釣った3匹の岩魚

「中小屋」キャンプ地にて調理中の4人

  テントを張り、薪を集め、キャンプの用意ができたところで、私は食事の用意を任せて岩魚を釣るべく沢を下りました。岩魚の餌の食いが悪く四苦八苦する内、餌釣り用の竿の先を折ってしまい、仕方なくテンカラ竿の毛針に餌をつけるという苦肉の策で何とか3匹を釣り上げ、キャンプ地に戻りました。
キャンプ地では飯盒で飯がふっくらと炊け、カレーも旨そうな匂いをさせていました。この日はよく晴れていたので、夕方からは結構気温が下がって来ました。火を囲みながら飯を食い、酒を飲み、良い気持ちになったところでテントに潜り込んでぐっすり・・・のはずでしたが、ツェルトにシェラフカバーの私はあるもの全部着込んでも寒くて眠れず、密かに個人持参のバーボンをあおりながらウトウトするのみでした。

岩魚の向こうで調理中の3人

2日目の朝の焚き火とテント

出発前全員集合

小田倉沢上流部

  翌日は3時半起床。早速、焚き火に薪をくべて暖をとりながら朝飯の用意。半分二日酔いの私は食欲が無かったものの何とか腹に入れ5時半に出発しました。前回と違っていたのは、テント場から上は直ぐに水流は途絶えていたのに、今回はかなり上まで水流が続いていました。それと谷が深くなっていて大きな岩がゴロゴロとしていたこと。そんなことで多少歩きにくい沢を詰めていくと、下草がシダだけの唐松林に出ました。小田倉沢源流部です。ここまでは沢をほぼ東に向かって歩きましたが、この辺りから大きく南に方向を変えて稜線上を歩くことになります。
  ところがこの稜線でも前回とは異なる現象が・・・。やたらと倒木が多いのです。以前はほとんどなかったのに、強風で倒れたのかルートを阻む倒木は皇海山山頂まで我々を苦しめることになりました。そして下から見上げた皇海山の稜線が何故か白い!このわけは倒木の多い急登を登り詰めて皇海山とほぼ同じ高さを持つ稜線にたどり着いたときに解明されました。なんと霧氷が樹木に付着していたのです。凍っていると言うことは氷点下。6月というのに昨夜の寒かった訳がわかりました。雲が切れて晴れ間が出るとその氷が我々の頭上からシャワーのように降り注いできました。シャクナゲの蕾はまだ堅く、その代わり満開の山桜と雪の残る稜線を藪こぎして、皇海山の頂上2143.6mに5時間程かかってようやくたどり着きました。10時22分でした。
  山頂で食べたおにぎりの旨かったこと、飯盒で炊いた飯と大西さん持参のシャケと梅干しと塩加減が絶妙でした。帰りは源流部から昔の作業道らしきルートを見つけて、それを外さぬよう歩き2時間半程でテント場に到着できました。テントを撤収し重い荷を背負って車にたどり着いたのは午後4時、車に乗り込んであとは一途に温泉に向かうはずでしたが・・・。

小田倉沢源流部の唐松林

稜線のケモノ道

下に落ちた樹氷

山頂付近で満開の山桜

皇海山山頂の2等三角点

全員で記念写真

  延間支線の入口に着いてみると、何とゲートが閉められているではないですか!車の工具を総動員してゲートを開ける努力をしたものの限界がきて諦めたところで、携帯が全く通じないことが判明。
助けを呼ぶために2名が歩いて皇海山登山口の駐車場へ向かい、私は林道を上に登って稜線へ出て携帯の電波状況をチェックしましたが全くダメでした。そうこうするうち、1台のバイクが通りかかり、車に残っていた2名が事情を説明して、結果的にはその方に助けて頂きました。
その方は、信じられないスピードで林道を30kmほど走り、麓の根利集落でお休み中の森林管理署の職員さんを探してくれ、しかも自分も同乗して、職員さんと2人で助けに来てくれました。管理署では、先週ゲートがきちんと閉まっていることを確認していたとのことなので、誰かが何かの目的で勝手に土曜日にゲートを開け、日曜日に閉めていったようです。
助けを待つ間の4時間半の長かったこと。車の外は震える程寒いし、狭い車の中で話はどんどん悲観的になっていくし・・・。
  電話でのコミュニケーションが普通になっているこの世界で、それが分断されることが如何に深刻なことかを実感させられました。それとともに、このような非常事態にどう対処するか、日頃からリスク対策をきちんと考えておかねばならないこと、そしてこれが本当のサバイバルだと実感させられたできごとでした。
  それにしても、行動時間は10時間半。白川さんを初めゲストの杉本さん、有岡さんも、未知なケモノ道や古道を歩き、藪こぎをし、標高差700mをアップダウンするような行程をよくもこなしたものだと心から感心しました。実のところ、私自身は皇海山の山頂まで行かずとも充分と思っていたので、もし、ギブアップサインが出たらそこで引き返すつもりでいました。それをあきらめずによくぞ頑張ったと申し上げたい。
  なお、後日談ですが、栗原林道はこの約1カ月後の7月13日未明に降った大雨で不通になっているとのこと。7月の定例山行だったら実施できなかった可能性もあります。ここはこの様に頻繁に土砂崩れで通行止めになるので有名な林道でもあります。 (以上、渡辺)

<白川・杉本 感想>
  初めてのサバイバルキャンプでした。テントを張って、たき火を焚いて、イワナを釣ってきていただき、飯盒でご飯を炊いて、カレーにバーベキューと皆美味しく楽しかったです。火のおこし方やタープを張るときのロープの使い方など、勉強になりました。
  二日目の皇海山までの道のりは、今までに体験したことのない藪こぎでした。最初は沢沿いを気持ち良く歩いていましたが、そのうちに倒木を乗り越え、藪をかき分けながらでないと進めないようになり、なんとか山頂にたどり着くことができました。シャクナゲの枝があんなに固いとは思いませんでした。途中には残雪があり、霧氷の欠片がパラパラ降ってきて、まだ山桜が咲いていていました。山頂は陽がさせば暖かいのですが、雲に隠れると途端に寒くなりました。
  藪こぎして道なき道を行くのは面白かったのですが、大きな枝をどかそうとして後の人にあててしまったこと、パーティーが離れすぎてしまったこと、行きも帰りも人について行くばかりで地図読みしていなかったことは大きな反省点です。もう少し注意して行動すること、地図読みをきちんとできるようになること、そうして道なき道ももっと楽しめるようになりたいと思います。
  ゲート閉鎖について、今回のようなハプニングが起こったとき、まずは緊急連絡先に連絡を入れることが大切だと痛感しました。今回も、通りがかった方に、緊急連絡先へも連絡してくださるよう頼んでいたなら、もう少し落ち着いていられたかもしれません。「まずは緊急連絡先に連絡を入れること」と頭に入れておきたいと思います。

Page Top



この改行は必要→