山行委員会

■ 2011.07.26

集会委員会5月奥秩父山行報告

5月山行報告:奥秩父主脈・東半分(雁坂峠〜雲取山縦走)


日程 :2011年5月27日(金)〜30日(月) 3泊4日

参加者:15名(リーダー 砂田 定夫)

行程 :5月27日(金)三峰口駅集合→(タクシー)出会いの丘→あせみ峠→

            雁坂小屋(泊)

    5月28日(土)雁坂小屋→古礼山→雁峠→笠取山→唐松尾山→山の神戸→

            将監小屋(泊)

    5月29日(日)将監小屋 →ハゲ岩→飛龍山→北天のタル→三條ダルミ→

            雲取山荘(泊)

    5月30日(月)雲取山荘→雲取山→小雲取山→七ツ石山→鴨沢→

           (徒歩ー車)奥多摩駅(解散)

 

今年度最初の集会委員会山行として奥秩父主脈縦走を企画しました。奥秩父縦走といえば、多くの会員がかつて青春の日に大キスリングに天幕といういでたちで汗水たらして体力の限りを尽くした思い出の道ではないでしょうか。そんな道を2年間かけてたどろうというものです。今回は東半分を縦走しました。

あいにく今年は梅雨が早く、この時期には珍しく歩き始めから下山まで降り止まぬ雨に悩まされましたが、まさに水も滴る美しい新緑を堪能しました。体調不良で途中下山した方を除き、9名が完歩しました。ところが完歩の喜びもつかの間、奥多摩湖バス路線が土砂崩れで不通となり、さらに数キロを歩くというおまけまでつきました。

来年は、同じ時期に西半分の縦走を計画する予定です。奮ってご参加ください。

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参加者紀行


雨、雨、雨の奥秩父縦走

雁坂峠と雲取山の間を朱線で結びたくて参加した。雁坂峠から金峰山までは50年前に歩いており、これで奥秩父の主脈を朱線でつなぐことが出来る。50年前は社会人1年生として4月に空気のキレイな田舎から、花の東京に出てきた年である。勤め先が横浜の鶴見、住むのが川崎とあって、5月ころには汚れた空気で鼻毛が伸び出した。そうなると無性にキレイな空気を吸いたくなり、お盆休みに出掛けたのが上記の奥秩父西半分の縦走であった。

さて今回は、出発(5月27日)の前日に西の方が梅雨入りし、3泊4日の山行中はズーと雨らしい。とんだ巡り合わせで、ビショ濡れ覚悟の山行になりそうだ。初日は豆焼橋から雁坂小屋(泊)、2日目は将監小屋(泊)、3日目は雲取山荘(泊)、最終日は雲取山を越えて鴨沢バス停までである。

さて初日、三峰口に9時半集合だったが、大方が池袋からの西武鉄道経由、秩父鉄道のお花畑駅で参加者全員(14名)が揃った。そのため三峰口では人数確認の手間も省け、待機していたタクシー3台に分乗して直ぐ出発、10時過ぎには豆焼橋脇に到着した。橋の向うには山梨側に抜けるトンネルが見える。

この日はここから雁坂小屋まで歩くのであるが、幸いにも雨の心配はなさそうである。お互いに簡単な自己紹介をして出発する。豆焼橋を渡り、トンネルの手前、左の林道を30分ほど行くといよいよ登山口である。「自転車不能」の看板がある。「不可」なら分るが妙な表現だなと思いつつ登山道に入る。道はほとんど、右山(左谷)のトラバースだが巾が体操の平均台を2ヶ並べた程度に狭く、しかも左は谷側に傾いていて、一歩一歩にかなり神経を使わされる。「自転車不能」の看板の意味が分る。16時前に雁坂小屋に着いた。行程5時間半。最後は小雨に迎えられた。泊り客は我々だけで、ベッド(蚕棚)も好きな所に寝ていいという有り難さ。小屋番も我々のために入山してくれたらしい、有り難いことである。カレーライスのカレーがスープみたいだった。今日は東海、関東が梅雨入りだそうだが、我らに影響はなかった。

2日目、雨は降っているが本降りというほどではない。広瀬に下る二人に見送られて、12名は元気に雨中の縦走路に踏み出す。今日は下りが多く、大したことはなさそうだが、疲れたころに一登りあり、最後にしごかれるか。雁峠小屋には9時半頃到着。廃屋寸前だが雨宿りには十分、少し早いが食事とする。(西)笠取山の登りは急だったが、腹ごしらえをしたばかりなので乗り切った。(本)笠取山とピークが二つ、両方で集合写真を撮る。次の唐松尾山はこの日の最後の登りだがニセのピークが幾つかあり、雨の中で腹ごしらえをしたりして最後に唐松尾山の標識を見付けた時は、ヤレヤレだった。16時前、将監小屋着。行程9時間半。テントが2張り見えるが小屋泊りは我らのみだ。大広間に適当に布団を敷く贅沢さ。ストーブを囲んで食前酒を嗜んでいたら小屋主からモツの煮込みの差し入れあり。

3日目、今度こそ本格的な雨、昨夜からズーと雨だ。今日は巻道が多く登りは飛龍山くらいだが雨宿りするところがないのが辛い。一ノ瀬高原に下山する3人に見送られて、いよいよ9人は仕上げの雲取へ出発する。飛龍の登りも難なく通過、三ッ山の手前で雨中のランチ。三条ダルミから巻道経由で雲取山荘へ。この巻道が崩落箇所があったりして意外に手強かった。14時過ぎ山荘着。行程8時間半。これまでとは全く違い、すっかり都会の雰囲気。濡れたものは乾燥室へ、とお疲れさまもあればこそだ。宿泊者も30~40名。行動中には誰にも遇わないのが不思議。

4日目は下山日。雨は降ってるが午後には晴れる?雲取山頂を踏み、七つ石は巻いて鴨沢に下山。予報通り、9時半頃から晴れてきた。みんな、こんな山だったかと冗談を云う。何せ、4日間、前の人の背中ばかり見ながら歩いたのだ。10時20分、無事鴨沢バス停に下山。ここまでの行程4時間半。4日間、行動中は誰にも遇わない不思議な登山だった。雨にも負けずの酔狂登山だったのだ。後はバスで奥多摩に出て風呂や食事のあと解散、と思っていたら大落し穴があった。

濡れたものを広げたりしてバスを待っていたら、近所の小母さんが道路が不通、電気も来ないという。熱海辺で土砂崩れ、電柱も2本倒されたという。歩けば30分かなと云う。要するに30分というのは枕詞でしかないのであった。それに騙されて7~8kmを2時間半ほど歩かされるというハプニングが待っていた。停電すると駄目なのは原発に限らない。鶴の湯もポンプが動かぬので駄目、自販機も動かず。携帯があるからタクシーを呼べた。

三河屋で4日間の汗を流し、奥多摩駅の2階で一杯やれば全て善し、みんな意気軒昂となったのでした。    (日出平 洋太郎)