お知らせ医療コラム

■ 2016.12.29

登山者のハチ刺され遭難 野口いづみ 第859号

登山者のハチ刺され遭難

野口いづみ

今年の8月、日本山岳会の多摩支部の会員が奥秩父の豆焼沢(雁坂嶺の東)でクロスズメバチ(通称地蜂)に刺されアナフィラキシー・ショックで死亡される事故があった。ハチ毒による死亡事故は本邦で年間約20例あり、クマ、ヘビなどよりも多い。ハチは人にとって最も危険な生き物と言えるが、なぜか報道の対象にされる機会が少ない。作業中の事故が多いせいかもしれない。クロスズメバチはキイロスズメバチよりおとなしく、ハチ毒の毒性も低い言われる。しかし、問題は枯葉の堆積したような地面に巣を作るので、誤って巣を踏んでしまって襲われることがあるということだ。

ハチでは、刺された者が体内にハチ毒へ対する抗体ができ、その結果、2度目にハチ毒に曝露されると重篤なアレルギー反応であるアナフィラキシー・ショックを起こすとされる。アナフィラキシー・ショックでは血圧低下、頻脈、意識消失、顔面蒼白、じんましん様発疹などを生じてショック状態となり、重症例では10~15分程度で心肺停止をきたす。

豆焼沢の遭難者については、1年前に奥多摩で多数のハチに襲われて1週間ほど寝込むほどの全身症状を示したとのことである。ハチ毒によるアナフィラキシー・ショックを起こすリスクファクターとして、高齢、前回のハチ刺されから1年以内、前回のハチ刺されで何らかの全身反応もあったことの3点が挙げられている。遭難者は80才であり、3つの因子がすべて当てはまる。

ところで、筆者がハチによって重篤な症状を起こした登山者3例について調べたところ、3例とも多数のスズメバチに刺されていた。このうちハチに刺された既往があった者は今回の豆焼沢の1例のみで、2例は既往がなかった。それに対して、1~3か所だけしかハチに刺されなかった者はいずれも局所症状を示しただけで、重篤な全身症状を起こした者はいなかった。また、9月に飛騨市でマラソンランナー115名がスズメバチに刺される事件があったが、軽症例のみで重症例はなく、3分の2以上のものがレースを続けたと言う。おそらく、多数の部位を刺された者はいなかったためと思われる。これらの症例は、ショック症状は、大量のハチ毒によってアナフィラキシー・ショックに類似した反応(アナフィラキシー様ショック)を起こした場合であることが少なくないことを示している。つまり、ハチに刺された既往がなくても、多数のハチに刺されると、だれでもショック症状を起こす危険があると思われる。

アナフィラキシー・ショック(アナフィラキシ―様ショックを含む)に対してアドレナリン(エピネフリン)が奏効し、一般の方向けにエピペンというアドレナリン自己注射液がある。エピペンはハチ毒の抗体検査で陽性の者は保険で入手できる。しかし、たとえ陰性であっても、沢など、あまり歩かれていないコースを歩く場合はハチに遭遇する危険があるので、エピペンの携行を検討すべきと思われる。携行の有無が生死を分ける場合もあるだろう。エピペンについては会報724号の医療委員会コラムに詳しく記したので、参考にされたい。

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