「山の日」制定プロジェクト

■ 2014.04.03

日本に「山の日」をつくろう〜「山の日」制定の流れ〜

日本に「山の日」をつくろう
〜山岳5団体を中心とした「山の日」制定の流れ〜
成川隆顕(全国「山の日」制定協議会顧問)
萩原浩司(日本山岳会「山の日」制定プロジェクト チームリーダー)
 


「山の日」制定協議会の発足
山岳5団体が、国民の祝日として「山の日」をつくろうという取り組みをスタートさせたのは2010年の4月である。連携した5団体は、①日本体育協会に所属し47都道府県の山岳連盟(協会)を統括する「日本山岳協会」、②主として職場や地域の登山グループをまとめた「日本勤労者山岳連盟」、③個人会員のクラブ組織で各地に支部を持つ「日本山岳会」、④山岳ガイド、自然ガイドのプロ集団である「日本山岳ガイド協会」、⑤山岳環境保護活動を行う「日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT―J)」である。
5団体に加盟している人の数は合わせて10万人。1,000万人ともいわれる登山人口からみれば組織会員はそう多くはない。しかし、それぞれのグループのやり方を尊重しながら、呼びかけの輪を広げれば、風が起きて大きな力になるかもしれない。なにかが動かせると思った。協議会は各団体から選ばれた幹事(担当役員、理事ら)が出席して2か月に1回のペースで運動の進め方を話し合った。時間的にも資金的にも制約があるなかで、3年くらいで何らかの成果を挙げようと作業を進めた。
yamawokanngaeru4C.jpg運動の手始めに《山を考える/「山の日」をつくろう》というリーフレットを10万枚つくり、協議会発足と同時に5団体のネットワークを通じて配布した。中学生や高校生、家族で読んでもらおうとクイズのページをつくった。山の《知識》を問う第1弾が好評なので、続いて《健康》《安全》《動物》をテーマに取り上げ、2年間で4つのシリーズ(いずれも10万部)を発行した。どのリーフレットにも『「山の日」をつくろう』のアピールページがあり、制定運動に対する理解と支援をお願いした。
アピールは以下のとおりである。


日本は山の国です。古くから日本人は山に畏敬の念を抱き、森林の恵みに感謝し、自然とともに生きてきました。山の恩恵は渓谷の清流を生み、わが国を囲む海へと流れ、深く日常生活とかかわりながら、豊かな心をも育んできました。わが国の文化は、「山の文化」と「海の文化」の融合によってその根幹が形成されたといわれます。
わたしたち5つの山岳団体は、国民祝日としての 「山の日」 制定を提案します。「山の日」は、美しく豊かな自然を守り、次世代に引き継ぐことを国民のすべてが銘記する日です。祝日「海の日」と対をなして、皆が山との深いかかわりを考える日にしたいと思います。山々がからだの健康や心の健康に欠くことのできないフィールドであることを再確認し、登山の楽しみを広く伝えたいと念願します。
わたしたちの提案に賛同され、より多くの方々、団体より、ご理解とご支援、ご協力を賜りますようお願いいたします。


山岳5団体の運動は、公益法人法が施行され団体や組織の中にいる会員のためだけでなく、活動に公益性が求められる時期と重なった。5団体が掲げた「山の日」制定という目標および旗印には、利害や権益に直接結びつく要素が少ないので運動としてすっきりしているが、外部に働きかけるためのパワー不足は否めない。運動推進のためには関係する中央省庁や地方自治体をはじめ、さまざまな方々の支援、協力が必要だった。
山岳団体はそれぞれに機関紙やホームページなどを通じて、会員に情報を提供した。

山岳団体の「山の日」運動の始まり
山を敬い、山に親しみ、山の恵みに感謝するという行事は、はるか昔からあった。4月中旬から6月にかけ、各地の山で行われる「山開き」はその原点である。また、宗教的な色彩を帯びた「山開き」と趣旨は異なるが、たとえば北アルプスの上高地で6月の第1日曜日に催される「ウェストン祭」がある。終戦直後の1947年から始まって、登山愛好家だけでなく上高地を訪れる多くの人々に親しまれる恒例の行事となった。大ざっぱなくくりで、どちらも「山の日」の趣きである。主催した日本山岳会は、期せずして60年以上も前から「山の日」に取り組んでいたことになる。
日本山岳会は1906年に創設された。設立の主旨書のなかに「山は人生と深くかかわっており、大地と人間の関係を極めようとすれば山岳に入るべきである」という一節がある。そのころから、高く険しい山への挑戦だけでなく、自然に親しむことの大切さ、登山と文化にかかわる諸々のテーマを意識していたことを伺わせる。
また、日本山岳協会と日本勤労者山岳連盟は設立時期がどちらも1960年で、組織の目的、活動内容を幅広くとらえている。遭難防止と安全登山の啓発、山の環境保全、山岳文化の発展などである。日本山岳ガイド協会も、正しい登山の普及と発展への寄与、自然保護活動の推進を目的とし、HAT―Jはわが国および世界各地の山岳地域の環境への寄与を目的に掲げている。
2009年秋、日本山岳会は国民の祝日としての「山の日」制定を提唱し、活動を本格化させた。4団体とも日本山岳会の提唱に応え、「山の日づくり」の運動に加わった。

「山の日」をつくろう
時代はさかのぼる。1956年、8,000メートル峰マナスルが日本隊によって初登頂され、以後、登山ブームが起きた。戦後復興の勢いが若者を山に向かわせた。1961年7月、安全登山などをテーマにした「夏の立山大集会」(読売新聞主催)が1週間にわたって開かれた。新聞の全国版・社会面に載った記事によると、富山市内で行われた閉会式で東京代表が『わが国は列島に山脈が走る山の国であるのに“山の日”がない。山岳人の心を結集して“山の日”を制定しよう』と提唱し、満場一致で決議した、とある。このときの「山の日」提唱が、その後どうなったか分からないが、新聞の紙面で「山の日」が大きく扱われた最初の出来事だと思われる。
年代を追って言えば1991年、日本山岳ガイド協会の前身である日本アルパインガイド協会が10月3日を語呂あわせで「登山の日」と定め、都内で、登山奨励のかなり大掛かりな集会を開いた。もっとも、イベントとして長続きはしなかった。

2002年は国際山岳年
2002年は国連が提唱した「国際山岳年」である。日本山岳協会や日本勤労者山岳連盟など登山団体の代表と、山岳に関わる学者たちが2001年11月、NGOのかたちで国際山岳年日本委員会を組織して動き始めた。事務局長を務めた江本嘉伸さんによると『世界が1年を「山」について考えるなんてことは、かつてなかった。それならば、精一杯そのチャンスを活かそうではないか。まして日本は山の国である。世界の動きを見定めつつ、国内の山々を考える年としてはどうか。国連*の本来の趣旨からすれば多少のずれはあっても皆が本気になることこそ大事ではないのか」(*担当はFAO=食糧農業機関)。日本における国際山岳年の成果については2004年に発行された『我ら皆、山の民 ― 国際山岳年から「YAMA NET JAPAN」へ』(国際山岳年日本委員会発行)に詳しくあるので省くが、日本委員会は環境省や一部自治体、公共機関、大学などの協力と支援を得て、全国各地で、精力的に活動を展開した。
IYM_Poster.jpgなかでも7月、静岡県富士宮市で開催された「富士山エコ・フォーラム」は1,200人の参加者を集めて環境問題などと取り組み、日本一の富士山から国内外に、山の大切さと保護の緊急性を訴え、成功を収めた。発信されたメッセージには環境破壊を戒め、山の自然を守る誓いが盛り込まれ、『毎年そういう思いを新たにするため日本に「山の日」を作ることを提案します』と書かれている。このフォーラムには当時の小泉純一郎総理もメッセージを寄せ、『次代を担う子どもたちを含む多くの人々が集い、山の在り方について考えることにより子どもたちの生きる力が育まれ、自然と人とが共生する豊かな未来が期待されます』(要旨)と、その意義を強調した。
2003年7月まで続いた日本委員会の活動は、報告書『我ら皆、山の民』の発刊で締めくくられ、インターネット上の組織「YAMA NET JAPAN」へ引きつがれた。しかし、いくつかの理由からほとんど機能できないまま推移して、「山の日」の提案は立ち消え状態になった。とはいえ、国際山岳年の理念をフォローする意味で2012年6月、「国際山岳年プラス10シンポジウム、みんなで山を考えよう」が催され、すでに「山の日」運動をスタートさせていた山岳5団体が実行委員会に加わり、国民の祝日を目指した「山の日」をアピールする機会とした。
ちなみに国連が定めた「山の日」は12月11日である。

府県、地域の「山の日」と連携
5団体の協議会に先行して「山の日」という名称で記念日を制定している府県が13府県あった。他に、森づくり、水源涵養、国土保全などをキーワードに「森の日」を定めている県もある。《ふるさとの山や森林を見つめなおしその恩恵に感謝する》を趣旨に、1997年から8月8日を「山の日」と定めた山梨県は、官民が力を合わせて、前後の2か月間に50余のイベントを展開するまでになった。6月第1日曜日を「山の日」とした広島県は、民間主導、県など自治体のバックアップで行事を重ね、県内10余の会場に1万人以上が参加した年もある。ほかに群馬、長野、栃木など準備中も含めて自治体や地域との連携、情報交換は、私たち5団体協議会に欠かせない活動だった。
そうしたなか、関東知事会(東京、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、山梨、静岡、長野の1都9県で構成)が2011年10月の定例会議のなかで、祝日としての「山の日」の制定を国に要望する、と決めた。「山の日」制定の意見書は、過去にも長野県や奈良県の県議会から提出されていたが、自治体トップの集まりが、まとまって国に祝日化の要望を出したのは初めてのことで、いくつかの新聞がかなり大きく取りあげた。提案したのは栃木県の福田富一知事で、長野県の阿部守一知事らが率先して支持の意見を述べたという。

 ネットワーク東京会議の開催
2012年10月3日、山岳5団体の「山の日」制定協議会は東京・代々木のオリンピック記念青少年総合センターで《~みんなで山を考えよう~ 「山の日」ネットワーク東京会議》を開いた。会議には「山の日」に関わる環境、文部科学、林野、国土交通、観光といった省庁、地方自治体、環境保全団体、野外活動グループ、研究者、観光業、山小屋代表、それに山岳5団体など合わせて100人余が参加した。
国民の祝日は国会が決める事案で、祝日法の改正が必要である。私たちのような民間の任意団体が制定をアピールしたり、地方自治体が要望書、意見書を出すのは自由だが、省庁など中央の行政機関が表立って政治に踏み込むわけにいかない。そこで開催に当たっては《国民祝日「山の日」制定》という言葉を避け、開催する会議の名称も、みんなが参加しやすいよう情報交換の意味合いを強くして「山を考えるネットワーク東京会議」とした。
東京会議の第1部は各地からの取り組み報告。第2部はシンポジウム「山の自然環境保全」。第3部は「次世代につなぐ山」である。それぞれの分野ですぐれた実践者であり専門家でもある報告者、パネラーの発言は、60ページの報告書にまとめられた。
houkokusyo_hyousi-1.jpg特別講演は作曲家で文化功労者の船村徹さん。『山は心のふるさと』と題して子どものころから親しんだ山への思いを語り、「山の日」制定への協力を呼びかけた。船村さんは栃木県の出身で日光市に住まいがある。2009年9月、地元の下野新聞に『「山の日」をつくろう』と題するメッセージを寄せ、「山と川と海はつながっている。山と海は親友であり一体だ」と書き、「海の日」があるのに「山の日」がないのはおかしい、と国民の祝日制定を訴えた。この極めて明快なアピールは、日本山岳会が運動を始めた大きなきっかけでもあった。
この会議でわたしたちは、夏山シーズン前の6月第1日曜日を《全国いっせいの「山の日」》にしようと提案した。山々がみどりに輝く日であり、心が山に向かう季節、さらに6月には祝日がない、などの理由だ。採決をとったわけではないが提案は、拍手とともに参加者の賛同を得た。日にちの特定は、ひとつの提案に過ぎないという側面を持つが、運動を前に進める意味で、きわめて大切な要件だった。
この東京会議で「山の日」制定運動の第一段階である基礎固めはかなりの程度進んだ。しかし、もともと登山愛好者の集まりである5団体の運動には限界が見えていた。山岳団体の枠を超えて底辺を広げるのが第2段階である。スケールアップして新しい組織をつくり、国民運動として展開することが求められていた。

 ■超党派「山の日」制定議員連盟の発足
「山の日」を祝日にするには国会による国民祝日法の改正が必要なことは既に述べた。全国レベルで「山の日」づくりの機運を盛りあげる一方、運動のスタート当初から国会議員への働きかけが肝要だった。しかし2011年3月の東日本大震災により、行政も国会も、復旧復興、原発の爆発事故と放射能汚染対策に追われ、「山の日」どころでなくなった。そのうえ政権が交代した。あっという間に2年間が経過していた。
2013年4月10日、超党派の国会議員による「山の日」制定議員連盟が設立された。衆議院の元副議長・衛藤征士郎さんが会長で、参議院議員・丸川珠代さんが幹事長、長野県選出の衆議院議員・務台俊介さんが事務局長である。民主党など7つの党派から副会長が出て、いま現在の加盟議員数は衆参あわせて110人。最高顧問は、衆議院議員で日本山岳ガイド協会会長の谷垣禎一さんである。
山岳5団体の協議会からは代表幹事の成川と、新しい拡大組織・全国「山の日」制定協議会で事務局長を務める磯野剛太さん(日本山岳ガイド協会理事長)がオブザーバーとして出席し、求めに応じて参考意見を述べた。
超党派の「山の日」制定議員連盟は11月22日の総会で、お盆休みにつながる8月11日を「山の日」と決めた。山岳5団体は諸種の条件を勘案して6月第1週に固執しなかった。議連は年が明けた2014年1月24日の第14回総会で、国会に提出する祝日法改正案を決めた。

全国「山の日」制定協議会
こうした超党派議員連盟の動きと並行して、2013年の3月以降、国民運動展開の母体となる新しい組織の構築作業が進められた。「全国「山の日」制定協議会」の設立である。超党派議員連盟の代表、地方自治体の首長有志、経済界の賛同者、学者・有識者、それに山岳5団体の代表が呼びかけ人になって、11月11日、東京・麹町の弘済会館で設立総会が行われた。会長に谷垣禎一さんが選ばれた。衛藤征士郎さんは会長代行。副会長に前日本山岳会会長の尾上昇さんらが就任した。
全国協議会はその会則で《国民祝日「山の日」を制定すること、その意義を広く国民に伝えること、「山の日」にかかわる広範な分野の発展に寄与することを目的とする》と規定している。当面150の法人・団体、200人以上の個人会員獲得を目指している。年会費で運営する任意団体で、広く国民の理解を得るための各種事業、とくに周知のための集会や、イベントの開催に力を注ぐとしている。県や市町村など地方自治体から祝日化の意見書を国会宛に出してもらう、各地域、各団体の行事などすべてをネットワーク化して情報交換し国民運動として盛り上げる、メディアに働きかける、インターネットを駆使して運動をアピールする…など事業計画は多彩である。
「山の日」制定協議会をつくり3年半にわたって活動を続けてきた山岳5団体の協議会は、全国協議会の設立と同時に発展的に解消し、全国協議会の法人・団体会員の一員として、然るべき役割りを担うことになった。

超党派「山の日」制定議員連盟の動きと、国民運動としての全国「山の日」制定協議会の活動は、いわば車の両輪である。今後とも連携しながら運動を前進させ、幅広い各位の参加を得て「山の日」の制定など目的の実現を期したい。

※本稿は「いま「山の日」制定」(書苑新社刊)に掲載されたものです。