お知らせ四国支部

■ 2012.09.14

登山教室開講

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写真・松浦さんの講演

「四国支部登山教室」開講   瀧由喜子、小林京子

 

四国支部の平成24年度第1回登山教室が8月26日、徳島県徳島市内の「とくしま県民プラザ」研修室で開かれた。登山ショップに置いたチラシを見た登山愛好家、山岳会の会員の友人ら計16人が受講生となった。

初めに尾野益大支部長が挨拶し、講座の年間スケジュールを伝えた後、「登山の魅力」「登山の装備」についてまとめた分厚い資料が配られた。一般受講者のほか、19人の四国支部会員も聴講しているので会議室は熱気に(外気が暑かったせいもあるが)包まれた。

 「山の魅力」については、ジョージ・マロリーの「そこに山があるからだ」に代表される数々山の名言の話から始まり、ピークハント、登攀(初登・新ルート)記録、高山植物・巨樹・動物との出会い、歴史・民俗学習、写真撮影、素晴らしい展望を得るなど、様々な視点から解説した。尾野支部長は「しかし、山の魅力は百人百様の捉え方があるため、こちらが考える山の魅力を押し付けるつもりはない。今回の講習会では、あくまで手段としての登山の技術や装備を講習するもので、安全を確保し危険を回避するお手伝いをさせてもらいたいと」と説明。続いて冬期を除く登山装備を説明してこの日の講座を締めくくった。

 引き続き、1970年5月にエベレストへ日本人として初登頂した関西支部の松浦輝夫氏を招いた記念講演「ヒマラヤ登山から得たもの」と題した講演があった。

 

※以下に松浦輝夫氏の講演の感想を記します。

 

 高校時代、山に見せられた話から始まり、1965年早稲田大学登山隊で目指した未踏のローツェ・シャール(8383m)遠征時の装備、その他調達準備、ドクター探しの苦労話又、なだれに巻き込まれた仲間の救出など壮絶な山との闘いの中での仲間の強い絆の話には本当に感銘を受けました。救出した後、残り少ない食糧、酸素で頂上アタックを開始したが「山で遭難は絶対してはならない」

と言う信念のもと、頂上まであとわずか200m足らずの所で断念した事。一回目のヒマラヤは未踏峰8000mの高さとの闘いに負けた悔しさが残った登山だったが、仲間の命を助け、無事日本へ連れて帰ったという喜びの登山だった。

 その後1970年5月11日植村直己さんと二人、日本人として初めてエベレスト登頂に成功した時

の話では、まだ誰も登っていない南壁からと東南稜からの2コース登攀を計画し、松浦さんと植村さんは東南稜からアタックしたそうだ。その当時のエベレストは今とは状況が全然違うが、しかし

山登りの面白さはルート工作にあると思うと話しておられた。丁度、スキーでエベレストを滑降する三浦雄一郎さんを眺めていた話等を交えて頂上に立つ迄の苦労話をされた。頂上に立った時の二人の飛び跳ねている感動的な光景、仲間への感謝の気持ちの石を持ち帰った時のエピソード等、本当に目の前にその状況が写るような話しぶりに思わず身を乗り出して聞き入りました。

 続いて1981年の早稲田大学西稜登山隊隊長としてK2(8611m)に臨まれた時の辛いアタック人選等本当に感動的な話でした。

 どの登山においても「山で遭難はしてはならない」と言う言葉の深い思い。登山には影で本当に大勢の人々が、お互い助け合い、補い合い、信頼し、責任を分かち合い、アタックを成功に導いているのだなーと改めて仲間の絆の大切さを感じさせられました。K2成功後、本格的な登山から遠ざかり、屋久島での陶芸に打ち込まれた話等、ユーモアをまじえ、時には涙を誘い、あっと言う間に過ぎた1時間半の講演でした。貴重な体験談を聞く事が出来ました。ありがとうございました。

 

第2回目以降の講座の計画は下記の通り。

 2回 9月23日(日)「地形と読図」(中津峰山)

 3回 10月28日(日)「地形と読図」(中津峰山)

 4回 11月25日(日)「ロープワーク」(中津峰)

 5回 12月23日(日)「ロープワーク」(中津峰山)

 6回 1月27日(日)「気象」座学 

 7回 2月24日(日)「気象」座学 

 8回 3月24日(日)「登山の危険」「山の雑学」座学