山梨支部

■ 2018.10.26

第59回木暮祭を開催しました

 

北杜市須玉町の金山平で10月21日、59回目の木暮祭が開かれました。主催は木暮碑委員会を構成する増富ラジウム温泉郷観光協会と日本山岳会山梨支部、山梨県山岳連盟、北杜市。碑前で献酒、献花のセレモニーを行い、恒例の地元が用意してくれた「ほうとう」を楽しみました。

金山平の高台にある碑前には約20人が集まりました。古屋寿隆日本山岳会山梨支部事務局長の司会で献酒や献花の後、北杜市の坂本孝典増富支所長、観光協会の津金胤仁会長、県山岳連盟の秋山教之会長、日本山岳会の深沢健三山梨支部長があいさつ。深沢支部長は「木暮とともに奥秩父に足しげく通った田部重治を顕彰する田部祭が、山梨市の西沢入り口にある田部重治文学碑前で初めて開かれた。奥秩父に関わる碑前祭が、ここ金山平、深田久弥の茅ケ岳、そして田部の西沢とそろったことになる。今後も継承していきたい」と述べました。

碑前で参加者全員の記念写真を撮った後、碑から下った広場で、増富観光協会が用意してくれた熱々の「ほうとう」を楽しみました。

木暮碑は周囲をシラカバ林に囲まれた高台にあります。昨年、山梨県が碑の東側に幅10㍍ほどの切り開きを作り、碑の正面に金峰山を望む事ができるようになりました。今年の紅葉はややくすんでいましたが、紅葉と金峰山を望むロケーションは、金山平の名所になりそうです。

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「奥秩父の父」と呼ばれる木暮翁の顕彰碑が出来たのは1950(昭和25)年5月6日。建てたのは霧の旅会、石楠花山岳会、日本山岳会山梨支部、地元などで、この時、除幕式と第1回木暮祭を開きました。その後、建立に合わせた春の碑前祭、秋の木暮祭が並行して行われてきましたが、十数年前からは秋に一本化して現在に至っています。また碑そのものは1959(昭和34)年の台風で流されそうになったため、高台の現在地に移されました。

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