東九州支部

■ 2011.12.21

屋久島合宿登山と事前合宿

屋久島で支部の合宿登山を実施することになり、11月18日(金)鹿児島から航路屋久島へ渡り、宮之浦港からタクシーで淀川登山口へ。参加者は7名。発つ前から天気予報が気になっていたが、案の定島はどんより曇、奥へとはいるほどに雲が厚くなってきた。夕刻淀川小屋に入ったが、まもなく雨が本降りとなってきた。屋久島で雨に会うのが当たり前とはいえ、夜になると風も出てきて、ついついには暴風雨の模様となる。天気予報をラジオで聞けば、夜から翌日にかけて「大雨、洪水、強風、雷、高潮注意報」とまるで悪天候予報の集合体だ。

そして翌朝、まだ暗いうちに出かける支度をするが、外はあいかわらず吹き荒れている。外に出てようすを見るが、とうてい宮之浦岳を越せる天候ではない。『停滞だ』と衆議一決。二人の若者が出かけていったが、残る他の二つのパーティも停滞を決め込んでいる。風は午後には弱まってきたが、1日雨はとうとう続いた。

翌20日(日)は、仕事の都合等で帰る組と、1日遅れで登る組とに分かれる。午前5時、雨は止んでいるがまだ雲の厚い中、全員で黒味岳まで行くことにした。

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花之江河にて

 

黒味岳の山頂は深い霧と猛烈な強風で、写真すら撮れない有り様。黒味別れまで引き返して、ここで帰る組の3名は小屋へ引き返して、その日のうちに大分へ帰っていった。

残る4名が宮之浦岳を目ざして進む。ときおり上空には青空が見え隠れするが、あいかわらず強い風の中、霧はすっきりと晴れてはくれない。前日の雨で、深くえぐれた道にはまるで川のように水が流れている。午前10時50分、宮之浦岳に到着。わずかに霧の晴れ間ができて付近の景色が見えそうになるが、すぐにまた深い霧に包まれる。北西方向に見えるはずの永田岳はついにはその岩峰を見せなかった。

焼野の分岐では深い霧のため永田岳へのピストンを止めにして、先を急ぐ。平石の岩屋で昼食休憩。吹き付ける風が冷たくて、岩屋の中とて長居できる状況ではない。早々に小屋を目ざして立ち上がる。1時40分、新高塚小屋に到着。しかしもうこの小屋は先客でほぼ満員状態だ。居住性は悪いが、高塚小屋は空いているかもしれない。先へ行ってみることにした。約50分。着いた高塚小屋は先客が二人だけ。上の段が空なのでそこを4人の今宵の寝場所とする。

この小屋にはその後二人が来た。上段は、雨漏りの後でぬれていたり、風抜きの穴から吹き込む風が冷たいが、満員の小屋よりも居心地はよい方だ。ただ残念、無念なのは、1日の停滞を含む淀川小屋の2泊で持参のアルコールのほとんどを飲んでしまったことだ。ザックの底のボトルにわずかに残っていたウイスキーを、4人で回し飲みして寝るしかない。

ウイルソン株にて
 ウイルソン株にて

翌21日(月)午前7時に高塚小屋を出て、縄文杉、大王杉、夫婦杉、ウイルソン株と下っていく。下るほどに天気はよくなっていくが、振り返る稜線は深い雲の中だ。こちらのコースはひっきりなしに登ってくるハイカーとの離合だ。世界遺産指定で、一層のオーバー・ユースが心配されているというが、なるほど、平日でもこれだけの人が訪れる道、いくら整備してもすぐに踏み荒らされてしまうようすが見て取れる。トロッコ道に下りて楠川分岐から辻峠へ。12時ちょうどに峠に着いて、ここでお昼のラーメンライス。そし観光客で賑やかな白谷雲水峡へと下り、待機していたタクシーで宮之浦港へ。後は高速船で鹿児島へ帰り、新幹線JRと乗り継いで夜大分へ帰着。

  屋久島合宿登山に先立って事前合宿を九重・坊がつるの『あせび小屋』で実施した。10月22日(土)午後1時に長者原登山口に集まったのは、屋久島には行けないけど合宿に参加したいと言うメンバーも入れて10名。夜のすき焼き料理の材料を分け合って担いで雨ヶ池越経由で坊がつるへ。雨上がりの天気であったが、すっかり色づき始めた紅葉が、三俣の斜面を染め、坊がつるが見えてくると、ススキや草もみじの色合いが眩しい。

アセビ小屋での事前合宿.
アセビ小屋での事前合宿.

『あせび小屋』はしんつくし山岳会から借りて使用。当日は我々10名の貸し切りだ。法華院の温泉に入りに行って、屋久島の打ち合わせをして、その後はすき焼きパーティ。翌日は帰路を急ぐ4人を除いてで三俣山に登って下山。こうしてプレ合宿は終了。

 

文責 飯 田 勝 之