東九州支部

■ 2013.04.18

大船山のミヤマキリシマ保護活動

去る3月3日(日)、九重連山の大船山で行われた、NPO法人久住高原みちくさ案内人倶楽部主催の、『守ろうミヤマキリシマ』ボランティア活動に、我が支部も参加した。この活動は、九重連山のミヤマキリシマがノリウツギなどの木々の繁茂に侵されて、年々枯死・衰退している現状をのなかで、大分県自然環境企画課が大船山山頂付近のミヤマキリシマの復元を図ろうという試みで、環境省及び文化庁の許可を得て、当団体に委託して実施したものである。

同日午前8時に竹田市役所久住支所前にボランティアの呼びかけで集まったのは登山愛好家など全部で38名、そのうち我が支部会員は10名である。主催者の用意した車数台に分乗して中腹の伽藍台まで上がり、そこから大船山頂を目す。ゆっくりペースの2時間半の登りで山頂直下の台地につくと早速作業開始。

指示されたのは環境省から許可された山頂の南側約100mの、登山道の両側10m以内という作業範囲と、ミヤマキリシマとドウザンツツジだけ残して、他の支障木を除伐し、伐ったものは細かく切って根本に敷くと言う作業である。しかしいざ作業にかかると参加者の中には、冬枯れた木々の中でどれがミヤマキリシマかドウザンツツジか、どれがノリウツギやヤシャブシやリョウブなどの支障木なのか見分けがつかない人が多い。地元の人に懇切丁寧な教えを受けながらの作業である。支部会員も手に手に鋸や鉈などを持って作業にかかる。登山道の直ぐ脇は密生したブッシュである。それらを掻き分けながら、一本ずつ樹木を見分けながらの作業である。熱心な作業で汗ばむほどとなり、冷たい風が心地よい。

途中休憩を入れて約2時間半で予定の作業はほぼ終了となった。あとは全員揃って伽藍台までの下山で、途中にある旧竹田藩主中川入山公の墓に立ち寄り、大船山をこよなく愛し、山に登った昔の殿様の逸話などを聴く。この作業は来年以降も続け、支障木除伐の影響がどのように現れるのかも見守ることになっている。

昭和30年代後半までの大船山山頂からその西側斜面は、6月はじめの頃はその広大な斜面全体がピンクに染まるほどミヤマキリシマが群生しており、昭和9年12月4日にこの地域が国立公園に指定された時、大船山のミヤマキリシマ群生地が特別保護区に指定され、また昭和36年9月21日には文化財保護法による天然記念物にも指定されている。しかし、近年ノリウツギやヤシャブシ、リョウブなどが繁茂し、それらの木々の日陰となってミヤマキリシマがどんどん枯死、衰退しているのが現状である。

このような現状を嘆く声は随分前から聴かれていた。しかしこれらの地域は自然保護法による特別保護地区のため、原則的に木の枝一本切るにも環境大臣の許可を必要とするというほどに厳重に保護されたところであり、たとえミヤマキリシマの枯死につながっている雑木と思われても、勝手な除伐は許されない。このたび、県自然環境企画課は大船山山頂付近のミヤマキリシマを絶滅危惧種として位置づけて、その保護を行うための雑木の除伐として、かつ、試験的な行為として山頂南側直下の限られた地域が特別許可されたとのことである。昔のミヤマキリシマを懐かしむ者として、何とか昔日のような大船山のミヤマキリシマのピンクの色合いを取り戻したいものである。taisenboranthia2.JPG

支障木除伐作業風景

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東九州支部会員

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作業を終えて全員で記念撮影