お知らせ北九州支部

■ 2016.09.10

8/11「山の日」制定記念 家族登山の報告 

 山の日」制定を記念して一昨年、昨年とプレ山行を行ってきたが、今年は本番。

 一般登山者および家族・市民を対象に家族登山を計画しました。

JR門司港駅を午前9時出発。前日のメデイアの報道で、エントリーしていない当日飛び入り参加者もいた。旧九州鉄道(かっては九州の鉄道全体を管理し、現在は鉄道記念館として市民に親しまれている)、三宣楼(かっての高級料亭で、財界人、軍人、政治家、文人墨客で大いに賑わった)、旧毎日新聞西部本社と旧社員寮「醍醐」(槇 有恒元会長が風師山登山の際、宿泊した旅館跡)を経て清滝公園より九州自然歩道を歩く。 

 昨年逝去された直木賞作家佐木隆三氏の旧宅「風林山房」(山口県出身の直木賞作家古川薫氏の命名)の下を通り、豊後の大友氏が山口の大内、毛利氏と戦った門司合戦の古戦場三角山城址(194㍍)登山口で小休止。更に歩を進めると紅葉の名所「もみじ谷」入り口に到る。こまめに水分、エネルギー補給を行う。この先には高浜虚子の句碑「風師山 梅ありと聞く 登ぼらばや」がある。やがて車道の終点に到着。登山道に入って直ぐ右に福岡黒田藩の家臣「宮川尚石」の歌碑がある。詳しいことは判らないが、兵法者・軍学者で「たつ雲の袖をかざしの山風にちりものこらぬ峰の紅葉」と詠まれている。

 午前11時風師山風頭到着。内藤会員、森会員により参加者全員にアイスキャンデーが配られる。同行取材の地元FBSテレビの「頂上の感想は・・・」との質問に参加した小学生の答えは「おいしかった・・・!!」 風頭頂上(364.3㍍)にある槇有恒元会長の記念碑、略歴碑の説明やかって風師山一帯が「西脇野湖」という広大な淡水湖であったが地殻変動で海となり、更に隆起して山となった。そのため、山頂には水中生物、貝の化石があることなどを説明し矢筈山へ向かう。もっとも子供たちにとってはアイスキャンデーの冷たさ、おいしさが一番の人気であった。

 矢筈山キャンプ場への道はかって陸軍の要塞地帯であった名残です。二等三角点(362.2㍍)のある風師山、さらに南峰を経て矢筈分かれより急坂を下る。矢筈山キャンプ場への車道へ出るとキャンプ場は近い。少し歩いてキャンプ場に到着、管理人の説明、注意を聞き、経口補水液を配る。一年中、気温16度Cの地下弾薬庫跡に入りクールダウンする。大好評!!関門海峡の絶景を眺めながらベンチで昼食をとる。

 昼食の後は、子供たちお待ちかねの「スイカ割り」大会。前日よりキャンプ場の冷蔵庫で冷やしておいた。そのあとは割った冷たいスイカで喉をうるおし、後は「ロクロ」を作っての「火起こし体験です」。「ボツ」と火がついた瞬間は全員で拍手、大人も楽しめたイベントでした。このイベントを企画していただいた風師山早朝登山会代表の菱田さんに感謝です。

 午後2時前、下山開始。小森江子供の森公園で点呼、参加者全員の無事を確認して解散をしました。また来年逢いましょう。

今年の参加者は「北九州市政だより、門司版」と「毎日新聞 北九州版と下関版」で呼びかけた結果、94名(5歳~84歳)の参加となった。因みに昨年は51名、一昨年は24名でした。また、毎日新聞とFBSの同行取材、報道もあり周囲の反応も上々でした。

 最後に、風頭頂上の槇 有恒元会長の記念碑には

    「この頂きに立つ 幸福の輝きは

     これをとらふる 術を知りし

     山人たちの 力によるものなり

           昭和3210月  槇 有恒」

と記されている。  
文責:北九州支部 14264 丹下 洽