2011年9月アーカイブ

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Java島の東部にSemeru山3767mがある

 

日本山岳会埼玉支部の海外登山の一環として田尻一實さ んを隊長に奥様の順子さん、松尾治さん、石塚昌孝さん、金 子

鵬一さん、加藤晴久さん、南波克行さん、正田緑さんと冨 樫の9名がインドネシアのジャワ島の最高峰のスメル山 3,67

6m を目指した。

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バリ島デンパサール空港駐車場で

2011年9月9日(金)晴れ

成田空港第2ターミナルには先発している田尻ご夫妻を除い て7人が集合し、ガルーダ・インドネシア航空の 11:00 発

にE チケットで7名まとめてチェックインをする。7時間 30 分のフラ イトでバリ島のデンパサールに 18:30 に到着す

る。空港には 田尻夫妻と通訳・ガイドのマディさんが迎えに来てくれた。車 で宿泊地のウブドまで1時間のドライブ。

気温は赤道直下に かかわらず日本より少し涼しい感じである。 

2011年9月10日(土)曇り

バザールを見物して迎えの車に乗り、湧水で沐浴しているテ ルタアンプル寺を見る。石造りのヒンズー寺は静かなたた

ず まいで多くの参拝者がおり、悪い心を清めるため沐浴をしていた。古い歴史のある寺を見る。寺も古いが、庭に菩提

樹の 巨木があり、元の木が解らないぐらい周辺の気根が太くなり 周囲が40mはあろうかと思えた。16:00にコテ

ージに戻る。 

2011年9月11日(日)曇り後雨

フェリー乗場に到着する。ここで運転手と別れるが、マディさ んは我々と同行する。港にはジャワ島のガイドのココさん

が出 迎えていた。10人乗りのバスと小型車が用意され我々はバ スに乗車する。ジャワ島は西に位置して時差がさらに

1時間 発生する。17:00に大きな屋根の KALIBARU COTTAGES に到着する。ヤシ・バナナ・ブーゲンビリア・熱

帯植物が茂る 広い庭園の中に2人部屋の赤い屋根のコテージが散在す る。

2011年9月12日(月)曇り時々小雨

2台の車に分乗してラヌパニに向かう。山道に入り、海抜 500m のスンドゥロの BALAIBESAR TAMAN NATIONAL ゲー

トで入山料を支払い、いきなり急坂になる。バス1台がやっと 通れる狭い道だが、対向車がなく助かる。海抜 800m の付

近 は赤い肌の杉(?)があり、これを伐採し運搬するトラックがい る。海抜 1,500m 付近は巨木が天空を覆う熱帯雨林で、

巨木 にはサルオガセが垂れ下がり、幹にはシダやランが着生して おり、ヘゴの木が密生しているジャングルである。2,0

00m 付 近は松が多い。道はいきなり高原野菜地帯に飛び込む。急 な山肌には畑が作られ、ねぎ・キャベツ・きぬさやえ

んどうが 栽培され、道端には大根の花(?)が野生化している。山の中 の小さな村と思ったら人口 1,000 人からの村であっ

た。村中 にある宿の前がキリスト教の教会で近くの回教のモスクからマ イクを通して礼拝の祈りがあり、近くにはヒン

ズーの寺がある。 仲良くやっているようだ。夕空に遠くスメル山のシルエットが 見える。宿はベッドだけの2人部屋で

食堂が宿の入口にある。 シャワーがあるがお湯は少々で、トイレは男女共用で手桶で 水を流す方式である。夕食には冷

えたビールが提供され、料 理はジャガイモを練って団子にしたコロッケ、豆腐・鶏肉を油 で揚げたもの、野菜のスープ

を白米にかけていただく。 

2011年9月13日(火)晴れ

2011年9月13日(火)晴れ 快晴の朝で 4:00 にコーランのマイクで起こされ、5:00 に鶏の 鳴く声で起こされそれ

でも寝て、6:00 に起床、6:30 朝食。朝 食はチャーハンとじゃがいものフライと食パンとジャムとコーヒ ーと紅茶で、

こんな山の中で食パンが出るとは驚きである。 7:40 に出発する。他の宿から出てきたドイツ人グループと合 流するが

抜かれる。昨日来た道を少し戻りゲートの手前を右 折し、畑の横をしばらく歩いて左手の山道がルートになる。細 い登

りの坂道で高度を上げるとこの村の高原野菜地帯全体 が見渡せる。かなり奥行きが広く、様々な種類の野菜が栽培 され

ている。生産物は車で下の町のバザールに運ばれる。 道には四角や6角形の石で丁寧に舗装されており歩きやす い。こ

の道は数キロ続いている。道の両脇にはノボタン・イン パチエンス・ミズ・カッコウアザミ等日本にも見られる植物が

あ るが、巨大なヘゴの木には驚いた。霧の多い所の特徴で松 にはサルオガセが垂れ下がり、幹には複数の種類の着生ラ

ンやシダ・モンステラーが付着している。山肌に焼けた跡が あり、まだ燃えているところがる。落雷による山火事であ

る。故 意に火を点け、焼き畑状態にしているところも複数個所見受 けられた。乾燥しているのでよく燃えるが消火活動

はしてい ない。11:30 にガスの中から湖が現れる。ラヌクンブロ湖で岸 辺には大勢のトレッカーが昼食のため休憩して

いる。我々もポーターが作った昼食を食べてから出発する。スメル山との 峠に向かって草原の中を1時間歩き、14:30に

2,750mの峠で 高度順化のため 30 分休憩する。ここからスメル山がよく見え る。山の半分が樹林帯でその上が赤茶けた

火山灰土の裸の 山である。雨による浸食された縦の溝が見え、ルートらしい白 い道も見える。30 分で今夜のテント場

に到着する。屋根の壊 れた建物があるが、炊事用で我々はココさんが用意したテン トに宿泊する。スメル山のスケッチ

をしてテント場に戻ると仲 間は誰もいない。ココさんに聞くと神の雫の水場を見に行っ ているという。すぐ後を追うが

追い付かない 15 分ほど水のな い谷間を下ると仲間の声が聞こえ、やがて右手の岩壁から水 が滴り落ちている水場に到

着する。あまり水量は多くなく水を トタンで集めているが、集めるのは大変である。疲れた体に は戻るのも大変であっ

た。夕食時にはポーター達が焚火を する為近くの木を切って盛大に燃やしてくれる。ここに来て初 めて聞いたのだが、

明日は頂上でご来光を迎えるために夜 中に出発するという。スメル山名とは別に最高地点はマハメ ールと呼ばれインド

ネシアのヒンドウー教では聖山である。

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スメル山登山口であるラヌバニ村ホテル前で   スメル山途中の巨木になったシダ(ヘゴノキ)林で
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スメル山の麓にあるテント場に向かう一行   スメル山をバックに

 

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スメル山(火山)の頂上

2011年9月14日(水)晴れ

0:00 に起床。ミルクとパンと紅茶をいただいて 1:00 に出発す る。田尻さんは体調不良で登りはキャンセルしてテント撤

収 後にポーターとラヌクンブロ湖まで高度を下げ、場合によって はナヌパニ村まで下山する。田尻隊長からスメル山登

山の隊 長代行を指名される。松尾さんが適任と思うが引き受ける。テ ント場の海抜が2,600mでスメル山は3,676mなので

高度差は 約 1,100m ある。真っ暗なテント場をすこし下ってからスメル山 の登山口に取り付く。我々8名に5人のポータ

ーがついて来 た。いきなり急坂で懐中電灯の明かりを頼りに火山灰のほこり が舞い上がる道を進むが、暗いので後方が見

えない。南波さ んが遅れており、間が開いたようで南波さんを2番手に来ても らい再び一団となって樹林帯の中を登る。

埃はあるが登りや すい。1時間強ぐらい登った 3,000m 付近で樹木が無くなる。 ここから崩れやすい砂利道である。道は

軽石状の火山灰土 で、1歩登ると半歩ずり落ちる。歌の文句のように3歩登って2 歩下がる。懐中電気の明かりで足場が

よく見えず堅い岩がな く、全てずり下がるので疲労が激しい。

見かねたポーターが 手を出すのでひっぱってもらうが大変。

力強いポーターの脚 力に感心するが足場の悪さは解決しない。途中で疲れて登 るのが嫌になったが仕方がない。明るくな

り始めポーターから 杖になる棒を渡され、自分で足場を定めながら調子を上げて ゆく。頂上のご来光には間に合わず、太

陽が出てきて周辺が 明るくなってきた。登っているルートの両サイドは雨による浸 食で深い溝になっておりずり落ちると

軽い怪我では済まない。 ルートのヘリで人が歩いていないやや硬い所を登ると危険を サッチしてポーターがそれ以上へり

に寄らないよう声をかけ てくる。元気のいい金子さん、正田さん、加藤さん、田尻淳子 さん達は先に登りだした。残りは

少しずつピッチを上げて後を 追う。やがて傾斜が緩くなり頂上の道標が見え、平らな所の50m 先に大勢の人が見える。

7:30 到着する。登りは 6 時間 30 分かかった。

砂礫の道に5時間を要した。遅れてきた仲間を 待って、頂上で記念写真を撮る。

頂上はガスで下界は見えないが、尾根続きの噴火口では 時々小噴火があり噴煙が上がっているのが見えるが、周辺の ガス

で写真には写らないであろう。30 分ほどジャワ島の最高 峰の雰囲気を楽しんで 8:00 に下山を開始する。下山は富士 山の

須走ルートと同じで勝手にすべりおちる。途中で休憩を 考えたが、安全に休む所がなくポーターに援護されて全員 快調に

下山している様なのでそのまま火山灰の埃の中を下 る。樹林帯の入口の少し先に広いところが有りそこで休憩す る。急ぎ

過ぎたために数人の後続がついて来ず別れた休憩 になってしまった。途中で一度休憩を入れたほうが良かった。 樹林帯の

中で一度休憩しただけで 9:40 にテント場に到着す る。下りは1時間 40 分であった。テント場には田尻隊長が出 迎えて

全員の登頂を喜んでもらったが、皆からは世界最悪の 山との話があり困っていた。自分を手助けしてくれたポーター は

このグループのサブリーダーで棒を返しながら日本のタバ コを1箱お礼で渡す。タバコは事前に全員が田尻さんから頂

いたもので隊員の皆さんもお礼に使っていた。田尻さんは体 調が少し良くなったが、大事をとってココさんとポーター

と3人 でラヌパニ村まで下山をする。昼食後テントを撤収して 12:00 にラヌクンボロ湖に向かう。途中ですれ違う登山

グループと交流しながら 14:30 に湖に到着する。

ポーター達が山から枯れ た木を担いで下し、盛大に焚火を楽しんだ。岸では釣りをしており 5cm ほどの小魚を釣り上げ

ていた。テントの外で月が 出てきて湖面をいれて3つの月が見えると騒いでいるが疲れ ていたので見ないで寝てしまう。

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スメル山からの帰路にあるラヌクンボロ湖   ブロモカルデラからブロモ火山と手前のヒンヅー寺

2011年9月15日(木)晴れ

テントは夜露でびっしょりで湖面はガスで見えない。7:30 に 出発して湖の反対側で湖をバックに集合写真を撮影する。

のんびりと歩き、途中の東屋で登って来たインドネシアの大学 山登りグループと国際交流を楽しんだ。12:10ニラヌパ

ニ村に到着する。

田尻さんの出迎えを受ける。元気そうなので安心 する。昼食後3台のジープで来た道とは反対の道を登り尾根沿いに進

んで分岐点に到着。車をおりて下を見ると広大な谷 底が見える。所々に草原・砂地・黒い大地が見える。

これがブロモカルデラで谷底を目指して急坂をジープでゆっくり、 未舗装の草地や砂漠城の道を 20 分近く走ると左手に

頂上まで階段が作られているブロモ火山とその麓のヒンズー寺と馬 方の小屋が現れる。馬方は寺かブロモ山の麓まで馬に

乗ってもらおうと寄ってくるが我々にその時間はない。さらにその先に進むかと思いきやここから引き返し先ほどの分岐

まで登 り返し、分岐の左の道を次第に高度を下げて 17:00 に着いた 大きな都市が州都のマランで、海抜 500m の街は暑い。 

2011年9月16日(金)晴れ

9:00 にマイクロバスで出発し、小鳥のバザールを見物する。 ジャワ島にこんなにたくさんの小鳥がいたかと思うほどた

くさ んの種類の小鳥がかごに入れられ売られている。1羽 25 円ぐ らいらしい。小鳥以外にふくろう・にわとり・カラス

・鳩・ヤモリ・ ウサギ・ハムスター・ハリネズミ・ペルシャネコ・サル達や釣りの 餌の昆虫まで売っていた。途中から高

速道路に乗り 16:30 に スラバヤに到着する。

 2011年9月17日(土)晴れ

11:00 に出発してオランダからの独立の舞台で掲げられたオ ランダの旗の青い部分を切裂いて赤と白をインドネシアの国

旗にしたというエピソードのあるホテルで当時の貴重な写真 を見る。バスで混雑する道を空港に向かう。スラバヤからデ

ン バサールまでの国内線のカウンターで荷物を成田まで預け 身軽になる。フライトは1時間弱でデンバサールに到着する。

国際線のカウンターでチェックインして 15 万ルピーの空港税 を支払い、出国手続きをする。満席の機は 00:45 にテイク

オ フし、一路日本に向かう。

 2011年9月18日(日)晴れ

8:50 に成田国際空港に到着する。気温は 29 度でインドネシ アより蒸し暑い。正田範満さんが迎えに来ていた。 以上 冨樫記 

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スメル山のスケッチ

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