科学委員会
KAGAKU                       体験報告      


 

 「低圧室」を利用した四千メートル体験
1982年(昭和57) 7月3日(土)
名古屋大学環境医学研究所低圧室
解説:森滋夫助教授(名古屋大環境医学研究所第5部)
参加者:(午前)8名、(午後)8名  報告:山448(中村純二、森滋夫)

科学研究委員会報告

「低圧室」を利用した四千メートル体験

1、日時 昭和57年7月3日(土)10時〜18時

1、場所 名古屋大学環境医学研究所低圧室

1、参加者 (午前)高遠宏、小西奎二、神谷光昭、千葉重美、中村純二、*伊藤忠男、*栗原俊雄、*榎田晴美、(*印は名大ネパールヒマラヤ氷河調査隊員)
 (午後)渡辺兵力、高橋詢、斎藤桂、梅野淑子、大森弘一郎、前田文彦、中川和道、若林幸子

1、講師 環境医学研究所第5部   森滋夫助教授

1、概要 最近、高所における速攻登山で注目を浴びている低圧室トレーニング法については当委員会でも取上げ、会報439号には島村清氏の講演概要が掲載されているが、中高年者の保健の目的にも有効というので、今回名大森研究室のご好意により委員有志が低圧室に実際入ってみてその認識を深めることになった。実験内容は森先生の別掲報告に譲るが、被験者が比較的高齢であったため、環境医学研究所としても平衡機能感覚を計測する等参考資料が得られた模様である。私共としては寝不足がてき面に結果に現われるその因果関係に驚いた次第であるが、このような科学と登山の共同実験の試みは今後とも必用であることを痛感し、更に対応を深めて生きたいと考えている。

(中村純二)


「低圧室」を利用した 四千メートル体験

       名古屋大学環境医学研究所
              森 滋夫


 1978年、メスナーとハーベラーが、酸素ボンベを持たずにエベレスト登頂に成功したとき、世界の生理学者は一様に驚いたものである。それは“限界”を越える、と考えられていたからである。その後、ヒマラヤ無酸素登山がブームとなり、多くの犠牲者が出ていることも事実である。 登山事故の多くが低酸素障害に無係でないことは、登山家達自身が一番よく知っている。高所登山は、高所順応、高所劣化との戦いなのである。

 二年前、私達の研究所に、最新の装備を整えた「低圧室」ができた。以来、延400余名が被験者となり、その半数以上が、高所登山を目差す登山家であった。そして彼等の多くが、低圧室で体験した低酸素障害の記憶が自己判断に役立った、と述べている。稀ならず、“高所順応不適合”とでも言うべき被験者に出くわす。体質的に低酸素に向かないようである。 「あなたは高所登山はやめなさい」と警告できるだけの経験とデータを早く積み重ねたいものである。

 6千メートルまで減圧すると、5人に1人は」10分以内に意識混濁を来たす。低酸素の効果を、はっきり自覚するのは、4千メートルぐらいからである。本年7月3日、JAC科学研究委員会メンバーを主とした16名の低圧体験に、4千メートルを選んだ理由である。最大作業能力が約20%低下するので、自転車エルゴメータを踏めば、その分だけ重く感じる。低酸素効果を最も端的に感じる方法にちがいない。4千メートル体験のポイントとした理由である。私道の興味の一つに、低酸素下の平衡機能障害がある。体験希望者に高令者が多いことから、その参考データとして役立てることにした。身体のゆらぎを検出する装置に1分間立つのである。

 4千メートル体験は、低圧室の広さに限りがあり、午前8名、午後8名に分かれた。平均年令43才、最高67才、女性4名を含み、多彩な職業分布のグループであった。午前グループは7名が睡眠不足。4千メートルで、顔面紅潮、酩酊感、ふらつき、等があった。午後グル−プは全体に症状が軽く、4千5百メートルまでの体験となった。睡眠不足、疲労は、著しく低酸素耐性を弱めるようである。原因はよくわからない。ふだんからスポーツを心がけるのも、低酸素に冒されたとき有利に作用する。心拍数増加や換気量増大を、より早く誘発できるからである。4千メートルでは、安静時心拍数が平均10拍程度増加していた。これは登山家の値に近い。さらに、身体動揺か、予想に反して、あまり変化しなかった。いずれも、平素から運動をやっている人が多かったためと思われる。ただ1人、午後グループで睡眠不足のあった体験者が、4千5百メートルで著しく動揺を増していた(図参照)。

 高令者2名に脚ブロック型不整脈、女性1名に心室性期外収縮を認めた。後者は、スポーツマンでよく見られる、心拍数増加により消失。 そうでない場合も、前者2名の例を含め、私達の経験では、少なくとも4千5百メートルまでは変化がない。

 低圧室をうまく利用すれば、高所順応に要する期間を省略ないし短縮できるかもしれない。
この可能性について、スポーツ科学者と登山家との共同実験をすすめて行きたい。生理学的裏づけには時間がかかるが、確かに有効なようであり、期待が持てる。

山448 (1982/10月号)


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