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2004年
山岳トイレ改善の最新情報 森 武昭 会報「山」705(2004年2月号)

山岳トイレ改善の最新動向

森 武昭

山岳トイレ改善の動き 

 山岳トイレ改善の動きは、平成9年頃から活発化した。本会でも、平成12年11月に科学委貝会と自然保護委員会が、シンポジウム「登山者の立場から山のトイレ問題を考える」を開催した(会報663、668号参照)。また、平成14年7月にはトイレマナーノートを作成し、広く配布した。

 このような改善の動きを促進した背景には、環境省が平成11年度から山岳トイレの整備に半額補助を実施したことがあげられる。下表に示したように、この5年間で57か所、9億3千万円を袖助したことになる。したがって、山岳トイレ改善のために総額約20億円が使われたことになる。この数字は、一登山者としては大いに考えさせられるところである。平成16年度予算でも1億円が計上されている。

 そして、これをサポートするように、一部の地方公共団体も補助金を拠出している。例えば、富士山の静岡県側の3つの登山ルートでは、平成14年度から3年問で全てのトイレを環境に優しい方式に改善するべく、原則として、環境省50パーセント、静岡県20パーセント、地元の市町村20パーセント、山小屋10パーセントの割合で費用を負担し、整備を進めている。このような補助金という形で行政が積極的に動き出したことは評価される反面、新たな問題も提起されている。

技術的課題と対応

 そのひとつに、技術的な課題があげられる。山域外への搬出を除くと、現場で行うし尿処理としては、生物、化学、土壌、乾燥・焼却、コンポストといった方式がある。いずれも原理としては難しくないのであるが、山岳地域という特殊性が加わった途端に困難さが生じる。山岳地では基本的にインフラ(道路・水・電気)が整備されていないうえに、気象条件が厳しく、負荷条件(トイレの使用は、限られた時期、限られた時間帯に集中する)も多種多様なためである。したがって、技術的には保守面も含めて不安材料をかかえたまま導入が進められているのが現状である。

 環境省では実用段階にある先進的環境技術を促進するために、その環境保全効果を客観的に実証する事業を試行的に実施し、環境保全と地域の環境産業の発展をねらって、平成15年度から「環境技術実証モデル事業」をスタートさせ、有識者による検討会を立ち上げた。
そして、アンケート結果などから3つの課題が取り上げられ、そのひとつに「山岳トイレし尿処理技術」が採択された。

 これを受けて、6月にワーキンググループが結成され(筆者が座長)、実証試験要領が決定された。
次いで、8月に実証機関(都道府県と政令指定都市)を公募した結果、今年度は富山県に決定した。
そして、同県では直ちに実証試験を希望するメーカーなどを公募した結果、立山一ノ越公衆トイレ(富山県所有で一ノ越山荘が管理)の土壌処理方式について試験することを決定した。

 そして、今年度は時間的な制約があるため、越冬に関係した実験項目について(主に温度測定)のみ実施し、来年度に本格的な実験を行う予定にしている。また、同県では、さらにもう1か所別の方式について試験すべく準備を進めている。そして、平成16年度にはさらに他の実証機関を公募すべく現在作業を進めている。

 今後、実証試験で得られた結果は、データペース化して公開することになっており、例えば山小屋経営者がトイレを設置する場合、どの方式を選定すべきか検討する際などに役立ててもらうことになっている。また、メーカーが説明書などに記している性能が実際の山岳地域ではどのようなデータとなったかを定量的に明示することになっている(評価・認証は行わない)。 すなわち、今回の試験は、得られたデータを公開することにより、ユーザーなどへ判断材料を提供することを目的としている。

 このような技術的課題に関する本格的な検討が緒についたが、最重要な課題のひとつである”保守”については、最低5年程度の年数が必要であり、この点まで十分に検討できないのは残念である。 また、今回は国(環境省)が実証試験を行うため、データの公開までであるが、実際には性能評価や立地条件などを考慮に入れた適応性などを明示しないとユーザーにとっては十分に役立たないのではないかと思われる。 そのためには、行政機関から離れたNPOなどの民間組織がこの公表されたデータを基に専門家の意見を聞きつつ、ユーザーにとって真の意味で有益な情報を提供できるようなシステムを構築していくことが肝要と思われる。 例えば、筆者は自然エネルギー発電を専門としているが、山岳トイレ用電源として、過剰設備と思われる事例を見受ける度に、合理的なシステム設計の必要性を痛感させられている。

その他の問題点

 以上、山岳トイレ改善の動きを主に技術的側面から述べてきた。
技術的課題を別としても、多額の税金が使われている現状、立派なトイレを整備しても使用する登山者のマナーが伴わなければ保守などで困難さが増すこと(例えば便槽への異物混入が未だ多いなど)、保守に要する費用負担(チップ制から有料化へ)、オーバーユースとの関係などの問題が生じている。

 また、現在は利用者の多い山域を中心に改善が進んでいるが、登山者の少ない山域や日帰り山行が対象となる山域の大多数では、トイレそのものが設置されていないので、登山者のマナーだけに依存していることを改めて認識する必要がある。

 (JAC発行のトイレマナーノート参照)

山(705)2004年2月号


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