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1997年
樹形に見る森林の生き残り戦略       新田隆三 会報「山」621(1997/2月号)

樹形に見る森林の生き残り戦略

新田隆三

上を向いて歩こう

 巨大な構造物としての樹木は、光競争に競り勝つために高く伸び、その高さに伴う自重や風雪圧の増大に負けないように、様々な進化をなしとげてきた。樹体のミクロな機構を理解した上で、森林、とくに山岳地帯の森林を歩いてみよう。きっと風雪に耐えて生育する樹木の姿が、“視れども見えず”だった樹木のダイナミックな動きが、森林の生き残り(サバイバル)を賭けた姿であることに気がつくだろう。

 ここでは、針葉樹と広葉樹の樹形の違い、風雪に耐える仕組みの基本について述べる。

弱いから鉛直な針葉樹

 幹を見ると、針葉樹は鉛直至上主義で、一本気で素直でハードである。
広葉樹は光の多い方向へ幹を分岐させ、曲線が多くソフトである。しかしカシの棍棒やヤチダモの野球バットはあっても、スギ棒は弱くて使えない。機械的な強度を比較すると、広葉樹材は概して針葉樹材の二、三割は強い。樹形からくるイメージとは反対に、広葉樹はハードウッド、針葉樹はソフトウッドと呼ばれる。
広葉樹は針葉樹よりも進化した仕組みをもっており、光競争にも風雪に対しても有利である。

 針葉樹の木部の基本組織は仮道管といわれる中空のパイプ細胞である。
仮道管に、根から枝先へ水分と無機物を運ぶパイプの役割と、巨体を支える柱の役割とを兼ねさせている。
しかし兼用組織の悲しさ、仮道管には太い幹を横や斜めに張り出させるだけの強度は与えられていない。細枝を光の多い方向に派生させるのがやっとである。
 もしも主幹が移植、地すべり、風などにより少しでも傾くと、針葉樹には主幹を鉛直方向に修正し成長させるホルモンが分泌される。その結果、赤黒い細胞(圧縮アテ)を伴った新しい年輪成長が、傾いた幹の下向きになってしまった部分をとくに肥らせ、次第に外見上は鉛直に修正される。傾いたまま育つと主幹はいずれは裂けて枯死してしまう。林業で有用な針葉樹の鉛直な主幹は弱さのシンボルであり、サバイバルを賭けた姿でもある。

広葉樹は吊り上げクレーン

 広葉樹の木部は太いパイプ(道管)と強い繊維束とに分化した。軽量で十分な強度をもつ微小なセルロース繊維の束が木部にあり、樹体支持に専念する。この本部繊維は引っ張りに強く、鉄筋に擬せられ、オーバーハングも何のその、ものを吊り上げるのが得意である。クレーン(鶴首)のような吊り上げ機能をもつためには、傾いた幹の部分や太技の背筋に相当する上側の年輪を、ホルモン(引張アテ)分泌により優先的に肥大させる。

 傾いた幹や張り出した大技を腕に例えると、広葉樹は力瘤が腕の上側に盛り上がって重いものを吊り下げ、針葉樹は腕の下側の筋肉を太くして下から支え持つタイプである。したがって枝の断面を見ると、年輪の芯は中央にはなく、広葉樹は下方に偏り、針葉樹は上方に偏る(図参照)。
ちなみに切り株の年輪断面が南側に幅広いというサバイバル法則は、現実にはない。偏心成長の機構は陽光とは無関係である。

 マツ類(アカマツ、クロマツ)は針葉樹の中で最も強いグループに属し、広葉樹に負けじと太い枝や幹を横へ斜めへと張り出す。しかし、日当たりの悪くなった大技は雪や風で折れる。樹高の大きいマツは、よく見ると折れ傷だらけである。樹体の上部が折れて欠けると林床に光が人り、若いマツが後継樹として育ちやすくなる。陽樹のマツはそうした若返り戦略を持ちながら、命懸けで横枝を発達させるのである。

風揺れの相殺

 強風下で実験したり風害跡を調べた結果、風上にせよ風下にせよ、大技や幹を風と平行する方向に分岐させた樹体は、風による根元の動揺が小さいことが分かった。

 強風には息がある。風上の大技に当たった風の最強部分は、少し時間をおいて風下の大技に当たる。風上の枝と風下の枝とは弾力が違い離れてもいるので、揺れの周期と方向とは一致しない。大技と大技の付け根にあたる幹では、ばらばらな動きをする枝相互の影響を受けて、どの方向へ揺れていいのか分からない。根元に近づくほど揺れが相殺されて揺れ幅は小さい。光を求めて枝葉が広がった暴れ木は、風圧を受ける面積が大きいから不利かというとそうでもない。綱渡りは長い竿をもってやれば足下が安定するという。暴れ木では受圧部分の時間差、距離差が効いて、各枝が個性的に揺れるので、相殺されて根元は揺れにくいという状況が生まれる。しかし逆に湿雪がくっついて重くなり、枝が揺れないときには、強風が当たると簡単に樹体は根元から傾き倒れてしまう。

 山岳稜線に多いシラビソ、カラマツなどの偏形樹は、風上側に太い枝を欠き風下側に数少ない太い横枝をなびかせ、フラッグ(旗)トリーともいわれる(写真)。片足立ちの姿勢はいかにも不安定だ。しかし強風の中で比較実験をしてみると、風下側の複数の下枝がマイペースでゆったりと上下に揺れて、幹の揺れを減らしてしまっている。一方、下枝が少なく枝の短い林業向きのスリムな針葉樹は、もろに根元も風揺れして不安定だった。偏形樹は免揺(震)機構を自ら備えた耐風樹形だったのである。

 (信州大学農学部教授)

山621-1997/2月号


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