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2001年
森林と人類                    岩坪五郎 会報「山」670(2001年3月号)

森林と人類

岩坪 五郎

文明は森林を破壊する

 [山]編集人の村井さんから手紙をいただいた。1996年本誌618号に掲載した「環境と森林」につづ
き、「森林と人類」の標題で岩坪節を展開せよという内容である。専門でない方にも理解されるよう、かつ内
容のレベルは落とさないことをモットーに努力したつもりである。東京の人から見ると私の文章は浪花節の
ようであるらしい。それでは書きましょう、私は浪速節が好きですから。
それであ−してこ−なってと。

 巨大文明は森林を破壊する、と世の識者は言う。エジプト、メソポタミア、ギリシヤ、ローマみな然りである。これを私なりに解釈すると人間は生きていくために食物と燃料が必要である。巨大文明つまり人が集ると、集中的に周辺の土壌からその生産物を、食物や燃料として、生産能力以上に取り去ることになり、土地が痩せ不毛になるのである。

 不毛になるのに大きく分けて三つの経路がある。

1、日本や中国南部など降水に恵まれている森林地帯では、森林の成長量以上をくりかえし伐採することに
よって森林はしょぼくれ、土壌面が裸出してくる。そうなると雨季の土壌浸食で、ひどい場合は地滑りで肥沃な表層土壌が流亡してしまう。京都のことを翠嵐四方に千年のみやこというけれど、室町時代、江戸時代の京都の観光絵図でみると東山三十六峯はひどい禿げ山で、部分的にアカマツがはえているにすぎない(1)。
都びとが薪にしてしまったせいである。 この状態は中国江南一帯で今も見ることができる。樹木の伐採は禁
じられているけれど、枝だけでなく落ち葉も大切な燃料として掻き集められる。この状態では森林土壌は貧栄養化せざるをえない。 一昨年の揚子江の大洪水は、過剰伐採、裸地化につづく地滑りが原因である。今後、
樹木の伐採は中止し、日本に見習って、燃料は石炭・石油を使い、建材などは外国から輸入しょうとの方針を中国は打ち出したという。

2、乾燥気候下にあるサバンナやステップの地域では、燃料・食料として、また放牧によって植物を採取しすぎ、樹林や草原がしょぼくれてくると、乾季に風で土壌が動き始める。
風食である。この風食による草原、農耕地の砂漠化は乾燥地帯で恐ろしい面積で進行中である。

3、乾燥地帯ではもう一つ恐ろしい現象がおこる。農作物の増産のために灌漑事業を行うと、土壌の中のナ
トリウムやカルシウムが灌漑水に溶けだし、蒸発に伴って地表面まで上がってきて析出し、真っ白に地表を
覆う。メソポタミア文明はこれで滅亡した。パミールからノシヤツク(1960年、京都支部長の酒井会員と私か初登頂)の麓を流れるアム河にソ連はダムを造って、大灌漑事業による穀倉地帯をつくった。社会主義は自然を超克したと豪語したが、今、事態はメソポタミアの後を追っている。

森林の特性

 日本、ドイツ、フランス、北欧諸国などは林業の先進国である。数百年にわたって木材生産を通じて人は森林と関わり合っている。木材は石油、石炭などの化石燃料とちがって再生可能資源である。伐採してもひどい短伐期での繰り返しをやらなければ、伐採跡地に若葉が芽生え再生産が始まる。ある地域を賽の目切りにし、年間成長量以下を伐採していけば一巡してきたとき、同じような森林に成長しているはずである。賽の目の数が伐採のローティションで輪伐期という。

 森林の成長は大気中の炭酸ガスの炭素の固定を意味する。だから、成熟安定した老齢林に炭素固定の機能はない。日本の森林の木材蓄積量は現在約35億立方米、年間成長量は0.9億立方米である(2)。これは炭素量にして約O.2億トンで、日本の年間炭酸ガス炭素排出量3億トン(4)のほぼ7%を吸収固定している重要かつ貴重な機能である。工場などが排出する炭酸ガスを固定する効果的な技術はまだ開発されてお
らず、森林の成長はほとんど唯一の炭酸ガス吸収源である。

 日本の森林の年間平均成長量は4.8立方米/haであるが、熱帯でのユーカリのような成長の早い木の植林地では成長量は年間25〜35立方米/haに達する。30立方米/haとして年間炭素6トン/haを吸収固定する。1kwhの電力をつくるために使われる石油から出る炭酸ガスの炭素量を160グラムとすると(5)、1haの森林は年間6トン/(24時間×365日)/160グラムで、4.4kwhの発電からでる炭酸ガスの炭素を吸収する計算になる。

 地球温暖化防止京都会議(1997年)でのクリーン開発メカニズム(CDM)により、先進国は途上国での造林作業で排出削減量の認証を得ることができる。この数値は電力会社や製鉄会社が熱帯林の造成に熱心に取り組むことに魅惑的なものなのだろうか。

 熱帯での早成樹の造林にも問題がある。生物多様性の維持である。ひとたび絶滅してしまった生物種は再
び戻らない。生物の多様性はすなわち生物環境の多様性である。森林は陸地の大面積を占めており、高さ数
十メートルに及ぶから、そこには地球上最大、最多種の生物環境が広がっている。これを維持するには、多くの樹種から構成される天然林(自然林)がのぞましく、早く成長し形質のよい樹種の単純一斉林(同種同齢林)は好まれない。もちろん禿げ山よりはよいけれども。農業においてもおいしくて高く売れる品種のお米の大面積栽培はこの点で問題であろう。

わが国の現状

 戦中、戦後の過伐採の後、日本の森林は著しく回復した。国・公有林、民有林でスギやヒノキの植栽が熱心
に行われたこと、森林管理署や国土交通省によって禿げ山に等高線沿いに階段をつくり、マツやハンノキ類を植栽する砂防工事が成功したことによる。しかし、それを支えたのは、@石油、ガス、電気が普及し、森林生産物が燃料として使用されなくなった。A化学肥料の普及により、樹木の葉を農地に鋤き入れることがなくなった。B安価で太い良質な外国材の輸入により、国産材は売れなくなり、伐採されなくなったという現実である。

 とくにBの外材の輸入が大きい。日本の木材使用量は戦後の産業の発展、都心への人口の集中、核家
族化などによって急増し、1973年に1.2億立米方に達した後横這い状態にあるが、現在その約8割が輸入材である(図1)。世界各地域の本村伐採量は、図2に見られるように1967年を100とするとどこの地域でも増加しており、熱帯では2倍近くなっているのに日本だけが減少をつづけ、1967年には60以下である。1997年には39となっている(3)。日本の木材輸入ほは、2位の米国を大きく抜いてトップで、世界の森林破壊の元凶と目されている。しかし、日本人一人あたりの木材使用量はアメリカより少なく、古紙回収、利用率は世界の優等生である。日本の森林の年成長量は0.9億立方米で、自国産でやりくりできるのに、自国の樹木を伐らないで輸入に頼っているのが日本の特徴である。その理由は、日本は人件費が高い、日本の木材は生産に人手がかかっているなどで、高価である。そのうえ3K産業とされていて働き手がない。自然保護運動が盛んで、伐採とくに大径木の伐採はやりにくい。

 外村の輸入先は米国・カナダ材が43%、南洋材が16%、オーストラリア材が10%、北洋材が7%、ニュージーランド5%、チリ5%とつづく。フイリッピンではラワンを伐採しすぎてなくなってしまった。
インドネシアはその轍を踏むまいと 丸太のままの輸出を中止した。

 木材輸入を減少または中止した場合に生じる国際的、経済的影響または摩擦について私はよく知らないが、日本としては輸入にたよるほうが経済的なようである。

 世界的に今、森林面積の減少が大問題になっている。その大部分は開発途上地域の熱帯地域、中南米、アフリカ、アジアにある。1990年から5年間に合計約6300万ヘクタール、日本の国土の1.5倍にあたる
(3)。原因は農地への転用と過放牧、森林火災薪炭材の過剰伐採、それに伴う土壌浸食による草地化、禿げ地化があげられる。現在、燃料材の過剰伐採に伴う森林の喪失が大きい。
図3の伐採量に占める燃料材の割合の大きいC、Dグループに属するのは、発展途上の諸国である。

飽食の民

 発展途上国での諸問題の最大の原因は急激な人口増である。人類の将来はこの問題にかかっている。生態学的にみると、先進国の住民は飽食の民である。栄養状態が悪くなると生物は繁殖成長をはじめる。私の経験では、環境条件が悪くなるとスギやヒノキは花粉を付け、種実をつけはじめるが、好適な場合は伸張成長、肥大成長にエネルギーをつかう。つまり、発展途上国の人口増加率が先進国なみに減少するためには、われわれと同じ飽食の民になってもらう必要がある。そのための協力を先進国はすべきであって、質素倹約をすすめるべきではない。農業生産をあげ、森林を回復・維持する方法をわれわれはよく経験している。その際、
もっとも重要なのはエネルギーの確保である。

原子力発電の安全維持、開発・発展を!

 エネルギーでもっとも切実なのは、炭酸ガス問題、大気汚染問題のために安くて安全な化石燃料が使えないことである。太陽、風力、地熱など代替燃料の開発が強調されている。
しかし、それらはやがて80億に達するという全地球人類が飽食の民になるためのエネルギーを充足しうる可能性があるのだろうか。全地球人類の生き残りのためには原子力発電の安全維持、開発・発展が必要だと私は思う。今、多感な若者たちの多くが自然保護に熱心で、即、原発反対である人が多い。原子力発電の安全維持、開発・発展のために人類の若い最精鋭が従事して欲しい。そして海外協力青年隊として、途上国の人たちに安全なエネルギーを供給して欲しい。

 JAC会員としてできるもっとも手近な方法は、今、原子力安全委員長をしている松浦祥次郎会員を激励
することであると思う。

 私の専門である森林の利用、保護から話がそれたが、そのためにも必要な主張である。編集人にお願いし
たい。彼は今、たいへん忙しいようだがつぎは松浦会員の原稿を掲載していただきたい。

(1)小椋純一著『人と景観の歴史』1992、雄山閣出版 (2)森田学編『林産経済学』1994、文永堂出版(3)平成十一年度『林業白書』日本林業協会 (4)平成12年度『環境白書』(総説)環境庁編 (5)〇ECD Energy Balance(1988)

山670 (2001/3月号)


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