遠征隊名: | 日本山岳会東海支部 日中友好皇冠峰登山隊1993 |
山域: | カラコルム |
国地域: | 中国 |
対象の山: | クラウン峰(皇冠峰) |
高度: | 7295m |
ルート: | 氷雪壁中心の東壁に直登ルート |
キャンプサイト: | C1( 東南稜基部 5100m)、C2(東南稜末端のコル 5800m)、C3(東壁下部岩稜基部 6300m) |
酸素補給: | 不明 |
固定ロープ: | 使用 |
難易度: | |
期間: | 1993年5月--1993年8月 |
成功の場合の登頂者数: | 14名 |
登頂者名、日時: | 7月22日 第1次アタック 徳島、山崎、有冨 7月27日 第2次アタック 酒井、阿部、鈴木、中川 7月28日 第3次アタック 亀田、中島、宮坂、笹森 7月29日 第4次アタック 夏目、松岡、長谷川 |
失敗の場合:;最高到達 と日時: | |
事故: | なし |
犠牲者が出た場合; 名前・原因・高度・日時: | なし |
目的 | 中国カラコルムクラウン峰の初登頂 シュクスガム河流域の調査、インスカ゜イティ氷河の踏査 青年による日中友好国際親善活動 |
隊の国籍: | 日本 |
数: | 男性15 、女性0 |
リーダー: | 総隊長=湯浅道男(56)、隊長=徳島和男(48)、登攀隊長=酒井秀紀(32)、登攀リーダー=阿部哲也(30)・亀田正人(28)・中島正徳(28)、先発隊隊長=鈴木幹夫(26) |
隊員: | 隊員=山崎彰人(26)・夏目正憲(25)・宮坂仁(24)・有冨保之(24)・中川邦仁(24)・笹森進也(22)・松岡清司(21)・長谷川哲也(21) |
支援(シェルパ等): | |
参考文献: | 山岳89 P77-P91、日本山岳会刊、1994 |
刊行書籍: | 岳人 93年11月号、 山と溪谷 93年12月号、 岩と雪 93年12月、 日中友好皇冠峰登山隊1993報告書 94年3月発行 |
連絡先: | 日本山岳会 |
名前: | |
住所: | 東京都千代田区四番町5−4 |
電話: | |
fax: | |
e-mail: | |
web site: | |
行動概要: | (先発隊) 5月17日 6名 名古屋 → 北京 19日 カシュガル 隊荷準備、現地購入 23日 マザー出発 キャラバン開始 25日 アギール峠(4780m) 29日 インスガイティ氷河の舌端(4000m)にBC建設 6月 1日 第4ルンゼ入り口(4400m)にABC建設 (本隊) 5月27日 7名 名古屋 → 北京 6月 7日 BCにて 先発隊と合流 (後発隊) 6月7日 1名 名古屋 → 北京 11日 東南稜基部(5100m)C1建設 17日 全隊員 ABC集結 21日 東南稜末端のコル(5800m)C2建設 7月14日 東壁下部岩稜基部(6300m)C3設営 最終キャンプとなる 22日 第1次アタック 北京時間午後2時56分 徳島、山崎、有冨登頂 27日 第2次アタック 午前9時5分 酒井、阿部、鈴木、中川登頂 28日 第3次アタック 午前11時20分 亀田、中島、宮坂、笹森登頂 29日 第4次アタック 午前7時 夏目、松岡、長谷川登頂 8月5日 BC撤収 15日 インホンタン出発 帰路キャラバン開始 20日 マザダーラ帰着 30日 日本帰着 |
[註] | 本登山は日本山岳会海外登山基金助成金の割当てを受けて実施された |
更新日 98/10/25
Copyright 1998 The Japanese Alpine Club