科学委員会主催のフォーラム「登山を楽しくする科学(XI)」が、3月16日に、東京都港区西新橋の東京慈恵会医科大学の西新橋キャンパス1号館で開催され、山岳会員、一般の方など100人近い聴衆が、3つのテーマ、3人の講師の話に聴き入つた。
トップバッターは、今年度の日本山岳会秩父宮記念山岳賞を受賞した小疇尚・明治大学名誉教授。受賞の対象になった「日本の山岳景観」論を取り上げ、「その魅力と見どころ」について語った。世界の高山に比べ、日本の山岳は低くて小柄だが、岩がもろく降水量が多いため、地形が複雑に入り組んでおり、繊細で多様性に富む日本の山岳景観は世界的にも貴重だという。
世界や日本の山岳をくまなく歩き、氷河研究で知られるだけに、日本各地で今も見られる独特の氷河地形の特徴を示してくれた。今でこそ日本に氷河があったし、現在もあることは常識となっているが、20世紀初頭には理解されず、大きな論争になったという。今でもモレーン(氷河が運んだ岩石などの堆積物)の存在をめぐって学問論議があるなど、学者の間での興味深いエピソードも聞かせてくれた。
2番手は、新潟大学災害・復興科学研究所の西井稜子助教授が登壇、「雨による山崩れの特徴−登山で気を付けること−」と題して、災害列島日本の現実を語ってくれた。プレートの沈み込み帯に位置する日本は、隆起や火山活動で山が形成され、地震や大量の降水で激しく削られる環境にあるとし、繰り返される土砂移動現象が、人の生活に被害をもたらすときに、その現象は災害となるという。
国内の土砂災害発生件数は、年間約1000件にもなる。原因は地形、地質、植生などの土地の脆弱性に豪雨や地震が引き金になって起こる。現象として、表層崩壊、深層崩壊、地滑り、土石流の違いを迫力ある動画で解説してくれた。災害発生の前には、亀裂や落石、異様な土の臭いなどの前兆現象があると注意を喚起、異変を感じたらすぐに離れること、とアドバイスしてくれた。
最後は、日本高山植物保護協会理事で、三ツ峠山荘を経営する中村光吉氏が「アツモリソウとラン科植物の美しさと生態」の題で講演した。野生のランは馴染みが薄く、知る機会も少ない。しかし、その起源は、7600〜8400万年前に遡る。世界に約2万5000種、日本には230種ほどがあるという。
生態も独特で、受粉は昆虫に頼るが、対応する昆虫も決まっており、虫に合わせて花も形態を変化させてきた。特異な花の形で知られるアツモリソウの昆虫は、マルハナバチだ。虫の特性に合わせて、花の形も進化、確実に受粉できる仕組みを作っている。
ランの種子は胚乳がなく自力では発芽できない。菌を養分にして芽を出し、子孫を残す驚きの仕組みを持っている。菌も種類ごとに違い、アツモリソウはツナスネラという菌だという。樹上に生える着生ラン、土中の菌から栄養を取る腐生ランと形態も様々だ。
最大の悩みは盗掘と言う。三ツ峠では、柵で生息地を囲って保護活動を続けている。科学委員会の探索山行は、6月に現地を訪れる予定だ。 (米倉久邦)