日本山岳会創立100周年記念事業の国内登山として位置付けられた中央分水嶺踏査は、平成18年11月全て完了した。そして2月17日、報告書出版を機に、国土交通省国土地理院の後援を得て、弘済会館で記念フォーラムが開催された。
当日は 、各支部の支部長・事務担当者・分水嶺担当者を含めて150名を超える参加者が集い、熱気に包まれた。
会場には日本地図上に踏査の足跡がトレースされ、数々の思い出の写真も展示された。記念フォーラムでは次の方々から話があった。
会長挨拶 平山善吉会長
分水嶺踏査は、北海道の宗谷岬より九州の佐多岬まで約5000キロのルートに足跡を印す壮大なものである。その大部分は道無き藪漕ぎであるので、積雪期・残雪期が多かった。このイベントを成功裡に終えることが出来たことは喜びに耐えない。
多くの苦労の中から日本の山を見直したこと、山歩きの原点を再認識できたこと、全国の会員の足跡が1本の線で結ばれ、日本山岳会が強い連帯感で結ばれたことは100周年の記念にふさわしい。
踏査概要の報告 近藤善則 (分水嶺委員)
踏査は04年1月(秋田支部は前倒しで03年9月から一部実施)から06年11月までの3年間で実施された。山行報告書は1032枚に達した。それを基に集計すると、参加人数1460名、延べ人数5947名、延べ歩行時間3740時間、チェックポイント1832ヵ所、三角点950ヵ所に及んでいる。
当初は完全踏査を困難視する声が多数あったため、チェックポイントだけでも踏査しようということでスタートしたが、各支部、同好会等の取り組みが進むとともに、何とか線で結ぼうとの気運が高まり、立ち入り禁止区域を除いて、太い1本の線で結ぶことが出きた。まさに全国の会員がJACの伝統であるパイオニア精神を発揮した結果である。
地形学から見た分水界 小疇尚 (明治大学名誉教授)
地表に降った雨水は地表を流れるか、一度地中に浸透してもいずれ川に集まり海へと流下する。ある川に集まってくる範囲をその川の流域といい、流域の境界が分水界である。大きな川は山地に源流域がありそこの峰や山脈を分水嶺という。 地球規模の分水界(カナディアン・ロッキーのコロンビア・アイスフィールド)もあるが、日本では水系が発達して分水界が確立している。そして石灰岩地帯では地下水が山を突き抜けて流れるため分水界が複雑になるが、総じて分水界は分水嶺と同じである。
日本列島は1本の単純な弧状列島でなく6つのカマボコ島弧が繋がっている。日本の大分水界は大勢において列島のほぼ中央の脊梁山地に沿っているが、複数の島弧が交わる北海道南部、中部地方、九州では島の長軸方向と山脈が斜交していて大分水界は各山地の山稜を通らず横切るか避けて走っている。
測量、地図に関する最近の話題 津沢正晴 (国土地理院測地部長)
JACの分水嶺踏査完了の偉業に対して祝意を表したい。今回の分水嶺踏査で得たGPSでのデーターは各地の測定部に配布済みであり今後の活用を待っている。 最近の三角点の測量はGPSで行っている。従来の三角測量と違って孤島の測量はいたって簡単になった(現地写真で説明)。
GPSはアメリカ空軍が運用している全地球測位システムで地球の軌道上を回る複数の衛星からの電波信号を受信し、船舶、航空機が自分の位置を測定するものである。 アメリカからの影響から逃れるためロシア、ヨーロッパが独自のシステムの確立に懸命である。今後どのように展開されるか興味ある問題である。山岳地図の作成にGPSの連続測地による方法や立体視地図、さらに建物・樹木を透視した地図も出現している。
踏査記録とGPSの効用 宮崎紘一 (分水嶺委員)
山行報告書を読んで、今回の分水嶺踏査ではGPSが威力を発揮していることが分かった。そこで、計測されている三角点122カ所について分析したところ、水平位置(経度と緯度)については誤差20b以内が82l、標高については誤差10b以内が82lであった。一部の操作ミスや記録間違いと思われるデーターもあったが、GPSの信頼性の高さが証明された。ウェイポイントを山行前に登録しておくと、ルート探しに有効である。使用方法を習熟すればさらに使用領域が広がるであろう。
また、登山の記録として軌跡のデーターを取ることによって、三次元の位置に時間を加えた四次元の記録を得ることが出来る。
地形図が揃っていない海外の登山では利用価値が大きいと思われる。
[追記]06年10月1日マナスル登頂に成功した日本山岳会有志隊は、ベースキャンプ以降四次元の記録を残している。
出席者と語り合おう “踏査を振り返って”
第2部では、藤本慶光分水嶺委員の軽妙な司会のもとで、多くの参加者から発言があり、フォーラムは盛り上がった。 最初に、全国6ブロック(北海道、東北、関東・甲信越、中部、関西・中国、九州)と首都圏T・Uの代表より感想とトピックスを披露してもらった。 ハードな山行であったこと、山歩きの原点に戻ったこと、未知な山が多いのを再認識したこと、達成した時の大きな喜びと仲間の連帯感が生まれたことなど次々に報告され、いかに共有するものが多かったかを認識させられた。 トピックスとしては、分水嶺上の最高点と最低点、自衛隊基地内の踏査、分水嶺の新道作り、カルスト台地でのルートの難しさ、今回対象外であった四国・北海道東部の踏査を継続している話等々、分水嶺踏査を通じ各支部が活性化され、支部間の交流が深まったことなどが披露された。
最後に踏査報告書編集担当福山美知子委員より編集報告について話があった後、 100周年事業委員会委員長の平林克敏副会長から、今回の成果のまとめとして、「この事業の関係者が一堂に会して、やり遂げたという充実感と感動を皆様と共有することが出来、感慨無量である。この事業は百周年の基本理念である。<全員参加><後世にに残る事業><JACの伝統をいかに表現するか>を登山と山岳文化の立場から実施したものであり、全会員の記憶とそれぞれの心の中で生き続けるものと思う」旨の挨拶があった。
フォーラム終了後、引き続き同所で祝賀懇親会が開催された。
(向野暢彦、森 武昭)