平成5年12月11日(土)、東京渋谷の青山学院大学で科学研究委員会主催の「第二回雪崩シンポジウム」が開催された。
このシンポジウムは、平成4年11月28日に開催された第1回の続編である。前回は、雪崩事故例の報告などが主体であったが、今回は、雪崩多発山域の地域的特徴や雪崩の走路推定、対策など、深化した内容を取り扱うことにした。
当日は、山田名誉会員や中村副会長はじめ会員外も含めて68八名の出席のもとに、午前10時から午後5時すぎまで、5人の講師の話に熱心な質問が続いた。以下に、その概要を報告する。
■雪と雪崩の基礎知識
最初に、農林水産省森林総合研究所の遠藤八十一氏から、「雪と雪崩の基礎知識」と題して、雪や雪崩の性質について次のような講演があった。
@雪崩には、発生時の形態(状況)における三要素を組み合わせて6種類に区分されるが、積層内部のある雪層(弱層)を境に、それより上の雪崩(雪崩層)が広い面積にわたって、いっせいに動き出す面発生表層雪崩が最も起りやすく、また危険である。
A一般に、積雪は、時間の経過とともに強度を増す。したがって、短時間に大量の降雪があると、雪崩の危険性は極めて高くなる。
B弱層になる雪は結晶が大きくて隣の粒子との接触点が少ないため、時間が経過しても丈夫にならないような場合に生じやすい。とくに、寒冷地における霜ざらめ雪は弱層を形成しやすく、この上にまとまった雪が積もると雪崩を発生する。また。表層霜(大気中の水蒸気が雪面に凝結した霜の結晶)や水分を含んだ大粒のざらめ雪(粒同士の結合が弱い)は、雪崩の滑り面になりやすい。
■立山剣岳付近の雪崩
次に、富山犬学理工学部の川田邦夫氏から、「立山剣岳付近の雪崩」と題して、最近剣岳付近であった雪崩に関する事故例をあげて、その特徴が述べられた。すなわち、剣岳付近の山々ではいろいろなタイプの雪崩が起きている、谷筋が長く発生点を特定できないこともある、尾根筋からの滑落事故のほとんどが雪崩を誘発している、などの特徴をあげている。
とくに過度な積雪があって風を強く受けるようなところには、雪崩発生で最も怖い霜ざらめ雪が発達しやすい。雪崩の予防としては、天候の変化の履歴を考えれば、表には見えない積雪内の弱層や滑り面が予測できるので、ときどきピットを掘って安全を確認することが必要である。
■富士山の雪崩
午後の部の最初は、本会会員で静岡支部長の安間荘氏から 1富士山の雪崩」と題して、主にスラッシュ雪崩(水を多量に含んだ雪の流れ)についての講演があった。
富士山で発生する雪崩は、地形的条件や気象条件に規制されるが、基本的には新雪表層雪崩と高含水量のスラッシュ雪崩の二つに分けられる。極端な場合、斜面上部で発生した一つの新雪表層雪崩が、斜面中部にある高含水状態の不安定積雪層を巻き込んで、スラツシュ雪崩を誘発させ、さらに斜面下部の無積雪地表面上に形成された融解土層を削りつつ、谷に流入して土石流化することすらある。
スラッシュ雪崩は、低気圧が日本海側、または日本海と太平洋の両方を通過し、多量の降雨があったときに、水が凍って地中に浸透しなくなった状態で発生するもので、わが国では富士山だけに見られる現象である。その時期は、春先の2月から4月にかけて発生することが多いが、最近では初冬にも発生することがあり注目されている。
富士山では、森林限界(2400メートル付近、東斜面では1300メートル付近)より上では、山頂部を除いて雪崩に対して安全な場所はほとんどないといえるが、低気圧の接近に伴う多量の降雨(雪)がない限り、雪崩はほとんど起きていないというのが特徴となっている。
■雪崩の走路
次に、名古屋大学大気水圏科学研究所の中尾正義氏が「雪崩の走路」と題して、京都大学学士山岳会の中国梅里雪山での遭難の原因について検討した走路推定の過程で修得した知見を中心に、次のような講演があった。
@傾斜が30度近い積雪斜面では、どこでも雪崩が発生する可能性があり、雪崩発生点を見上げる角度が18度以上の場所では、雪崩が到達することが十分あり得る。
A雪崩が一定の角度の斜面を流下する時に達する平衡スピードで、雪崩の慣性力を表現することにする(積雪の性質や斜面の状態における諸々の抵抗力が含まれる)と、雪崩の走路は、慣性力か全くなくて重力のみが作用して、最大傾斜角の方向へ流下する(平衡スピードは最小となる)ケースAと、抵抗力が全くなく位置子不ルギーに変換される(慣性力が最も大きく、平衡スピードが最大となる)ケースBの中間を通る。その走路計算を行うには、2万5千分の1の地図をもとに地形情報を与えて、雪崩発生点を仮定すれば、種種の慣性力(平衡スピード)をもつ雪崩の走路を推定できる。ただし、実際には、平衡スピードに到達するためには、ある程度の距離だけ雪崩か流下る必要があり、平衡スピードが大きに」ほどこの距離が長くなる。
B雪崩の走路を予測する場合、直観的には、前記Aのケースをまず考える。そして、後は慣性力の効果による直進性をどの程度評価する(最も極端な場合が前記のケースB)かという問題になるが、一般的には登山者の経験則によっている。
C発生頻度が比較的高い・ふつうの雪崩」で判断すると、はるかに大きい慣性力を待った雪崩の走路推定を見落としてしまう恐れがある。
D慣性力の大きい雪崩は希であるが、高速で「ふつう」では予測し得ない走路をとり、大災害をもたらすことがある1986年1月の新潟県能生町における棚口雪崩の例など)ので注意を要する。
■雪崩対策の進歩
最後に、本会会員で農林水産省森林総合研究所の新田隆三氏が「雪崩対策の進歩」と題して、実演を含めた対策法や、雪崩救助法についての講演があった。
山岳雪崩事故のある調査例からみると、表層雪崩によるものが97パーセント、日中の雪崩が94パ−セント、人為的誘発が原因になっているものが62パーセントを占めている。ただし、わが国では遠隔刺激に対する当事者の知識不足などによって、自然発生と報告されている件数がかなりあるものと推定される(欧米では80〜90パーセントが人為的誘発)。弱層の平均厚さは約11ミリメートルで、2ミリメートル程度のものもある。また、弱層は、概して人間の刺激が伝わりやすい浅部にあることが多い。そして、登山者が間隔をとらずに行動すれば、積雪への強い刺激は広範囲におよび、足並み揃えて行動すれば、傾斜積雪の振動(雪崩発生につながる)を増幅してしまう。
ところで、登山者でも可能なシールディングテストには、3平方メートル程度の面積を必要とするルッチュカイル法とルッチュブロック法、小面積で比較的簡単に行えるノルウェー法、シャペルテスト、弱層テストがある。規模の大小、簡便さ、信頼性、テスト時間などで、各方法とも長所短所を有している。
次に、ある報告によると、人間が雪中に埋まった場合、埋雪時間が15分から45分で窒息による死亡が急増し、、それ以上埋雪して助かる例は非常に少ない。したがって、現状では、事故現場に居合わせた仲間の「三種の神器」(ビーコン、ゾンデ棒、携帯シャベル)を用いた早期救助活動に期待するところが甚だ大である。
以上の講演の後、講師を交えてパネル討論を行ったが、専門的質問や前記報告と重複するものなどが多かったので、ここでは割愛させていただく。
例えば、雪崩で埋雪した者を掘り出した後の、救助活動における低体温症に対する正しい処置法に関して、新田氏から指摘があったように、登山者が雪崩発生と危険予知、気象条件、およびこれらに関連した事項に関して、正しい知識を身にっけるとともに、現地で対策法などを体験学習していくことが必要であることを、改めて認識させられた。
一方、雪崩予知の科学的研究の進歩が望まれるが、例えば遠藤氏も指摘していたように、本会が派遣した1992年日中ナムチャバルワ登山隊が、雪面近くの温度勾配の測定による雪崩予測を試み、雪崩の警戒に役立てたことは(1993年『山岳』A77ページ参照)、一つの動きとして注目されよう。
なお、当日の「第2回雪崩シンポジウム」と前回の「第1回雪崩シンポジウム」の各予稿集の残部がありますので、ご希望の方は、JAC事務局内・科学研究委員会宛に、1部770円、2部1,270円(いずれも送料込み)を同封してお申し込みください。
(森武昭)