靴のミッドソールには軽くて耐磨耗性があり、クッション性にも優れるポリウレタン(以下PUと略記)が使われているが、PUにはポリエステル系とポリエーテル系の2種があり、後者は価格がやや高いこともあるが、主に接着性が悪いために使われず、使われているのはほとんどが前者である。ところが、前者は後者よりも吸水性が高く、温暖多湿の場所に保管されるとそのエステル結合の加水分解が進んで分子量が小さくなり、脆くなる。カビの繁殖による劣化も無視できない。イタリヤでキノコ菌類が多い林や湿地帯を歩き回るハンターに同様な破損が報告されているが、一般に空気が乾燥しており、乾燥室は加熱ではなく除湿されている欧州では日本に於けるような破損問題は起きていないという。従って日本向け輸出の割合が低い欧州の靴メーカーにポリエーテル系のPUを使った商品の製造を申し入れても理解され難いのが現状である。
シリオ社は製品の大部分を日本市場に供給しているので、市場の要求に合った根本的改良を目指して加水分解され難いエーテル結合からなるポリエーテル系のPUを使用することとし、このPUの接着性の悪さをカバーすると同時に水との接触を避けるためにPUをゴムで包み込み、靴底と一体にする方式を採用したという。
剥離問題を起こす可能性がある靴は既に国内で約20万足出回っているのに、これまでに修理を申し出られたのは僅か約3万足でしかないから、今後増加が予想される破損事故対策として、山小屋に数種のスペアの靴を備えることなども検討されているらしい。
経時劣化し難い靴が出回るまでにはまだ暫く時間が掛かると思われるから、差し当たって登山者が突然破損事故を避けるには、閉め切ってストーブなどで加熱しているだけの水蒸気が立ち込めた部屋は、乾燥室というよりは寧ろ加水分解室であると考えて敬遠し、まして、輻射熱が強いストーブの近くに濡れた靴をそのまま我先にと置くようなことをせず、保管する際には黴が生えないような風通しが良く湿度も低い場所を選ぶなどの心掛けが必要であろう。
メーカーにとっての焦眉の課題はポリエーテル系PUの接着技術の開発競争のように思われる。
(科学委員会 織方郁映 記)
山696-2003/5