■基調講演は山本正嘉氏
昨年のアルバータ登頂75周年記念トレッキングに多くの会員が参加したことから見られるように、中高年の高所登山・トレッキングにおおきな関心が寄せられている。このような現状を背景に、2001年11月17日(土)13時30分から17時30分まで、千代田区東京都高年齢者就業センター「シニアワーク東京」講堂で、科学委員会主催の表記シンポジウムが開催された。
まず、科学委員会担当藤本理事の総合司会で始まり、石田化学委員長の挨拶の後、鹿屋体育大学スポーツトレーニング教育研究センター助教授・山本正嘉氏の基調講演「運動生理学の観点から必要な心構えと準備を考える」が行われた。山本助教授は、1998年に行なわれたシンポジウム「科学的にとらえた中高年登山」に続き再度講演をお願いした。
内容は、@日本ですべきこと、A現地ですべきことに分れ、日本ですべきことの初めに、高所=順化の問題と、登山・トレッキング=体力の問題という二つの要素に分けるという概念が出された。つまり、8000b峰の高所登山であれば、冬季の北アルプスを登れる体力と、それを8000bの高所で行うための高所順化に分けて考える。4000b付近のトレッキングであれば、無雪期の、例えば奥多摩のハイキングコースを歩く体力と、それを4000bで行うための高所順化とに分けて考えるというものである。
日本ですべきことのうち体力トレーニングについては、中高年登山者1万人余りに対するアンケートでは、疲労やトラブルは年齢・性別よりも山行頻度、下界でのトレーニング量が大きく関係していたという。衣食住の悪環境に耐えながら、トレッキングでは日本での低山歩きが何日か続けて行えること、高所登山では冬山の装備・技術を備えた上に、装備重量に耐えることが必要で、目的の山に応じたトレーニングが要求される。
8000b登頂者の日常トレーニング法では、ランニング、実際の登山がそれぞれ、58%、47%と多く、基礎体力として、低山では1000bを二時間で、富士山五合目からは3時間30分で登れることが高所登山のひとつの目安になる。トレッキングではこれにこだわることはない。
高所順化トレーニングについては、パルスオキシメーターで動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定すると、平地での97〜98%が、4000bでは80%ほどに低下する。これには個人差が大きい。日本では4000bに近い山は富士山だけであり、富士登山はそれなりに有効で、3000b超でSpO2は70%にまで下がる。
1700b付近の、奥多摩の長沢背稜の縦走や、高度50b差の心拍数180を超える坂道ランニング、下界での全力疾走でもSpO2はせいぜい90%にしかならない。また、2000bの低山でも四泊すれば、4000b相当の順化はできると思われる。低酸素室で、2000bぐらいの酸素濃度で四泊ほどするのも効果がある。
体力はつきにくく落ちにくいが、高所順化はできやすく落ちやすい。高所順化は二週間ぐらいで落ちるので、平常から体力増強を行い、直前になって高所順化トレーニングを行う「期分けトレーニング」を行うとよい。
8000b登頂者の高山病にならないための留意事項としては、「ゆっくり歩く」「水分補給」「呼吸法」があげられた。
歩く歩数は日本の山の7割くらいがよいが、5割くらいのつもりで歩くとちょうど7割になる。水分補給は、食物からの水分を含めて1日4〜7g。少量多数回補給する。食物はゼリー状の流動食の評価が大きい。ビタミン剤や、鉄、Ca剤などに留意。
呼吸法は腹式呼吸が有効。深呼吸よりよい。ピンポン玉吹き、ローソク吹きなど口をすぼめてゆっくり吹くと腹式呼吸になる。普段から練習しておくこと。お経を読むのも効果的。また、座位で前屈し、深い呼吸をする。横になるとSpO2が低下する。
高山病の時は、安静にしているよりも起きあがる、動くなどしたほうがよい。睡眠時はSpO2はきわめて低下する。
急性高山病重症度判定スコア(AMSスコア)を利用して、自己体調をチェックするとよい。
酸素ボンベは、8000bで2g使用すると、体感高度は6000bくらいになったという例が多いが、個人差が大きい。いずれにしても低い山から徐々に高い山に向かうことが重要である。
■具体例をあげて意見交換
この後休憩後、3人のパネリストを迎え、山本氏も含め、筆者の司会でパネルディスカッションのセッションに移った。3人のパネリストからのコメントを紹介する。
1、海外トレッキングツアー経験者としてのコメント―横溝嘉津子氏 静岡県駿東郡長泉町・主婦
地元で中高年の山歩きの会に入り、年に2、3回歩いていた。1993年の石割山が初めてで、階段と雪がつらかったが富士山がよかった。ゆっくり歩けば山に登れると実感した。
昨年、70歳の仲間とキリマンジャロに行ってきた。体力をつけるためにほぼ毎週山に行った。帰国後体重が5`減、さらにその後減って、ひざの痛みがなくなった。
登山中は話し声を小さく、荷を少なくし(カメラは持たず)、ゆっくり歩き、腹式呼吸に注意した。ツアーリーダーから、水分は回数多く摂り、排尿をいとわないように注意された。登頂前にはダイアモックスを服用した。精神的ストレスがたまらないようにコミュニケーションが大事とわかった。
どこでも眠れ、食事が摂れるのがよかった。自分の嗜好品があるとよい。ツアーならば、指示に従えば安全である。
2、海外登山・トレッキングの現場から―貫田宗男氏・潟Eエック・トレック代表
海外登山・トレッキング専門の旅行社10社の昨年の参加者は約8千人で、そのうち高所を訪れたのは2千2百人、そのうちの1千2百人が50歳以上であった。
高所登山・トレッキングでは毎年千人に1人程度死亡例がある。高所の事故には、慢性疾患、個人手配によるトレッカー、事前の健康診断の不備、高山病対策の不備、治療基準の不備などによるものが多い。高山病対策には、現在ではラッシクスは使わない。
ガイドにリーダーシップがないための事故もある。機器があれば安全性が高まる。衛星通信は有効で、脳卒中などの患者を衛星電話を通じて3時間以内に収容することが可能である。中高年者は金と時間がある例が多く、それによって安全性を高めることができる。
いずれにしても自己責任、自己管理が重要である。
3、登山と睡眠薬 ―カラコルム登山隊の事例―堀井昌子 平塚保健福祉事務所長
6000b以上の高所を目指してヒマラヤに入った日本人はこの50年間に1万1千508名に上り、そのうち遭難死は255名であった。255名中40歳以上は39名であった。
原因は気象要因((雪崩)52%、高所要因(高山病42%である。また、6000b未満の登山・トレッキングで死亡した人はこの33年間に61名、うち、40歳以上の人は33名であった。 高所で具合の悪くなった人は中高年に多い。
国内の登山者についてみると、70年代に比べ90年代になると中高年者の割合が増えるとともに事故件数も増加し、その約80%を中高年者が占める。事故原因としては、滑落、道迷、転倒、転落についで病気の順となる。
高所登山・トレッキングでは出発前のメディカルチェックを、特に心肺系について行う。問題となる疾患では、心血管系疾患、呼吸器系疾患、高血圧、糖尿病、消化器系疾患などがあり、健康診断が必要である。慢性病の場合は、特に日常的な自己管理が必要である。
この後、山本氏も交えてパネルディスカッションを行い、会場からも多くの質問が出された。
体力・トレーニング関連
転落などの事故は筋力の低下によるものが多い。昔は鳴らした30年ぶりという元登山家よりも現在登っている主婦のほうが強い。
下りでの筋肉痛、足が痛い、ひざが痛いなどは脚力が弱い。筋力トレーニングにはスクワットが有効。階段の上り下りもトレーニング効果はあるが、日常生活中の階段歩きではあまりにも量が少ない。
「特異性の原則」があり、登山には登山が一番である。山に行った後、下界で何が足りなかったかを考え、それを補うようなトレーニングを。腹式呼吸は10人中、2、3人はできない。 普段から練習を。
衛星電話は小型で(トランシーバー並)、レンタルで手に入れることができるので、持っていくことをすすめる。
高所に強いアレル(山676号、9月号Climbing & Medicine 参照)を調べた結果、I I かI DでD Dは見られなかった。欧米人では日本人に比べて明らかにI Iが多い。
医療関連
持薬については、高所で問題ないか、主治医とよく相談のこと。山を知っている医師がよい。睡眠薬とアルコールは危険。抗生物質もそうだが、ダイアモックスは医師の処方がないと入手できない。高山病はダイアモックスの適応症に入っていないので、一般的には入手はきわめて困難である。ラシックスは使わないこと。デキサメタゾンは抗炎症剤で脳浮腫に有効。予防薬ではなく、治療薬である。
足がつるのは寒さ、水分不足などが原因で、防寒、水分補給、などで予防する。電解質飲料があればさらによい。
このほか様々な質問、意見が出されたが時間となり、最後に藤本理事が閉会の言葉を述べ、定刻に終了した。 出席者98名
(科学委員会 北野忠彦 記)
山680-2002/1