「先の組 後に続くも 中高年」、昨今のこうした登山道の賑わいさながらに、11月28日、会場の明治大学大学院講堂は、若々しい中高年で満席となり、補助椅子を並べるほどの盛況であった。地方支部の会員、一般公開のため非会員を含め、160名余の参加があった。
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■体力を認識し、実態を知る
最初、大森薫雄副会長がスポーツドクターの立場から「山で困る病気とメディカル・チェック」と題して、登山によって発生する身体の障害がないかどうかなどを医学的に検査することの大切さを説かれ、主に膝と腰の疾患について、豊富な臨床例をあげながら講演された.
続いて、神奈川工科大学の高橋勝美助教授の 「登山における関節の動きと筋肉の負担」 と題する詳細な研究報告. それは身体動作学から見て、登山を”傾斜地の歩行による上り下り運動”としてとらえ、トレッドミル上の歩行実験から得られた膨大データを通して、下肢筋肉の負担度を定量的に検討されたものである
つづく鹿屋体育大学の山本正嘉助教授の演題は「中高年のからだと登山」。専門の運動生理学の視点から、脚の筋肉の働きが上りと下りでどのように違うものか、何故下りで事故が多いのか、そして安全に登山をするための正しいトレーニング方法(驚いたことに今は兎飛びはよくない、腹筋強化は膝を曲げて、など)に重点をおいて話された.
詳細にはここにご紹介できないが、実に示唆に富んだ内容で、基調は中高年登山者が自分たちの体力の特徴をよく認識し、最近の実態を知り、登山行動は身体的にどういうものかを理解し、常にトレーニングを積むことの必要性である。
人間の体力は二十歳を頂点とし、歳を追って衰えていく。最も低下度の大きいのが平衡性を示す閉眼片足立ちと脚筋力とのこと。その他、柔軟性や敏捷性、山本講師がまとめて行動体力とされるものと、中高年者のまだ若いという思い込みや期待との間にギャップがあり、若いころと同じような体の使い方では、無意識のうちに無理になっている。
さらに中高年者は、激しい運動、気温気圧の変化など、身体にかかるストレスに対する抵抗力が低下している(血圧が上がりやすい、体温調節機能の衰え、骨が脆くなっているなど) したがって大森講師は自覚症状のあるなしにかかわらず、計画的に系統的に検査を受けるようにすすめられる。
しか し検査の結果、高血圧症であっても、たとえ冠危険因子をもっていても、直ちに山へ行ってはいけないわけではなく、対処法を心得てよくコントロールしていれば、山登りは十分楽しめると励まされもした。
■トレーニングは継続してこそ
さて長い間使ってきた体、40歳を過ぎると体力差が大きく、山本氏は車にたとえて「中高年者は中高年車である」と。それまでの手入れの違いが歳とともに差を広げる。同年代の人がやっているからといって同じことを自分もと思うなかれ……。
そこで、今ある休を上手に使い、改良されてきた装備も十分利用して負担を少なくすると同時に、登山に大切とされる体力をつけていくのにはどんなトレーニングがよいか。
大森講師は、呼吸循環機能を表わす最大酸素摂取能力も加齢により直線的に低下するが、訓練をしている人は各年代とも2〜3割り高い。山の登りにとくに必要なこの機能を十分に働かせるに適したトレーニング法として速歩きを推奨されている。
山で体重50キログラムの人が本格的に8時間歩くとエネルギー消費量はフルマラソンの2倍にあたるという。、山本講師の指摘には驚いた。 ストレッチングは、登山の前に行うと柔軟性が改善されて怪我を防ぎ、下山後に行えば疲労回復に役立つと。
喜び合って乾杯と行く前に、5分でよいからストレッチングをゆっくりとやる効果は大きいということだ。
今回、とくに大腿四頭筋の重要さがよく理解できたが、いずれのトレーニングにしても間が開きすぎれば現状維持もおぼつかなく、継続してこそ力になるものである。山本講師が最後に強調された、知ったことを新たに始めてほしいし、続けてほしい、という言葉が大変印象深く残った。各トレーニングの実際は、本誌637号の特集を参照していただきたい。
■中高年登山の実践例報告
休憩の後、中高年登山の実践例について、三人の講師を迎え話していただいた。
「ヨーロッパアルプスを案内した経験から」と題した、倶楽部Yeti の雨宮節代表は、20年来登頂ツアーを企画、実践してこられた。「山の道具で廉くてよいものはない」と断言され、歳をとったら道具にカネをかけて行うこと。また登山には何といっても体力と強調。専門家の山トレーナーがいないこと、昨今のツアーコンダクターつき旅行登山の弊害にも触れ、高いところ、難しいところと狙わないで、山は自分の体力にあわせて登るもの、と結ばれた。
次に読売文化センター講師でもある中川武JAC常任評議員が、長年の登山教室講師として、山のことを情熱的に素直に吸収していく生徒さんたちが、山で感動する様子に感勤し、自分も学ぶことが多いと話された。遭難が組織に入っていない人に多いこと、山は個人で登るものだが義務として事故のないよう地道なトレーニングを積み、安全で楽しい登山を目指そうと。
最後の講師、渡邊玉枝JAC会員は 「50歳からの八千メートル峰」と題し、チョーオユー、ダウラギリ、そして昨夏のガッシャブルムU峰に幸運にも登れた、と謙虚に話された。
50歳以上で構成されるシルバータートルとの八年前の出会いから、55歳を過ぎて体力の減退を痛感しながらも、不足がちでも独自にトレーニングを積んで、シェルパ、ハイポーターの力を借り、酸素も使って果たされた快挙である。その淡々とした気負いのない話しぶりに、無理をしないで楽しく安全にという信条がうかがえた。
”科学的にとらえた”のテーマで催された今回のシンポジウム、多く出た質問の傾向から見ても、たとえばくだりにとるべき姿勢がなぜ理に適っているかを知っているだけでも、科学的な理解は、実際の山の上り下りに必ずや役立つものと思われる。
中高年には中高年の道かある。安全で楽しい登山の道である。。
(福山美知子)
山645-1999/2