この3月のはじめ、中国の蘭州にある冰川凍土研究所の施雅風所長から、「珠穆朗瑪峰地区図」が送られてきた。同研究所と中国科学院西蔵科学考察隊の編集で、1977年6月の印刷だが、日本に送られてきたのは、これが最初である。
施所長とのつき合いは、昨年の9月、スイスで開かれた世界氷河台帳研究会で会ったのに始まる。
この会には、中国から施さんを代表として、同じ研究所の若手研究者である謝自楚、蘭州大学地質・地理学科の李吉均、蘭州外国語大学の余然と、合計4名が出席し、参加国の中では人数の多い方であった。一昨年から国際測地学地球物理学連合に正式に参加するようになり、それまでの空白をとりもどそうとする意気込みが感じられた。
李吉均さんは、自分も著者の一人だといって、『氷雪世界』(中国科学院蘭州冰川凍土砂漠研究所氷河研究室・蘭州大学地質地理系・共著 科学出版社)にサインしてくれた。一般向きの解説書だが、一番はじめに「雪花」の章があり私の恩師中谷宇吉郎先生の撮られた雪の結晶の写真があって、なつかしかった。
この研究会では、施さんが代表して、「中国における氷河の分布、特性、変動」などの研究発表をしたが、何しろ始めて開くチベットの氷河の話なので、質問、討論が集中した。氷河と山のカラー・スライドはなかなかきれいであった。
私たちの 「ネパールーヒマラヤ氷河学術調査」が、ちょうど中国側の反対側の仕事にあたるために、施さん達は私に親しみを感じていたし、また同じ漢宇民族なので、やはり何かと通じ合うものが多かった。 以来、文通を続けていたので、「珠穆朗瑪峰地区図」を送ってくれたわけである。
はじめて見る多色刷の、ヒマラヤの向う側の五万分の一地図なので、大いに興奮し、すぐにお礼とともに、「日本の氷河研究者、登山関係者は、この地図に非常に関心を持っているので、入手方法を教えてほしい」と手紙を書いたら、7月になってさらに3部の地図が送られてきた。折から、日本山岳会に同峰の北側からの登山許可が下りたので、科学委員会の中村純二理事を通じて、そのうちの一枚を参考資料として活用していただいた。
地図の精度について批評するのは私の任ではないが、先日、佐々保雄先生がこられた際にこの地図をお目にかけたところ、なかなかの出来とのことであった。多年、航空写真測量にたずさわってこられた先生のお言葉だから、中国の測量技術は高いというべきであろう。また、こんなくわしい地図を公刊する中国の態度は、せいぜい百万分の一の地図しか公表しないソ連の行き方と対照的で、国士の基本情報に対する考え方の差が興味深い。
地区図の一部(クリックで拡大)