6月4日、大森、松丸ら諸先輩に見送られて出発。約1か月、学生部の若い人だちとマッキンリー登山を楽しんだ。
アンカレッジで準備をすませ、本格的に氷河の上で行動を始めたのが8日。その後、3000メートルデポキャンプ(10日)、4200メートルBC(12日)、5200メートルハイキャンプ(16日)、と悪天の間をついてキャンプを進め、17日気象観測用機器を5700メートルに荷揚げ、1年ぷりに設置機材に対面した。
しかし残念なことに、センサーとして健全なものは風向計が1台だけ、風力計などは破壊されていて、隊員の落胆は大きかった。風力計の一部(1杯)は設置箇所付近で発見されたので、原因を究明できないかと期待している。
17日、夜間の好天をついて頂上をうかがうも、寒さと天候の急変で退却。19日、一気に全員でウェストバットレス・ルートより登頂。のち、夜間作業となったが、データロガーの回収と新機器の設置を実行。23日下山し、当初の計画を終了した。決して好天ばかりとはいえない状況下で全員登頂し、さらに気象観測の役目も果たせたのは、学生たちの頑張りもあるが、ひとえに隊長大蔵のタクティックスによるところが大きい。
この隊は、科学委員会のプロジェクトである気象観測が第一の目的ではあるが、若い会員に高所登山を経験させ、次代の登山者を養成するという、会としては対社会的な意義も担うものであった。高度順化、防寒対策等学生隊員にとっては課題が残されているものの、ハイキャンブで仲間たちと次の海外登山を語り始めるなど、心強いものがある。
科学委員会としては、機器の破損対策、データ解析だけではなく、米国立公園管理事務所の理解と協力の上に立った即時データ利用等、なすべき役割は大きい。
しかし何といっても、若い学生諸君と1か月、アラスカの山を楽しんだ。
ご協力くださった方々に感謝したい。
大蔵、長谷川(科学委)、絹川、棚橋(青年部)、荒井、宇都宮、佐藤、宮潭、倉島、野口(学生部)。
なお青年部・棚橋はその後ソロでフォーレーカーに28日登頂、学生・野口はエスキモー部落、最北のウェールズを訪問した。
(青年部/絹川)・