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第28回秩父宮記念学術賞受賞

「京都大学ヒマラヤ医学学術登山隊」

 
 平成3年度の第28回秩父宮記念学術賞は「京都大学ヒマラヤ医学学術登山隊1989・1990年の業績」が授賞対象として決定し、その表彰式が日木学術振興会の主催により去る3月13日(金)午後3時より日本工業倶楽部において秩父市妃殿下ご臨席のもと、京都大学関係者、日本学術振興会関係者多数が出席し盛大に行われた。
 本会からは山田会長以下関係役員、名誉会員等が出席し祝意を表した。
 授賞理由は次の通りである。

 〔授賞理由〕
 本登山隊は、文部省科学研究費補助金の交付を受けて実施された一連の研究登山計画の第3次隊である。

 すでに。1989年に予備調査のために送り出した第1次隊はムスターグアタ蜂(7564メートル)に登頂するとともに高所医学研究の予備的検討を行っており、第2次隊もクーンブ地域で高所住民の医学学術調査を行ってきた。
 こうした成果を踏まえて第3次隊では、ヒマラヤの超高所における医学学術研究という新らしい試みの集大成をめざしたもので、シシャパンマ峰(8027メートル)の登頂過程における人体の生理学的研究と、周辺地域に於ける高所住民の疫学的調査を展開した。

 これらの生理学的研究は、単に登山者の安全のための医学研究にとどまらず、現代医学にとっても重要な意義をもつものである。即ち人体が低酸素下でどのような変化を生じ、どのように低酸素に適応していくのかというメカニズムは明らかではなく、現代医学が直面する課題の中で、脳血管性老人痴呆、脳梗塞、心筋梗塞、慢性肺疾患などは、いずれもその臓器の低酸素症が病態の基盤になっている。したがって低酸素に対する人体の適応という問題は、極めて重要である。他方、地球上の4000メートルを越える高所にも人類が生活しているが彼らの、低酸素に対する適応メカニズムも、まだ明らかとなっていない。

 これまでの低酸素適応に関する生理学的研究は、平地の低圧実験室の中での短時間に限定された急性実験が中心であったが、これに対しヒマラヤをフィールドとした実験は、広い居住空間の中の自然の営みを保障しながらの調査が可能であり、低酸素を基本病態とする疾病の医学的シュミレーションを行うことができる。

 同隊の目的は、ヒマラヤの高所におけるヒトおよびサルの低酸素適応の諸相を、高所生理学、血液学、神経学、心理学、環境科学、社会学、人類学、霊長類学などの医学を中心とする学際的な研究によって、総合的に明らかにしようとするものであった。研究者自身が8000メートルに登頂し、その過程で自らが被検者となって医学研究を行った登山隊は、世界的にみても例がなく、同隊の得た成果は次のように要約される。

(1) 総勢24人の研究者からなる低酸素症の機構解明のための総合的医学学術調査がシシャパンマ峰を舞台に展開された結果、高所における血液・免疫系の変化、心臓超音波断層装置による心・循環機能、脳神経機能の変化、眼底像、胃カメラでの低酸素による胃粘膜病変など、低酸素による人体の多面
的変化が明らかにされた。

(2) 7700メートルの最終キャンプで、睡眠中の血液酸素飽和度、脈拍、心電図、脳波、呼吸などの生理学的データを連続記録した。(超高所での終夜記録は極めて稀である)

(3) 定期的に収集した大量の血液サンプルを液体窒素で保存して日本に持ち帰えり、血液学的、内分泌学的検討が行われた。(過去に例がない)

(4) ヒマラヤの北側(チベット)と南側(ネパール)で、高所住民の疫学的・文化人類学的調査を実施した。高所住民の血液標本の採取、心電図、呼吸機能、認知・行動機能に関するデータが集積、検討された。

(5) 熟年の副総隊長2名(60歳、59歳)が厳密な医学管理のもとに8000メートルの登頂に成功した。(高齢者登頂記録としては西独の62歳に次ぐ2番目)

(6) 日中両国の女性隊員の8000メートル峰登頂。

(7) ニホンザル2頭の5640メートルへの到達(ヒト以外の霊長類としての最高到達記録)と実験動物学的な視点からの低酸素下での対応の生理学的機能が検討された。

さらに同隊を構成する研究者たちは、この第3次隊の成果をもとに、低酸素と老化、低酸素と小児の発達、高所環境とライフスタイルというように、新たなテーマで、引きつづき第4次、第5次隊をヒマラヤ地域に派遣し、高所に関する医学学術調査研究を継続的に展開している。以上のように、同登山隊の業績は、ヒマラヤ地域をフィールドとした医学を対象にして、長期にわたる調査、研究によってもたらされたものであり、「山」に関する学術賞である「秩父宮記念学術賞」に誠にふさわしいものである。(Y・M)

 〔編者注〕本稿は、日本学術振興会による「授賞理由」をもとにまとめました。
               

山564(1992/5月号)


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