定刻全員集合。天気は快晴。すぐにタクシーに乗り、柳沢峠を越え一之瀬高橋先の山道入口で降りる。浅い緑が目に映えて爽やかだ。ミズナラが多い。林床はスズタケだが刈払いが行なわれているので歩き易い。道には時々フモトスミレなどが咲いている。
一時間ほどで防火帯に出た。マルバタケブキが群生する中をゆっくり登り山頂に到着。しかし本当の頂上、三角点はもうちょっと左へ上がった所にある。ところがこの「もうちょっと」が容易ではない。スズタケの猛烈な藪なのだ。荷物を置いてこの藪に突っ込んだ。10分位で三角点に着いた。三角点は三坪位の藪のない所にあった。キネパチをして直ぐに戻った・・・・・・つもりだったが進行方向を間違えてだいぶ北寄りに進んでしまった。方向を修正して荷物の所に戻ったのは40分もしてからだった。
下山路は長かった。ゆるゆる登って鳥小屋という所に着いた。何が鳥小屋だか分らない。ここから斉木林道である。50数年前はトラックが通っていた道なので緩やかである。直ぐに水場に着いた。一息入れる。辺りは相変わらずミズナラ林である。時にはブナ、カエデ、サクラ、ホウノキ、シデ等も混じるがミズナラが主である。林床は相変わらずスズタケだが、ともあれ浅い緑が美しい。若緑が美しい。快晴の空に映えて何とも言えぬいい気分である。であるが、それにもそろそろ飽きて来た頃、やっとの思いで白沢峠に着いた。ここも防火帯になっており、マルバタケブキが群生している。
沢筋に降りて着くまではかなり急な道で、あまり利用されてるような感じではなかったが、刈払いがしてあった。という訳でR140に出て、当初予定の隼温泉には寄らず、タクシーで塩山駅に着いた。反省会は「山遊会だより」20号にも載ってる「菊亭」であった。(文/ 荒木正弘)
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一之瀬高橋先の山道を登る
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新緑が鮮やかな中を進む
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まずはこの山行企画を立案し実行された荒木さんに感謝したい。ご本人は新緑、山菜が目的だと言われたが、溢れんばかりのみどり、みどりの新緑に当初の荒木さんの目標は充分に達成されたと思われました。当初の私は別の観点から非常に興味を持ちまして参加しました。それは石保戸山が私には未踏の山であること、しかし別に名前は付いているけれど、名もない山の部類に入れられる程度の山と認識しており、こんなに緑豊かな山とは思いませんでした。とりあえず石保戸山のことを概略ご案内しておきます。いわゆる東京都の水道の水源地として多摩川流域があります。この上流が奥多摩や奥秩父であります。多摩川を上流にたどっていくと奥秩父笠取山の山腹の水干で一滴の水滴に昇天します。この笠取山と青梅街道の乗越す柳沢峠を結ぶ尾根が多摩川水系と富士川水系との分水嶺の尾根であります。この分水嶺の東側に降る雨はことごとく多摩川に流れます。西側は富士川となって同じ太平洋に流れ着きますが河口は随分と隔たっています。石保戸山はこの東側の分水嶺尾根から外れた内側にあって、この山に降る雨ことごとく多摩川に注ぎ都民の水道水に供されるわけで、したがって尊い山々のひとつであります。当然水道源保全管理のために植林、防災、防火などに注意が払われていて防火帯や管理巡視路が整備されています。石保戸山には頭(三角点は別にある)まで防火帯が延びています。防火帯以外は水源林と言うのでしょうか植生が豊かで、その意味では森林浴には結構ですが眺望には優れた地域ではありません。
したがって森林浴以外に何の楽しみがあるのかと申しますと、本山行の行程が石保戸山のあと、先ほど述べました分水嶺尾根を白沢峠というところで乗り越えて富士川水系に横断下山することにあります。このコースは私のような地形図赤線つなぎ派にはこたえられない魅力なのであります。行程的には無理ないコースなのですが前後の交通手段を高額な長距離タクシーに頼る為になかなか実行できないコースなのであります その意味で立案実行された荒木さんに再び敬意を表する次第です。
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朝飯、昼飯?
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樹間に富士山を望む
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報告に移る。当日新宿発7:18特急あずさで塩山駅に8:48に参加者全員5名顔を合わせる。この時間だと通常白河夜船の私には朝食の欲もなく自宅を出たので山欲を除くとまだ気力がわかない。タクシーに乗客が殺到すると危惧したが案に相違して北口に充分に待機しており直ぐ乗車。柳沢峠を9:20に越えて多摩川水系に入る。下って落合橋のたもとで左折して一之瀬高橋集落への道に入る。あとは高橋川をたどる。この辺は以前塩山市で今は甲州市となった。隣が山梨市とはややこしい。高橋川に沿ってある昔からの民家は人いるやいなか車窓から伺い知れぬが、左手に見える寺の堂宇が小奇麗にあるところを見るとまだまだ普通の生活が営まれているようにも見える。石保戸山登山口の1キロ程手前で私だけタクシーを下りる。ここまで15年程前に自転車で来たからだ。赤線をひくため後を追う。15分程歩いてタクシーを下りた諸氏に追いつく。待ってて呉れて有難う。
すぐに登山出発9:55 すぐに細くなった高橋川を木橋で渡り、山道に入るが、今まで人っ子一人見当たらず。登山者もよっぽど物好きしか来ないだろう。深々とした新緑の中をのぼるが急登ではなく、早朝からの体の緊張をほぐすのと気力を呼び起こすのに丁度よい。先導のリーダーの歩調も丁度よい。樹間富士山が薄く見えたが樹が多くて写真撮影位置2メートル程度。足元の小花を見つけて同定することしきり。そのうち石保戸山を鉢巻状に回る水源監視道路と思われる水平道に登り付く。それを右手に辿るうちに石保戸山に突き上げる防火帯に出合った。防火帯を直登して石保戸山とプレートがある頭に登りついた。中位の(1メートル位)石が頭に点在していたので石保戸山の石の意味は了解できた。この石保戸山は東西に250メートルほど隔てて2頭あって真ん中がたるんでいる。それ故に(いしほとやま)と読むのが正解かなと私なりに納得した。防火帯が突き上げるのは東の頭で、西の方は笹薮を漕いで行くと三等三角点があり標高1672.8メートル。藪の中で眺望はない。空身で東の頭から往復したが、帰路は北よりに行き過ぎて難渋した。近いからと言ってなめるといけない。
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藪コギの後、三角点に到着
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防火帯を下る
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東の頭に戻って昼飯にする。例にようにご馳走がでた。酒は飲まなかった。正午を中ほど回ったころ山頂を辞し下る。鉢巻道に下りて今度は石保戸山を右回りに巻いて進む。道をまたいで流れる小沢の水をコップに受けて飲む。自宅で飲む水道水の源だ。しばらく進むと斜登する砂利車道に合流した。この車道は麓の高橋集落と笠取小屋とを結ぶ物資輸送路である。笠取小屋は単なる登山者向けの小屋ではなく水源地管理の役目を担っているらしい。さらに暫登すると分水嶺尾根に並行して走る斉木林道に登りついた。ここには2名自転車漕ぎが休んでいた。私もかって自転車でここを通過したことがあったので地形図の赤線が結ばれたとひそかに喜んだ。この斉木林道については不確かなことではあるが、戦後まもなくの建築資材払底の折に笠取山周辺の伐採樹木の搬送に使われたとのことであるが、柳沢峠の方からほぼたいした登りもなく?がっている。合流点で左折して白沢峠に向かう。急に5台程のモーターバイクが疾走してくるのに出会う。ここから白沢峠までは1時間半ほどかかった。単調な山腹道である。2箇所に木材搬送に使ったと思われるトラックが放置されている。1台は白沢峠のずっと手前でもう1台は白沢峠の弛んだ草原の真ん中に放置されている。いずれも戦後直後の米軍の放出車両らしく、白沢峠のそれは荷台を突き破って桜の樹が生えている。それも直径20センチ以上だ。このあたりは昭和25年に秩父多摩国立公園に指定されているので、今では考えられない戦後の混乱期のどさくさの狼藉無法の残影である。しかし人の思惑は離れてこの放置トラックは油気を流して原型を留めて、もはや遺跡といおうか畏敬の念さえ沸かせる存在としてそこにある。白沢峠までは長かった。すでに3時近くでバスの時刻には間に合わないことがわかりタクシーを呼び寄せることにして白沢を下ることになる。
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スズタケが密生する山道
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人造の滝?をバックに
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明瞭ではあるが足元の覚束ない山腹を沢身に向かって慎重に下りる。高度差300メートル程下りて沢水に出会う。ここの水はもう富士川系の水でコップですくって飲む。思いなしか多摩川系の水とは違うように感じられた。ここから道は多少広くなって左手下に白沢の流れを見ながら沢筋を絡むようにして行く。砂防堰堤が次々と現れる。また川床は滑滝や平滑が続くが、新緑が覆いかぶさって全貌が定かには見えぬのが残念だ。晩秋なら素敵だろう。しかし道は木橋や桟橋があるので、
滑らないよう注意するので精一杯だ。一段さがってコンクリート車道に下り立った。落ち葉と小石の積もった立派な車道は山路には不釣合いに思ったが自動車の通った形跡もない。しかし支流の落ち込むあたりの車道は決壊している。支流の落ち口上方には大岩が転げ落ちずに留まっている。下流の植林帯には大岩を抱え込んだ樹も多々みうけられた。この沢は大雨の時には時々土石流が発生するようだ。この立派な車道は砂防防災や復旧のために備えられた道と考えられた。まもなく秩父往還道である国道140号線の白沢橋のたもとに下りついた。今下りてきた道にはゲートが掛かっていて一般車は入れない。国道の上手を見ると破風山が姿どうりすっきりと見えた。今回一番はっきり見えた山である。呼び寄せたタクシーを待つ間に左手の高い白沢橋の真ん中から白沢を覗き込むと深々と新緑に覆われて川床も見えなかった。国道に下りついたのが4:20で登山開始から約6時間半だった。30分程待ってタクシーにのる。当初は途中下車して塩山の恵林寺近くのはやぶさ温泉で一浴反省会をする予定が、一路塩山駅まで直行して駅前で反省会をした。全員塩山発6:28の普通列車にのった。ともかくみどり、みどりとみどりに浸った一日だった。(文/ 柳下棟生)
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