ひわださん・ものみやま
日和田山(ひわださん)は、埼玉県日高市にある山で標高305mです。奥武蔵の山の一つです。日高市のシンボルとして親しまれています。
最寄駅の高麗駅からガイドブックやPR誌で紹介されているハイキングコースを辿ると、山頂まで約2kmです。途中、巾着田が眺められたり、金比羅神社のそばを通ります。高麗駅方面から金比羅神社へ向かう途中に「男坂」「女坂」と呼ばれる坂道がありますが、男坂は急坂できつい岩場となっています。
高麗駅方面から日和田山々頂を過ぎ更に道を進むと、高指山・物見山・五常ノ滝を経て、武蔵横手駅へ続くハイキングコースとなっています。
物見山(ものみやま)は、埼玉県日高市と毛呂山町の山です。標高は375.4mであり、隣の日和田山とセットで麓の高麗駅付近からのハイキングコースとなっています。山自体は石灰岩の山です。斜面は急で、樹木に覆われています。物見山の頂上付近まで別ルートで道路が通っていて、ハイキングコースとしてちょうどよい環境です。眺望は樹林があり、写真を撮るには樹林の枝などがじゃまするので適切とは言えません。近傍の高麗神社、巾着田とセットにしてハイキングするといいかもしれません。
木立の中の道を歩くことができますが、道の脇の斜面が急なので多少の注意を要します。春の彼岸の頃、路傍のスミレやシャガの群生や、薄暗い木立の中には梅やコブシ、サクラ、レンギョウ等々いろいろな花が咲いています。
天下大将軍・地下女将軍の文字が刻まれる、朝鮮式の標柱のある高麗駅 | 大鳥居 | |||
日和田山々頂の宝篋院塔と三角点 | 物見山への山道入口 | ちょっと開けた物見山々頂 |
親子で楽しむ日和田山(標高305m)から物見山(375.4m)
日高市の高麗の駅から正面に見える日和田山(標高305m)は、奥武蔵の山並みの東端にあたります。山腹には男岩・女岩の岩場があり、多くのクライマーのゲレンデとして賑わっています。物見山の山頂は樹林に囲まれ眺望はありませんが、ベンチのところから北東方向に行くと一等三角点があります。
今回のコースは西武線の高麗駅からキャンプで賑わう巾着田の横を抜け、女坂を登り金刀比羅神社経由で日和田山頂に登頂し、そこから高指山・物見山に縦走して五常ノ滝を辿り武蔵横手駅に向かう低山のハイキングコースとなります。
コースは高麗駅の改札を出て左側へ線路沿いに進み、踏切と国道299を横切り台の高札場跡から右の小道に入ります。水天の碑の前を通り、鹿台橋(ろくだいばし)を渡り元宿の交差点で巾着田を右に見ながら左に折れ、ちょっと行ったところを更に左に折れると登山口に着きます。ここには有料駐車場があり一日300円で止められます。またトイレや東屋等があります。
赤土の登山道を少しの登りで超えて大きな鳥居に前に出ると、男坂と女坂の分岐となります。今回のコースは正面の女坂に向かいます。男坂は岩稜の急登となりますが、こちらを登っても変化があって楽しく特に危険ではありません。右側の尾根の上に出ますと、神社の下の広場にでます。
金刀比羅神社の前は眺望が開けており、巾着田、高麗駅、天覧山越しに飯能が箱庭の様に眺められ、運がよければ遠く西武ドームやスカイツリーも見ることができるでしょう。
山頂へは社殿の右側を抜けてものの僅かで着きます。山頂には宝篋院塔があり、景色は日高、越生方面の展望が望めます。物見山へは山頂から北西へ急坂を下り、途中岩場の男岩・女岩方面への道を左に分けてしばらく杉の林を進むと大きな無線中継局のある高指山の直下で、車道に出ます。車道を進むと東屋があり、公衆トイレや売店があります。暫く進むと道端に案内があり、物見山への山道に入ります。
尾根状の道は登りとなり、祠のある小ピークを越えて、鞍部からしばらく登ると物見山のベンチがある開けた山頂に着きます。
ここからは西に樹林帯を下りヤセオネ峠を確認して道通りしばらく進むと、左に分かれて降下する道が出てきます。小名瀬の集落方面へ下り道です。
集落から車道を沢に沿ってのんびり行けば、左手に五常ノ滝が出てきます。滝の高さは7m程あり屈曲して水が落ちています。
ここからは車道を30分くらい下ると国道に着き、武蔵横手駅は正面あります。
男坂はちょっとした岩場になっています。慎重に登りましょう。 | |
日和田山から物見山へは静かな木立の尾根歩きが楽しめます。 |
親子 コースタイム |
高麗駅 → 20分 → 登山口 → 40分 → 日和田山 → 20分 → 高指山 → 35分 → 物見山 → 25分 → 五常の滝 → 30分 → 武蔵横手駅 |
-
高句麗の王族をまつったらしい高麗神社
668年、朝鮮半島にあった高句麗が唐・新羅によって滅ぼされ、当時日本にいた高句麗人および亡命者には、この地が与えられました。首長として高麗王若光(こまのこきし じゃっこう)が赴任し(高麗の王族だといわれています)、若光が亡くなると御霊を「高麗明神」としてまつり高麗神社がつくられました。高麗神社は、いまも若光の子孫が代々宮司を務めています。また、「出世明神」としても知られています。
日和田山から見れば巾着だ!
巾着(きんちゃく)とは小物を入れる布の袋で、口をヒモでしばれるようになったものです(イソギンチャクの名前もここから来ました)。日和田山から見ると、この巾着に形が似ている田んぼだったために、巾着田と名がつけられました。高麗川(こまがわ)の蛇行により作られ、毎年、菜の花、コスモス、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)などの花が咲き、それを見に多くの人がおとずれます。
-
西武線高麗駅の駅前や高麗神社には「将軍標(チャングンピョ)」が2本立っています。これは韓国の村の入口に立つ魔除けです。さてこれは何の神様でしょう。
-
高麗駅前や高麗神社にある将軍標は、天下大将軍と地下女将軍という偉大な神様で、地上世界と地下世界に目を凝らし高麗の町を守っています。韓国には多くの種類の将軍標があり、病気や不幸の侵入、 宗教の保護などいろいろな役目をもっています。 基本的には石や木で作られ、人の顔を彫り、 胴体に名前を刻んでいます。
お問合わせ |
日本山岳会 埼玉支部 |
登山計画書を書いて出かけよう! 登山計画書PDF