登山用の衣料には新技術の成果を盛った新製品がいろいろあらわれて、その恩恵にあずかる有難みは少くない。
最初の8千米登頂がナイロンの勝利と謳われ、その物性のすごさに驚いたことも記憶に残る。
しかし近頃の新製品には、自然科学の原理や原則を無視したような理解に苦しむPRの言文が多くなったように思われる。
たとえば「発熱繊維」とPRするものがある。発熱と言えば、聞く人は白金カイロとかホカロンのようなものを思うだろう。 だがこれは違って、汗が繊維に吸着するときに吸着熱を出すのを言っている。その吸着量には限度があって、飽和すれば終りである。白金カイロなら燃料のベンジンが有る限り燃焼熱を出すのと大違いである。
しかし登山行動は単調な運動ではないから汗が乾くこともありうる。その状態から再び汗の吸着による発熱も起こりうるが、メーカーが発表した実験図はヒステレシスカーブを示し、この特性上、再吸着は乾燥工程の途中から行っては不利な結果しか得られない。
講演者織方氏はメーカーの担当者と会って、先方の意図に十分の理解を示しながら誤りを指摘した。
織方氏の努力が影響を及ぼしたのか、その後に出現した新素材のPRは違って来た。「接触冷感」「ヒンヤリ、さらっと」というように感覚を訴えている。
これならば繊維本来の透湿速乾性と改良された熱伝導性の組み合わせの効果としてうなずける。
ほかに「繊維に含まれる特種なセラミックスが身体から放出される遠赤外線のエネルギーを増幅して再び身体に戻す」と宣伝している新繊維もあるそうだが、ここまで来れば映画『寅さん』の街頭販売の口上もタジタジである。
エネルギー増幅というが、エネルギー不滅の法則があって、無から有は生じない。核分裂するセラミックスでもなければ、そんなことは出来ないのである。
科学の理論にも注目したPRを望みたい。
(科学委員会・松丸秀夫 記)
山691-2001/12