だいぼさつれい
この山は中里介山という作家が大正時代に書いた大長編小説『大菩薩峠』で有名です。そのむかし大菩薩峠は武蔵国(東京)と甲斐国(山梨)を結ぶ青梅街道の重要な峠でした。大菩薩嶺には、バスあるいはマイカーで、上日川峠から福ちゃん荘を経由して大菩薩峠に登り、さらに尾根沿いに大菩薩嶺山頂に登ります。帰りは雷岩まで戻り、そこから唐松尾根を福ちゃん荘に下りて、上日川峠に戻ります。
上日川峠バス停 | 勝緑荘 | 大菩薩峠 | ||
尾根から大菩薩湖 | 大菩薩峠の尾根道 | 尾根から見た塩山市街 | ||
尾根からふり返って介山荘 | 尾根から富士山 | 大菩薩の尾根 | ||
雷岩の分岐 | 山頂 |
大菩薩嶺の山頂は展望がきかない場所なので、昼食は別のところで。 | |
歩き足りない人は塩山駅から「大菩薩峠登山口」までバスで行って登る。 | |
「やまと天目温泉」で途中下車して、温泉に入るのもいい。 |
アクセス | JR中央本線甲斐大和駅からバス |
コース | 上日川峠 → 福ちゃん荘 → 大菩薩峠 → 雷岩 → 大菩薩嶺 → 雷岩 → (唐松尾根)→ 福ちゃん荘 → 上日川峠 |
親子 コースタイム |
4~5時間程度 |
交通 | ●電車・バス利用 ・JR中央本線甲斐大和駅からバス(栄和交通) ●マイカー利用 国道20号から県道218号線で上日川峠。駐車場があるが土日は混雑しているとき多し。県道は冬期、閉鎖されます。 |
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青梅街道のいまむかし
青梅街道は、東京都新宿区から青梅市を通り、山梨県甲府市に至る街道で、江戸時代の青梅街道の大菩薩峠は、それより大菩薩嶺側、いまの「賽の河原」を通っていました(南の石丸峠を通る道もありました)。2里近く関所がなく、ひと山越えればいいことから「甲州裏街道」と呼ばれ、利用されていました。現在の青梅街道は、難所だった大菩薩峠を迂回し、柳沢峠を経由した道になっています。
日本最古の「日の丸の旗」がある
大菩薩嶺の南面にある日川渓谷は武田家滅亡の地で、悲惨な末路の話が数多く残っています。青梅街道の大菩薩峠登山口からほど近い雲峰寺には、武田家の重宝であった日本最古の「日の丸の御旗」をはじめ、武田の軍旗「孫子の旗」、「諏訪神号旗」、「馬印旗」などがあり、宝物殿内に保存されています。
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雷岩から福ちゃん荘への登山道にはカラマツが植わり、唐松尾根と呼ばれています。さて、この名前の由来は何でしょうか?
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名前は、中国(宋元)の水墨画の松に似ていたから付けられたそうです。それとは別に、カラマツは日本の針葉樹の中で、ただ一つ落葉する落葉針葉樹で、日本の固有種です。木造建築などで幅広く利用されています。
『大菩薩峠』は中里介山によって大正から昭和はじめの約30年かけて新聞などに連載された41巻にのぼる大長編小説ですが、作者の死亡のため未完で終わっています。さて次の中で間違っているのはどれでしょうか?
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幕末、机竜之助が大菩薩峠で意味もなく老巡礼を斬るところからはじまる小説で、途中で竜之介は失明し、徐々に登場しなくなります。だれが主人公かわからなくなるような荒唐無稽なストーリィで、思想的な話がふんだんに盛り込まれた、不思議で奇怪な小説です。
大菩薩嶺情報 |
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