子どもの体と山登り

子どもは山に行っても元気に走り回っています。動きも敏捷です。でも大人とは違った面がたくさんあります。安全に山登りをするために、まだ体も心も発達途上の子どもには、年齢に合わせていろいろと気をつかってあげることが必要です。山登りのベテランであり、常日頃子どもたちを診ている静岡県立子ども病院の瀬戸院長にうかがいました。

 

山登りを始めるなら小学校高学年がベストです

子どもが本格的な山登りの同行を始めるのに最もよい時期は8歳~12歳頃でしょう。「スキャモンの発達曲線」という、子どもの各身体要素別の発達のステップを曲線で表したものがあります。歩き方や登り方は小学校高学年になった頃が習得しやすい。それ以降は思春期に入り、性ホルモンが影響して、急激に骨が伸長し強くなり、筋力もついてきます。一方、幼稚園児や小学校低学年では体型に比較しても、長い運動負荷に耐えるには筋肉量が不十分です。逆に、スキルを身につけるのは神経系の発達に依存しますから、早期から可能で有効です。たとえば、野球やバスケット、サッカーなどのスポーツは小学校高学年にはじめるのが最も適しているといわれます。ただスポーツの中でも、卓球のような筋力をあまり必要としない、細かなスキルが必要なものは早いうちからやったほうがいいでしょう。

 

園児は体力や精神力にあわせましょう

コースによって異なりますが、幼稚園児でも、それほど行程が長くなく、連泊しないような行程であれば大丈夫です。幼稚園児や小学校低学年は個人差が非常に大きいので、その子の体力や精神力に合わせた行動をしないといけません。年齢に応じて小さな子だったら1 日に3~4時間、小学校高学年だったら6~8時間。年齢と体力に合わせた行動時間を重視してください。また、急峻で段差が激しいコースは子どもには向きません。

 

遊びながら歩かせることが大切です

子どもは集中力があまり持続せず、いろんなものに関心を向けたがります。つまり気が散りやすいということです。そのため単調な歩きにはすぐに飽きてしまいます。どんぐりを拾いながらとか、歌いながら、おしゃべりしながらと、遊びながら歩かせることがとても大切です。急いで歩かなければいけないような状況などでは、とくに大切なポイントになります。また、子どもがイヤなのに無理やり連れていくようなことは止めたほうがいいと思います。コースを選ぶときには、「楽しかった!」と言ってもらえるような計画を立ててもらいたいですね。小学校高学年や中学生では、家族で頂上に到達する達成感を味わうために登る、というのでもいいですが、幼児は頂上たどり着いてもたいしてうれしいと思いません。小さな子は、頂上にたどり着くことよりも、むしろその行程で遊んだり、山に触れ合うことが楽しみにつながります。親のモチベーションと子のモチベーションは違います。嫌がっている子を連れていくのは親のエゴになりかねません。少々しんどくても楽しめるルートを選びましょう。

ザックは子どもには負担です

敏捷性は小さな子でもよく発達していて、幼稚園くらいの子どもでも、大人がいけないような道をホイホイと飛んでいくようなことがよくあります。敏捷性や平衡感覚は小さな子でもかなりの能力をもっています。でも、筋力や持久力の発達が十分でないので、ちょっとした荷物を持たせることが、大人が想像するよりも負担になります。子どもに持たせるのには、水筒の重さくらいでも軽視しないほうがいいでしょう。

 

小さな子どもは骨折に気をつけて!

いまの子どもたちは、我々の子ども時代より骨が弱くなっています。とくに小さな子どもは、転倒したり手を突っ張たりしても骨折することがあります。また、思春期になりますと、運動疲労時に下肢の関節をよく痛がります。骨が急激に伸長する時期で、関節周囲に負担が掛かるためでしょう。小さな子どもは、林道など比較的安易な登山道でも走ることはやめさせるべきです。また中学生では、下肢の痛みがでたときのために、湿布ですとか痛み止めを持参した方がいいでしょう。

 

防寒対策をしっかりしよう

大人に比べて、子どもでは体温調節が苦手です。それは体重当たりの表面積が大きいのと基礎体温が高いためです。汗による水分喪失と熱放散による体温低下につながります。年齢が低いほど頭の比率が高く、そこからの体温喪失も無視できません。山登りでは暖かい帽子を着用するようにしましょう。手足を露出しないことも重要です。夏であっても防寒用の上着を1枚は持参したほうがいいでしょう。さらに、寝ているときや動かないときは、熱産生が低下しますので低体温になりやすい。睡眠時は十分に暖かくするのが基本です。小さな子どもをベビーキャリーで背負って歩いているのをよく見かけますが、目覚めていても低体温になりやすいので服装には気をつけるべきです。

 

子どもの水分必要量は、大人並みです

低年齢ほど、体内の水分比率が高く、おまけに細胞外の水分量が多く、容易に水分喪失しやすいです。上に述べたように汗などによる水分喪失(不感蒸泄)も多いので、脱水症にならないためには、相当の水分摂取が必要になります。たとえば体重が大人の半分の子どもでも、大人の2/3くらいの水分が必要とされます。水分を十分に摂取できるような準備を心掛けましょう。

こまめな食事が必要です

子どもは食いだめができません。小さな子は皮下脂肪が少なく、筋肉量も少ないので、筋肉内のグリコーゲンなどエネルギー源の蓄えが乏しい。長時間食べられないときには飢餓状態になりやすいのです。大人なら山登りで数時間食べなくても耐えられますが、子どもは無理です。小さな子どもほどちょびちょび食べないといけないのです。お菓子(糖質)でいいので、大人より頻回に食べさせることが大事です。

 

大人よりも紫外線には気をつけましょう

子どもは皮膚の表皮が薄くデリケートなので皮膚のトラブルになりやすい。日焼け止めは必ずつけましょう。日焼け止めを塗ったり、日陰で休むようにしたりする配慮が必要です。肌の露出をなるべく避けましょう。

 

標高が高いところは要注意です

高所順応については大人と子どもの生理的な差はありません。3000m 級の高所に行く場合、強いか弱いかは、慣れや資質です。体力とは必ずしも関係しません。子ども特有の問題といえば、頭が痛いとか息がしにくいとか、具体的に症状がなかなか伝えられないということです。周囲の大人が気をつけ、頭痛・嘔気・食欲低下・不機嫌があったら、もっともいい方法は高度を下げることです。

 

薬は大人のものでも代用できます

携帯薬品はあまりたくさん持参していても、使わないことの方が多いです。大人のものを飲ませてもいいでしょう。大まかな目安としては、3歳で大人の3分の1、7歳で大人の2分の1、12歳だと3分の2ぐらいです。ただ、痛み止めだけは子どものものを持っていくといいです。アセトアミノフェンという解熱鎮痛薬で、商品名は『カロナール』です。また血が出たときの絆創膏や包帯程度は持参すべきでしょう。

 

持病は主治医と十分に相談を

軽いハイキングは別にして山登りとなると、持病のある小中学生では、主治医からの生活管理票が必要です。山登りは最も運動負荷のきついスポーツとみなされています。家族と行く場合も主治医と十分相談すべきです。喘息児では、日頃使用している薬剤や発作止めの吸入器などを必ず携行すべきです。冷たく乾燥した大気を吸ったり呼吸が荒くなると発作が出やすくなります。たとえば、暖かい小屋から出て急に冬の外気のなかで運動を始めるときなど要注意です。準備運動で体を温めたり、最初はマスクをするなどの工夫が必要です。癲癇を持っている方は、基本的に長期間薬で発作が出ないようにコントロールされている場合以外はやめるべきです。また、登山中も絶対に薬を途切らせては駄目です。発作はストレス、寝不足、疲労などで誘発されます。転倒したときに命にかかわるような崖などが頻発するルートは避けるべきです。

 

知らない子どもの引率は危険です

自分の子どもを連れていくのではなく、よその子どもを引率するのはリスクが大きいです。長時間のルートや、やや難易度の高い山に行く場合、子どもの性格や体力を熟知しておくことが大切です。たとえば、怖がりの子ならまだいいですが、大胆すぎる性格の子どもは危険です。山で泊まる予定では、連れていく子の体、精神、癖などを知っている大人と一緒でないと無理でしょう。

 

●まとめ「小児の特性と対処法」

瀬戸嗣郎

1950年 和歌山県生まれ
1969年 京都大学医学部入学、山岳部入部
1977年 小児科医スタート、専門分野は小児免疫アレルギー
1989年 京都大学ムズターグアタ峰登山隊に参加
1990年 京都大学シシャパンマ峰医学学術登山隊に参加、登頂
2011年 静岡県立こども病院院長就任、現在に至る